2話 ハーピーに転生して
先に言っておくことがあるとすれば、それは少女鳥についてだろうか。
少女鳥とは、人の姿をした鳥――人鳥の中でも、少女の姿を模した種族のことだ。
その可憐な容姿と、無理強いしなければ攻撃してこない温厚な性質から、ペットとして人気がある。
特に、人間の男との生殖可能という特殊な生態により、そちら目的での根強い需要があった。
……余談だが、少女鳥というのはあくまで鳥であるから、実は獣姦になる。
それでも人気が高いのは、外見は美少女揃いであることと、きちんと世話をしてやれば懐いてくることが原因だろう。
まあ、例えば愛鳥が美少女の姿だったら……と考えれば、惹かれてしまうのも無理はないのかもしれない。
そんなわけで求める人間は多いのだが、一方でその生息地である少女鳥の森は数えるほどしかない。
乱獲による絶滅を防ぐため、生息地の維持管理、それから個体のしつけ、販売、虐待からの保護などを一手に担う『少女鳥愛護ギルド』というものが存在する。
また、少女鳥の森に隣接して設置されるのが少女鳥の村で、この村は愛護ギルドの活動拠点となるほか、ギルドによる少女鳥のレンタルも行っている。
結果、村の中ではペットの少女鳥が人口とほぼ同数という多さから、この少女鳥の楽園で過ごしたいと願う者は多く、少女鳥を購入できるはずの貴族や王族までもがお忍びで訪れることもあるらしい。
さて、俺がどうしてこんなに詳しいかといえば……俺がその村に住んでいるからだった。
この身体のせいで起こる日課に、俺は憂鬱な気分になる。
「……いってくる」
俺は養母ちゃんの名残惜しむような熱烈な抱擁をなんとか振りほどくと、養母ちゃんの未練を断ち切るようにしてそそくさと家を出た。
毎度毎度、勘弁してほしいものだが、養母ちゃんのあれは一生治らないだろう。
俺は諦念とともに溜息を吐く。
これから目指すは少女鳥の森。
とはいえ少女鳥に用があるわけではない。鍛錬の場所として使うだけだ。
家や村の中ではスペースがないし、自然の中に身を置いたほうが感覚を研ぎ澄ませられる。
今は午前七時頃。人口密度の高いこの村ではこの時間、人の往来がそこそこある。仕事に向かう愛護ギルド員と、この村に滞在している貴族などの雑用をこなす使用人たちだ。
もう少し時間がたつと、自分の少女鳥――マイハピちゃんをともなった飼い主たちであふれかえる。
彼らはマイハピちゃんの散歩ついでに、見せびらかして自慢したり、ハピちゃん談義に興じたりするのだが、俺は彼らと会うとろくなことにならないので早朝に村を出ることにしている。
道中、愛護ギルド員と挨拶をかわす。
俺の特殊性から、この村の愛護ギルド員とは全員顔見知りだ。
相手は二人組の男で、軽装の革の防具を着け、弓と短剣を携帯している。
これから森の見回りに向かうのだろう。
「よう、イスハ。空精が水精の機嫌を損ねそうで困るな」
『イスハ』とは俺の名だ。
あのとき、幼女を守るのと引きかえに死んで……、そしてこの世界に転生してからそろそろ一年になる。
当初は言葉が通じず、前途多難ではあったが、博識な養母ちゃんの教育により日常会話は問題なくこなせるようになり、今ではこの暗号のようなセリフにもなじんでしまった。
空精とは空の精霊で、水精は水の精霊。
雨が降ることを、この世界では『空精が水精の機嫌を損ねた』と言う。一種の慣用句なのだろう。
べつに普通に雨が降るとも言うが。
彼があえて長い言い回しをしているのには、俺と少しでも長話をしたいという思いがあるからだ。
ここ一年でそれに慣れてしまった自分が悲しくなる。
「曇ってはいるが、降りそうにないから大丈夫だろ」
「お! そりゃ助かる! イスハの予報は当たるからな」
男はおべっかではなく本心でそう返したようだった。
この転生した身体の体質的に、気圧の変化から降雨の予兆がわかるため、俺の天気予報は愛護ギルド員に信頼されているらしい。
「いつかは外れると思うが」
俺が予防線を張ると、もう一人の男が俺にも話をさせろとばかりに割りこんでくる。
「そんときゃそんときだ。それよりイスハも森に行くんだろ? もし異変があったら知らせてくれ」
「わかってる。ついでに見ておく」
「鍛錬で行くんだろ? 『魔界堕ち』しないように気をつけてな」
「ああ、もちろん」
『体内の魔力の根源を見つけると、魔界に堕ちる』という言い伝えがある。これはどうやら事実らしく、俺は魔力の探究を控えている。
「魔界の魔物には勝てないからな。いくらイスハが『ボス』とはいえ、種族的に埋められない差はあるんだ、わかるな?」
この世界では、魔物は大災害の一つとみなされる。
魔物はひょっこり現れては、周囲の町に壊滅的なダメージを与えるらしい。
その魔物はどこから現れるかといえば、魔界であり、魔界は魔物の巣窟となっている。
魔界堕ちしたら九十九パーセント、生きて帰っては来られないというのが定説だった。
「わかってるって。じゃあな」
俺は翼をひらひらと振ると、話は終わりとばかりに彼らに背を向けてさっさとその場を立ち去った。
後ろでは「おまえずりぃな、俺より長く話しやがって」「おまえこそ長話するつもりだったろうが」などと言い合っている。
俺は心の中で溜息をつく。
その後、村を出るまでに顔見知りに四度出会い、そのたびに似たような会話を繰り返した。
中には女性もいて、しかし男たちとその反応は大差ない。
この村の中では男女問わないところがある。誰もが俺と話をしようと、今日の天気と、俺の心配などをしてくる。
それもこれも、すべては俺の身体が原因だった。
なんの因果か、俺は一年前にこの世界に転生した。
その身体は――この世界では『少女鳥』と呼ばれるものだった。
まさか、人間以外のものに転生するとは思わなかった。
いや、もちろん転生そのものが予想外だったが、あれから一年たった今でも自分の容姿にドキリとすることがある。
見た目は十五歳の美少女だ。
実年齢は一歳になるのだが、少女鳥の成長は早く、まあ、鳥と一緒だ。生後一年でおおよそ成鳥になる。あと数か月もすれば生殖可能となるだろう。
もちろんその気はない。
少女鳥は可愛いが、だからといってそれとこれとは別だ。鳥と交尾する趣味はない。
ちなみに俺はオス。
雌雄問わず少女の見た目だ。
それこそが少女鳥の由来である。
俺の容姿を一言でいえば、水色クールな美少女だ。
淡い水色のショートカットに、涼やかな目元と端正な顔立ちが爽やかな少女の顔。
慎ましやかな胸に、すらりと曲線を描くスレンダーな体躯。
手鏡を見つめていると自分で見とれてしまうくらいには可愛い。
ナルシストではない。他の少女鳥も可愛い子ばかりだ。要はそういうことだ。
もちろん鳥の部分もあり、四肢と、脳をはじめとする臓器がそれだ。
両腕は翼で、水色と白と黒のチェック模様。
色は美しいので良いのだが、翼ゆえに物を掴むことができないのが唯一にして最大の難点。
一人では着替えもできないのだが、養母ちゃんが嬉々として世話を焼く少女趣味(変態)なので、生活には困ってはいない。変態はおそらく死なないと治らないので諦めている。
両足は鳥足で、太ももに筋肉が集中し、膝から下は鱗に覆われている。
人でいうかかとが地面より上にあり、つま先立ちしているような構造だ。
足の指は三本。
脳は小さいらしく、頭が働かずぼーっとするので、思考に意識をやってリミッターを外している。前世における筋肉のリミッター解除と同じ要領だ。
普通の少女鳥は人に比べて知能が劣るし、言語を理解しない。「キィキィ」やら「キュウキュウ」やら鳴くばかりだ。
しかし俺がそれをするわけにはいかない。鳥のロールプレイは嫌だ。
インコが喋るのだからと、頑張って声帯を調節したところ話せるようになった。
声色はインコのように高いわけではない。どうやら身体が大きいと声は低くなるようで、結果的にはアルトボイスくらいに落ち着いている。
そういうわけで、人の言葉を理解し喋る特異な少女鳥が生まれた。
少女鳥好きの集まるこの村において、俺と会話したがる者が後を絶たない。
まあ、外見は美少女だし、翼は美しいチェック模様だし、奇異の視線を向けられるよりは好意を抱いてくれるほうがマシなのだが、いかんせん面倒くさかった。
ようやく村を出た俺は、森に入ると走り始める。
少女鳥が他の人鳥と異なる点が二つある。
一つは少女の見た目であること。
これは名前の由来になっているからわかりやすい。
そしてもう一つは、走る鳥であることだった。
いや、こう言い換えたほうがわかりやすいかもしれない。少女鳥は空を飛べない鳥なのだ。
少女鳥の胸は貧しい。
少女の見た目だから当然かもしれないが、肉体構造的にも理由があり、胸筋が発達していないのだ。
飛翔するには羽ばたく必要がある。羽ばたくのには発達した胸筋が要求される。
胸の貧しい少女鳥は、翼を振ることはできても、空を飛ぶほど羽ばたくことはできない。
代わりに、足の筋肉が発達していて、走ることに特化している。
空を翔けずに地を駆ける鳥。
それが少女鳥だった。