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37話 ウーリと意思を違え

「めぇぇ! はーちゃん、死んじゃ嫌ぁ!」


 俺がいてもたってもいられず走り回っていたときだった。

 聞き覚えのある叫び声とともに、俺の走りに猛追して来る気配を後方に感じた。


 振り返れば、それは浮遊して飛んでくるウーリだ。

 眠りから覚めたばかりのウーリは、俺の信念のことについてラウレから話を聞いたはずだ。果たしてどのような反応をするのか、と緊張が高まる。今のところ、ウーリから向けられる意識に責める色はなく、どうやら心配に染まっているようだが……。


 ……それにしても、速い。

 立ち止まって観察すれば、ウーリの浮遊速度は[風亡かぜなき]を使った俺の最高速度と同じくらいかもしれない。

 ただの浮遊だけでその域に達することに複雑な気持ちになりつつも、ウーリの状態が心配になる。空気抵抗を真正面から受けているようで、髪はもちろん頬までもぷるぷる震わせているのだ。つらそうだが、それでも早く俺に会おうとしてくれているのだろう。

 それはいいのだが……もう着くのにまったく減速しないのはどういう――!?


「くっ!?」


 俺のことを超人か何かと勘違いしているのか、ウーリは俺の最高速度と同じ速さで体当たりしてくる。だいたい時速150kmほどだろうか。直撃すればウーリはもちろん、俺だって無事に済まない。

 慌てて[身体強化]をかけて後方に跳び、かつ、時間がないので弱めだが[負爆おいはぜ]を腹に受けて小さく加速する。

 直後、腹に飛び込んでくるウーリを横にずらして受け止め、くるくると回転。殺しきれない衝撃により一緒に吹き飛ばされながらも、腹の痛みをこらえて何度かステップを踏み、転倒せずに停止する。


「はーちゃん、死んじゃ嫌だよぉ!」


 息つく間もなく、俺にぎゅっとしがみついて訴えてくるウーリ。余裕がないのか巻き角がゴリゴリ当たる。

 これほど俺の死を心配してくるのは、信念に命を懸けることをラウレから聞いたからなのだろうが……しかし、なんだろう、ウーリの反応が予想と違う。てっきり、ウーリを守る理由だとか、お互いの信頼関係のことについて良くも悪くも言及してくるかと思っていた。こんなふうに俺の身を案じてくるパターンは想定外だ。


「ウーリ、わかったから、とりあえず落ち着いてくれ」

「でもぉ! 死んじゃ嫌ぁ!」

「まずは落ち着いて話そう。な?」

「……ぅぅ……はぁぃ」


 渋々ながらうなずくウーリだが、俺の身体に抱き着いたまま離れようとはしない。コアラか何かのように俺の腹にひしっとしがみついている。

 こんな間抜けな体勢で大切な話をするのか……?


「いや、このままなのか?」

「そぉ」

「……そうか」


 もう少し押すべきだったかもしれないが、しかしさっきまでウーリに拒絶される不安を抱えていた俺としてはウーリからの求めが嬉しく、あまり強く言えなかった。

 頬がむずがゆいが、話を進めることにする。


「ラウレから、話は聞いたんだよな?」

「聞いたよぉ……」

「……ウーリを守る理由が、俺のための信念だってことも?」

「……うーん? 聞いたかもぉ……?」


 どうして俺がそれを尋ねるのかわからないらしく、ウーリは下から見上げてくる目をしばたたかせた。その反応に俺は拍子抜けしてしまう。


「いや、ウーリ、なんとも思わないのか? その、俺は身勝手な信念のために、ウーリを――」

「はーちゃんはぁ、ウーリのことが嫌ぃ?」


 俺の言葉を遮り、ウーリは尋ねてくる。

 どういうわけか、その薄紫色の瞳が不安そうに揺れている。


「いや、嫌いじゃないが……それがどういう……?」

「良かったぁ。嫌いなのに無理して守ってくれるんじゃないならぁ、ウーリはいいよぉ」

「ウーリ……」


 ウーリこそ無理をして俺を受け入れていないかと、心配になってしまう。


「……守る理由については、気にしないのか?」

「なんでぇ? それはウーリが選ぶことじゃないよぉ? はーちゃんが守ってくれることが、ウーリ、嬉しぃ」

「――っ」


 目を見開く。なんという……ドライな考えなのか。

 守られる理由ではなく、守られる行為のみを求める在り方。それは……どれほどの孤独の先に見出すものか。あるいは、どれほど強く、ウーリを守ってくれる存在を求めていたというのか。

 どちらにしても物悲しい過去が透けて見え、俺はウーリを翼で強く抱き返した。


「うりぃ……。すぅはぁ」


 抱きしめられて嬉しそうに匂いを嗅ぐウーリ。だが、突然ビクリと身体を震わせると、俺に強い意識を向けてくる。


「あぁっ、そうじゃなくてぇ! はーちゃん、死んじゃ嫌ぁ!」

「ああ……」


 不安が解消されてすっかり抜けていた俺は、どうやってウーリをなだめようかと考えを巡らす。


「……いや、簡単に死ぬつもりはないが……ラウレからどんなふうに聞いた?」

「ウーリを守るためならぁ、死んでもいいって思ってるってぇ!」

「それは……」


 ウーリの可愛いらしい顔が悲痛に歪む。死なないでという純粋な願いが真っ直ぐに向けられてくる。

 前世も含めて、ここまでストレートに求められたことがなかった俺は言葉を失った。なんでもない状況であれば、信念を守れないくらいなら死んだほうがマシだ、とでも返したかもしれない。しかしウーリに対してそれはできなかった。健気なウーリの思いを無下にできなかったのだ。


「俺は……ウーリを、悲しませるつもりはない」

「絶対死ななぃ……?」


 絶対なんてこの世にはない。状況によってはこの命を懸けることもあるだろう。

 だがそれを正直に言うわけにはいかないし、一方で嘘もつきたくない。俺はウーリに対して真摯でありたいのだ。


「……死なないよう、努力する」

「ほんとぉに死ななぃ……?」

「ああ……もちろん、努力する」

「…………」

「…………」


 はぐらかすように肯定してもウーリは納得してくれず、じぃーっと俺の目を見つめてくる。

 光にあふれんばかりの薄紫色のたれ目は今の俺には眩しい。しかもウーリの視線はあたかも俺の瞳の奥をのぞき込んで俺の真意を見つけ出そうとするかのようで、つい視線を逸らしたくなる。

 それだけではなく、懸命に見極めようとするウーリの強烈な意識がゼロ距離で俺の身体を焼く。俺は次第に激しくなる鼓動が、密着している身体からウーリに伝わらないかと気が気でない。

 ウーリに抱き着かれたまま、至近距離で互いを見つめ合う緊張の瞬間は永遠のように感じられた。


 ……どれくらいたっただろうか、ウーリが抱擁を解いて俺から離れた。ウーリの意識は、納得と決意に変化している。


「わかったぁ」


 すっきりしたように明るく、ウーリは儚げに笑う。その所作がいつものような、俺に対する全幅の信頼を表すものではなく、何かを背負うものに感じられた。それが心に引っかかるが……しかし問いただすことで藪蛇になっても困る。せっかく納得してくれたのだから、このままにしておくのがいいだろう。


「ああ、わかってくれて良かった」




「はーちゃんはぁ、ウーリが守るよぉ!」


 それは一件落着したと思った直後の、唐突な宣言だった。

 何かの聞き間違いかウーリを見つめたが、どうやら本当らしい。見開かれたたれ目と、震えながらもぎゅっと握りしめられた小さな両手のこぶしが決然としたものを感じさせる。


「俺を守る……?」

「そぉ!」


 俺の治療のことを指しているのか? しかしそれにしてはものすごく強い決意を感じる。

 ……胸騒ぎがした。これこそ、見過ごしてはいけないような……。


「……俺を守るというのは、何をするんだ? 治療?」

「それだけじゃ駄目なのぉ! ウーリ頑張るぅ! 負けないよぉ!」


 ……負けない? 何に負けないというのか。過去の自分か? ……何か見落としがある気がしてならない。


「ウーリ、待ってくれ。何をするつもりだ?」


 ハッキリと問えば、ウーリは決意を込めて明かす。


「ウーリが、コワイノをやっつけるのぉ!」

「――ッ!?」


 耳を疑った。

 だが、これまでにないウーリの強い意識と状況、そして抑えきれない身体の震えが物語っている。俺を守るために、ナイトメアに挑むのだと。


「……無理だ。無謀だ。

 だいたいウーリ、ナイトメアの近くだと能力が使えなくなるだろ? どうやって倒すって言うんだ?」

「頑張って能力使ぅ! 頑張って倒すぅ!」

「“頑張って”って……!」


 あまりにも無謀な内容にカッとなる。

 これでウーリが死んだら、信念を守れなかったどころではない。保護対象みずからが特攻をかけるなど断じて許せるはずがない。


「無茶を言うな! そんなんで乗り越えられるほどトラウマはヤワじゃない! 能力が使えるようになるわけがない!」

「使えるようにするぅ! はーちゃんが死なないように頑張るぅ!」


 ――ドキリとする。ウーリには俺が死ぬ可能性を見抜かれている。

 だが……それとこれとは話が別だ。


「駄目だ。たとえ能力が使えたって、ウーリを行かせるわけにはいかない。それで死なれたら俺が困る」

「ウーリ、死ななぃ!」

「たとえ死なないとしても駄目だ。というか、ウーリがどうにかできるなら、戦う必要すらないはずだ。ナイトメアはウーリの悪夢なんだから、ウーリが克服できたなら、戦うまでもなくナイトメアは消えるはず。ウーリ……ナイトメアがまだ怖いだろ?」


 俺の指摘に、ウーリは泣きそうな顔で唇をかみしめる。

 ……ずるい言い方をした。そんな表情をさせてしまったことに、良心がグサグサと痛む。

 だが、ウーリの特攻を止められるならこのくらい安いものだ。


「ぅぅぅ……めぇぇ! はーちゃん止めないでぇ!」

「ナイトメアを克服できていないウーリを行かせるわけにはいかない。約束通り、俺が倒す」

「でもぉ! はーちゃんが死ぬのは駄目なのぉ!」

「それは……死なないで済むように鍛錬するから」

「でも信念のためなら死ぬってぇ!」

「っ……死なないように、努力するから」


 根本的に、そこを突かれるとどうしようもない。嘘でも「死なない」と言うべきかもしれないが、あのナイトメアが相手だ、下手なことは言えないし、やっぱりウーリには正直でありたい。

 だが、このままではウーリは納得しないだろう。

 ……しょうがない、こうなったら攻め手を変えるしかない。


「とりあえず落ち着こう? ほら、こっちに来て匂いを嗅ぐといい」


 翼を開いて誘う。俺の匂いを嗅ぐとウーリはうとうとする癖がある。一度眠れば興奮も収まるだろう

 いつもなら喜んで飛びついてくるのだが……しかし、ウーリはあとずさる。


「めぇぇ。はーちゃんは、ウーリが守るぅ」


 ……マズイ、と直感する。

 このままじゃウーリが暴走しかねない。

 何か……何か他に方法は……。


「はーちゃんは、寝ててぇ」

「あ、待てっ……!」


 俺が眠らされてはたまらない。咄嗟に横に跳んで狙いから逃れようとするも、ガクンと身体から力が抜け、二歩目でつまずく。

 身体が傾いて転倒しそうになり、踏ん張ろうとして……ふかっと羊毛に埋まった。布団羊だ。

 ――ウーリは本気なのだ。本気で俺を排除してナイトメアに挑む気だ。

 それを理解した途端、俺は力づくでもウーリを止めることを決意する。


「ぅおおおお!」


 腹の底から叫んで眠気を吹き飛ばす。

 布団羊だけでなく、ウーリからも直接睡眠欲を刺激されているが、そんなことで俺は止まらない。

 ことはウーリの命に及ぶのだ。ウーリがナイトメアに挑んだ結果死んでしまえば、俺は今の自分を呪うだろう。そんなのは死んでもごめんだ! なんとしても今ここで、全身全霊をかけてウーリを止める!


 俺は体勢を立て直すと、布団羊から抜け出した。

 さあウーリに飛びかかろうとして……反対側から迫るもう一匹の布団羊が目に入る。


「あっ」


 ふかっと二匹目にぶつかり、間もなく背後からもさっきの布団羊にふかふかっとサンドイッチにされてしまう。全身が心地よくなり、瞬く間に意識が遠のいていく。


「ウーリ……っ」


 羊毛の中、力を振り絞ってウーリに向けて翼を伸ばす。だが……。


「はーちゃんはそこで待っててぇ。ウーリがコワイノやっつけてくるからぁ」


 ふわふわと優しい声が遠くで聞こえ……。

 そして翼から力が抜け、俺は意識を眠りに落とした。

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