35話 ケガを顧みずに練習し
――爆撃。
直後、近くの大岩が向こう側に吹き飛ぶ。俺が直接蹴るよりも勢いよく飛んだだろう。以前よりも明らかに威力が上がっている。成功だ。
こちら側にも衝撃が来るかと身構えるも、ドカンと爆弾が爆発するような音しか届かず、衝撃はない。これで、近距離での発動も可能となった。
「……はぁ」
しかし、複雑な気分だった。心象魔術も[爆肢]もまったく進まないから、気分転換に[爆撃]の改良に手を出してみればうまくいってしまった。こっちがうまくいってもな……と思ってしまう。
改良は思いつきだった。圧縮空気の解放の際に一カ所だけ解放口を設け、[爆撃]に指向性を持たせたのだ。
逃げ場を一カ所に限定された爆風は、果たして威力が増大し、自分への被害を防ぐこともできている。
……ただ、ナイトメア戦ではあまり使えないかもしれない。圧縮空気を用意する暇がない。用意できるなら[負爆]に使うだろう。そうして回避に集中しなければならないほど、ナイトメアの攻撃は苛烈だ。
それに、[爆撃]の威力は増大したが、これでもナイトメアへの攻撃の切り札になるかは疑問が残る。急所への[抜踏]すらあまりダメージにはならなかったのだ。[抜踏]でも大岩をどかすことはできるので、さっきのような勢いよく吹き飛ばす程度の威力でナイトメアに決定打を与えられるかといえば、自信がない。
結局、本命である心象魔術と[爆肢]を習得するほかないのだろう。
だが……心象魔術に関しては心の在り方が見つからない。
信念以外のところに目を向けるべきだとはわかっている。そこで唯一、信念から解放されていた転生直後からウーリに出会うまでの生活を振り返ってみたが、あまりよくわからなかった。というのもその期間、俺は物足りなさやむなしさを感じていて、自分の本心がどこにあるのかわからなかったのだ。そんなわけなので、あまりヒントにはならなかった。
少女鳥の心についても、走るのが楽しいということしかわからない。それがどう心象魔術に繋がるのかさっぱりだった。
こうなったら[爆肢]に懸けるしかないが、こちらも進展はない。
ナイトメアを早く倒したい俺としては、焦燥感が募る一方だ。しかもこの[爆肢]の訓練にいたっては……。
「……ウーリ。いつもの練習をするので頼む」
気が重いが、頼むしかない。これ以外の方法は思い浮かばないし、俺にはただ努力することしかできないのだ。
俺の呼びかけにより、ウーリが転移で現れる。だが眉尻は下がり、薄紫色の瞳に涙が浮かぶまで秒読みに思えるほどの悲痛な面持ち。
もうやめて欲しいと顔に書いてあるが、ナイトメアを倒すには必要なことだと理解しているのだろう。中止の懇願は一切してこない。
練習を始めて何日たったか、何週間たったのかわからない。それでもウーリは黙って付き合ってくれている。
「じゃあ……始める」
俺は圧縮空気を作り、足元に置く。それからその場で跳びあがり、滞空中に右の足裏で圧縮空気を解放する。
足裏の面積だけで自重を支えられるくらいの爆風じみた風が、俺の鳥足を下から突き上げる。
これに乗れれば第三段階が終了するのだが……しかし、瞬間的に膨張する風に対し、背中よりも圧倒的に面積の小さい俺の足で乗ることは途方もなく難しい。
案の定、バランスを崩してしまい、俺は縦回転をしながら草地に落下。三割ほどの確率で受け身が取れるのだが、今回は失敗し、翼を下敷きにしてしまう。
――パキリ、と嫌な音が鳴る。
これは……最悪のパターンだ。
下が草地なので、縦回転により遠心力がついた状態で落下するとはいえたいていは打ち身で済む。今回は翼の巻き込み方が悪かったのだろう。
俺はさっさと起き上がる。ズキズキと激痛が生まれ始めるが、骨折だけでも何十回と繰り返している。さすがに慣れもあって気にならない。
直後、ぬるま湯のような温かさが全身を包み込む。数秒もすれば痛みはなくなり、翼の違和感も消失する。
俺はウーリから視線を外したまま、ひらひらと翼を振って見せる。
もはやお礼を言うことも少ない。骨折だけでなく、打ち身のときもウーリは治療してくれるのだ。そのたびにお礼を言っていたら、十五秒に一度くらいのペースで言わなければならなくなる。さすがにそれはしんどいので、今はこうして無事であることをアピールするだけに留めている。
また、あまりウーリの顔は見ていられなかった。この練習のときはいつも、ウーリが悲痛に顔を歪めているからだ。
ウーリは俺がケガをすることに対し、まるで自分が痛みを感じているかのような顔をする。俺のケガはすぐに治療してもらっているので痛みがほとんどないことを告げても、それは変わらなかった。
俺としては、ウーリの顔を見ることのほうが痛い。こうして練習に付き合ってくれていることに感謝すべきなのだが、感謝よりも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
できればケガをせずに済ませたいところだが、他にやり方が思いつかない。これでもきちんと段階は踏んでいる。
現在やっている第三段階の前、第一段階では、圧縮空気を使うのではなく、棘のように先の尖った岩の先端に片足で乗るという方法を取った。
爆風のような風に乗る前段階として、一点のうえに自分の重心を置く感覚を養うための訓練だったのだ。……しかし、これはすんなりクリアした。
もともと俺は走る際、【身体操作】で自分の重心をぶらさないことを意識していた。
このとき、足裏のどこに自分の重心が来るかを把握している。それを無意識に行えるほど身体に染み込ませていたので、たとえ一点であっても棘のような先端に乗ることは難しくなかった。
第二段階では、尖った岩の先端に飛び乗り、両足で足踏みすることを行った。
つまり、交互に連続してバランスを取り続けていられるかということだったのだが、これもそこまで難しくなかった。先端の位置を目視と感知で把握できるので、あとは第一段階のときと同様に、自分の重心を置いてやればいい。
俺が軽々と足踏みしていると、ウーリからは尊敬や喜びの意識が、ラウレからは呆れの意識が向けられたが、本番はそこからだったのだ。それまではそれこそ、準備運動に過ぎなかった。
第三段階では、実際に圧縮空気を使い、滞空時に爆風に乗れるかということをやっている。
それに成功すれば最終段階に移行し、圧縮空気に連続して乗り、空を歩いたり走ったりしようと思っているが、そこに至るまでが果てしなく遠い。
いつまでも、第三段階でつまずいている。
成果が出ないこともあるが、ケガの治療のためにあんな表情のウーリを付き合わせていることも俺の焦燥を誘う。
いつ、もうやめてほしいと言い出されないかと、気が気でない。そうなったら最後、俺はウーリを説得できる自信がないし、そうなればこの訓練は中止となる。つまり、[爆肢]という速度上昇の切り札を失うことになるのだ。
焦りは瞑想で受け流しているが、それは対症療法のようなものだ。原因が取り除かれない限り、焦りは消えないし、その影響はゼロにはできない。
いくらかは焦りのせいで成功率を下げているかもしれなかった。
ただ……やはり根本的に、爆風に乗るという動作が難しすぎるのが大きい。
岩の先端のように目に見えるものではなく、瞬間的に足裏に発生する風。それも固体ではなく気体なので、足裏にかかる圧力は常に変動する。その中心とも呼ぶべきものを足裏の感覚だけで掴み、瞬間的に、かつ連続的に乗らなければならない。
その難易度は[負爆]の比ではない。[負爆]ですら、自力ではなく不思議な補助の助けを必要とした。今も、不思議な補助の感覚により【感知】以上に風圧を把握できている気がするが、それでもなお足りない。
感知能力の限界を超えなければ永遠に爆風に乗れないのではないかと、最近では思うようになっている。
とはいえ……こればかりは練習を繰り返すしかないだろう。
だからこそ、ケガが前提の第三段階にこうして……まあ夜がないので体感だが、毎日何百回と取り組んでいる。
だが、やめてほしそうな意識を向けてくるのはウーリだけではなかった。
ラウレもまた、俺の訓練をときどき見に来ては悲痛そうな意識を俺に向けてきて、何かに悩み、最後はそのまま去っていく。
そうして……いつかウーリが中止を求めてくるのではないかという俺の予想に反し、先に声を上げたのはラウレだった。
「あの練習、控えたほうがいいんじゃないかな……」
[爆肢]の第三段階の練習中、いつもならのぞくだけのラウレが今回は最後まで見ていた。
練習後、ウーリが何度も俺の身体の周りをぐるぐると観察してケガがないことを確認すると、俺の心配で疲れたのかすぐに布団羊を呼び出して眠ってしまう。最近、ウーリの眠る時間が増えたような気がする。練習に付き合わせることでウーリに負担をかけているのかもしれないが……しかし[爆肢]の習得を諦めることもできない。悪循環に入っているようだが、抜け出す方法がわからない。
仕方なく気晴らしに走りに行こうとしたところで、ラウレが俺を呼び止めた。
そうしてラウレは、緊張気味に尻尾を立てたまま言いにくそうにその場で忠告してきたのだ。練習を控えたほうがいいのではと。
ついに来たか……と思う。
それはウーリからもたらされるよりマシかもしれないが、耳が痛いのは変わらない。
走りに行こうとしたタイミングだったので、俺たちは立ったまま言葉を交わす。
「控えたほうがいいというのは……どの程度?」
「それは……ケガをしないように、かな」
責められているように感じてしまう。
ケガを顧みない無茶な練習だと。あるいは、ウーリにあんな顔をさせながら付き合わせて酷いじゃないかと。
実際には、ラウレから責めるような意識はない。心配や不安が主なので、俺の勘違いなのだろう。
だが……責めないからといって胸のうちに秘めていないとは限らない。その可能性が、俺の心をかき乱す。
俺は瞑想し、平静を装う。
「……ケガをするのはどうしようもない。それ以外に方法がないからな。ちゃんと段階を踏んできたことはラウレも知っているはずだ。今は、実際に風に乗る段階に来ている。……それがうまくいっていないのは百も承知だが、だからといって他に名案もない」
「それはそうだけど……イスハは、焦っているように見えるよ。もっとゆっくり取り組んでもいいんじゃないかな」
焦っている?
焦らないわけがない。ただでさえナイトメアには勝てないというのに――。
「ナイトメアの強さはラウレも理解しているはずだ。今のままでは勝ち目がない。
しかも、ナイトメアの実力は想定以上かもしれないんだ。もしナイトメアがシテアハネの能力をほとんど使えるなら、あれの強さは俺の想像を超える。シテアハネの能力についてはラウレが教えてくれたんだ、普通に鍛錬したところでいつまでも届かないのはわかるだろ?」
ナイトメア襲来後、ラウレにシテアハネの能力の詳細を聞いたが、シテアハネの攻撃方法はやはり竜の首だけではなかった。シテアハネの能力は“歪曲”といい、物を曲げて操るらしい。その対象は地面に限らず、水も空気も、光や重さにさえも及ぶという。具体的な攻撃方法までは定かじゃないが、しかし厄介極まりないことは確かだろう。
竜の首の攻撃さえ俺にはきつかったのに、光や重さに関する攻撃も加わるのなら、どう対策すればいいのかもわからない。とにかく強くなるしかないが、相手は魔界最強の悪夢だ、普通に強くなって届くわけがないのだ。
「それは……そうかもしれないけど」
「それに、ラウレの親友を助けるためにも、ゆっくりはしていられないだろ?」
駄目押しにラウレの事情にも言及すれば、なぜかラウレは不本意そうに口を尖らせる。
「そっちはいいよ。ボク、解毒の目途も立たないまま……ここに辿り着くまで、五年くらいかな、ずっと耐えてきたんだよ? たとえあと数年かかったとしても、必ず解毒できるってウーリちゃんを見ていれば確信できるからね、待つのはもうつらくないよ。
それよりも、今のイスハとウーリちゃんを見ているほうがつらいよ。ボクの事情に気を遣うくらいなら、ケガをしないように安全にやってほしいかな」
思わぬ反撃に、俺はたじろぐ。
「……多少のケガは、修行にはつきものかと」
「多少ならね。でも当たり前みたいに骨折するのは、多少じゃないよ」
「…………」
確かに、普通ならその通りだろう。だが、普通になどやっていられない。敵がナイトメアなのだ、生き急ぐくらいでないとあれには届かない。
それに、俺の信念的にも骨折程度で立ち止まってはいられない。死すら選択肢にのぼる俺にとって、後遺症のないケガなど大したことではないのだ。
「……とにかく、ナイトメアに勝つにはあれくらい必要だ。もしウーリが治療を拒否してきたらさすがに練習をやめるしかないが……今は、あのまま続けていきたい」
俺が決意を露わにして告げると、ラウレは困ったように視線をさまよわせる。
「……うぅ、じゃあ、遊びの時間を作るのはどうかな? 今のイスハの生活、余裕がなさすぎるよ?」
「それについては否定できないが……」
現在は[爆肢]の訓練のほか、心象魔術のための心の在り方探しはもちろんのこと、鍛錬の基本である筋トレやストレッチ、走り込みは当然として、走りの改善、走術の反復練習、瞑想や感知の深化を日課として何セットもこなしている。その合間には適度な休息も挟んでいるので、全体をひっくるめて鍛錬と称すれば、睡眠と食事と羽の手入れ以外の時間はすべて鍛錬に費やしている。割合でいえば一日十七時間ほどになるだろうか。
確かに、ナイトメア襲撃後の鍛錬頻度は過去最多だが、体調に問題はない。食事は万能薬の素材であるルリの実を毎食たらふく取っているし、睡眠は最上級の寝具といっても過言ではないウーリの布団羊でぐっすりだ。おそらくこれほど恵まれた食事と睡眠は王族ですら経験できないだろう。
まあ、精神的には焦りや不安で余裕がないが……瞑想でぎりぎりバランスを保っているので大丈夫だ。
「遊びがなくてもやっていけている。体調管理はできているから心配はいらない。俺の顔色、あまり悪そうに見えないだろ?」
俺は焦燥や不安を隠し、キリっとした表情でラウレを見つめる。
真面目にやっていたのだが、ラウレは恥ずかしそうに視線を外した。
「う、うん。それはわかったよ。だからそんなカッコいい顔しないで……」
「……」
どんな顔だというのか。そんなつもりはなかったのだが、美少女顔だからなのか? ……まあいい。
「とにかく、今の生活を変えるつもりはない。ラウレからすれば普通じゃないかもしれないが、俺にとっては問題のない範囲だ。[爆肢]の練習なんかは見苦しいかもしれないが、それでもこのまま続けていきたいと思う」
「……どうして、そこまで……?」
俺の返答が意外だとでもいうように、困惑顔でつぶやくラウレ。
もしかしたらラウレは、ナイトメアのことがあって俺が嫌々ながら今の鍛錬に取り組んでいると思っていたのかもしない。
しかし、俺がここまでやれる理由は自明だ。
それはウーリを守るためであり、ナイトメアを倒すためであり……。
「信念の、ため、だ……」
……一息に言うつもりが、心に何か引っかかった。
だが、答えは信念でないはずがない。気の迷いだろうと思い、深く考えることはしなかった。
「そう、なんだ……」
ラウレは呆然とつぶやくと、難しい顔つきをして考え込む。
ラウレの説得材料は尽きたに違いない。
あとは経験の問題だ。このまま今のやり方を継続し、それでも問題がないことをラウレが知れば、そういうものだと納得してくれるはず。
スッキリとはいかないが、今回の話はこれで終わりだろうと思っていた。
「……ちょっと休憩がてら、ボクの昔話を聞いてくれるかな?」
ラウレは意を決したように青緑色の瞳を向けてくる。思わず気圧されるほどの意識の強さは、ラウレの決意が並外れていることを示していた。
ちょうど風が吹いてさらさらと草を鳴らしながら、ラウレの髪をわずかに揺らした。




