34話 心の在り方を探し
「ラウレ、親友の解毒の件だが……いっそここに連れてくるのはどうだ?」
食休みをしながら一人今後の計画を見直しているときだった。
[爆肢]や心象魔術の習得の見通しが立たず、年単位の鍛錬の可能性にうんざりしながらも、しかしやるしかないと気合いを入れ直していると、ふと何かを忘れているような焦りを覚えた。
思い返してみれば、それはすぐに見つかる。ラウレの親友のことだ。もともとの計画ではラウレから魔術を習ったらすぐに恐怖の魔物を倒し、ラウレの親友の解毒に向かうはずだったので、無意識に後回しにしていた。
……だが、このまま鍛錬を続けていて、解毒は間に合うのか?
その疑問が浮かぶと同時、早急に相談するべきだろうと判断しラウレに声をかけた。
これまでは信頼関係のこともあり詳しい事情は尋ねていなかったので、先に事情を聞くべきか悩んだが、それよりも予定を変更するか先に確認しようと思った。つまり、ナイトメアを倒してから解毒に向かうのではなく、ラウレだけ現界に戻り、親友を連れてここに来たほうがいいのではないかと提案したのだ。
「えっと、そうだね……」
するとラウレは難しい顔をして考え込む。……そして苦笑し、首を横に振った。
「やっぱり、このままでいいよ。先にナイトメアを倒してから、その後に解毒に向かうってことで」
「……だが、その、いいのか? 毒の進行具合は」
具体的な余命などを聞くのは遠慮していたが、この状況ではそうも言っていられない。いつ息絶えてもおかしくないなんて答えられても対応に困るが、ラウレの親友の命が懸かっているのだ、これ以上の延期の判断は慎重にいきたいところ。
できれば末期ではないようにと祈りつつ、瞑想して緊張感を紛らせながらラウレの返答を待つ。
「毒の進行っていうか……いつ死んでもおかしくない、瀕死の状態だよ」
「――ッ」
息が詰まった。
もう間に合わないのか? ラウレは諦めてしまっているのか……?
しかし、俺の予想に反してラウレの表情は明るく、むしろ俺の反応にラウレは戸惑いを見せる。
「えっ。あ、いや、違うよ!? いや、違わないけどっ、たぶんイスハが思っているのとは違うから!」
「違う? それは、どういう……?」
「ほら、ボクの心象魔術あるでしょ? [静止の抱擁]を見せたときに説明したと思うけど、【火消】は相手の時間みたいなものも止められるんだよ」
「……あっ」
なぜ思い至らなかったのかと疑問になるほど、種を明かせば簡単なことだった。
ラウレは【火消】を使い、毒に侵された親友の固有時間を停止させ、仮死状態……厳密には冷凍保存のような状態にしているのだろう。
「そうか、生命活動的には瀕死だが、【火消】でそれ以上の時間の進みを止めているというわけか……」
「うん。【火消】が解けるまでは永遠に生きていられるから、時間の心配はしなくていいよ」
「……だが、【火消】もいつかは解けるんじゃないか?」
一般的に、魔術を維持するには魔力を多く込める。込められた魔力量に応じて、魔術の持続時間が増えるのだ。逆に言えば、込められた魔力が尽きたとき、維持されていた魔術は勝手に解除される。
「そうだね。念入りに魔力を込めてきたから、一年くらいはもつかな。前回の補給は二か月ぐらい前で……移動に一か月あれば余裕だから、あと半年以上は大丈夫だよ」
「なるほど、すぐに戻らなくていいことはわかったが……。
どのみち俺がこのまま鍛錬を続けていれば、ラウレは【火消】をかけ直しに戻るんだろ? そのときに、親友をこちらに連れて来ればいいんじゃないか?」
俺にはラウレがどうして今のままでいいと主張するのかわからない。一刻も早く親友の毒を治したいはずだが……。
「えっと、悩んだんだけどね……いろいろ困難があるんだ。まず、彼女……クナって言うんだけど、クナは【火消】で包まれて動けないから、荷車で運ぶ必要があるんだ。でも、たぶん一緒に魔界堕ちできないよね?」
「……そうか、そういう制限があるのか」
魔界堕ちの際、衣服などの身の回りのものは一緒についてくると俺の体験からもわかるが、大きなものになると難しいのだろう。
「それで、もし仮に何か方法を見つけて一緒に魔界堕ちできたとしてだよ? 小回りの利かない状態で魔界を歩き抜く自信がないよ」
「……【火消】があれば防御は完璧じゃないか?」
「弱点があるんだ。閉じ込められたら自力じゃ出られない」
「まあ……そうだな」
以前、長髭親父と戦っていたラウレは岩に埋もれて脱出が困難になっていた。ラウレ一人であれば隙間を抜けられたかもしれないが、例えば荷車を引いていれば自力での脱出は絶望的だろう。戦い方によっては野魔相手でもそれをやられる可能性がある。もしそうなったら、運よく助けてくれる人物に出会うのは難しい。魔界は秘境のようなものだからだ。
俺がラウレについていけばマシになるかもしれないが……とはいえ、ウーリをナイトメア健在のこの夢界に一人置いていくのは気が進まない。しかも、ラウレの親友……クナに時間の猶予があることを知ってしまった以上、なおさらウーリを置いていく気にはなれなかった。
「心配事はまだあるよ。クナはランク的には銀色なんだ。現界では熟練術師扱いでも、魔界では自衛能力のないか弱い女の子だよ。うまいことここに連れてきて解毒に成功しても、そのあと、魔物が普通にうろついているこちらの世界を連れ回したくないかな。しかも、ここにはナイトメアの恐怖もあるしね」
「……なるほど。確かに、リスクが多すぎるな」
ラウレが付きっきりで守るとしても、クナにとっては精神的につらいだろう。なにせ、自分では決して敵わない化け物だらけの世界を半ば強制的に歩き渡ることになるのだから。
それに、ナイトメアの恐怖も忘れてはならない。これは四六時中、こうして離れていてもじわじわと心にくるものだ。俺やラウレは目的意識があるからこうして受け流すことができているが、解毒直後に目を覚ますクナにしてみれば、わけもわからないうちに恐怖を叩きこまれることになるわけで最悪トラウマになりかねない。
過保護という見方もあるが、ラウレの危惧はもっともだろう。
結局……一緒に魔界堕ちする際の制限、ここに連れてくるまでに魔物に襲われて閉じ込められる危険性、解毒に成功してもナイトメアの恐怖にさらされるマズさ、そして現界に帰るまでに魔物が徘徊する中を心身ともに健康に切り抜ける難しさがあるわけだ。こうして整理してみるとだいぶ酷い。
俺もたいがい感覚が麻痺しているが、魔物というのは最下層の野魔ですら現界では最上級の金色扱いだ。魔界や夢界に一般人を連れてくるという提案は、現界の人間からすれば正気を疑うレベルかもしれない。
「えっと、そういうわけだから、クナには安全な現界で待っていてもらったほうがいいかなって」
「ああ、俺もそれがいいと思う。
ちなみに、【火消】が第三者に解除される可能性はない?」
少し疑問だったので尋ねてみれば、ラウレは自信を持って答える。
「魔界でならともかく、現界であればその可能性はほぼゼロだと思うよ。心象魔術の中でも、ボクの【火消】は防御特化だと自負しているからね。現界の人では、【火消】を解除するのは不可能なんじゃないかな。……まあ、もし解除されたら絶対に犯人を許さないけど」
「そうか……。
じゃあ、解毒の件に関しては、これまで通りということで」
最後、ぽつりと不穏な感情が見えたが……もし自分だったらと考えると否定できないので聞き流しておいた。
俺は腰かけていた石から立ち上がると、心象魔術習得の修行を再開しようかと思う。つまり、心の在り方探しだ。
俺は瞑想に没頭するために場所を移動しようとして……ふと思い直すと、そのまま腰を下ろす。
対面に座るラウレがピクピクと狐耳を動かす。
「あれ? どうしたのかな? まだ聞きたいことでも?」
「ああ、話は変わるが……ラウレは、俺の心の在り方ってなんだと思う?」
心象魔術を習得しているラウレなら、何かアドバイスをくれるかもしれないと期待した。
というのも、ラウレから心象魔術の習得方法を学んでからずっと、俺の心の在り方というものが一向にわからないのだ。
以前、ラウレからアドバイスをもらったが、それは、自分だけの、物の見方が心の在り方ではないかというものだった。
しかし……いくら自問を繰り返したところで、最終的には信念に行き着いてしまう。
例えば、俺は冷静に外界のものを見ようとするが、これは信念に関わること以外には興味が湧かず熱くならないからであり、あるいは信念のための鍛錬で身に着けた瞑想によるところが大きいだろう。つまり、元はといえば信念に行き着く。
だが、信念とは目標であり、支えであり、呪いだ。ときに共感もするが、命すら投げ打つそれが生物的に正しくないと劣等感を抱くことのほうが多い。決して信念を快く思っているわけではない。信念は本心ではなく、外付けの道具のようなものだ。そんなものが俺の心の在り方とは思えない。
では、俺の心の在り方とはなんだ? 瞑想して考えてみれば……やはり信念しか思い当たらない。というより、俺から信念を除いたら何も残らない気がするのだ。こればかりはいくら瞑想を繰り返しても真相にはたどり着けない。
このように行き詰ってしまっているので、第三者からの意見を聞いてみようと思ったのだが……。
ラウレは頬に手を当てると、悩ましげに尻尾を揺らす。
「イスハの心の在り方……うーん、結論から言えばボクにはわからないんだけどね。えっと……ボクから見れば、イスハは冷静で分析的だと思うよ」
「……まあ、それは俺も自覚している」
この様子だとヒントにはならないかと諦めようとして、しかしラウレの言葉は終わらなかった。
「そうだね。えっと、これはボクのイメージだけど、心は果実みたいに、表面と核があるんだ。他人からは心の表面しか見えなくて……でも、表面と核はきっと違う。他人がいくら核を予想したって意味がないことなんだ。核は本人にしかわからないし、理解できない部分だよ。きっと言葉にしたところで、他人にはその感覚を理解できないんだ。その核が、いわば心の在り方かな。
だから、それはイスハにしか見つけられない。ボクが言った冷静とか分析的とかは、心の表面の部分だから、手がかりにしかならないよ」
「……なるほど。ただ、冷静とか分析的とかは、結局信念に行き着くんだよな……」
「うーん、もしかしたらイスハにとって信念の存在が大きすぎるから、何かが隠れてしまっているのかもしれないね」
「…………」
そうかもしれない。だが、だとしたら、いよいよ俺には手が付けられなくなる。バカは死んだら治るなどと言うが、俺の信念は、一度死んでも捨てきれなかったのだから。
思わず沈黙すると、ラウレは困ったように苦笑する。
「えっと……ウーリちゃんにも聞いてみたらどうかな? また違った視点で手がかりをくれると思うよ」
「……そうだな。そうする」
俺の心の在り方は永遠にわからないのではないか。そんな疑念を振り払いつつ、俺はラウレに礼を言うと、ウーリを探す。
丘の頂上まで走っていき、辺りを見回す。これで見つからなければ呼びかけようと思っていると、少し離れた丘の上にウーリのふわふわした白い髪が見えた。それは後ろ姿で、ウーリはどうやら何かを見ているようだが、俺からは角度的に隠れてしまっていてわからない。
俺はウーリのもとまで駆け寄り、ウーリの背後から丘の下を見た。
すると……[風亡]を使った俺の最高速度と同等の速さで走る白い四足歩行生物がいた。
いや、あれ、羊だよな……?
「……ウーリ、あれは……?」
「あぁっ、はーちゃん! 見て見てぇ! 羊さんだよぉ!」
「いや、それはわかるが……」
「はーちゃんみたいにカッコよく走らせてるのぉ!」
「カッコよく……」
今走っている羊はなんの変哲もなく、平凡で標準的な個体に見える。大きさは普通だし、羊毛の量もおそらく普通。唯一、その速度だけが異常だ。
踏みしめた地面を削り飛ばしながら、空気抵抗で羊毛をぺちゃんこにして爆走している。普通の羊なのに、前世における普通の電車よりも速い……。もはやそれは羊なのか? 現実味のないその光景は、カッコいいというよりどこか滑稽だった。
「……実は、ウーリに聞きたいことがあるんだ」
俺は丘の下の羊を見なかったことにして、ウーリに向き直る。ウーリは爆走羊に対する興奮を収め、ふわりと首をかしげる。
「聞きたいことぉ?」
「ああ。ウーリは……俺の心の在り方って、なんだと思う?」
あえて噛み砕かず、そのまま尋ねてみた。
果たして、ウーリはさほど考える素振りも見せずに即答する。
「心の在り方ぁ? 鳥さん?」
「……いや、見た目はそうだが」
「はーちゃん、走っているとき楽しそぉ」
「……なるほど」
少女鳥の本能がある。いや、俺の心はそれとは違うと言いたいところだが……実は、そうでもないのかもしれない。
紛い物の心だと一蹴できないほど、走るのを楽しく感じる。走るだけで気分が高揚し、心の底から歓喜がこみ上げてくるのだ。
今の俺の心は、前世の俺のものと今世の身体のものが融合しているのかもしれない。だとすれば、少女鳥の心の在り方というのも考慮すべきだろう。
そうすると……興味深い。もしかしたら、前世を継承する俺の心の在り方と、少女鳥の心の在り方、この二つが同時に存在している可能性があるのだ。
……まあ、だからといって、心の在り方という答えがわかるわけではない。あくまで手がかりでしかないが……しかし、さすがはウーリ。俺では考えつかないことをいとも簡単に出してくれる。
「ウーリ、ありがとう。すごく参考になった」
「そぉ? 良かったぁ。ウーリ、なんでも協力するよぉ」
「ありがとう。また何かあれば聞かせてもらうな」
頑張ってぇと元気づけてくれるウーリと別れると、俺は適当な場所を見つけて立ったまま瞑想に没頭する。
……信念に隠れてしまっているかもしれない本当の俺の心と、走るのが大好きな少女鳥の心。求めるべき正体は判明した。あとはその在り方を掴むだけだ。
今度こそ進展があるのではないかと期待しつつ、深く自分の心を探っていく。
……しかし。
結局、いくら時間をかけても進展はなかった。まるで雲のように掴むことが叶わない。目の前にあるのに手が届かないもどかしさを感じながら、俺はもんもんとして日々を過ごすのだった。




