29話 サミットへの移住を勧められ
長めです。
「おや、第四公魔では通じませんか。それならこちらの通り名のほうが、有名かもしれません。
私、辺境ではこう呼ばれています。――刀の魔王、と」
「……!」
思わず目を見開く。
魔王という言葉は聞いたことあるが……まさかこれほど似つかわしい相手に出会うことになろうとは……!
彼が公魔最強でもそん色ない。ラウレの話では、シテアハネの配下の一番手か二番手がそうだろうという話だったが、それは彼のことかもしれない。
俺は彼の強大さを改めて認識させられていっそうの緊張感を抱いた。
すると、俺の驚愕を別の方向に受け取ったらしく、ミィクは納得の表情で続ける。
「やはり刀の魔王という通り名は知られていましたか。私個人としては刀の魔王より、“愛刀家”という呼び名が好ましいのですが、こちらはなかなか定着してくれません。困ったものです」
と、まるで困ったと言わんばかりに眉根を寄せるが、その意識に困惑の色はない。処世術としてのポーズなのだろう。
強者相手に警戒は必要だが、だからといって会話を疎かにすることもできない。俺は気を取り直すと、ミィクの言葉に乗る形で話を合わせる。
「まあ、刀の魔王というほうがインパクトがあるからな。しょうがないと思う」
「そうかもしれません」
「俺はイスハ、来訪者だ。それで、魔界の事情には疎くて申し訳ないが、フォースロードというのはどういう意味なんだ? なんとなく順序を表しているのはわかるが」
フォースロード。聞き流すには、いささか厄介すぎた。
フォースとは、四番目を指す。何が四番目なのか。俺の杞憂で終わればいいが……。
俺の緊張をよそに、ミィクはあっさりと告げた。
「主君、シテアハネさまの配下には、実力順に数字が割り振られます。
第四公魔というのは、上から四番目の実力の公魔、という意味です」
「……ッ」
――こいつ、やはり四番目かッ!
瞑想により表情筋はあまり動かさないようにしながらも、感情面では動揺してしまう。
シテアハネ配下の一番手か二番手がミィクであればまだ良かった。ミィクの強さの理由になると思った。
しかし現実は……これで四番手。この上にあと三人の公魔が控え、さらにシテアハネ本人は公魔の上の君魔。
そんなやつらが仮にウーリを手駒にしようとしてきたら、俺はウーリを守れるのか……?
「……あなたほどの実力者が、四番目か。公魔というのは皆レベルが高いんだな」
媚びを売るお世辞ではないが、心の動揺が落ち着くまでの時間稼ぎに素直な感想を口にする。
すると、ミィクは不思議そうに眉を上げた。
「これでも四番目ですから」
「これでも……? まさか。
公魔は全部で何人いる?」
「ああ、そういうことですか。こちらの公魔は全部で十二人、すなわち第十二公魔まで存在しています。ですから、私は上のほうになります」
「…………」
ミィクほどの実力者が四人中四番目ではなかったことに安堵する暇もない。公魔が十二人も一勢力に集中している事実。
……はは、相手がデカすぎるな。
心の中で乾いた笑いが漏れると同時、ふと、それに対抗しようとしていた自分が馬鹿らしく思えてくる。
……そもそも敵対が確定したわけでもない。
たとえ敵対しても、そのときは仲間を増やすなど、やり方を考えればいい話。
臆することはない。今大事なことは、ミィクの目的を聞き出すことだ。
間違えるな。俺の優先事項は恐怖の魔物を倒し、ウーリを連れ出すこと。決して、魔界の最大勢力と戦うことではない。
俺は瞑想が不要になるほど心を落ち着けると、ただの一人の訪問者としてミィクとの会話を続ける。
「黙り込んですまない。そちらの勢力の大きさに驚いてしまった」
「いえ、慣れていますから」
「……そうか。それで、ウーリトゥーリと交渉したいのはわかったが、それと俺たちに接触することと、どう繋がるんだ?」
俺はようやく核心に触れる。
前置きだけでだいぶ驚いてしまったが、問題はここからだ。場合によってはウーリの存在を隠し通す必要がある。自分の発言には細心の注意を払わねばならない。
俺がひそかに気を引き締めていると、ミィクは俺の様子を気にしていないのか、特に不審の意識もなく返答する。
「ウーリトゥーリさまに取り次ぎができる方に心当たりはありませんか? ウーリトゥーリさまと交渉したいのですが、残念ながら本人が見つからず困っています」
「心当たりか……」
回答は二択。
あるか、ないか。
ないと答えるのが無難かもしれない。
その一言でミィクとの会話は終了し、俺はウーリの存在を隠し通すことができる。
だが……。
「……心当たりは、ある」
「おや、それは本当ですか? 取り次ぎができる方はどなたでしょう?」
ミィクが持ちかける交渉内容によっては、ウーリの利になる可能性がある。
それを確かめもせずに逃げるのは、あまり賢いとは言えない。
仮に、交渉内容がウーリの不利になるとわかれば、そこで逃げる判断をすればいい。
相手がウーリに執着していれば、しつこく追ってくるかもしれない。ただ、その場合は結局、心当たりがないと答えたところでウーリは追われることになる。どちらにしても状況は好転しない。
最悪の状況がどちらもそう変わらないなら、相手の思惑を明らかにするためにも、こちらから踏み込むのが良いと判断した。まあ、相手から逃げられることが前提だが、そのくらいのリスクは負うべきだろう。
さて……まずは相手の情報を先に確認する。
「取り次ぎができる人を紹介する前に、ウーリトゥーリに対する交渉内容を確認させてくれ。さすがにウーリトゥーリの不利になる条件で、取り次ぎを紹介するわけにはいかない」
まっとうな理由ではあるが、俺はミィクが実力行使に出ることを警戒していつでも動けるように覚悟しておく。
もし交渉内容にやましいところがあれば、そうなってもおかしくはない。
俺が油断なく見つめる中、ミィクは目を伏せあごに指を当てる。しばし黙考すると、顔を上げた。
「……いいでしょう。先に交渉内容を話しましょう」
つまり、内容はそこまで悪条件ではないのだろう。だからこそ明かすことができると。
あるいは不意打ちか、と一応の備えをしておき、俺はミィクの言葉に耳を傾ける。
「交渉とは言いましたが、具体的には移住の提案です。都サミットに住んでみませんか? と勧めるつもりです」
「……それだけ?」
「ええ、それだけです」
特に隠しごとのなさそうな穏やかな表情と、感情に乏しい意識。
しかしウーリを対象とするだけに、何か裏があるのではと勘ぐってしまう。
「移住を勧める目的は?」
「都サミットの良さを知ってもらうことです。サミットとは、唯一の都市にしてシテアハネさまのお膝元。その庇護により最も安全で、人口は最多を誇ります。創造と芸術の都でもあり、最も腕のいい刀鍛冶が住んでいるところでもあります。常に新しい物が生まれ、住みやすく、楽しい場所と言えるでしょう。
より多くの方に住んでもらうことで、サミットはさらなる発展を遂げます。ウーリトゥーリさまの勧誘はその一環です」
「……配下になれというわけではないのか?」
「それは本人の意思に委ねられます。ウーリトゥーリさまほどの方であれば、望めば公魔の順位を与えられるでしょうが、それを望まずにただの住民として生活してもらっても構いません。労働や恭順は強制されません。もちろん破壊行為の禁止など、最低限のルールは守ってもらいますが、それくらいです。
この内容で提案するつもりですが、取り次ぎは可能でしょうか?」
「……少し相談させてくれ」
「ええ、どうぞ」
俺は振り返ると、緊張気味のラウレに話しかける。
「どう思う? 俺には怪しいところが見つからないが、ラウレの意見を聞きたい」
「……ボクも、大丈夫だと思うよ。サミットには行ったことがあるんだけど、あそこは本当にいいところなんだ。魔界の中で最も活気があって、見たことのない食べ物や道具にあふれていて……独特の文化が形成されていたよ。文明にいたっては現界よりも進んでいるんじゃないかな。住むかどうかは別としても、観光に一度は訪れるべき場所だよ」
ラウレからも肯定されたので、俺は礼を言ってミィクに向き直る。
ミィクは相変わらず穏やかな微笑を浮かべるのみだ。しかしその意識には感情の色がほとんどない。強者だからか、興味や関心といった意識がまったく向けられてこない。
サミットの話をしていたときも、熱意ある言葉とは裏腹に、その意識は冷めていた。
人情味あふれる仕草は処世術なのだろう。あまり信用できる感じではないが、だからといって悪人でもなさそうだ。単に興味がないだけか。
少なくとも彼から戦闘を仕掛けてくることはなさそうだと俺は確信しつつあった。
「その内容で取り次ごう。構わないか?」
「ええ、構いません」
「じゃあ今から取り次ぐから、少し待ってもらえる?」
「はい。よろしくお願いします」
俺はミィクに背を向けると、一応ミィクの挙動を警戒しつつ、ラウレとともに歩いてミィクから距離を取る。
ささやき声が聞こえないくらいの場所まで離れると、俺はウーリに向けて声を出す。
「ウーリ、聞こえる?」
「――聞こえるよぉ」
「話はさっきの通りだ。サミットへの移住を提案されているが……ウーリはどうしたい? サミットに興味ある?」
「うーん……よくわからなぃ」
「……そうか」
俺は苦笑し、その発言に納得する。
おそらくウーリは町などを見たことがないだろうから、サミットの説明を受けてもチンプンカンプンだろう。
「はーちゃんはどうしたぃ?」
「ん? 俺? ……そうだな、一度は行ってみたいな」
「じゃあ行こぉ?」
ウーリの誘いは、随分と軽い調子だった。
あまりにも軽いので、それまで重く考えていたのが馬鹿らしく思えてくる。
「はは……そうするか。
恐怖の魔物を倒したら、まずはラウレの親友の解毒をするために現界に行って、それが終わって用事がなくなったら、サミットに行ってみよう。それでいい?」
「いいよぉ」
俺はウーリとの会話を終えると、ラウレとともにミィクのところへ戻る。
……思わず苦笑した。さっきまでのシテアハネ勢に対する警戒が一転、今は観光気分になりつつあることに自分で呆れてしまう。
だが、こういうのも悪くないかもしれない。ここのところ恐怖の魔物を倒すことばかり考え、魔術の停滞を嘆いてばかりいた。ラウレへの膝枕という癒しもあったが、未来に思いをはせて心を軽くするのも大事だろう。
俺は少しだけ警戒を解き、ミィクに返答を伝える。
「ウーリトゥーリは、いずれサミットを訪れると言っていた。先約があって一度現界に行くから、少々時間はかかるが……それでいいか?」
「ええ、構いません。ところで、それがウーリトゥーリさまの返事だと証明することはできますか?」
「……ちょっと待ってくれ」
俺は慌てて考える。
すっかり抜けていた。ミィクの立場からすれば当然、俺の言葉だけでは不充分だろう。
だが、失礼だとしてもウーリ本人を呼ぶのは避けたい。ウーリの外見から万が一にも偽物と判断されては困るからだ。ミィクほどの実力者ならウーリの本質を見抜く可能性はあるが、それにすがるのは最後にしたい。
「……わけあって、ウーリトゥーリをここに呼ぶのは避けたいが、その能力を見せることは可能だ。ここでの会話はウーリトゥーリにも聞こえている。ウーリトゥーリの能力を見せることで、その証明としたいがどうだろう?」
「……少々考えます」
ミィクは遠くに視線をやると、あごに指を当てる。形だけのポーズではなく、本当に思案しているようだ。
しばらくして、再び微笑をたたえたミィクがこちらに視線を戻す。
「私の要求する能力を即座に見せることができたなら、それをウーリトゥーリさまの証明としましょう」
「了解した」
「要求は二つ。一つ目は、ウーリトゥーリさまの領域の外への転移です。
知っての通り、ウーリトゥーリさまの領域は特殊な空間で、正規の手段を取らなければ外には出られません。つまり、羊の群れに潜む大きな羊の背で横になる他は、たとえ転移の能力を使っても外には出ることができません。しかし、この領域を作り、私たちを外から中に転移させているウーリトゥーリさま本人であれば、私を中から外に直接転移させることができるのではないでしょうか?」
……なるほど、そうやってウーリの夢から出られるのか、と俺は今更ながらその方法を知った。もしかしたらラウレは知っていたのかもしれないが、俺が聞かなかったから話さなかったのだろう。
さて、ミィクの要求に応えられるかどうかだが……俺にはわからないのでウーリに聞く。
「できる?」
「――できるよぉ」
「じゃあ、ミィク。今からやってもいい?」
「……ええ、構いません」
「よし。ウーリトゥーリ、頼む」
俺はウーリとミィクに交互に話しかけ、最後はウーリに転移をお願いした。
このときミィクはひっそりと警戒心を向けてきていたが、次の瞬間、彼は俺の目の前から消えていた。
おそらく転移の魔術をかけられることに身構えたのだろうが、たぶんウーリの場合、思念と発動のラグがほとんどない。避けられなかったに違いない。
強者のミィクであっても一切の抵抗を許さないことには驚きだが、なんとなく、ウーリなら当然とも思ってしまう。こういうところはウーリの公魔らしい一面だろう。
……しかしこれ、ミィクを外に出したはいいが、どうやって戻ってくるんだ?
「ウーリ、ミィクは夢の外に出たんだよな?」
「――出たよぉ」
「じゃあ、今度はここに転移させることはできる?」
「中に入ってくれないとぉ、無理ぃ」
「……それまで待つしかないか。ミィクが夢の中に入ったら、ここに転移させてくれる?」
「はぁぃ」
しばらくすると、ミィクが元いた位置に現れる。さすがに驚いたのか、その表情から微笑が消えていた。
ただし警戒ではなく、感嘆の意識を向けてくる。
「これは、すさまじい。この強制力、これまで経験した転移とは別物です。この一点だけを見ても、ウーリトゥーリさまが只者ではないことがわかります。
ただ、別格の転移能力者という言葉で片がつくのも事実。ウーリトゥーリさまの証明のため、もう一つの要求も叶えてもらえますか?」
すぐに俺が首肯を返すと、ミィクは満足そうに微笑み、期待の意識を向けてくる。
「ウーリトゥーリさまは植物を創造する能力も保持していると推測します。それをなんらかの形で見せてもらえますか?」
「ああ、それならできると思う」
ウーリが手の平にルリの実を出す光景が脳裏に浮かぶが、それは即座に却下する。ルリの実だけ出されても、別の場所から転移で持ってきたように見えるだろう。
ミィクの言う植物の創造とはつまり、この丘陵地帯を覆う草を指すのだろう。草を目の前で生やして見せればいいのだろうが……。
俺は丘の上から辺りを見回す。見渡す限り、ほとんどを草で覆いつくされている。これでは、植物を創造する余地がない。
「草を生やせば証明になるだろうが、ここだとやりにくいな……。何もない荒野であればすぐに草を生やして見せられると思うが」
いっそ、魔界の区画に場所を移すかと考えたときだった。
「――草をなくしたらいぃ?」
俺の耳元で、ウーリのほうから提案があった。
「ん? できる?」
「できるよぉ」
「それは助かるな。頼む」
「はぁぃ」
ウーリの力なら、この一面に広がる草をすべて消すこともできるのだろう。
何か忘れているような、そんな微妙な予感があったが……夢の中だけあって、ウーリの言葉に偽りはないはずだ。嫌な感じもなかったのであまり気にせず、ミィクにこれから始まることを伝える。
「ウーリトゥーリはこのへんの草を消したあと、草を生やし直すはずだ。見ていてくれ」
「わかりました」
さて、そろそろかと思いながら、周囲に広がる緑色にぼんやりと視線をやる。
その瞬間だった。
――緑は真っ白に変わった。
土の色ではなく、それは見覚えのある白だった。
「……ぇ」
丘の下から向こう側すべてで蠢く白。
風に乗って、四方八方からめぇめぇめぇめぇと個々を判別できないほどの鳴き声が聞こえてくる。
その正体は、ひしめく羊の大群だった。
丘の上にいる俺たちは、少しの距離と高低差を挟んで、足の踏み場もないほどの羊に囲まれていた。
直後、一斉にその羊たちは顔を下げる。
ひっきりなしだった羊の鳴き声がピタリとやみ、不気味な静寂に包まれる。
何をしているのか、考えればわかるのかもしれないが、羊たちのあまりの物量と密度に、真っ白になった頭には感想すら浮かんでこない。
俺たちは誰も一言も発さないまま、ただ風の音を聞くしかなかった。
……そして、羊たちは顔を上げた。次の瞬間、彼らはいなくなった。
あとには、むき出しの地面だけが残されていた。
ここに至って、ようやく脳が結論を導き出す。
――あの羊たちは、草を食べていたのだと。
予想の斜め上を行く除草方法に愕然としている間にも、すっかり禿げ上がった丘陵地帯に変化が訪れる。
いたるところから小さな緑が生まれ、それが次々と大きくなっていく。
目を凝らせば、草がにょきにょきと生えていた。
十秒もかからなかっただろう。
目の前には、何もなかったかのように以前の光景が広がっていた。
「……は、はは」
それは半開きだった俺の口から漏れたのか、それともミィクのものだったか。
俺とミィクで顔を見合わせると、ミィクは呆れた意識とともに苦笑を漏らした。
「これはなんとも……大魔以上と言われる羊の大群を操り、植物の創造を意のままに行う。まさしくウーリトゥーリさまの能力そのものでしょう。
加えて、空間すら操るその多様さ、強大さ、しかと認めました。シテアハネさまが干渉を控えたわけもよくわかります。公魔の順位のパワーバランスが崩れることを恐れたのでしょう。
要求への対応、ありがとうございます。ウーリトゥーリさまの能力であることは疑いようもありません。ウーリトゥーリさまがいずれこの地を離れ、現界を移動したのち、サミットを訪れる旨、聞き届けました。シテアハネさまにとって朗報となるでしょう」
ミィクの立ち直りは早かった。公魔ともなればその経験も濃いのかもしれない。
「そうか、認めてもらえて良かったが……いつサミットに行けるかはわからないぞ? 一年後になるかもしれないが、それは大丈夫か?」
朗報などと言うものだから、すぐには向かえないことを念押しすると、ミィクはあっさりとうなずく。
「ええ、構いません。こちらの世界には時間を区切るという考えがありませんし、私たち魔物にはおよそ寿命というものがありません。現界の方は日、週、月、年と時間を区切ってことを急ぐ傾向がありますが、私たちはのんびりとしたものです。サミットに訪れるのは、そちらの用事が終わってからで大丈夫です。もちろん、サミットへの訪問を忘れてもらっては困りますが、時間がかかるぶんには問題ありません」
……長命種の必定か、時間感覚が大ざっぱというかのんびりとしているのだろう。
俺はありがたく了承を返した。
ミィクは晴れ晴れとした表情で告げる。
「ウーリトゥーリさまが見つからず、一時はどうなるかと思いましたが、貴女方に出会えて幸運でした。この領域の光景は興味深いですが、ずっとさまよえば見飽きるというもの。なにより発注していた刀が仕上がっている頃なので、早くサミットに帰還したかったのです。
おかげさまで、特にアクシデントもなく予定通り帰れそうです。本当に感謝しています」
朗らかな笑みとともに、好意の意識が向けられてくる。これまでの淡泊な意識とは打って変わり、その感謝は本物だった。それだけ早く帰りたかったのだろう。刀に対する思いは特別らしい。
「そうか、それは良かった。……一つだけ、いいか?」
「はい、なんなりと」
「ウーリトゥーリを探し歩いたということだが……恐怖を発している魔物には会った?」
あわよくば、恐怖の魔物について情報が得られるかと期待した。
もしミィクが恐怖の魔物に会ったのなら、恐怖の魔物の外見だけでなく、その強さや能力について考察しただろう。是非ともその所見を聞かせてほしかった。
だが、ミィクは首を横に振る。
「いえ、あれには会いに行っていません。……シテアハネさまから、あれはウーリトゥーリさま本人ではなく、その番人のようなものだろうと聞いていました。私の感覚では話の通じる相手ではなさそうだったので、最後の手段に取っておくつもりでした。幸い、貴女方と出会えたので、あれと会う必要はないでしょう」
……ふいに込み上がりかけた怒りを抑えこむ。
あれが――ウーリの番人?
違う、あれはウーリの敵だ。ウーリを怖がらせ、ウーリを夢の中に閉じ込める敵だ。
「あれはウーリの番人じゃない。ウーリの敵だ」
「……おや、そうなのですか」
俺が静かに告げると、ミィクは意外そうに眉を上げる。
「ウーリトゥーリさまであれば、容易く排除できそうなものですが……いまだ健在ということは、ウーリトゥーリさまでも排除にてこずる相手なのですか?」
「少し事情があって、本人では対処できない」
「そうでしたか。番人と間違えたこと、謝ります。シテアハネさまにもその旨伝えておきましょう」
「……頼む」
その対応に、見当違いにも失望してしまう。「力を貸しましょうか?」という言葉を期待してしまっていた。
恐怖の魔物の討伐に、ミィクが参加する構図。ミィクほどの実力者が味方になってくれれば、恐怖の魔物にも確実に勝てようというもの。
だが……それは甘えだ。
元はと言えば、俺があれを倒すという話のはず。ミィクが俺より強そうだからといって、部外者の力を借りようと考えるのは甘えに過ぎない。
俺は自分の信念を見つめ直す。
……単純な話だ。ミィクの力を借りたくなるなら、俺がミィクよりも強くなればいい。そして恐怖の魔物を倒せばいい。
ミィクよりも強くなろう。俺はそう決意を新たにした。
用件を終えた俺たちは別れの挨拶を交わす。
「では、私はこれで。……恐怖の魔物がウーリトゥーリさまの敵であるのなら、あれに会わないよう気をつけて帰るとしましょう」
「……ん?」
わざわざそう表現することに、何か引っかかりを覚えた。
「こちらから会いに行かなければ、気をつけることもないのでは?」
「……おや、あれが動くことは知らないですか?」
……ふと思い出す。そういえば、あれはときどきウーリを襲いに来るのだったか。
俺がいるときには襲撃がなかったから、ずっとあの場から動かないものだと錯覚していた。
「いや、体験したことはないが、話には聞いていた。そうか。
ただ……あれはウーリトゥーリを襲いに来るから、俺たちと別れたあとは、あれと遭遇することもないと思う」
「そうでしたか。それなら安心です」
残る可能性は、今すぐ襲撃に会うことだが……そんな可能性はほとんどないだろう。
「では、次は都で会いましょう」
「ああ、いずれ」
それを最後に、ミィクは背を向け、傍らに刀を浮遊させたまま優雅に歩き去っていく。
俺はその後姿を見送る。
彼との対話が成功に終わり、ふっと気を抜いたときだった。
……それは何の前触れもなかった。
耳元で、不意打ちの声が上がる。
「――はーちゃん! ――コワイノが来るよぉ! 逃げるぅ!?」
ミィクのときとは段違いの、焦り声。
ミィクとの対話などとは比べ物にならない脅威であることが、言外にありありと伝わってくる。
俺は一瞬思考が止まり、……そして、反射的に判断を下す。
「逃げるぞ! ラウレ、ミィク、恐怖の魔物がすぐにここに来る! 情報不足だ、あちらから仕掛けられるのはマズイ! 俺たちは転移で逃げる! ……いや、ミィクも転移で送ろう! それでいいか!?」




