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26話 最後の座学を受けて

「じゃあ、最後の座学を始めるね」


 草原の石に座り、俺とラウレは向かい合う。

 さっきの膝枕で火照っていたラウレの頬は元通りになっていた。改めて膝枕をしようと持ちかけたところ、「また、機会があればね」なんて冷静に返されたので、おそらくラウレはずっと先送りするつもりだろう。機会を見つけて、例えば弟子卒業の暁にお世話になったお礼として膝枕を提案するのもいいかもしれない。


 さて、最後の座学ということだが……。


「いったい何を学ぶ? もう魔術のことは教えてもらったと思ったんだが、まさか、五精魔術ジェネラル心象魔術ユニーク希少魔術マイナーの他にも魔術があるなんて言わないよな?」


 警戒半分、期待半分で問いかけてみれば、ラウレは苦笑して首を横に振った。


「そうなったらボクも驚いちゃうよ。今から教えるのは、魔術の極みについてだよ」

「魔術の、極み……?」


 心躍る言葉に、一気に興味をかき立てられる。


「うん。まあ、ざっくり言えば、魔術の極みと呼ばれているものについての紹介かな。これを聞いたからってすぐに何かが変わるわけじゃなくて、あくまで方向性を示すだけだから、あまり期待はしすぎないでね」

「おっと、そうか」


 俺は過度な期待を抑えると、ラウレに続きを促した。


「じゃあ説明するね。

 最初に紹介しておくと、極みは四つあって、それぞれ心象魔術ユニーク希少魔術マイナー、並列魔術、多重魔術だよ。前の二つはイスハも知っているよね」


 聞きなれない並列魔術と多重魔術はさておき、心象魔術ユニーク希少魔術マイナーはきちんと覚えている。とはいえ、あれらは魔術の種類の一つに過ぎなかったはずだ。


「もちろん知ってはいるが……それ単体で極みなのか?」

「うん、単体で極み扱いだよ。イスハはまだ実感ないだろうけど、心象魔術ユニーク希少魔術マイナーも、一生のうちに習得できたらすごいことなんだよ? 心象魔術ユニークは習得できたら金色ゴールド扱いだし、希少魔術マイナーも、それには及ばないけど似たようなものなんだ。えっと、まず心象魔術ユニークについては納得できるかな?」

「そうだな……まあ、心象魔術ユニークが単体で強いのはわかる」


 ラウレの黒い魔術しかり、大魔グレイトの特殊な魔術しかり。それに習得者もかなり少ないだろうから、憧憬も込めて極み扱いされるのは納得できる。


「だが、希少魔術マイナーはどうなんだ? 存在が希少なのはわかるが、極みというには……」

「確かに強さでは劣るからね。でも、希少魔術マイナーのすごいところはその利便性なんだ。どちらかというと、戦闘用ではなくて実用的な感じなんじゃないかな」

「というと?」

「えっと、例えば国が抱える“転移”があるけど……転移の魔術なんて、普通の人にはできないよね? あ、もちろんウーリちゃんは別だよ? ウーリちゃんの万能性は異常だから」

「ああ、それは理解している」

「えっと、それで転移の魔術は、普通はできないうえに、国が求めるほど便利なんだ。言ってしまえば国宝級の魔術ってことだよ。希少魔術マイナーって、研究して作られるから、その完成度がすごく高いんだ。必ず便利なようにできているといったらいいのかな……。まあ、ボクも詳しくないから確かなことは言えないけどね」


 あはは、と苦笑いするラウレだが、その言わんとするところはなんとなく伝わった。


心象魔術ユニークが天才タイプの極みだとすれば、希少魔術マイナーは研究タイプの極みってことか。普通では真似できないのは当然として、研究の成果だから、それ単体でも極みなわけだ」

「あっ、そうそう、そんな感じだよ」


 俺の表現にラウレはスッキリした表情でうなずいた。


「そうか、納得した。

 それで、残りの二つはどういうものなんだ? 確か、並列魔術と多重魔術だったな」

「うん。どっちも五精魔術ジェネラルでできるんだけどね、ある特技スキルを併用することで、極み扱いされるんだ。先に並列魔術から話すと、これは【並列演算】を使った魔術だよ」


 【並列演算】という特技スキルには聞き覚えがある。以前、養母ちゃんが客の二人から同時に話しかけられたときに、【並列演算】なんてないんだから同時には聞けないと返していた。おそらく、名前の通りの能力だろう。


「【並列演算】は、二つ同時にものを考えられる能力で合っている?」

「うん、合ってるよ」

「じゃあ、並列魔術というのは、一人で異なる魔術を二つ同時に使うことか」

「察しがいいね、その通りだよ。親和精にもよるけど、一人でタイミングよく二つの魔術を使えるのはかなりの強みだからね。単純に二人で行うのとはわけが違うんだ」

「なるほど、二人でやるとタイミングのズレが起きるだろうから、一人でやれるメリットは大きいのか」


 例えば俺に【並列演算】があれば、[負爆おいはぜ]で敵の攻撃を避けながら[爆撃はぜうち]を置き土産にできるだろう。俺の場合はタイミングだけでなく、敵の近くで容易にカウンターができるので強い。

 いや、実際の感覚はわからないが、一方に集中しながらもう一方をこなせるのだとしたら相当なものだ。その価値は計り知れない。


「そうだね。でも、【並列演算】は完全に才能の問題だから、持っていなければどうしようもない。さっきの例えで言えば、並列魔術は天才タイプの極みだよ」

「なるほど。並列魔術に比べれば、心象魔術ユニークのほうがまだ可能性があるな」

「うん。習得難易度順に並べると、難しいほうから並列魔術、心象魔術ユニーク希少魔術マイナー、多重魔術ってなるかな」

「……多重魔術が一番簡単なのか」

「一般的に、魔術を極めるなら多重魔術を目指すべきだって言われているよ。多重魔術はね、努力タイプの極みなんだ」

「おお」


 思わず感嘆した。

 これは来たかもしれない。努力なら俺の得意分野だ。一日のほとんどを鍛錬に費やしているので、メニューを変えれば容易に日課に組み込める。魔術の修行が行き詰っていたところに新たな風を吹き込めるかもしれない。

 と、一瞬だけ浮かれたが、しかしすぐに考えを改めた。

 ……ラウレがこのタイミングで説明するということは、おそらくすぐに俺の役に立つというものではないはずだ。でなければ、もっと早くに教えてくれていただろう。


「期待はほどほどにしておこう……」

「あはは……まあ、それが正解だね。実はね、多重魔術は、どちらかといえば遠距離攻撃向けなんだ。イスハの場合ならハゼウチだけど、イスハの使い方からすると多重魔術にはしづらいかな」


 早速とばかりに期待が瞬殺され、俺はうなだれた。

 そりゃあ、そううまくはいかないよな。


「で、でも、イスハの戦い方も一つの極みだよね!」


 慰めようとしてくれているのか、ラウレが明るい声を出す。

 お世辞ならラウレに悪いので止めようとしたが、しかしラウレの意識に無理をしている感じはなく、あくまで本音のようだったので耳を傾ける。


「知っているかな? 魔術で戦う術師アーティスト、武術で戦う戦師マーシャルに対して、魔術と武術を高度に組み合わせて戦う人を、術戦師マルチプルアーティストって呼ぶんだよ。これを目指す冒険者は多いけど、なかなかうまくいかないからね。戦術の極みといっても過言じゃないと思うな。走術っていうのは変則的だけど、イスハも術戦師マルチプルアーティストだと思うから、それはすごいことだよ」

「……ありがとう」


 確かに俺の戦い方は今や走術と魔術を組み合わせたものだが、課題が残る身としては謙遜の一つもしたくなる。しかし、ラウレの心遣いもあり、その賛辞は素直に受け取っておくことにした。

 すると、俺が動じなかったせいか、ラウレは拍子抜けしたような顔をする。


「えー、せっかく褒めたのに……。もうちょっとこう、照れてもいいんだよ?」

「ああ、ラウレは恥ずかしがらせて喜ぶ変態だもんな」

「ち、違うよ!? 変態じゃないよ!? ……もう! イスハってば酷いんだから……」


 尻尾を立てて、ツンとそっぽを向くラウレ。

 ただ、意識感知がある俺にはそれがただのポーズであると丸わかりだったので、あえて何も言わずにじっと見つめた。

 すると、そっぽを向いたまま、そわそわとラウレの尻尾が動き出す。

 ラウレはちらちらと俺を見て、次第に顔を赤くしていき、ついには羞恥に耐えられなくなったのか、恥ずかしそうに俺を睨んできた。


「もう! なんで反応してくれないのかな!? ボクだけ馬鹿みたいだよ!?」

「いや、ラウレが可愛くてつい」

「っ……!」


 ラウレは髪の色と同じくらい、つまり火が出そうなほど顔を赤くして叫ぶ。


「イスハの変態!」

「……え? なぜ俺が変態に?」

「人を恥ずかしがらせて喜ぶ変態!」

「……悪い、ラウレのお株を奪ってしまった」

「いや、そこは謝らないで!? ボクのお株じゃないからね!?」


 などと弄りながらも、ラウレから嫌がる意識が飛んでくるどころかむしろ楽しそうなので、こんな感じでいいのだろうと思う。ラウレは孤独な旅をしてきただろうから、もしかしたらこういうやり取りに飢えているのかもしれない。そう思うと、少し切ない気持ちになる。

 俺も無理してラウレを弄っているわけではなく、ラウレの可愛くて楽しい反応を期待しているのは事実だが、弄るのが得意というわけでもない。話の途中だったのもあり、早々に切り上げることにした。


「それで、多重魔術は具体的にどういうものなんだ?」

「急に戻したね!? 待って待って! まだボクが落ち着けていないから!」


 ラウレはすぅはぁと深呼吸を繰り返すと まだ赤みの残る顔でふてくされたように睨んでくる。


「もう……。イスハは勝手だよ」


 しかし、その様子がどこか楽しそうにも見えるのは、意識感知が見せる幻なのか。

 少なくとも確かなことは、ラウレが可愛いということだろう。


「なんなら、落ち着くまで膝枕でもしようか?」

「ッ! 今はいいよ! また今度で!」


 せっかく赤みが引いてきた顔をまた色づかせ、ラウレはぶんぶんと手と尻尾を振る。


「そうか。まあ、またの機会にしようか」


 弟子卒業の暁にでも。


「うん! そうだね!」


 大げさに首肯するラウレ。俺はこれを言質にするべく覚えておくことにした。

 ……さて、本当に話を戻さなければ。


「それで、多重魔術というのは? 俺の戦い方には合わないかもしれないが、習得できるものには興味がある。“多重魔術”という言葉の感じからすると、複数の魔術を同時に使うような印象だが、それだと並列魔術になるよな? どう違う?」


 俺が真面目に尋ねると、ラウレも落ち着いてきたのか深呼吸をしてから答えてくれる。


「ふぅ……えっと、多重魔術は一つの魔術だよ。一つの魔術を複雑化して使うのが多重魔術なんだ」


 俺は頭の中で整理する。


「つまり、一つの魔術を極めるのが多重魔術ってことか。正統派というか、普通にまっとうなやり方だな」

「そうだね。だから、努力タイプの極みなんだよ」

「なるほど、全体像が見えてきた。魔術の極みというのは、まず五精魔術ジェネラルが使えるのは前提として、一つの魔術を複雑化して技として極めるか、あるいは二つの魔術を同時に使えるようにするか、そもそも心象魔術ユニーク希少魔術マイナーといった優秀な魔術を習得するかのどれか、ということか」

「うん、そういうことだね。っていうか相変わらず理解が早いね、イスハは」

「……まあ、実戦を見越してどうすべきかを考えているからな」


 良くいえば当事者意識、身も蓋もない言い方をすれば自己本位の思考だ。信念のために命懸けというのが大きいのだろう。


「それで、多重魔術というのはどうやるんだ? 一つの魔術を複雑化するといっても、具体的なことが思いつかない」

「答えを言っちゃうと、【多重操作】なんだけど……。

 えっと……やっぱり最初から説明するね。魔術にとって大切なのは、対象に当たるかと、必要な効果を出せるかの二つだよね? それで、実戦だと、対象に当てることはなかなか難しいよね。それに比べて、必要な効果を出すのは簡単だと思うんだ」

「そうだな、そもそも当たらなければ意味がない。上級者になるほどそれは顕著だろう」

「うん。だからまあ、攻撃魔術なんかは、いかに相手に当てるかが焦点になってくるんだけど、それを解決するためにあるのが多重魔術なんだ。ちなみにその答えとして、イスハは何を思いつくかな?」

「高速で精密な射撃タイプの攻撃か、避ける隙間もない広範囲攻撃か」

「即答だね……」

「なんといっても、俺が受けたくない攻撃だからな」

 

 俺にとって回避は重要だ。どんな攻撃も避けるからこそ、どうすれば俺に当たるかは俺がよく知っている。


「そっか。でも、えっと、高速で精密な攻撃って難しいよね。ボクなんかは水精アプサラが親和精だけど、水を精一杯速く動かしてもそれ単体じゃ簡単に避けられちゃうもん。あと広範囲攻撃だけど、これも魔力量の問題で難しいよね。魔物ならできるだろうけど、ボクたちには無理だよ」

「まあ、確かに」

「そこで工夫が必要になるんだけど、イスハならどうするかな?」

「数を増やす」

「また即答……。いや、合っているけど」

「だがそれだけじゃ不充分だ。数が増えても単調な動きだと簡単に避けられる」

「じゃあ、どうすればいいかな?」

「複雑に動かす。ああ、それで複雑化か。しかし難しくないか? それこそ【並列演算】がなければできるとは思えないが……いや、【多重操作】の能力にもよるのか?」

「うん。【多重操作】というのは一度に複数のものを動かす能力だよ」

「それは、【並列演算】がないと厳しいのでは?」

「もちろん、その場で考えて別々に動かすなら必要になってくるよ」

「……そうか、あらかじめ動きを決めておくのか。その場で考えて動かすのではなく、決めていた動きを再現するだけなら、努力次第でできるようになる。事前に何度も練習して、その型、というか技を覚えておき、技を身体に染み込ませて身体の動き……じゃないな、思考を最適化する。実戦ではその技を再現する。なるほど、多重魔術とはいえ、そのへんの最適化の流れは武術と変わらないな。まあ、術を修めるというのはそういうことなんだろうが」

「…………」


 ふと、ラウレから呆れの意識が向けられてくる。顔を上げれば、ラウレは半笑いをしていた。


「あ、悪い、共通項が見つかったのでつい」

「一人で答えに辿り着くなら……やっぱりボクは要らないような……」

「いや、ラウレの教え方が俺に合っているおかげだ。俺に考えさせてくれるから、こうやってすんなりと理解できるんだ。教え子がすぐに理解できるのは師の教え方が上手いからだと思うぞ」

「……もう、イスハは口が上手いね」


 ラウレは照れたようにそっぽを向いた。……口が上手いというか、事実を述べているだけなんだが。

 そのつもりもないので弄ることなく待っていると、ラウレは咳払いを挟んで続ける。


「こほん。イスハはもうわかっていると思うけど、複数のものを同時に、複雑に動かして相手に避けられないようにするのがポイントだよ。そのための工夫もまた必要なんだけど、大切なのは複数を複雑にというところだね。イメージとしては、右手で三角を描きながら、左手で四角を描いて、右足で星を描くような感じかな。練習して覚えて、それができるようになるのが【多重操作】だよ。あくまで記憶の再現だから、【並列演算】とは別物ってわけだね」

「そうだな、そのへんも含めて理解した」

「うん。それで……多重魔術は一番習得しやすいんだけど、イスハの役には立ちそうかな?」


 問われてパッと答えが出なかったので、少し考えてみる。


「……多重魔術の目的は相手に魔術を当てることだよな? 俺なら相手に近づいて蹴るから、そもそも多重魔術を必要としていないかもしれない」

「あっ、そっか……」


 俺はラウレと顔を見合わせ、互いに苦笑する。

 ラウレが取り繕うように口を開く。


「まあ、最初に言ったように、魔術の極みの紹介だからね、知ってて損はないと思うよ。

 ……さてと、最後の座学も終わったことだし、ちょっと時間を置いてから弟子卒業試験をしよっか」


 いよいよ試験ということなので、俺は不明点を確認することにした。


「気になっていたんだが、その試験では何をする?」


 すると、ラウレは企むような意識とともに、不適な笑みを浮かべるのだった。


「ふふ……さっきの座学も踏まえて言うよ。

 弟子卒業試験の内容はね、……ボクの魔術を避けることだよ」


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