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22話 ケガの治療を受け

「――空精魔術エアリエッティ負爆おいはぜ


 離れたところからラウレとウーリに見守られながら、俺は二つ目の技を発動させる。


 立ち止まった状態から、背後に設置していた圧縮空気を解放。

 途端、爆風じみた衝撃が発生し、背中を平らな鈍器で殴られたような感覚とともに俺は吹き飛ばされた。


 この技の目標は、爆風のようなそれを推進力にして、姿勢を維持したまま前方に直進することだが、やはり成功には程遠い。

 吹き飛ばされて一気に加速はできるのだが、しかしバランスの取りようもなく、視界がぐるぐると回転する。つまり、無様にきりもみ回転をしてしまう。


 俺はかっと目を見開くと、動体視力と感知に全神経を集中させる。

 

 ――そこ!


 迫りくる地面を見極め、きりもみ回転をしながらも受け身を取って着地。草原の上をごろごろと転がり、何メートルも進んだあとにようやく静止する。

 身体の具合を確かめながらゆっくりと立ち上がる。……幸いにも、ケガはないようだ。

 受け身に失敗したり、転がったときの進路上に大きな石があったりすると、骨折や打撲、裂傷を負う。もしウーリが治療できなければ、[負爆おいはぜ]の練習は断念せざるをえなかっただろう。


 俺は沈む気持ちで身体をはたいてホコリを落とす。

 [負爆おいはぜ]は爆風を背に受けて一気に加速する技だ。しかし困ったことに、成功する気が全くしない。

 弱い風ならきちんと乗ることができる。そこから徐々に風を強めていくこともできる。だが……あるラインから全く制御できなくなる。

 加速の補助を目的とするなら、弱い風でも成功と言えるだろう。

 しかし、[負爆おいはぜ]の真の狙いはそこではない。


 いずれは背中ではなく足で爆風に乗り、空を駆けること。[負爆おいはぜ]はそのための通過点でしかない。

 空を駆ける推進力を得るにはやはり爆風でなければならない。

 

「はーちゃん、大丈夫ぅ?」


 ウーリが浮遊で素早く俺に近づき、真剣な表情で俺の周りをぐるりと一周する。ケガの有無を見ているのだろう。

 

「ああ、今回は大丈夫だ。ありがとう」

「良かったぁ」


 ウーリが浮遊をやめて着地する頃、腕組みをしたラウレがやってきた。なぜかふてくされたような顔をしている。


「イスハ……またキミは完成させちゃってさ、ボクの出る幕がないよ。

 予備動作なく高速で飛び出して、回転しながら頭突きする技かな? キミらしくない感じだけど、意表をつく面白い攻撃だよね。瞬間的なものだから魔力消費の心配もあまりないし」


 ラウレはさっきのあれをきりもみ回転するための技だと認識したらしかった。

 思わぬ誤解に、頬が引きつる。


「ラウレ……さっきのは、失敗だ」

「ふうん? ……え? なんて?」

「失敗だ。それと、攻撃じゃなくて移動の技」

「…………なんか、ごめん」

「謝らなくていい。説明していなかった俺の責任だ」


 そう、考えてみれば、いきなりあれを見せられても移動の技の失敗だと判断するのは難しい。失敗する旨を伝えておくべきだった。先に結果を見せようとしたのが裏目に出た。


 俺は咳払いを挟むと、技の説明を始める。


「あれは、ざっくり言えば爆風に乗る技だ。その爆風を起こすために、空精魔術エアリエッティを使う。

 爆風といっても本当に爆発させるんじゃなくて、圧縮した空気を解放する。それによって疑似的な爆風を起こす。

 それを背中に受けて急加速するのが[負爆おいはぜ]……あの技の狙いだ」

「じゃあ、あのくるくる回っていたのは?」

「……単にバランスを崩しただけだな」

「そ、そうなんだ。でも、よくあれで着地できたね。ボクには絶対に無理だよ」

「たまたまだ。半分以上は着地に失敗してケガをする」

「……えっと、無謀?」

「うっ、そこをなんとか助言で改善したい……」


 俺が合掌するように翼を合わせると、ラウレは考え込む。


「……もっと弱い風でやるとか?」

「弱い風だと成功はする。もし、にっちもさっちもいかなくなったらそうするが……実は、将来的に爆風を踏んで空を走れたらと思っているんだ。[負爆おいはぜ]はその前段階でもある。できれば爆風に乗ることを目指したい」

「それは、夢みたいというか、できたらすごいけど……うーん……」


 ……まあ、夢みたいというのもその通りだろう。

 爆風に乗るなんて現実味がない。実際、一度も成功していないし、成功するイメージもついていない。難しすぎるのだ。

 一ミリのブレがあるだけで、身体がくるくるときりもみ回転を始めてしまう。いや、【身体操作】であれば一ミリのズレなく身体を動かせるが、どう動かせばいいかが見えてこない。【感知】をもってしても、爆風の重心とでもいうべきポイントが見つからないのだ。いや、竜巻に乗れたように、時間をかければ見つけることはできる。本当の問題は、それらを爆風を受けた刹那せつなにこなさなければならないことだった。


「イスハ、爆風をいくつか用意して、姿勢を安定させるのはどうかな?」

「……なるほど、数を増やしてみるのもアリか」


 しかしそれはそれで制御の問題がある。一つでさえうまくいっていないのに、増やしてどうするのかということだが、まあ、他に案もない。あとで試してみよう。


「ごめん、それくらいしか思い浮かばないよ」

「いや、案を出してくれてありがとう」

「ううん。……あと気になってたんだけど」


 ラウレは少し言いにくそうに続けた。


「爆風を直接相手に当てることはしないのかな?」

「……できないわけではないが……」


 俺は近くの空気を[負爆おいはぜ]のときよりぎゅうぎゅうに圧縮し、それを遠くへと移動させる。

 魔術の操作は、身体から離すほど魔力が途切れて制御を失いやすくなるので、遠隔操作には集中を要する。まだ慣れていない俺はなんとか二十メートルほどまでゆっくりと移動させ、そこで制御を手放した。


「いくぞ」


 短く警告を発しておく。直後、パンと何かが割れるような音とともに、生えていた草の一部が吹き飛んだ。

 その範囲は一メートルほどだろうか。その中心部だけ地肌が見えている。離れているこちらまではあまり衝撃が来なかったが、あれを近くでやられるとそれなりの威力だろう。


「とまあ、ご覧の有様だが……なんというか、回りくどいというか、だったら走って蹴ったほうが速そうなんだよな」

「そっか。でも手が届かないところにも攻撃できるし、見えないから避けにくいし、数を増やせば強くなりそうだけど」

「……それもそうなんだが」


 空精魔術エアリエッティを使うようになってわかったが、遠距離攻撃は身体がうずく。走って蹴らないと達成感がない。

 それに、遠隔操作の練習も時間がかかる。それだったら……。


「しばらくは[負爆おいはぜ]に取り組んでみて、それがうまくいきそうになかったら爆風攻撃……[爆撃はぜうち]を練習するってことでどうだろう?」

「そうだね。走って蹴るのがイスハの流儀だろうし、気の進まない練習をするよりは、習得したいものに取り組むほうが効果的だと思うよ」

「そうだよな。ラウレ、ありがとう。今からはまた一人で練習しようと思う」

「ううん、大した助言はできなかったけどね。

 ……ちなみに、まだ見せてない技はあったりするのかな?」


 警戒心を露わにして尋ねてくるラウレに、俺は苦笑を返す。


「いや、もうないな。走りを速くする[風亡かぜなき]に、空を駆ける……前段階の、加速の[負爆おいはぜ]。この二つが俺の理想だから、他にアイデアはない」

「そっか。どちらもユニークな技だから、ボクも完成を楽しみにしているよ」


 ラウレは楽しそうに微笑んだ。そこには気負いや対抗心といったものが見受けられない。

 その無邪気な表情は初めて見た気がして、俺も自然と微笑み返すのだった。




「あぁ! はーちゃんケガしてるぅ!?」


 ラウレにケガの手当てをしてもらっているときだった。

 [負爆おいはぜ]の失敗で着地したあと背中をすってしまい、俺の翼では手当てもできないので、ラウレに頼んで傷口を洗ってもらっていた。

 ウーリに頼めば一発で完治するのだが、ケガするたびにウーリに頼むのも申し訳なく、今回はウーリが寝ているときを選んで練習していた。

 争いを好まないラウレのことだから、なんとなくケガについて小言でもあるかと思っていたが、意外にもラウレは素直に応じてくれている。魔術の練習にケガはつきもので、ラウレもそうだったのかもしれない。

 そうやって穏やかに治療を受けていたときだった。


 いつの間にか起きていたらしいウーリが驚いたような声を上げ、羊の上から慌てて浮遊して俺の近くまで飛んできた。できれば見つかりたくなかったので、俺はバツの悪さに身じろぎをする。


「ウーリ、これは軽い傷だから心配しなくていい」

「そうだよウーリちゃん。イスハの肌に傷がつくのはもったいないけど、魔術の練習だからね、しょうがないよ」

「もったいないって、なんかいやらしいな」

「い、いやらしくないよ!?」


 俺とラウレは軽いノリで話すが、ウーリは悲痛な面持ちを崩さない。


「ダメだよぉ! ケガは痛いのぉ!」


 ウーリが治療したそうにしているので、俺は諦めて頼むことにする。


「いつも頼ってばかりで悪いが、治療、お願いしてもいい?」

「ウーリに任せてぇ! ええぃ!」


 張りきってかけ声を上げるウーリは浮遊したまま両手を握りしめる。するとどういう原理か、俺の身体がぬるま湯に浸かったようにぽかぽかと温かくなり、傷の痛みが引いていく。

 もはやお馴染みの感覚ではあるが、数秒もすれば背中のケガは完治していた。


「ウーリ、ありがとう。ラウレも、中途半端に頼んで悪かった」

「いや、それはいいけど……」


 振り返ると、ラウレが呆然としてウーリを見ている。

 それに気づいたふうもなくウーリが満足そうな表情で地面に降り立つと、ラウレは緊張したような声で言った。


「ねえ……今の、[治癒]かな? でも水精魔術アプサラスの秘技じゃないよね? もしかしてそれも心象魔術ユニークなのかな……?」


 察するに、ウーリの治療の仕方が一般的なものではなかったのだろう。

 ウーリは不思議そうに首を傾げるばかりなので、俺が代わりに答える。


「おそらく、水精魔術アプサラスの秘技とやらではない。ユニークだろうな。というかユニークって何?」

「その人にしか使えない魔術のことだよ」

「そうか。じゃあそれで合っていると思う」


 固有ユニークという言葉から想像していた通りだったな。


「ねえ、ウーリちゃんって、すごすぎないかな?」

「ん? ウーリはすごいぞ」

「いや、えっと、心象魔術ユニークが多すぎないかな? 転移できて、ルリの実を作れて、治癒もできるなんて、どれも系統が違うのにおかしいよ」


 ラウレは尻尾を立て、警戒するようにウーリを見ている。それに対してウーリは少し怯えたように俺へと近づく。

 ……潮時かもしれないな。ようやく、その正体を明かすときが来たのだろう。


「そうだな、ウーリはそこらへんの魔物とはわけが違う。まあ、ありていに言えば規格外だ」

「……イスハ、そういえばウーリちゃんの事情って聞いていなかったね。今、聞かせてもらってもいいかな?」

「ああ、もちろん。といっても、ラウレも薄々気がついているんじゃないか? 空間を転移し、植物であるルリの実を作れて、傷の治療もできる。しかも……ウーリトゥーリの領域内の羊と繋がりがあり、自分をウーリトゥーリと呼ぶ。ここまでくれば、もうわかるだろ?」

「……まさか!?」


 ラウレは青緑色の瞳を見開き、ウーリのことをハッと見つめた。

 さすがにここまで証拠をそろえれば信じざるをえないだろう。もう、ウーリがウーリトゥーリ本人だと気づいたはずだ。


「そう、そのまさかだ」

「そんな!? ――ウーリトゥーリの子ども!?」

「……いや、違う」

「え?」

「え、じゃないだろ。というかなんで子どもが自分のことをウーリトゥーリって言うんだ」

「いや、ファミリーネームなのかと」

「ああ、なるほど。いや、違うから」


 はは……と、乾いた笑いが漏れてしまう。筋金入りというか、そうまでして本人と結びつけられないとは。

 俺は投げやりな気分で答えを口にした。

 

「ウーリトゥーリだ」

「……え?」

「ウーリトゥーリ本人だ」

「……うそ……だよね?」


 ラウレが泣き笑いするような変な顔でウーリを見る。

 ウーリはふわりと首を傾げると、不思議そうに口を開いた。


「ウーリはウーリトゥーリだよぉ?」

「――あはは……。これ、夢だよね?」


 偶然にもラウレが真実を言い当てると、ウーリが即答する。


「そぉ。ウーリの夢の中ぁ」

「……え?」


 許容オーバーしたのか、ラウレは半笑いのまま固まった。


 しばらくすると、おもむろに右手を掲げ……勢いよく振り下ろす。

 あっ、と思ったときには、パァン! とラウレの右頬から音が鳴っていた。


「ぃっっったぁ……」

 

 涙目で頬を押さえ、うずくまるラウレ。

 俺の隣ではウーリがぎょっとして、慌ててラウレに駆け寄っている。


「らーちゃん!? 大丈夫ぅ!? 今治すねぇ!」

「え? …………あ、痛いのなくなった……」

 

 ラウレは頬を押さえていた手を呆然と見つめる。

 そしてウーリを見ると、がっくりとうなだれた。


「らーちゃん!?」

「あー、ウーリ、そっとしておいてあげてくれ」


 頬の痛みがなくなっても、心の整理が必要だろう。

 ウーリの正体を信じてもらえたことは喜ぶべきなのだろうが……。

 

 俺は微妙な気持ちになりながらも、心配するウーリをなだめてラウレから離れるのだった。


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