20話 ラウレと模擬戦をして
「イスハ、まずは模擬戦をしよう」
「模擬戦? なんで?」
ラウレからの脈絡もない提案に、疑問符が浮かぶ。
走りから帰って来たところ、ラウレから空精魔術の技の進捗を聞かれたので、てっきりこれから技を披露するものだと思っていた。
空精魔術を使えるようになってからまだ一日ぐらいしかたっていないが、走りに対する不満というか要望はもともとあったのでそれを形にするだけだ。開発した二つの技のうち、一つはさっき走りながら試したところなかなかいい感じに仕上がっていたので、ぜひラウレに見てもらおうと思っていたのだが……。
「模擬戦をする理由は、イスハの戦闘スタイルを確認するためだよ。イスハの魔術の参考にしたくてね」
「なるほど……そういうことなら喜んで」
開発した二つの技のうち、もう一つのほうがうまくいっていない。ちょうどラウレに助言をもらおうと思っていたから、その参考になるだろう。
それに、魔術とは関係ないが、ラウレに走術を理解してもらういい機会でもある。どうやらラウレは走術のことを、速く走るための術と認識しているようだった。まあ、最初なんかはそれすら魔術を使っていると誤解されていたのだから、それに比べたら進歩しているが、走術はより実戦的なところにある。走術とは相手の意識をかいくぐる術だ。模擬戦はそれを体験してもらうのにおあつらえ向きだった。
俺はラウレの配慮に感謝しつつ、ラウレとともに丘陵地帯の中でも戦いやすそうな場所へと張りきって向かった。
「ルールを確認するよ。攻撃は寸止めで、ボクが止めたところで終了だよ。あと、あまり敵意は向けないでもらえると助かるかな。なんていうか、ボク、争う感じのが苦手で……」
気まずそうに告げるラウレ。
そういえば、昨日の戦闘でラウレが攻撃するところを見ていない。温厚な彼女らしいと思いつつ、俺はうなずきを返す。
「ああ、了解した。すぐに始める?」
「うん。早速やろっか」
「じゃあ距離を取ろう」
「えっと、そうだね」
俺はラウレに背を向けると、草に覆われた地面を感知で確かめながらずんずん歩いて離れていく。
……さて、技は何を使おう。
移動に関して、[縮地]は強い意識を叩きつける必要があるから却下。初見だと[火花]は効果が薄いから、[残影]が良いな。
攻撃は寸止めだから、相手を足場にする[抜踏]は使えない。そうなると体術の[虚蹴]が適切か。
手短に考えをまとめると、二十メートルほど離れたところで立ち止まり、ラウレと向かい合う。
走り抜けるなら四歩、寸止めなら六歩だろうか。そうやって目算していると、ラウレから疑問視する意識が向けられてくる。
「えっと……離れすぎじゃないかな?」
……確かに、近接戦なら五メートルも離れれば始められるからな、と同意しつつ返事をする。
「いや、どちらかというと近いほうだ」
「え? 近いほうって?」
「まあ……やればわかる」
たとえ二十メートルあっても、初見であれば俺の速度に対応できないまま終わる可能性がある。
とはいえ、それを言葉にするのもラウレに失礼だ。
決してラウレは弱くない。身のこなしは実戦的で危なげないし、種族的な身体能力も人間よりは上だろう。それに特殊な魔術も使う。魔物と戦って生き残ることからも、その実力は明らかだ。
だから……これは単に、俺が速いだけの話。そしてそれは模擬戦で実感してもらえばいい。
俺が開始を促すと、ラウレは意識を切り替えたらしく、落ち着いた所作で腰のベルトに両手をやった。そうして二本の短剣を鞘ごと引き抜き、構える。
「準備はいいかな?」
俺は黙ってさっとラウレの構えを観察する。
……二刀流。右手は逆手、左手は順手。そして両腕を交差させている。見るからに守り重視の構え。短剣を鞘に入れたままというあたりもラウレらしい。
今回はあの黒い魔術を使わないのだろうか。……いや、あのときの黒いシェルターで防御されたら模擬戦にならないから、短剣がメインなのだろう。もちろん魔術への警戒はしておくが。
「はーちゃん、らーちゃん、頑張れぇ!」
離れたところからウーリが立って応援をしてくれている。俺は思わず和み、翼を振って応える。
……ウーリの前で、無様なところは見せられないな。
俺は一度瞑想し、気持ちを切り替えると、ラウレを見据えた。
お互いに臨戦態勢に入ったことが伝わり、空気がピリリと緊張する。
――潜在覚醒。身体操作。感知。
加えて、信念の心構え。
「待たせたな。準備はできた。合図を頼む」
「じゃあ、いくよ。……始め!」
制限はあるが、手加減はない。
ラウレの合図とともに、俺は草地を踏み抜き、弾丸のように飛び出した。
全身をバネのように使い、各所で生み出した力を足に伝えて速力に変える。
一歩、二歩――。
この時点で人間の限界速度を超える。
尋常ならざる加速に、ラウレは一瞬だけ俺を意識から外す。
三歩――。
さすがは狐の少女、目がいいのか、次の瞬間には俺をピタリと捉えなおすと、すかさず左手を振り抜いた。
飛来してくる短剣。
まさか手放すとは、という驚きを置き去りにして、俺は短剣を見据える。極度の集中とずば抜けた動体視力により、短剣の軌道がハッキリと見える。急所には刺さらないが、俺には当たる軌道。
まだ足が着地していない滞空状態なので避ける方法は限られてくる。だがもとより、回避のために方向転換する気はなかった。
俺は片翼を開き、風を受けながら身体をひねる。脇腹の横をすり抜ける短剣。俺はすぐに逆の片翼を開き、姿勢を戻す。
そうして片足が着地し、さらに加速。
四歩――。
ラウレの身体が硬直する。驚愕に染まる意識。おそらく俺が回避のために減速すると思っていたのだろう。
それは隙だ。
俺は姿勢を保ったまま、次の踏み込みで歩幅を小さくすることを決める。
五歩――。
ラウレの意識が驚愕から焦燥に変化し、俺に強く向けられる。
その継ぎ目を縫うようにして、歩幅を小さくしていた俺は六歩目をつく。
――走術の弐:残影。
鋭角に方向転換し、ラウレの意識を振りきる。
すぐさま、一つ横にずれた軌道で迂回するようにラウレに迫る。
できるだけラウレの構えた腕の死角に入るように動くが、やはり目が良いのだろう、視線が俺の後ろを追ってくる。しかし、ラウレの身体は動かない。というより、ラウレの意識がついてこれていないのだ。
――体術の壱:虚蹴。
俺は両翼を広げて制動をかけ、蹴り上げる。その足はラウレの腕の隙間を抜け、胸の前で静止した。
時が止まったように、俺とラウレは動きを止める。
「…………」
「…………」
残心か、余韻か。
遠くから、「わぁ! すごぉ!」とウーリの声が聞こえてきて、俺とラウレはふっと脱力した。俺は振り上げていた足を戻して、自然な距離で向き合う。
ラウレは止めていた息を吐きだすように一息つくと、なにやら難しそうな顔をしながら寒そうに両腕をさする。
「終わりだね。えっと……うん、だいたいわかったかな。あ、短剣拾ってくるから、ちょっと待っててくれる?」
ラウレは考えるふうにしながら歩き出す。今のやり取りを思い返しているのだろうが、何か引っかかるところがあるのかもしれない。
俺も振り返ってみる。
二刀流と見せてからのラウレの投擲には驚いた。
だが、おそらくあれは狙ったものではなく、咄嗟の行動だ。そうでなければ、投擲の狙いが甘いはずがない。
俺の接近が速すぎたから、その時間稼ぎを計ったのだと思われる。結果的にラウレの隙を誘うことにはなったが、普通なら滞空時に避けるのは難しい。咄嗟の機転としては的確だった。
また、最後、棒立ちになって俺の寸止めを受けたが、あれも素人だったら俺の動きに合わせようとして体勢を崩していたはずだ。実際、ツリ目男がそうだった。
ラウレには黒い魔術があるから、体勢を崩さないことは重要だ。まあ、体勢を崩しても魔術は使えるのだろうが、互いに魔術が使える状況を想定すると、体勢が安定しているほうがいいのは言うまでもない。
つまり、ラウレは結構動ける。
武術としては短剣術になるのだろうか。実戦育ちの印象だ。
魔物が魔術特化だとすれば、ラウレは武術を取り入れた魔術特化。対応できる範囲が広く、その努力を思わせる。
性格からして攻撃は不得手だろうが、防御がずば抜けている。まとめるとそんなところか。
などと考えていると、ラウレが戻ってきた。
相変わらず難しそうな顔をしている。意識としては何かに迷っているような感じだが、その内容まではわからない。
と、ラウレがとりあえずといったふうに口を開く。
「えっと、走術、すごかったね。その速さもだけど、見えるのについていけないというか……」
話しているうちに興味が出てきたのか、ラウレの言葉に感情が乗り出す。
「ていうか、あれ、なに? 最後の、鳥肌立っちゃったよ! 魔術じゃないんだよね? 見えているのに見えなくなったんだけど……いや、えっと、何言っているかわからないよね。うーん……でもそうなんだよね。目では見えているはずなのに、見失っちゃうというか……」
ラウレはうまく表現できないもどかしさに尻尾を振ってうなった。
もちろん俺はラウレの言いたいことがよくわかる。というか、ラウレの感動が伝わってきて喜悦がこみあげた。
「いや、そこまでわかってもらえて嬉しい。見えているのに見えていない、というのはまさにその通りなんだ。
俺の走術は、相手の意識をかいくぐる。目で見えることと、意識で捉えることは別で、その違いはまさに体験してもらった通りだ。意識をかいくぐるというのは、武術の本質でもある。走術は武術であり、俺の走りの要だ。
俺の戦闘スタイルは走って蹴るというもので、口で言えば簡単だが、その走りの重要性はわかってもらえたと思う」
言い終えたあと、俺は正気に戻り、瞑想して気を落ち着ける。
……これは恥ずかしいな。俺としたことが、一から研究して作り上げた走術を認めてもらえた嬉しさについまくし立ててしまった。
走術の開発に付き合ってくれた人から褒められたことは多々あったが、走術を全く知らないラウレから認めてもらえるのがこんなに嬉しいとは……。今後は気を付けるとしよう。
俺が目を開けると、ラウレは事情が飲み込めない様子で首を傾げる。
「いや、こっちの話だ。気にしないでくれ」
「そう? まあ、イスハの戦闘スタイルがわかったから、それでいいんだけど……」
ラウレはなにやら決意したような表情で、俺に近づくと声をひそめる。
「イスハ……一つ気になったことがあるんだけど、いいかな?」
「……ああ、どうした?」
心当たりがなく、少し緊張して聞き返すと、ラウレは思い切ったように告げた。
「えっと、キミ、捨て身で戦っていないかな?」
「…………」
まさか、そこを指摘されるとは思わず、考え込む。
……しかしどうする? 説明する?
信念のためなら命だって懸ける、そんな考え方が一般的でないことは理解している。ラウレは認めるだろうか?
……いや、そんなことは関係ない。ラウレは俺の魔術の師を務めてくれる人物だ。隠す理由がないのだから、話すべきだろう。
俺は一度瞑想を挟むと、動悸がするのを感じながら口を開く。
「俺には信念がある。そのためなら、傷つくこともためらわない。
いや、さっきの模擬戦は、厳密にいえば信念を掲げるものではなかったが、それ相応の気概で望んだ。だから、捨て身に見えたのはそのせいだろう」
ラウレは息を飲んだようだった。
「……でも、捨て身になったら死んでしまうかもしれないよ?」
「俺は信念に生きている。信念を守れないことは、死ぬよりも恐ろしいことなんだ」
「……その信念を聞いても?」
ラウレの表情は固い。命が最優先であるという当たり前の考えから、認めてくれそうにないことはひしひしと伝わってくる。
それがわかっているのに、自分をさらけ出すのは自分を傷つけるようなもの。……だが、それでも、隠すわけにはいかない。ラウレとのこれからの付き合いを考えるなら、俺のことを知っておいてもらうべきだろう。
「俺の信念は、ウーリを守ること。そして、ウーリを怖がらせる恐怖の元凶を倒すことだ」
「……え? あれ、を?」
ラウレは身震いすると、恐怖の方角をちらりと見る。
「ああ。だから、強くならないといけない。あれに勝つには今のままじゃ無理だ。魔術の習得は最低限必要で、俺は走りをもっと極めないといけない。
……いや、そういう話じゃないな。俺は、信念を守れないことが死よりも恐ろしい。あの、恐怖の元凶よりもだ。だから捨て身にもなる。そういうことだ」
俺は邪魔をするもの全てを排除する気持ちで、ラウレを強く見つめた。
するとラウレがびくっと怯えたような顔をしたので、俺は慌てて気持ちの高ぶりを落ち着ける。……苦手なら、こういう話をしなければいいのにと思ったが、そういえばラウレは話す前に迷っていた。俺としては少しありがたくないことだが、忠告してくれようとしたラウレの気持ちには感謝したい。
「悪い。俺も、信念に寄りかかるのが正しくないことは理解している。だが、それ以外の道は選べないんだ。ラウレの気持ちだけ受け取っておく」
……そう、そうなのだ。
俺は、前世の信念から解放されなかった。
俺は信念に生きることしかできない。
そして俺の最期は、きっと前世のように信念に殉じるものになるだろう。
俺が自嘲気味に笑うと、ラウレは精一杯に真面目な顔つきをする。
「キミとウーリちゃんの関係に口を挟もうとは思わないよ。でも、これだけは言わせて。
ボクは……自己犠牲の気持ちで守られる側になりたくないと思う。その気持ち、わかるかな?」
「……っ」
守られる側の気持ち。そう聞いて、思い出す声がある。
言いたいことをハッキリと言う、十一も年の離れた妹の声。
その言葉は今でも鮮明に思い出せる。
『お兄ちゃん、もうやめて。自己犠牲なんてバカだから。そんなんで守られても迷惑だから』
……わかっている。俺の信念は自己満足で、押しつけだ。押しつけられた側にとっては、有り難迷惑なだけだろう。そんなことはとうにわかっていた。
それでも、俺は……妹が死んだ恐怖を繰り返したくなかっただけなんだ。
「俺の信念は、バカげていて、迷惑だ。それでも……果たせなかったときの恐怖を考えれば、やめるわけにはいかなかった」
「……ウーリちゃんに、そのセリフ、言える?」
「――っ」
冷や水を浴びせられたようだった。
慌てて意識感知を使えば、ウーリの意識は散漫としている。
……今の言葉が聞かれたかはわからない。聞かれていないことを祈ることしかできない。
あるいは、ウーリなら気にしないのかもしれない。俺が味方でいるだけでいいと、無邪気に答えるのかもしれない。
だが……言えるわけがなかった。
俺の信念のために、ウーリを利用していると。
もちろんウーリを大切に思っている。ウーリを助けたいと願う気持ちは本当だ。
しかし、それらはすべて信念に行き着く。俺が信念のために生きているという事実は変わらない。
それをウーリに告げるのは……怖い。
守ると約束したときに無邪気に笑って俺を受け入れてくれたウーリ。無垢で、どこまでも優しくて、俺のことを慕ってくれているウーリ。
そんな彼女が、俺の信念のことを知って、俺への信頼を疑うことが怖い。
その可能性が少しでもあることが、怖い。
……いや、違う。
それによってウーリを傷つけることが怖いんだ。
俺がどう思われようと関係ない。そうではなく、俺の手でウーリを傷つけるところを見たくないんだ。
だってそれは、信念の庇護対象を傷つけるなんてのは、妹を見殺しにしたことよりよほど……。
…………これ以上考えるのはよそう。生まれ変わっても、あのトラウマを思い出すようなことは考えたくない。
「ウーリには、言えない。ウーリを傷つけてしまうかもしれないから、言えない」
「……わかったよ。踏み込んだうえに、キツイことを言ってごめんね」
「いや……いい。隠すわけにもいかなかった」
申し訳なさそうにするラウレから視線を外し、俺は瞑想して心の回復を図る。
……なぜ、こんなにも心が痛いのか。そんなことはわかりきっている。
もちろんラウレは悪くない。そうではなく、俺の心が矛盾しているからだ。
俺だって、信念に命を懸けることを否定したい。理性の常識的な部分が、命を軽んじるようなことは間違っていると訴えている。
だが、それに従うことはできない。感情が信念を必要としているから。信念がないと、俺は未来に顔を向けられないから。
この相反する気持ちが、負い目となり、弱みとなる。だから他者からの指摘で容易に傷つくことになる。
……はは、死んでも治らないとは、まったく嫌になるな。
しかしこれは俺の弱さだ。それなら、やることは決まっている。鍛錬を積み、強くなるしかない。
捨て身の俺は、前に進むことしかできないのだから。
そうして少し長めの瞑想を終えると、こちらを心配そうに見つめるラウレに気にするなと翼を振り、気持ちを切り替えて空精魔術の技のことに話を移すのだった。




