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19話 ラウレの審判を受け

「え? ウーリトゥーリの噂?」

「ああ、ラウレが知っていることを聞きたいんだ」


 極上の寝心地を誇る布団羊に寝かせたおかげかすぐに目を覚ましたラウレは、羊毛の気持ち良さや羊の大きさに騒いだあと気まずそうにこちらに戻ってきた。

 気絶して迷惑をかけたことを謝ってきたので気にしていないことを告げ、ラウレが食事を再開するのを眺めつつ、既に食べ終えていた俺は食休みを兼ねてウーリトゥーリの噂について聞くことにした。

 そこに大した目的はなく、ウーリが俺の膝を枕にして寝ているので、暇つぶしの一環だ。俺はゆるい空気で話す。


「一応ツリ目の男から噂の内容を聞いたが、それとラウレの知っている噂が同じか確認しておきたくてな」

「わかったよ。えっとね……」

 

 膝枕で寝ているウーリを見て苦笑したラウレは、携帯食料を食べる手を止めると、思い出すように遠くを見る。


「彼が言っていた噂は本当なんだけど、あれ以外にも情報はあって、一つはウーリトゥーリの万能性かな。ウーリトゥーリはほぼ無制限に物を作れるし、頼めばたいていのことはやれるんじゃないかって聞いたよ。まあ、だからボクも頼みごとをしに来たんだけどね」

「万能性の根拠については?」

「空間を弄ったり、草原を生み出したり、天候を操作したり……これだけいろいろできるんだから、他のこともできるんじゃないかってね」

「それもそうか」

「あとは、羊たちの強さかな。ウーリトゥーリの領域の羊は、最低でも大魔グレイト級、中には公魔ロード級もいるらしいよ。というのも、腕自慢の公魔ロードが羊たちを狩りに行って、帰って来なかったって噂があってね。まあ、真偽のほどは確かじゃないんだけど」

「……そうだな」


 いくらウーリの羊とはいえ、さすがに公魔ロード級には届かないだろ……と思いたいが、しかしウーリだからな。

 

 俺があいまいな笑みを浮かべていると、ラウレが興味の意識を向けてくる。


「ボクが知ってる噂はこれで終わりだよ。ねえ、イスハはウーリトゥーリのことを知っているんでしょ? 実際のところ、噂はどこまで本当なのかな?」


 俺はラウレから視線を外すと、どこまで噂が正しいのかを考える。しかし……。

 公魔ロード最強? 比較対象がないし、そもそもウーリの戦いを想像できないので判断がつかない。

 なんでもできる? おそらくとしか言えない。実際に試してみないとわからないからだ。

 強い羊は公魔ロード級? 羊の群れが野魔ビーストを返り討ちにしているところは目撃したが、公魔ロード級かどうかは判断ができない。

 ……結局、噂が正しいのかはほとんどわからなかった。


 今度ウーリに聞いてみるかと思うも、そもそも公魔ロード最強とか万能性とかはウーリが決めることでもない。周囲が好き勝手に判断していることだ。そう思えば、噂のなんと無責任なことか。

 俺はため息をかみ殺し、期待に尻尾をそわそわと動かしているラウレを見る。


「だいたいは合っていると思うが、詳しいところは知らない」

「……ふうん? じゃあ、イスハが聞くことはできるのかな?」

「聞いたところで本人にわかるかどうか……」


 俺は膝の上に視線を落とすと、寝ているウーリのふわふわの白い髪を一度撫でる。


「そうだ、ラウレが聞いて判断したらいいんじゃないか?」

「うぇっ、無理無理無理、緊張して言葉も出てこないよきっと」


 何を想像しているのか、ラウレは大げさに肩を縮めて拒むように手を振る。

 ……当の本人は、目の前でこんなに可愛い寝顔を晒しているのにな。


 俺は一瞬だけ呆れるように口元を歪めたあと、すぐにそれを消す。


「まあ、そのうちわかるだろ」


 俺はおざなりにそれだけ言うと、噂話を続ける気になれず話題を変える。


「そういえば他にも聞きたいことがあるんだが、ウーリトゥーリって名前はどうやって広まったんだ? 正体は不明なのに、名前だけは正確に伝わっているのが疑問でな」

「あー、確かにね」


 ラウレはサイコロ状の携帯食料を一つ口に放り込み、飲み込んで続ける。


「言われるまで気づかなかったけど、もしかしたら精霊の仕業かも?」

「精霊? 実在しているのか?」

「え? してるよ?」


 ラウレは何をいまさらと言わんばかりの顔をする。

 ……おかしいな、自然の構成物を精霊と呼んでいるんじゃないのか?

 俺が眉をひそめて記憶を漁っていると、ラウレは伺うような上目遣いをしてきた。


「イスハの住んでいたところに精殿ってなかったかな?」


 ……精殿とは、精霊を祭る場所だったか。

 それなら我が家の裏手に一つ、それから村の四方に一つずつと、中央に一つ、石造りの小屋のような建物があったのは覚えている。

 いわゆる神殿の精霊バージョンかと解釈し、基本的にスルーしていたんだが……。


「精殿はあったが、詳しいことは知らない」

「そっか。精殿って、精霊の本体を祭っているんだよ」

「本体? そこらじゅうにいるのが精霊じゃないのか?」

「えっと、それは正しいんだけど、一柱ひとはしらだけ本体がいるんだよ。本体だけは自由に動けて、気まぐれに祈祷師に話しかけるんだ」


 祈祷師とは、精殿で精霊を祭る職業だったか。

 しかし……いたのか、本体。


「それで、ウーリトゥーリの名前を広めたのは、もしかしたら精霊の仕業かもしれないよ」

「なんで精霊がそんなことを?」

「ボクも詳しくは知らないんだけど、知識の精霊の話を聞いたことがあって、その精霊は世界を回って、出会う人に様々な知識を与えるらしいよ。まあ、本当にその精霊の仕業かはわからないけどね」

「なるほど……」


 それなら、ウーリの名前だけが正確に伝わっている理由にはなるか。

 ……まあ、あくまで推測の域を出ないが。


「名前についてはとりあえず納得した」


 俺はスッキリとしつつ、まだ残っている他の疑問を脳裏から手繰り寄せる。


「あと一つ、何かを聞こうと思っていたんだが、なんだったか……ああ、思い出した。

 あの二人組の男に対してラウレの態度が固かったのはどうして? いや、もちろん言いたくなかったら言わなくてもいいんだが……最後、あいつら一応謝ってただろ? それでも許せないことがあったのかと思ってな」


 俺が何気なく尋ねると、ラウレは顔を曇らせた。


 迷いの意識が向けられてくるが、すぐにそれは決意に変わる。そして残りの携帯食料を一度に口に放り込むと、水で流し込む。

 俺は地雷を踏んだかと内心焦ったが、しかし負の意識は見受けられない。何が来るのかと少しばかり緊張して待つ。


 水を飲み終えたラウレはふぅと一息つくと、絞り出すようにして告げた。


「ボク……男の人が、怖いんだ」

「……そうか、それで――っ」


 目の前に現れた特大の地雷に、息が詰まる。


 二人組の男が許せなかったのではなく、そもそもその存在が受けつけられなかった。と、それはわかった。

 しかし、しかしだ……。

 それ、マズくないか?


 ……俺、オスなんだが。

 というか、ラウレに性別のことを話していなかったか。

 だとしたら今すぐにでも言っておかないといけないんだが……。


 これ、致命的な地雷じゃないか?


 俺はドクドクと一気に心拍数が上昇したのを自覚する。

 喉も締まる感じがするので、瞑想して深呼吸を繰り返す。

 ラウレから俺の反応を疑問視する意識が飛んでくるが、そこに気を回している場合ではない。


 俺の性別は言わなければならない。

 隠しておくという手もあるが、それはさらにマズイ。

 これから信頼を積み重ねるなら、それを裏切ったときの反動は大きい。

 まだ傷が浅いうちに……とはいってもすでに致命傷のような気がするが……それでも明かしておくのが誠意というものだ。

 これは決して、後回しにして時間が解決してくれるたぐいの問題ではないのだから。


 俺は決意を固めて心を落ち着けると、唇を舐める。

 それから、ゆっくりと口を開く。


「俺……オス、なんだが」

「……えっ?」


 ラウレの表情が弱々しく歪む。

 俺は聞き間違いを疑われたくなくて、もう一度繰り返す、


「俺、オスなんだ」

「…………」


 ラウレは固まった。

 その意識も霧散しているので、おそらく頭が真っ白になっているのだろう。


 ラウレの判断によっては、ここでお別れという結末もありうる。というかそれが濃厚だろう。

 こうなったら何かの手違いでラウレが許容してくれるのを祈るしかない。

 俺は針のむしろに座っている心地でラウレの再起動をじっと待つ。


 しばらくすると、ラウレの視線があちらこちらに動き出す。そしてその視線が俺に行き着くと固定され、ラウレはふらりと立ち上がった。

 ……幽霊のような不気味な足取りで、ひたひたとこちらに歩み寄って来る。


「っ――」


 俺は思わず立ち上がって後ずさろうとしたが、それは足の重みで防がれる。ウーリが膝を枕にしているのだ。

 俺は身の毛がよだつ思いでラウレを見返す。


 ぎょろりと見開いた青緑の瞳。半開きになった小さな唇。

 正気を失ったような表情からは意図が読めず、不気味でならない。

 その意識を読み取ろうとしても、こちらを見定めようとするような強い意識はわかるのだが、それがどういうことなのか頭に入ってこない。いやむしろ、俺のことをオスと確信した瞬間に襲ってくるのではないかと変な想像ばかりが膨らんでいく。


 得体の知れない存在――そういう幽霊みたいな不気味なモノは生理的にダメなんだって……!


 俺は恐怖を受け流すために瞑想を続けるが、しかしすがるべき信念が見当たらず、身体の硬直が抜けてくれない。戦いではあるまいし、何を目的とすればいいというのか。


 そうこうしている間にもラウレが虚ろな足取りで俺の前までやって来て、俺をじろりと見下ろした。

 そうして俺の顔を舐め回すように視線を動かし、その下の首筋や胸元までねちっこく見下ろしていく。

 俺は思わずぶるりと震えるが、ウーリの重みもあり、そもそも動いた瞬間にとんでもないことが起きそうで、逃げ出すどころか身体を動かす気にもなれない。瞑想と恐怖の板挟みになって気が遠くなりそうになりながらラウレの挙動を見守るほかない。


 ラウレの視線が俺の顔に戻ってくると、半開きだった口が動く。


「……可愛い」


 それはいったい何を意味するのか。

 俺は無意識にごくりと生唾を飲み込んだ。


 突如。

 ラウレが叫んだ。


「イスハは可愛い女の子ッ!」

「ぅぉあ!?」


 思わず無様にのけぞる。

 膝元でウーリの身体がビクリと跳ねた。


「イスハは可愛い女の子だからセーフ! ……あれ? どうしたのイスハ? 変な顔して」

「……いや、なんでもない。なんでもないんだ」

「そうかな? それならいいんだけど……あっ、もしかして驚かせちゃったかな? ボクったら判断に夢中になっちゃって……ごめんね」

「いや、気にするな。大丈夫だから」


 怯えていたことを知られるのが恥ずかしくラウレを押し返すように俺が翼を振ると、ラウレはきょとんとしたあと深読みしたのか大人しく引き下がった。そうしてスッキリとした表情に戻ると、踵を返してさっきまで座っていた石に戻っていく。

 俺はドクンドクンと耳にうるさいほどの動悸を感じつつ、ラウレの後ろ姿をぼんやりと見送った。


 膝元で「うぅん?」とウーリがうなりながら俺を見上げてくる。


「どぉしたのぉ?」

「……俺は、セーフらしい」

「せーふぅ?」

「……いや、なんでもない」


 まったく……あの判断の仕方は心臓に悪すぎるだろ……。


 俺はラウレに許容されたことに安堵するより先に、ドッと疲れを感じて、「はぁぁ」と深くため息をつくのだった。


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