16話 決意を改めて
「かっ、可愛い……」
咄嗟に口を両手で隠すラウレ。
その心情に激しく同意できる俺は、ラウレに仲間意識を抱く。
ラウレの見つめる先には、ラウレの反応を不思議そうに見上げる十歳くらいの幼女がいた。
くるくるふわふわの白い髪と薄紫色のたれ目が、幼女の儚げでおっとりとした可愛さをよく表している。
何を隠そう、彼女こそが『公魔最強』ともっぱらの噂のゆるふわ幼女、ウーリだ。
というか、いいかげん一人だけ空に追いやって仲間外れにしているのは可哀そうなので呼び出しただけである。
ようやくウーリの可愛さにも慣れてきていた俺だが、ラウレの反応を見るにウーリの美幼女っぷりは俺の思い込みではなかったらしい。
ほんの少しだけ、そうほんの少しだけ、ロリコンではないかと自分のことを疑う気持ちはあったのだが、ラウレのおかげでウーリの可愛さはおよそ普遍的なものだと証明できたのでひそかに安堵したのは秘密だ。
それにしても、ウーリを見て感動しているラウレだって美少女なのになと思う。
燃えるような赤い髪をポニーテールにして活発そうな、それでいて青緑色の瞳が穏和そうな人受けの良い美少女だ。
しかも狐耳とモフモフの尻尾を備えるという圧倒的チャームポイントもある。まあ、ウーリも側頭部からゴツゴツした巻き角を生やしていてそこは同様なのだが、とにかくラウレだって負けず劣らずの美少女っぷりなのだ。きみが可愛いと言うのか、という思いが少しある。
と、一人外野から眺めていたら、ラウレがこちらを見てきた。
それもウーリに向けていた視線はそっくりそのまま、驚愕と感動と絡みつくような欲望の意識を含めて。……欲望?
「なにこのセット! どっちを見ても美少女! しかも違う系統! ぜいたくだよ!」
……欲望の種類までは定かじゃないが、まあ、同性でもなにがしかの下心を抱くのはわからないでもない。
俺の身体も相当な美少女だからな。水色のショートカットが爽やかな美人系統の。
しかしもう一度言わせてもらうなら、おまえも美少女だから。
「あー、ほら、自己紹介をしたらどうだろう?」
ラウレの視線がむずがゆく、俺は口を出す。それに、状況についていけていないウーリが可哀そうだ。
「あっ、ごめんねっ!
……えっと、ボクはラウレだよ。イスハに魔術を教えることになったんだ。これからよろしくね」
ラウレは親しげな柔らかい口調でウーリに話しかけた。二人組の男への固い態度が嘘のようだ。
まあ、ウーリが相手なら態度も変わるだろうと納得していると、当のウーリがほわぁっと切り込む。
「ウーリはねぇ、ウーリトゥウーリだよぉ。よろしくねぇ」
「……え? なんて?」
「ウーリトゥーリだよぉ。よろしくねぇ」
「……え?」
ラウレはピシリと硬直。
しばらくすると、狐耳と尻尾を動揺したように忙しなく動かして、青緑の瞳を見開いたり、視線をさまよわせたり、ポニーテールに結った赤い髪を手で押さえてみたり、ウーリと俺を交互に見たりと怪しげな挙動を取り始める。
……まあ、こうなるよな。
予想はできていた。基本的に自由奔放なウーリが自分の正体を隠すはずもなく、ずばり『ウーリトゥーリ』だと明かすことも、これまで『ウーリトゥーリ』を追っていたラウレが目の前のゆるふわ幼女と脳内に描く最強の何かを結びつけられるはずもなく、情報を処理しきれずにパニックに陥ることも。
必然、このあとの展開も読めるというもの。
「……イスハ、ちょっといいかな?」
ラウレは「まったくしょうがないなキミは」とでも言いたそうな呆れた表情で俺を手招きし、連れ立ってウーリから離れるとひそひそと内緒話を始める。
どれだけ離れようとウーリの耳からは逃れられないと思うのだが、それは言わぬが花だろう。
俺はラウレのささやき声に耳を傾ける。
「あの子、噂のウーリトゥーリを自称する子だよ? 本物じゃないのはわかってるよね?」
……やはりこの通り、信じてもらえるはずがない。
というのも、ラウレは良くも悪くも常識を重んじる人物だ。いろいろな知識を備えている反面、俺が魔術を使わずに魔物を倒したくだりでその現実をなかなか受け入れられなかった一面も見せている。
そんなラウレを相手に、ウーリが『ウーリトゥーリ』だと自己紹介しても当然こうなるわけだ。
ここで、俺が取れる行動はざっくり二つに分けられる。
信じてもらうように頑張るか、あるいは信じてもらわずに流すかだ。
そして俺は予め行動を決めていた。
「まあ、そのへんの事情は承知している。こちらにも事情があってな」
すなわち、後者。
現時点で信じてもらうのは困難だし、長く付き合っていれば自然とウーリの正体に気づくはずだから。
信頼関係のためには早めに明かすべきという考えもあるが、しかしこれには特大の地雷が潜んでいる。
もし、俺がウーリトゥーリを誤認しているとラウレに思われたら? その瞬間、俺は『ウーリトゥーリを知る人物』ではなく、『ウーリトゥーリを知らず、ラウレを騙した人物』となり、ラウレからの信頼が失墜する。
そうなれば終わりだ。そこからの挽回はほぼ不可能であり、ラウレは俺たちから離れるだろう。結果、俺は魔術の師を探し直さなければならなくなる。
このように、ウーリの自己紹介をどのように解釈するかというのは思いのほかデリケートな問題だった。
「そっか、わかってるならいいよ。そちらの事情に赤の他人であるボクが首を突っ込むのも良くないしね」
「赤の他人というほど距離を取ってもらわなくていい。ラウレは俺の魔術の師だし、ウーリは俺の仲間だ。ラウレとウーリにも仲間になってもらいたいし、できれば親しくしてほしい」
「……それもそうだね。わかったよ。じゃあ今度でいいから、その事情も教えてもらおうかな」
「ああ、近いうちに」
……まあ、教えるまでもなく気づくことになるだろうが。
俺はそのときのことを想像し気の毒な気持ちになるが、それを表情に出さず、ラウレとともにウーリのもとに戻る。
「はーちゃん? ウーリはウーリトゥーリだよぉ?」
「ああ、そのことで、ちょっと向こうで話をしようか。ラウレ、少し待っていてもらえる?」
俺はラウレから苦笑で見送られ、充分な距離を取ってからウーリに事情を説明する。
具体的には、俺がウーリを信じていること、しかし初対面のラウレはウーリを信じきることができていないこと、そして時間をかければ信じてくれるようになるから今はそっとしておいてほしいことを告げると、ウーリは素直に承諾してくれた。
ラウレのもとまで戻る道すがら、ふと、ウーリの正体が知られてこなかった事情に思い至る。
……ウーリはおそらくウーリトゥーリであることを隠したことがない。
それなのにどうしてウーリが『ウーリトゥーリ』として追われていないか疑問だったが、なるほど、無理もない。
信じられるわけがないのだ。
あのウーリが本人だと考えるよりは、自称する残念な子と考えるほうがまだ自然。
なぜかウーリの魔力がそこまで恐ろしく感じられないのも一因だろう。
しかし……自分の名前すら信じてもらえないのは、それはなんて寂しいことなのか。
俺なら、自分を否定されているように感じるだろう。いや、あのウーリの様子からして、そこまで深刻には捉えていないのかもしれない。
だが、寂しかったことは事実だろう。俺が味方であると知って、あれだけウーリが喜んでいたのは、そういった事情があったからではないのか?
……俺がウーリの最初の理解者だとは思うまい。
だが、俺だけは何があってもウーリの傍を離れずにいてあげたい。
そのためには、できるだけ死なないように立ち回り、恐怖の魔物を討伐しよう。
俺は決意を新たにすると、目を細め、ウーリの頭を一度撫でるのだった。
「じゃあ、場所を移動しよう。ウーリ、頼む」
俺は早速魔術を教わるために、場所の移動を提案した。
というのも、近くにまだ二人組の男を残していたからだ。
できれば他に魔物などのいないくつろげる場所で腰を落ち着けたいところ。
そういうわけで、心も落ち着く牧歌的な丘陵地帯はどうかと相談し、ラウレとウーリに承諾をもらえたので、俺はウーリに条件に合う場所への転移をお願いしたわけだ。
「はぁぃ」
ウーリは俺のズボンと、俺が手招きして呼び寄せたラウレの手を掴む。
直後、少し慣れてきた転移特有の身体が裏返るような気持ち悪さを覚え、着地。
同時に身体を包む柔らかな風と、それに乗る草の匂い。温かな日差しと青い空。
なぜか懐かしさを覚える草原の丘がそこにあった。
「すごいね、本当に転移できるなんて……。これが知られていれば、ウーリちゃんは引く手あまただろうね」
転移の気持ち悪さからか胃のあたりをさすりつつ、ラウレがそう漏らす。
なるほど、それはそうだろうが……それにしても、転移だけではウーリを『ウーリトゥーリ』だとは思わないか。
俺は少しだけ残念に思いつつ、頭を切り替える。
手頃な石をいくつか見つけると、俺たちは車座になるように腰を下ろす。
「さて、それじゃあラウレ、頼む。一応、常識的な魔術の知識ならあるが、術師としての知識はないから、そのへんもお願いしたい」
「うん、わかったよ。……えっと、ウーリちゃんも一緒にやるのかな?」
俺に、ラウレとウーリの視線が集中する。
「……そうだな、ウーリはどうしたい? 知識として知っておくのはいいことだと思うが、ウーリには不要かもしれないから、好きなように選べばいい」
「えぇっとぉ……はーちゃんと一緒がいぃ!」
「そうか。じゃあラウレ、一緒に頼む」
ウーリを見てどこかぽーっとしていたラウレに声をかけると、ラウレは驚いたようにこちらを見る。
おおかた、おっとりした印象のウーリが意外と積極的でそのギャップに驚いたか、見とれたのだろう。気持ちはわかる。
「あっ、うん、えっと、じゃあやろっか」
ラウレは意識を真面目なものに変えると、尻尾を大きく揺らして考え込んだ。
根が真面目なのだろう、意識のオンオフは結構しっかりとしているようだ。
「うーん……どこから話せばいいかな……。
ボク、あまり人に教えたことないから、わかりにくかったらごめんね」
「ああ、そこは気にしなくていい。わからなかったら質問するし、俺も変なことを聞くかもしれない。お互い様だと思って気楽にやろう」
「うん……ありがとうイスハ。じゃあ、確認のためにも基本的なところからいくね」
考えがまとまったのか、ラウレは顔を上げて俺とウーリを交互に見た。
俺は首肯を返すと、ようやく魔術を学べるのだと期待に胸を膨らませ、ラウレの言葉に集中するのだった。