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15話 魔術の師を見つける

「え? え? なに? 魔術を使っていない? おかしいって! そんなのありえないってば!」


 俺が魔術を使っていないという言葉を信じながらも、その現実が受け入れられないらしく、狐少女は混乱したようにまくしたてる。


「あの速度は何!? 絶対、魔術使ってるでしょ!? 使ってるよね!?」

「いや、使ってないが……」

「だっておかしいってば! あの身体能力は少なくとも[身体強化]を使って……って、待って! じゃあ、心象魔術ユニークは? 心象魔術ユニークはないのかな!?」


 狐少女は俺にぐっと近づくと、俺より少し低い目線からずいと見上げてくる。

 ただでさえ狐耳と尻尾が可愛い十四歳くらいの少女に、至近距離で見上げられ、しかもふわりと花のような甘い匂いが漂ってきて、俺は思わずのけぞりつつ、そのぱっちりとした青緑色の瞳を見返す。


「そもそもユニークってのもよくわからないんだが……」

「そ、そんなっ、嘘だよね……? 心象魔術ユニークがないのにどうやって魔物に……あっ、そもそも五精魔術ジェネラルすら使っていないんだっけ? いや、それで魔物に勝てるわけが……」


 狐少女は視線をさまよわせると、まとまらない思考を口から漏らすように言葉をぶつぶつと続ける。

 どうにも狐少女の感覚がわからないので、俺は思いきって尋ねてみる。


「その、魔術を使わずに魔物に勝つっていうのは、そんなにすごいことなのか? たとえば金色ゴールド戦師マーシャルなんかは、武術だけで魔物を倒せるんじゃないか?」


 質問を受けた狐少女はふと落ち着きを取り戻すと、狐耳をピクピクと動かし、考える素振りをみせる。そしておもむろに口を開く。


戦師マーシャルって、確かに武術だけでやっている人もいるけど、金色ゴールドクラスになるとみんな魔術を併用してるよ。武術メインで、その補助に魔術を使っている感じかな。だから、武術だけで魔物を倒すことはできないはずなんだ。

 ていうか、走術って武術なのかな?」

「俺が勝手に作ったものではあるが、一応武術のつもりだ」

「そうなんだ。

 ……えっと、本当に魔術を使ってない?」

「ああ、本当に使っていない」

「うわぁ……」


 狐少女はなぜか一歩身を引く。


「魔術を使わずに、走りだけで魔物に勝っちゃうハピちゃんなんて、ハピちゃんじゃないよ……」

「……ハピちゃん言うな」


 その呼び名は愛玩動物扱いされている響きがあって、好きじゃない。


「あ、ごめんね。えっと、イスハ」

「べつに謝ってくれなくても、気をつけてくれればいい。というかそろそろ、きみの名前を教えてもらいたいんだが」


 ずっと俺のターンで、話が進まない。


「あっ、ごめん、ラウレだよ。ごめんね、魔術を使わずにってところが信じられなくて、長引かせちゃって」

「いや、気にしなくていい。それに、魔術は使っていないが、特技スキルは使っているからな。それが大きいんだろう」

「そっか、スキルがあったね。いや、だとしてもスキルだけであの速度は出ないと思うんだけど……」

「走りに特化した少女鳥ガーリッシュハーピーの身体と、特技スキルの【潜在覚醒】、【身体操作】と、あと【走術】による最適化の結果だと思う。まあ、だとしても速すぎる気はするが」

「えっと、【潜在覚醒】と【身体操作】って、金色ゴールド戦師マーシャルのスキル構成だよね……。今更そこで驚くのも、っていう感じだけど、さらっとすごいこと言ってるよね……」


 金色ゴールド戦師マーシャルのスキル構成なんてものは知らないが、ラウレが言うのならそうなのだろう。


 ラウレはまた狐耳をピクピクと動かし、何かを考える素振りをすると、口を開く。


「あの速さについてだけど、もしかしたら、無意識に[身体強化]を使っているんじゃないかな?」

「……無意識に使うなんてことはあるのか?」

「うん。魔術って、教わらなくても使えるからね。知らずに発動しているってことはあると思うよ。

 それに、その、魔獣なんかは魔術を自然と身に着けるっていうし……少女鳥ガーリッシュハーピーは魔術を使わない種族だけど、イスハは特異個体だから、無意識に使えていても不思議じゃないかな」

「そうなのか……いや、無意識に使っていたとして、無自覚だから結局どっちなのかわからないんだが、そんなことより、教わらなくても魔術って使えたんだな……」

「え、そこ? ……イスハの周りにはいなかったのかな? 感覚で魔術が使えるようになった人」


 俺は少女鳥ガーリッシュハーピーの村での生活を思い返してみる。


「……基本的に、周りには成人ばかりで、初めから魔術が使える人ばかりだから……あとは、少女鳥ガーリッシュハーピーしかいなかったし……魔術を使えるようになったという話は聞かなかったな」

「そっか。それなら知らなくてもしょうがないね」

「ああ、てっきり教わらないと使えないものかと。それで養母ちゃんに教えてもらおうとして、その前に魔界墜ちしてしまって……」


 俺はそのままラウレを真剣に見つめる。

 偶然ながら話の流れとしては悪くない。このまま続けよう。


「俺は魔術の師を探していたんだ。無意識に使うとかそういうレベルじゃなくて、きちんと使えるようになりたい。ラウレには魔術の師を頼みたいんだが……どうだろう?」


 ラウレはさっきの俺の言葉を思い出したのか、青緑色の瞳に納得の意を示すと、黙り込んで何かを考える。

 俺はさらに言葉を続ける。


「引き受けてくれるなら、もちろん対価を支払う。何か困っていることがあれば力になるし、例えば武術を指導するということも可能だ。

 ……そういえばラウレは、ウーリ……トゥーリの正体を探るためにここに来たとか? それについて協力できるかもしれないが、どうだろう?」


 もちろん、ラウレに協力することでウーリの害になるのであれば断る。ウーリが最優先であることは変わらないからだ。

 ただ、ウーリの害にならなければ、ウーリと相談して請け負うことはできるだろう。

 すべてはラウレの望み次第。


 俺の提案にラウレは顔を上げると、見定めるような視線を向けてくる。

 俺を信用できるか迷っているのだろう。

 しばらくして、ラウレはゆっくりと口を開く。


「イスハは、ウーリトゥーリのことを知っているのかな?」


 ……さて、この質問に答えてもいいものか。

 知っているという回答は、それだけでもかなり価値がある。ウーリトゥーリのことを知っている人間がそもそも希少だからだ。

 それならば、ラウレの望みを聞いてから答えることにするか?

 ……いや、相手の個人的な望みを、担保もなしに聞き出すというのも失礼な話。

 事実、ラウレは慎重にこちらの事情を探ってきている。自分の個人的な望みを伝えるに足る人物か、見定めようとしているのだろう。

 であるならば、先にこちらから情報を開示するのが正解か。

 

 俺は一度つばを飲み込み、答える。


「……ウーリトゥーリのことを知っている。おそらく、俺ほど彼女のことを知っている者はいないだろう」


 ……あ、彼女と言ってしまった。

 うわ、マズイ、ここまで漏らすつもりはなかったのに欲をかいた! 『俺は適任だ』と伝えようとしたのが余計だったか!

 どうする、どうする!? 待て待て、とにかく瞑想して落ち着け!


 俺がポーカーフェイスを装いながら瞑想に徹していると、ラウレは目を細めて疑いの意識を向けてくる。


「彼女? 女の人なのかな?」

「……ああ、見た目はそうだ」


 俺は開き直って肯定する。

 もはや訂正することはできないし、それに性別のことは知られても支障はない。たとえ女性だとわかったとしても、あのゆるふわ少女を見て誰が公魔ロードウーリトゥーリだと思うのか。

 ……そう考えたら、本当に何も問題ないんじゃないか? なんだ、焦って損したな……。


 俺は気疲れを感じつつ、ラウレの意思を尋ねる。


「それでどうする? まあ、協力できるかは内容次第だが、言ってみるのはタダだと思うぞ」

「……そうだね」


 ラウレは一度視線を落とし、そして決意した表情でこちらを見上げた。


「うん、イスハを信じて言ってみることにするよ。

 えっとね、ウーリトゥーリにお願いしたいことがあるんだけど、その取次ぎをイスハにはお願いできたらなって思うんだけど……できそうかな?」

「要するに、ウーリトゥーリを紹介してほしいってこと?」

「まあ、うん、そういうことだね」


 それくらいならお安い御用だが。

 とはいえ、ウーリにお願いしたいことの内容にもよるか。

 あんまりデタラメな内容、例えば親の仇を討ってくれなんてことであれば、ウーリに取り次ぐわけにはいかない。


「ウーリトゥーリに願う内容によるな。頼めることと、頼めないことがあるから。

 よければその頼みごとを聞かせてくれないか?」


 ラウレは覚悟していたのだろう。真剣な表情のまま、ためらうことなく即答する。


「毒に犯された親友を、助けてほしいんだ」

「……解毒か」


 これは、相談しないとわからないか。

 それに……。


「もし解毒が可能だとして、その親友は近くにいるのか?」


 俺の問いに、ラウレは表情を曇らせる。


「いや……現界にいるよ。でも、戻って連れてくることはできるから、それまで待っていてくれたら……!」


 すがるような表情。悲痛を訴える意識。まだ幼いといってもいい顔つきに、前世の信念が心を揺さぶる。

 ……思わず助けたくなる。もう俺の手はウーリでいっぱいだというのに。


「まずは落ち着いてくれ。そうだな……」


 ラウレの親友を連れてくるのではなく、こちらから解毒しに向かうこと。

 実は、案外悪い話ではないように思う。


 俺の目的は、恐怖の魔物を討伐し、ウーリを外に連れ出すことだ。連れ出す先としては、現界を検討している。

 これには、俺が現界に戻って養母ちゃんに無事を知らせなければならないという事情があるが、とはいえ、ウーリにとって見慣れた魔界より、まだ見ぬ現界に連れ出したほうがウーリも喜ぶと思うのだ。

 俺自身、少女鳥ガーリッシュハーピーの村と森しか知らないので、ウーリとの旅は願ったり叶ったりでもある。


 そこにきて、ラウレの親友の解毒の件。

 ラウレの親友のもとまでウーリとともに赴くというのはどうだろうか?

 旅の一環として考えれば、決して悪い話ではない。


 それに、ラウレが親友を連れてくる方法を取った場合は、それまで待っていられるのかという問題もある。

 ウーリが魔界にいるのは、俺が恐怖の魔物を倒すまでの間だ。ここで重要なのは、恐怖の魔物を倒すためには魔術を習得する必要があり、そのためにラウレの力を借りようとしていること。

 果たして、ラウレの出番が終わったあと、親友を連れて戻って来る時間があるのかどうか。


 ……そう考えるとやはり、俺とウーリがラウレの親友のもとに向かったほうが良さそうだ。そちらの方向で話を進めるとしよう。


「わかった。ウーリ……トゥーリと相談してみる。

 少し待っていてくれないか?」

「えっ、今すぐ? えっと、いいけど……?」


 俺は、事情がわからずに不思議そうにしているラウレをその場に残し、軽く走って距離を取る。

 そういえばラウレは狐耳だったな。……念のため、距離を空けておくか。

 会話が漏れ聞こえないようにと、俺はときおり振り返ってラウレとの距離を測りつつ、五百メートルほど離れて立ち止まる。


 ……風もある。これなら聞こえないだろう。

 そう判断して、俺はささやき声を出す。


「ウーリ、聞こえる?」

「――聞こえるよぉ」


 耳元で、ウーリの声。

 ……ウーリにはこの状況でも聞こえるんだから、半端じゃないよな。

 

「さっきのラウレとの会話、聞いてた?」

「聞いてたよぉ。ウーリはらーちゃんの親友さんを、助けてあげたらいいのぉ?」


 ……おお、ウーリの的確な返答。まさにその通り。

 しかし『らーちゃん』って。いや、俺なんか『イスハ』なのに『いーちゃん』じゃなくて『はーちゃん』だからな。それに比べたらまともに思える不思議。


「ああ、助けてあげてほしいんだが、ウーリは解毒ってできそう?」

「うーん……やってみないとわからなぃ」

「そうか。いや、そうだろうな。

 それで、俺としてはラウレとの交換条件のために要求を飲みたいのもあるんだが……。

 それはそれとして、恐怖の魔物を倒したあと、ウーリと一緒に現界に行って、旅をするのはどうかと思っていてな。その流れで、ラウレの親友のもとまで解毒しに行くのも悪くないと思っているんだが……どうだろう?」

「えぇ!? はーちゃんと旅行ぉ!? うりうりぃ! いいと思うよぉ!」


 ウーリのものすごく弾む声が耳元から聞こえ、息を吹きかけられたように首筋のあたりがぞわりとする。


「お、おお、まずは落ち着こう。そんなに嬉しかったか」

「ウーリ楽しみぃ! はーちゃんと一緒に外ぉ! 旅行ぉ!」

「……じゃあ、ラウレの親友のところまで行って、解毒を試みるということで承諾してもいいか?」

「いいよぉ! ふふぅ!」

「わかった、ウーリありがとう。あと耳がくすぐったいので声は切ってくれると助かる」

「ぁ……はぁぃ」


 残念そうな声を最後に、ウーリとの会話が終わる。

 喜びに水を差したようで罪悪感が生じるが……まあ、あとでいくらでも会話はできるので待っていてほしい。


 さて、待たせているラウレに早く返答を聞かせてあげなければ。


 俺は走り出して来た道を引き返す。


 その最中、ラウレから弱ったような意識が向けられてくる。

 他に頼る当てがないのだろう。それはまさに神頼みといった様子で、どこか痛々しい。


 元の場所まで戻ってくると、ラウレはその場を動かずに、両手を組み、まるで祈るようにして待っていた。

 早く解放してあげたい一心で、俺は間を置かずに結果を告げる。


「ウーリ……トゥーリは、解毒を試みることを承諾した」

「……な、治せるのかな!?」


 ラウレは俺に一歩近づくと、青緑の瞳を見開き、今にも掴みかからんばかりの必死の形相で見上げてくる。

 俺は平坦な声で返す。


「それは試してみなければわからない」

「そんな……」

「どのような毒かわからないし、仮にわかったとしても、その毒に接した経験がなければ、ハッキリとしたことは言えない」

「……そうだよね。うん。試してみてくれるだけでも喜ばなきゃね」


 ラウレは憔悴した表情で、無理に納得するような乾いた笑みを浮かべる。

 そんな彼女を放っておけず、俺は言葉を続ける。


「俺の見立てでは……」


 そこまで口にして、やってしまったかと後悔した。

 絶対に治せると思う、なんて言わないほうがいいに決まっている。

 弱っている少女を放っておけないのは、前世のトラウマが関係しているのだろうが、それにしたってこれはない。


 仮初の希望を持たせてどうするんだ。

 それで治ればいいが、もし治らなかったら、……そのぶん絶望は深くなる。

 そのとき、彼女は立ち上がれるのか。


「えっと、キミの見立てでは……?」


 しかし、吐いた唾は飲めない。

 俺は諦めると、続きを口にする。


「俺の見立てでは、ウーリトゥーリにできないことはない」その根拠は……。「――その毒が例えば、公魔ロードの上、君魔ワールドだったか、君魔ワールドの魔術に匹敵するのでなければ、ウーリトゥーリはその毒をどうにでもできるだろう」


 なんとかそれらしい根拠を示すことができたと思う。

 実際、俺はウーリに治せないとは微塵も思っていないのだし。


 するとラウレはきょとんとして、それからふっと微笑を漏らす。


「……そうだね。なんたって、公魔ロード最強と名高いウーリトゥーリだもんね。うん、ボクもできる気がしてきたよ」

「そうか、それは良かった」


 災い転じて福と為す、ではないが、励ましがうまくいったようで俺は胸をなでおろす。


「じゃあ、今後の予定だが、ラウレには悪いが先に魔術を教えてくれると助かる。

 それで、こっちで控えている用事が済めば、ウーリトゥーリと一緒に現界に行くつもりだ。ラウレの親友のところまで一緒に向かおうと思うが、それでいい?」

「え? わざわざ来てくれるの? いや、それはすごく助かるけど……本当に、いいのかな?」

「ああ、こっちの都合でもあるからな。気にしなくていい。

 それじゃあ、ラウレは俺に魔術を教える、代わりに俺はウーリトゥーリと一緒にラウレの親友を解毒しに行く、ってことでいい?」

「うん! こちらからもお願いするよ!」


 俺はうなずくと、右の翼を差し出す。

 すると、ラウレは両手でぎゅっと、頼みの綱だといわんばかりに俺の翼を握った。

 なんだかバランスが悪いので、俺はもう片方の翼をそこに添える。


 ……翼による握手は思いのほか締まらない感じだったが、それはともかく。

 こうして順調に、俺は魔術の師を見つけることができたのだった。


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