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11話 狐の少女と出会い

(後書きに補足を追加 2017/10/31)


 いまだ慣れない転移の感覚のあと、俺はウーリとともに魔界の区画に降り立った。


 ウーリの手が俺のズボンから離れると同時、遠くから男の声が聞こえてくる。


「テメエはなんなんだ? 魔物カインズか? にしては魔力エレメントが薄いな」


 俺たちに話しかけている声ではなかった。

 そちらに目をやれば、二人組の男と、それに対峙する一人の少女がいた。


 今の声は二人組の男の内、背のひょろりと高い二十代くらいの男のもの。ツンツンした髪と目つきの悪いツリ目が特徴的だ。


 ツリ目男の言葉に、対峙している少女は緊張するように顔をこわ張らせ、固いアルトボイスで答える。


「ボクは、訪問者。魔力エレメントが薄いのはそのせい」


 俺は彼女を見て驚く。

 その少女は十四歳くらいの年齢で、そして、狐っぽい三角の耳ともふもふの尻尾があった。


 ……あの幼さで魔界堕ちしたのか。

 しかも、『訪問者』や『魔力エレメント』といった魔界用語らしきものを使っていることから、魔物と交流していることが伺える。

 つまり、魔界を生き延びる実力があるということ。動きやすそうな革鎧と、短剣やポーチを付けたベルトはサマになっていて、その実力を裏づけているように見える。


 ……そして、ウーリの言う『狐さん』は彼女だろう。

 ちなみに二人組の男のもう一人は、髭の長い頑固親父といった外見なので、狐のひとではない。

 そうすると俺は彼女に魔術の師をお願いすることになる。いや、別に年下の女の子に師事することに抵抗があるというわけではない。信念の前に手段を選ぶほど俺は傲慢ではない。

 ただ……なんとなく、成人した男性を想像していたため、驚いていしまっただけだ。


 考えてみれば、訪問者……現界の人間のほうが師事するメリットはある。

 魔力量と感覚の差だ。

 仮に人型魔物に師事した場合、俺と魔力量が段違いのため魔術の使い方の感覚が異なることが推測される。

 どちらかといえば俺と同じような魔力量を持った相手のほうが、そういった感覚を共有しやすい。


 そういう理由からも、ぜひとも狐少女に魔術の師を頼みたい。


 その考えのもと、二人組の男と狐少女の間に流れる険悪な空気を見る。

 味方をするなら、狐少女一択だ。


 ただ……二人組の男とはあまり敵対したくない。

 彼らの魔力密度が、鹿鷲の魔物のそれより明らかに上なのだ。

 ……つまり、彼らは人型の魔物で、それぞれ鹿鷲の魔物より強いだろうということ。防具をつけずに布の服しか身にまとっていないのは、彼らの魔術に対する自信の表れに思える。

 しかも、人としての知恵があり戦略を立てられることを考えると、その実力は鹿鷲の比ではない。

 それが二人。……戦って勝てる自信はない。気軽に敵対できる相手ではなかった。


「ウーリ、危ないから空になっていてくれる?」

「はぁぃ」


 ウーリを守りきれるか不安なので、ウーリには最初から離脱していてもらう。

 ウーリの姿が消えたのを確認したあと、俺は足音と気配を殺して隠密状態になり、二人組の男と狐少女のもとに歩いて近づいていく。


 さて、どうやってこの場を丸く収めるか……。

 とりあえず、向こうの会話を聞いて着地点を探ろう。


 隠密がばれなければ、盗み聞きは容易だ。

 一応この【隠密】は、少女鳥ガーリッシュハーピーの森で鍛え、視界に入らなければ野生の少女鳥ガーリッシュハーピーの背後を歩いても気づかれないレベルなので、問題はないと信じたい。


 俺はゆっくりと近づきながら、二人の会話に耳を傾ける。

 喋っているのは、ツリ目男と狐少女だけで、長髭親父はときおりツリ目男の言葉に同調するだけのようだ。


「テメエ、まさかとは思うがウーリトゥーリを倒しに来たんじゃねえだろうな?」

「違う」

「ハッ! そりゃそうか。テメエのような弱えヤツじゃ相手にもならねえからな」


 ツリ目男の言葉に長髭親父が、狐少女とそんなに変わらない背丈で狐少女を見下すようにあごを上げ、ふんすと頷く。


 ……ウーリトゥーリって、ウーリのことだよな? 有名なのか? いや、生物を中に引き込む夢界の持ち主だ、むしろ有名でないほうが変だろう。

 ウーリトゥーリを倒すという言葉に一瞬だけ心がざわついたが、狐の少女が即座に否定していたので俺は安心して会話の続きに耳を傾ける。


「……用は済んだ? 行っていい?」

「待てよ。テメエ、何しにここに来た?」


 ツリ目男は真意を見抜こうとするように、狐少女を睨みつける。その隣では長髭親父も上目遣いで睨みつける。

 狐少女は居心地悪そうに身じろぎをすると、尻尾をピンと立たせ、固い声で返す。


「ウーリトゥーリの正体を探りに」

「ハッ! そうかよ。確かにどいつがウーリトゥーリかはわからねえよな。……テメエ何か知ってんのか?」

「知らない」


 狐少女は短く平坦な声で告げる。

 ……どうやらウーリの正体があのゆるふわ幼女だと知られているわけではないらしいが、もし知られていれば今頃ウーリは追いかけ回されているだろうから、信憑性はある。

 つまり、なぜか名前だけが知れ渡っているようだが……まあ、それは今はおいておこう。


 ツリ目男はいぶかし気に目を細めると、おそらく片側の眉を上げた。その隣では長髭親父も怪しむように首を傾げる。


「アア? 何を隠そうとしてやがる?」

「……本当に知らない」

「にしてはその態度、怪しいな。まるで何かを隠すような固い態度じゃねえか」


 ツリ目男の隣で長髭親父が頷く。

 

「……知らないってば」

「ハッ! 嘘つくんじゃねえよ。何か知ってんだろうが。その情報、吐いてもらうぜ」


 両者の間でピリリと空気がひりつき、一触即発の状態で両者は睨み合う。

 

 ……話の内容から判断しても、俺は狐少女を擁護する方向でオーケーだろう。

 狐少女はなんらかの理由で固い態度を取っているようだが、なんだかツリ目男の言うような情報を隠すためには思えない。

 ハッキリとしたことは言えないが、狐少女の意識は他のところにあるように感じられる。

 

 そうなると、二人組の男の主張――狐少女が情報を隠しているというのは誤解だ。

 どうにかしてその誤解を解く方向で話を進めたいところ。


 ちょうど彼らの近くまでやってきたので、俺は隠密状態を解いて声を上げる。


「どうも。話は聞かせてもらったが、ちょっといいか?」


 三人はビクリとして俺を見た。

 警戒の意識が俺に集中する。


「……なんだテメエは」

「俺はイスハ。訪問者だ。盗み聞きするようで悪いが、話は聞かせてもらった。

 彼女は何かを隠しているように見えるかもしれないが、それは誤解だ。隠すつもりなら、もっとうまく会話を誘導している。そうだろ?」


 俺が狐少女に声をかけると、狐少女は俺が味方だと知ったためか警戒を解き、少し幼さを感じさせるアルトボイスで答える。


「うん。隠すつもりならもっとうまくやってるよ」

「そういうわけだ。あなたたちと敵対するつもりはない。このまま別れるのがいいと思うんだが、どうだろう?」


 長髭親父は俺に敵意を向けてくるが、そのまま黙っている。ツリ目男は俺と狐少女を交互に見やると、ニヤリと笑った。


「ハッ! 読めたぜ。テメエら、仲間だろ? 逃げようったってそうはいかねえ」


 ツリ目男はしたり顔をする。その意識は絶対の自信にあふれていて、俺へのカマかけではないことがわかる。

 ……マジか。なんでそっちの方向に勘違いするんだ。面倒くさい。


「……確かに同じ訪問者だが、彼女とは今知り合ったばかりだ。その証拠に、さっき俺が出てきたとき、彼女は俺を警戒していただろ?」

「そうだったか? だけど演技かもしれねえじゃねえか」

「……どうしてそこで演技をする必要がある?」

「オレたちを騙すためだろうがよ」


 ……なんなんだ、こいつ。無駄に疑い深いというか、思考が空回りしているというか。


「もしあなたたちを騙すためだとして、俺たちになんのメリットがある?」

「絶対に勝てない相手から逃げるためだろうがよ。オレたちのほうが圧倒的に強いからな」


 ツリ目男は誇らしげに胸を張り、その隣で長髭親父も同じポーズを取る。

 ……なるほど、強さを誇るタイプか。自慢する言動が鼻につくが、まあ、実力差があるのは認めよう。勝敗は別として、戦闘は避けたほうが賢い。


「そうだな、あなたたちから逃げるためというのは正解だろう。だから見逃してくれないか?」

「隠している情報を吐けよ。そうしたら見逃してやるぜ」

「隠していることはないんだが」

「アア? 嘘つくんじゃねえよ」


 ツリ目男と長髭親父からジロリと睨まれる。

 ……さて、どうするか。

 残念ながら、俺の頭ではここから口で煙に巻くことは難しい。

 では逃げるとして、狐少女はどの程度までついてこれるのか。


 それとも、この近距離だ、俺が先制して彼らを倒すのがいいのか。

 しかし人型魔物に対してどのラインから反撃していいかは不明だ。

 脅されれば反撃していいのか。攻撃されての正当防衛ならわかりやすいが、彼らに一手譲るのはリスクが高い。彼らがどのような魔術を使ってくるか予測できないからな……。


 などと思案しつつ、このまま黙っているのも悪手だ。

 俺は状況を打開するヒントがないかと、彼らの目的を尋ねてみる。


「俺たちに隠しごとはないんだが……、一応、あなたたちの目的を聞いてもいいか? 場合によっては役立つ情報を教えられるかもしれない」


 まあ、俺は教えられないだろうが、もしかしたら狐少女が何か知っている可能性もある。

 どうにかして、話し合いで片をつけたいところだが……。


「ハッ! オレたちの目的か? そんなの決まってんだろうが。ウーリトゥーリを倒すためだ」

「……なに?」


 今、こいつ、なんて言った?


「オレたちは確かに強いが、まだ無名だからな。公魔ロード最強と言われているウーリトゥーリを倒せば、オレたちが公魔ロード最強になる。オレたちが最強だと証明できる。それ以外にあるかよ」


 ツリ目男は挑戦的な笑みを浮かべ、その隣で長髭親父がしきりに相槌を打っている。


 彼らの意識を確認し、何かの偽装ではなく本心だと知った瞬間。

 俺の思考が……カチリと、切り替わった。


 ――信念以外を切り捨てる。

 安全志向から、諸刃の剣へ。

 ウーリを守ることを、最優先とする。


 ……おまえたちのような奴がいるから、ウーリが怖がって外に出られなくなるんだろうが。


 俺は彼らの考えを叩き潰すことを決定する。


「――なッ!?」


 ツリ目男と長髭親父が驚愕をあらわにして後ずさる。

 俺は殺意が漏れていたことに気づくと、慌てて瞑想して意識を落ち着ける。


 ……いけない。殺意を漏らすとは、なんて未熟な。

 敵意を漏らすのは二流のやることだ。

 一流は敵意を感じさせず、超一流は自然体で対処する。例えば前世の老公のように。

 それに……まだ確認していないことがある。早合点はミスのもとだ。


 俺は心持ち親しげな表情を浮かべて問う。


「すまない。“ウーリトゥーリ”を倒されるのは困るんだ。どうしてもというなら、俺は力づくでもあなたたちを止めなければならなくなるんだが……考えを改めてくれないか?」


 言葉で片がつくならそれが最善。

 俺の言葉に、ツリ目男は敵意を戻して睨みつけてくる。


「ハッ! やれるものならやってみやがれ!」


 なるほど、ならば潰そう。

 待て……狐少女がネックか。


 俺が一瞬だけ迷ったそのとき、ツリ目男から攻撃の意識を感知した。

 ――潜在覚醒、身体操作。


「きゃっ」


 俺は狐の少女を翼に抱くと、すぐにその場を離脱する。

 駆ける背後で、火の手が上がるのを感じた。


 ……本当は先制したかったが、失敗したときのリスクが大きすぎて迷ってしまった。

 もし片方でも仕損じて、反撃を許した場合、俺だけならかわせる自信があるが、狐の少女が巻き込まれる恐れがあった。


 俺の信念は、ウーリを守ることであり、恐怖の元凶を倒すこと。

 そのためには魔術の習得が不可欠であり、魔術の師候補である狐の少女は、ウーリの次に守らなければならない。


 手っ取り早いのは、ウーリに頼んで狐の少女だけ転移で逃がしてもらうという方法だが……。

 とにかく、狐少女を守ったうえで二人組の男を倒すべきだった。


 三メートル以上の高さはある火の手の向こうから、長髭親父が岩に乗って空に浮かんでいく。おそらく地精魔術ゲブで岩を操作しているのだろう。

 

 俺は立ち止まって狐の少女を下ろすと、口早に告げる。


「巻き込んで悪い。俺はあいつらと戦うが、きみはどうする? 逃げるなら手を貸す」


 問答無用でウーリに託すのもアリだが、今後のことを考えると彼女の意思を確認するという行為は信頼関係のために必要だし、正直なところ俺一人であいつら二人の相手はきつい。

 狐少女の実力が確かなら、どちらかを相手に時間稼ぎをしてくれると助かるのが本音だった。


「いや、ボクも戦うよ。防御には自信があるんだ。片方受け持つ」

「いいのか?」

「絡まれて戦うのは慣れてるからね。それにキミが味方してくれた恩もあるから」


 俺は狐の少女を改めて見つめる。

 燃えるような赤い髪のポニーテールに、穏和そうな青緑色の瞳と顔つき。

 しかし今は真剣な表情で俺を見つめ返してくる。その意識には少しの信頼と、少しの好意。


 狐の少女の言葉は、本気であることがよくわかる。

 それなら……こちらも信頼で応えるべきだろう。


「わかった。頼む。無理せずに、危なくなったら逃げてくれ」


 あとで魔術の師をお願いしたいので、現金な話だが、切実に。


「わかったよ。キミも無茶はしないでね」

「……努力する」


 信念のためなら、命も懸ける。だから俺はお茶を濁すように答えて駆け出した。


 直後、長髭親父から金属球の雨が降って来る。

 直径五十センチメートルほどのそれらが、何百個も、重力に引かれて落ちてくる。


「……ウーリ、彼女が危なくなったらこっそりと助けてくれるか?」

「――はぁぃ」


 耳元でウーリの承諾の声。

 よし、これで保険もできた。しかし本当にこちらの動きを観察していたとは、さすがウーリだな。


 俺はそう思考しながら、速度のギアを上げて金属球の雨の範囲からさっさと逃れる。

 ちらりと背後を振り返れば、狐の少女が黒い円盤のようなものを頭上に浮かせ、金属球の雨の間を器用にすり抜けている姿を発見できた。

 ……ウーリが手を貸しているかはともかく、身のこなしは悪くない。あれなら大丈夫だろう。


 俺は狐の少女への意識を絶つと、火の手を回り込むように走り、その裏にいるだろうツリ目男を目指す。上空にいて手が届かない長髭親父は後回しだ。


「グド! オマエはそっちの狐女を潰せ! オレはこっちの鳥女をやる!」


 ……誰が鳥だ。あと俺はオスだ。


 三メートル以上あった大火が消え、ツリ目男が姿を現す。

 俺は方向を変えると、ツリ目男へと一直線に向かっていく。


 ……実力的には格上の敵。俺は死の恐怖を前に、身体のかすかな震えを感知する。

 だがそれ以上に――信念に対する圧倒的使命感が、俺の身体を突き動かす。

 信念を果たせずトラウマに怯えるくらいなら、死んだほうがマシだ。

 

 ふと……心に違和感が浮かぶが、それを殺して目の前に集中する。


 俺は瞑想し思考をクリアに保ったまま……冷静な狂気で、あるいは狂った正気で、バカげた魔力密度を有するツリ目男へと迫っていった。


 イスハの信念モード。ゲーム風に例えると、

・精神異常耐性付与、速さ10%up、クリティカル率30%up、

・回避率20%down、被クリティカル率30%up。


(補足 2017/10/31

イスハは動体視力とか感知とか身のこなしとかにより、回避率が化け物クラスなので、

信念モードによる低下を受けても回避率は人間の達人クラスを上回ります……)


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