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第五話「器合わせ」

4話のタイトル変更しました。

9/8起床時の考察から「心の深淵」についての文章を削除しました。

 小鳥の声だろうか、どこからかちゅんちゅんと可愛らしい声が聞こえる。


 これは俗にいう朝チュンってやつか。フッ、昨日はロマンティックで情熱的な激しい夜だったぜ。


 って……そんなことないか。こういう朝チュンの相場は七割が只の目覚め。後の二割も事に及んでない……ネタなことが意外と多いんだ。……一割は爆発しろ。


 まあ自慰の様に誰も居ない場所でネタを連続で出来る程一人スキルが高い俺でもない。ともかく一先ずは起きて支度をするとしよう。


 そんな風に馬鹿馬鹿しい思考を切り替え、俺は静かに目を開ける。そんな俺の頭にいの一番に飛び込んで来たのは、あの奇怪な夢についての疑問だった。


 あの光景は……夢か。訳の分からない夢だった。次々に切り替わる身に覚えのないような映像、声。でも俺には関係ないはずのそれらのビジョンは皆、何故か目を瞑って五感を何もかも消してしまいたくなる様な地獄に思えた。


 そう、何かがそうする様、強引に思考をねじ込ん・・・・・・・・・・だ様に・・・


 俺は愛しい布団と別れを告げ、イアさんから自前で出来る様に聞いていた着替えや諸々の準備をしながら考察を続ける。


 夢は記憶の整理を兼ねている、とか言うけどあんな夢を見た記憶には心当たりがない、よな。


 ……以前言った事と違う、なんて言われるかもしれないが、俺は中学時代のいじめの光景であろう最初の映像でさえ身に覚えが無かったのだ。正直思い出したくないが……俺に対してのいじめはあんな風に皆で寄って集って追い詰める程酷くは無かったはずだ。


 そうなると考えられるのは……思考をねじ込む、ということは魔法を使って強制的に見せられてたとか、そもそも俺は以前の記憶を失っていて無意識に以前の俺の考えが紛れ込んでいた、とかか……。前者はともかく、後者は界渡りなんて絶好の記憶喪失イベントがあったし(実際俺は界渡りのせいで名前を忘れていたし)有り得ない話では無い。


 ……どちらにせよこれ以上探っても俺の脳味噌ではトンデモオカルトしか思い付かないし、確かめようは無い。


 何というか……要所の言葉を覚えていないのもそうだが、あの夢には意味を理解する為の決定的な何かが欠落してる気がする。真相を知る為には〝何か〟となるものが必要そうだ。そして、どうやらそれは一切の手掛かりが無い今は分かりそうにもない。


「……はぁ」


 ひとしきり考えた所で、俺は結局行き着いた『意味不明』という考察の結果に行きどころの無い特大のモヤモヤを抱え、その鬱憤を出し切るかのようにとびきりの溜息をついた。


 こんなことは日本では無かったけど……やっぱり、これも異世界に召喚されてしまったからなのか……いや、それは考え足らずな気がするしな……。


 俺はベッドに座り、上を向いた。


 ―—何でもかんでも原因は異世界、か。


 昨日までの俺に聞かせたら馬鹿みたいに思うだろうけど、これは紛れも無い現実。本当に俺は異世界なんかに来てしまったんだな……


 そう思うと、ふと日本にいる家族のことが脳裏に思い浮かんだ。


 父さんと母さん、そして中学になったばかりの妹。名前はそれぞれみのる恵真えま。そして二人の名前を合わせた妹の真実まみだ。


 父さんは優しいが芯はしっかりとしていて、ダメなことはダメと言ってくれる。母さんも、そんな父さんと同じくらい優しい。いじめられていた中学校時代は母さんに何度助けられたことか。そして自慢の妹、真実。ちょっと前までは生粋のお兄ちゃん子だったが、最近話を聞いてくれなかったりする。思春期なのだろうが、少し寂しい。


 皆、俺がどんなに荒れても、中二病をこじらせてもいつも通り優しくしてくれた最高の家族だ。


 俺が異世界に来て二日目だけど、元気だろうか。そう思うと、何だか憂鬱な気分になってしまった。


 いかんいかん。異世界転生(正しくは転移かも知れないけど、体としては性転換して全く違うものになってしまったのだから実質転生と言っても過言ではないだろう)二日目にしてホームシックなんて、小学生かよ俺は。こんなセンチメンタルなこと朝から考えてると調子が下がるぞ。


 ……とは言っても文字通り住んでる世界が違うわけで、帰る術が無い限りはもう二度と会えない訳だしな……


 ああ、駄目だ。家族の事を考えると、どうしても郷愁というか……何というか寂しくなってしまう。


 ここは家族の話題から離れ、無理にでも他のことで気を逸らして冷静になろう。ほら、どこかの本の主人公が言ってた。ステイ・クールとね。冷静になろう。


 そんな風に少し考えを落ち着かせていると、丁度よくイアさんが入ってきた。


「あら、もう起きてるなんて。朝が早いのね」


「あ、ああ。召喚される前も無意識に早く起きちゃうタイプだったんですよ」


 家族関連の思索から気を逸らす絶好のチャンス。俺は四の五の言わずにさっさと飛び付くことにした。


「そう。わざわざ起こす手間が省けたわ。じゃあ、朝ご飯を食べたら『器合わせ』、行うとしましょうか」


「ハイ!」


 異世界一日目の朝が、始まる。



 ◇◆◇



 そうしてやや憂鬱な気持ちで迎えた朝食なんだが……


 あ…ありのまま今起こったことを話すぜ。「俺は異世界で食事を食べたと思っていたら全ての思考を停止して宇宙でリアクションをとっていた」


 自分で体験しといてなんだが、食事のリアクションで宇宙ってジャ〇んかよ……なんて思ったけど、あの味なら納得といえば納得かも知れない。


 何!? あのソーセージらしきもの! 使ってる肉がソーセージじゃあ割に合わないほどジューシーで美味かったんだけど! それにあのスクランブルエッグ! 卵がこれでもかという濃厚なコクを持っていて、日本の十個百円卵にはもう戻れないんだけど!! さらに特筆すべきなのはイアさんの優しさ!! 異世界転生してきた俺を気遣って、他の異世界転生した人から教えてもらった料理をわざわざ作ってくれた!! おかげでホームシックも何もかも吹き飛んだぜ!!



 と、いうわけで!!!



 朝食で培ったこの勢いのままに器合わせをやる。


 現在俺は、ベッドでイアさんの指示通りの姿勢のまま寝ている。前の界渡りでは心の準備期間というか、決心を固める猶予がなかったから訳も分からず地獄直行だったが、今回は違う。


 神様もお墨付きの『強い』人が直々に付き添うのだ。一人で何かするよりは絶対安全だし、ある程度の苦痛を伴うことを引いてもリターンは大きいだろう。


「準備は良いかしら。


 いくら界渡りより楽とは言っても、イコール簡単ってわけでもない。界渡り同様『自分が自分の心の深淵しんえんを利用して自分を壊してくる』から油断しないようにね。一回目は糞神の加護のおかげで最も心が折れるそこが省かれたのよ。


 あなたの加護も少しくだんの界渡りで弱まってるし、注意が必要よ。もし黒い自分が心の琴線をぶった斬るような勢いで語り掛けてきたとしても、絶対に心を折られないようにね。


 もし心を折られたら、自分の黒い面が暴走して、全ての潜在能力を使って強制的に覚醒、洒落にならない災害を起こすことになるから。周りの被害も甚大よ。そうなったら絶望から何とか一人で立ち直るか、あなたを殺すか封印するしか選択肢はないわ」


 なるほど。いい話にはリスクがつきものってか。こりゃ覚悟を決めなきゃ。


 ……それにしても『自分が自分の心の深淵を利用して自分を壊してくる』……か。例えるならファンタジーとかでよく見るもう一人の黒い自分との闘い、みたいなものだろうか。有名所では副題からして影と戦う的な某戦記があるけど。


「行くわよ」


「きゃっ」


 そう言ってイアさんが背中の後ろに手を置いて抱きしめるような形になった途端、イアさんの中から得体の知れない「何か」が入り込んできた。それにしてもイアさんいい匂い。


 えっ? ……べ、別にわざとあんな声出した訳じゃないからな? いきなり慣れない感覚が襲ってきたもんで、思わず叫んだらそういう声になっちゃっただけだからな?


「入ってきたかしら。これが魔力とか魔素とか言われてるものよ。所謂魔法、魔術の元ね。ここから量を増やしていくと、意識が飛ぶから精神世界では注意してね」


 へっ!? 意識とぶのが前提……っていうか考える暇がない!! どんどん送られてくる量が増えていって


 不意にプツリ、と意識が途絶えた。




◇◆◇




 目を開けると正面には元の、異世界に来る前の肉体らしき俺がいた。


 ……というか、前の俺の周囲にあるであろう他の物を見ようにも、脳が拒絶を起こす様に俺はそいつしか何故か知覚できなかった。


 しょうがないので俺は〝俺〟を観察することにした。


 目の前の俺は女ぽくも男っぽくも見える。しかしよく見ると中性よりの造形だった俺より、男よりの造形をしている。


 でも、なんか表情が暗い。俺の黒い面だからかな? 


 そんな呑気な疑問を抱いている俺が癪に障ったのか、そいつは妙に憂鬱な声で言った。


「よう、俺」


 随分投げやりに言われたその言葉に、思わずムッとして衝動的に返事を返す。


「よう、俺ってか。日本の容姿とはずいぶん違うな」


「それは、これが本来お前が為りたかった容姿だからだ。だっててめえは、生まれた時から妙に女々しかったもんな?」


 見事にこちらの気に障る言葉を言ってくる。いかん、ここは冷静に……ああ、でもつい強く言ってしまう。


「何のつもりだ」


「はぁーあ。からかい合いを楽しむ趣味はないし、単刀直入に言ってやる。


 おい、俺。どれだけ自分を偽れば・・・・・・済む気だ。見てて黒い俺が心苦しいくらいだぜ」


 ??? 自分を偽る? 


「何のことを言っているんだ? 俺は自分を偽ったことなんか無いし……冗談はやめにしたんじゃなかったのか?」


「ハァ? その言葉、本気なのか。とすると……お前、なんにもわかっちゃいねえじゃねえか」


 その渦中であるはずの俺を抜きにして何かが起きている様な言い方に、なぞなぞが解けないような……パズルのピースが見つからない様な歯痒さを感じ、俺は黒い〝俺〟に問を続ける。


「確かに容姿には満足していなかった。恐らく容姿の劣等感とか、俺の感じた負の感情がお前を生んだに違いない。


 でも、それでいじめられたり、重大な事件とかは中学校の件以外起こってない、これも事実だろ? それに、俺は俺なりに自分に正直に生きてると思う。今度はこちらから聞きたい。これのどこがなにを偽っているんだ?」


「それこそ、心の深淵にかかわることだぜ。俺程度じゃ、あの神に張られたお前の心の結界を切り開くことはできない。次の界渡りでも来ない限りはな」


 はぐらかされてしまったが、有益な情報は得られた。なるほど。俺にかかっている加護はまだ効果を保っていた、ということか。


「ここは神様に結界を張られていてよかった、とでもいうべきかな?」


「ハッ! もしかしたら後悔するかもしれないぜ? あの時見ておけば、こんなところでやらなければ、てな感じにさ。


 まあ、最悪の場合を防ぐためには、自分の心の支えを増やすことだな。守りたいものとか、守られてるものとか。そういう人との心の繋がりで心は頑丈になっていく。黒い感情の塊が言うのもなんだけど、頑張れよ。……決して、下を向くな」


「忠告、ありがたく受け取っておく」


 返答はしたけれど……俺には下を向いて陰鬱そうな表情でされた黒い〝俺〟の忠告がどこか自嘲気味に……それこそ吐き捨てる様に聞こえたのは気のせいだろうか。


「最後に一つ。お前の心の深淵は恐ろしく深いぜ。それこそ俺が糞な位、な。じゃあな」


「ん? あ、ちょっとまっ…………………


 言い終わらない内に、目の前から黒い自分は消えていった。



 「……なんなんだよ」


 取り残された俺は、下を向いてそう独り言ちるしか無かった。


 脳裏には、黒い〝俺〟の陰鬱そうな顔がやけに鮮明に残っていた。




◇◆◇





 目を覚ますと、目の前にイアさんがいた。


 それに……恐らくこれが器合わせの影響だろうか、体も何だか大量の物を無理矢理詰め込んだ鞄のように、パンパンに張っているように感じる。


「ゔッ……」


 俺は、目覚めた瞬間襲った形容し難い感覚に呻き声を漏らす。端的に言えば、気持ち悪い。まるで生理的嫌悪を感じるものが体内にうじゃうじゃいるみたいだ。辛すぎて何も考えられない。


 俺は思わず布団をガバッと畳んで、この醜悪な感覚に耐えかねて体の中のおぞましい何かを全部吐き出そうとした。しかし、イアさんに止められてしまう。


「とりあえず何もしないで。それを少しでも間違って動かしたら、この惑星の属する銀河三割が吹き飛ぶかもしれないから」


 ……どんな威力だよ。幾ら魔法のある世界と言っても、銀河の三割って人間がどうにかできるレベルを超えてるだろ……


 俺はこんなに自分が苦しい時でも平常運転なイアさんが、いっそ恨めしく思えた。


 だが、恨めしさとは言えども、多少の気逸らしになったのは事実だった。


 そこで俺は精一杯辛さを誤魔化す為に、そういえばこの家はどんな材料で出来てるんだろう、とか異世界でも空は青いんだな、とかみたいな他愛のないことを無理矢理考えて必死に嫌悪感を逸らす事にした。界渡りもアレだけど器合わせの後もやばい。似てるは似てるけど、ちょっと違うベクトルのヤバさだ。


 そんな時、イアさんはそっと俺の体を抱き上げる。


 性欲の権化である俺がこんな美人に抱かれてする事は一つだろうけど、体内の嫌悪感が強すぎてそれどころではなかった。


 ……とはいえ、やはり女性に抱かれると人は安心するのだろうか、先程より心が落ち着いてきた。


 するとイアさんは俺の体の中の何かを循環? し始める。


 その感覚は、まるで自分が一つの川になった様だった。自分の存在が、ゴミみたいに思える様な雄大な大河……その流れに身を任せる。そんな感覚だ。嫌悪感も、その流れに溶けていくように自然と消えていった。


「今私がやっていること……私は魔循環と呼んでいるけど……を一人で十二分にできるようにしないと魔法はおろか、最悪魔力暴走で自爆しかねないわ。


 器合わせで魔力が適合していたとはいえ、いまだ魔力などに触れてない未知の状態で急激に他人の魔力を使って内包量を増やすのは無理があったわね。申し訳ないわ」


 何をやらせてるんだ、イアさん。俺は一歩間違ったら死ぬようなことをさせられたのかい。なんかこの人少しポンコツな気がしてきた……。話を聞くに元は脳筋だし、会話からは想像もつかないけど年月は経っても所詮は三つ子の魂百までって事だったりして……気のせいだよな?


 それにしてもこのイアさんだけでなく、まるで世界と自分が一体になったような清々しい感覚はいいな。嫌悪感とか、怒りとか、悲しみ、そんなやるせない気持ちを全部持って行ってくれるような錯覚に襲われる。しかし同時に少し疲れるし、これを一日中やれというのは無理がありそうだ。


「この感覚をしっかりと覚えて。もう意図的でもなければ暴走はしないだろうけど、これを沢山行うことで色々と重要なことがあるから日常的にやることになるわ」


 なるほど。この感覚なら修行とかも漫画みたく明らかに人間の限界を超えてる物でもなく、楽かもな。


 ……この時俺はフラグをビンビンに立てていたことに気づかなかった。


「やる時間は最低でも二時間だけど、私の魔法で時間を引き延ばすから……体感時間でいうと、最低十年位・・・・・になるかしら」


「ぺぁぇ?」


 思わず訳の分からない声が飛び出す。


「それ以外の時間も有効活用したいから……流石に寝る時間は引き延ばせないから三十時間のうち十時間抜くとして、一日を百年位には引き・・・・・・・・・・延ばせるかしら・・・・・・・。今日は流石に無理をさせたし、明日から本格的に始めましょう」


 ――こうして、ある意味界渡りとか器合わせの嫌悪感とかよりもきつい地獄の修行が始まったのであった。


 でも何時からだろう、長い時間待ったり他の人が苦痛に感じることをしたりされたりしても、何も感じなくなってし・・・・・・・・・・まった・・・んだよな。


 俺の勘違いでなければ修行がどんなに長くてもはかどりそうだけど。

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