いない!
20180816
少し修正
「お、おい。ここ、どこだよ……」「んあ……え? 何、夢?」「お、おい。宇賀神はどこにいるんだ? あいつならなんか分かるだろ」「あのお姫様みたいな子、何?」「ふあああぁぁぁ……ってちょ、ちょっとどこだよここ! 俺達授業受けてたんじゃねえのかよ!」
2年2組の面々は、今目の前で起きていること、そして自分の身に起こったことが理解できないでいた。とても簡単な理由だ。
黒板に突然現れた魔法陣が光ったと同時に気を失い、気が付いたら中世の建物の広間の様なところにいたからだ。
目の前にはここの主なのだろうか、水色の煌びやかなドレスを着た十代後半と思しき美人が初老の男性と共にいて、その護衛なのだろうか、周囲には「騎士」としか例えられない人たちが十数名ほどいる。その様子は豪華な内装と相まって、まるでおとぎ話の中にでも入ったかのような錯覚を感じさせていた。
「えっ、そもそもさ、ここ日本なの? もしかして俺ら眠らされて集団拉致とかされたんじゃね?」
「もしかして以前ニュースでやってたやつ? ほら、半島がどうとかの……」
「いや、見た目的にはヨーロッパの方だと思うけど……」
「……え? なんで私、こんな訳わかんない場所にいるの?」
「ちょっとリョウタ、俺の事を思いっ切りぶん殴ってく……痛ってぇぇぇぇぇ!!!! 夢じゃねえのかよ!」
「ね、ねえアキナ。あのお姫様みたいな人、日本語喋ってない?」
「嘘よ、嘘嘘……私はタチの悪い夢を見てるのよ……」
「……」
「魔王復活……? 勇者召喚に成功……? ゲームみたいなこと喋ってるんだけど何これ」
「は、そんなんゲームのやり過ぎだろ! 現実でそんな非常識な事が起こる、わけ……いや、まさか、な。ハハハッ」
「もしかして僕ら、小説みたいに召喚されちゃった系? え、普通に嬉しいんだけど」
「そんな事思ってんのはお前だけだよ!」
「何これ!?」
クラス中の混乱が混乱を呼び、騒ぎは益々収拾が付かなくなっていった。
しかしそんな騒ぎは、目の前の姫の様な格好をした者の一言によって一瞬で静まることとなる。
「勇者たちよ、この世界を救ってください!!」
いい年こいた、とはいかずとも目の前の女性は確実に少女以上、女性未満、といった感じの容姿をしており、「勇者」だの「世界を救え」だのとのたまう様な思春期はとうに過ぎているはずだ。
大半の生徒はその発言の意味をくみ取ることができず、茫然として姫様のほうを向いていた。
◇◆◇
「……唐突過ぎたようですね。説明不足で申し訳ありません。アンネ様、ここは宰相である私めが説明役を」
「……いいでしょう」
静寂が場を支配する中話を切り出したのは、お姫様の横に立っていた男性だった。
男性はアンネと呼ぶ姫に許可を取ってから話を始めた。
「ここは『イマグ・アレック王国』。皆さまは、勇者召喚の儀式によってここに召喚されました。
この御方は王女のアンネ・アレック。私は王国の宰相をやっております、フリッカー・マグノリアと申します」
そう目の前の白混じりの口髭を蓄えた人物が話すと、ざわめきが起こる。
「勇者召喚」。幼い頃の「物語の主人公」という夢をとうに忘れ現代日本に生きる彼ら二年二組には、それこそ明日地球が滅亡すると言われる様な、荒唐無稽な話だ。
しかし、彼らは宰相の真面目腐った様子を見ると、こんな嘘八百とも取れる話をどうにも嘘とは思えなかった。
それに何より「勇者召喚」なら、自身に起きた常識の範疇にない不可解な出来事に「ファンタジーだから」という単純明快な説明を付けられるのだからいただけない。
「ゆ、勇者召喚だぁ? お、お前らまさか、俺たちを拉致して、どっかの国に売ろうとか考えてんじゃないよな?」
一人の男子生徒がどもりながら叫ぶ。
「黙れ、貴様、高貴な方々に失礼であるぞッ!」
「ひっ!?」
すると槍を持ったプレートメイルの騎士が男子生徒の目の先に穂先を近づけながら怒鳴り返してきて、男子生徒は小さく悲鳴を上げる。
「よせ、ステイシス。勇者もこの短い間で状況を飲み込めるはずがないだろう。多少の無礼は黙認させるから、その槍をなおせ」
「……仰せのままに」
あわや、切り伏せられるといったところで、宰相の言葉を聞き騎士は不満げに槍を元の位置に戻した。
しかし、そのやり取りの後、生徒間には妙な緊張感が漂っていた。
平和な国で生活していた彼らは知る由もないが、「死の可能性」は、あるだけでその場の空気をどこか上ずったものにするのだ。
「……話を戻しましょう。聡明な頭脳をお持ちの勇者様方も、昨日今日ではこの世界について理解を深めることは困難でしょう。つきましては、私がこの場で我々の国について少々込み入った話をさせていただきます。まずは、この世界に現れた『魔王』と呼ばれる存在についてですが……」
……そうフリッカーが言葉を続けようとした直後、突然その言葉と、どこか浮ついた雰囲気を断ち切る様にクラスの中から甲高い悲鳴にも似た声が上がる。
その人物……水野 優月は、吐き出すように、こういった。
「マコト君がいない!!」