第十六話「森の奥へ」
翌日、俺たちは荷物を準備して街を出た。
まだ若い草の匂いが心地よく、新鮮な空気が肺に染み渡る。正直街の中の匂いはスラムなどもあるお陰であまりよろしい物ではない。景観はいいので、本当そこだけ改善してくれれば最高なんだけど……。
ちなみに今回はエレリックとアルが斥候となってくれているのでモーガンやロンは荷物持ちをしている。
俺とアナスタシアは他に比べて力が弱いので持つ量は手提程度。代わりに側面を警戒する形だ。
ただし、まだリネリアの森についたわけではないので危険な魔物はおらず、仕事はほぼないと言っていい。
……それを利用してアナスタシアがひっついて離れないのは解せないが。
「天候もいいし、絶好のお出掛け日和ですね!」
「そうですね、暑苦しいくらいです」
「うふふ、なんでかなぁ?」
そう言ってアナスタシアはこちらを撫で撫でしてくる。いや、あんたのせいだよ。
しかし、そんなことは言えないのでそろーっとアナスタシアさんを引き剥がそうとする。
「だめよー? 幾ら強いとはいえまだ小さいんだから」
しかし、女性といえど大人は大人。弱体化した俺の力では全く歯が立たず、俺はもう諦めてされるがままにした。
しかしこれ、なんだか、満更でもないような……あ、この人めっちゃ撫でるのうまい。あぁ〜そこ。そこされると気持t……
ハッ! 危うく脳内年齢が女児になるところだった。撫でで幼児退行を起こさせるとは……。
その様子に呆れたようにモーガンが注意する。
「おいおい、アナ。遊んでもいいが、そろそろ森に着くから警戒しとけよ?」
「わかってるって!」
あ、知ってる。これ、一切わかってない人の返事だ。
みかねたようにロンも口を開いた。
「僕からも言うよ。安全マージンを取ってるとはいえ今回はかなりの深部まで行くんだ。未知のモンスターが出るかも知れないし、警戒しすぎることはない。
わかってるとは思うけど、森に入ったら気を引き締めてね」
流石に再三注意されたことで、アナスタシアの攻勢も一旦は鳴りを潜めた。多分この分だと安全が確保できた途端やり始めると思うけど。
「見えてきたっすよ」
前方のエレリックから声がかかる。
見渡す限りの緑の壁。遠くでは霊峰の白が光を反射して輝いている。そして、森の中から聞こえてくる獣と鳥の鳴き声、葉っぱのこすれるざわめき。以前来たことがあるとはいえ、圧倒される光景だ。
「? どうしたの、遅れちゃうわよ?」
「ああ、すみません」
とは言え、他の人には別に特別な景色でもなんでもないのだろう。俺は他のメンバーに続いて森の中へと潜って行った。
◇
その後は何回か魔物と遭遇したものの、ゴーンのように強力な敵とは遭遇しなかった。
珍しいもので言えば、《リネリアの髭》と《死の舞》だろうか。
前者は森の中に大量に漂っていた。その名の通り髭の様に細く、長さは数十センチあるかないか。一応生物らしく、魔力を取って生きているらしい。不思議生物だ。
後者は蝶だった。一見普通に見えるが気になって近寄ったところ、アナスタシアさんに引き戻されて怒られた。
どうやら、幻覚を見せるようだ。
何でもゴーンなど強力な魔物の周囲によくいるらしく、魔物を幻覚と興奮作用で暴れさせて他の動物を殺させ、その死骸の肉汁を吸うという。
後は、《ゴーンエイヴ》と呼ばれる猿が幾らか現れただけ。しかしそいつらも実力の隔絶は認識しているらしく、襲ってくる事はなかった。
「なんだか、想像以上にあっけなく進めますね」
そんな俺の言葉が気になったのか、モーガンがこちらによってきた。
「ん? どうした?」
「森を進むなら2、3回は戦闘があると思ったんですが。その為に装備も整えたんじゃないんですか?」
「ハンマーは歪むし、体は疲れる。返り血を浴びたら臭いがこびりつく。理由がねぇなら戦闘なんてないに越した事はないだろ。
もう少し進んだら厄介な魔物もいるが、この辺りで俺らに喧嘩を打ってくるのはゴーンか蜂位だ」
その言葉にアナスタシアが頷く。
「そうね。まだ入って20ウルラ(数キロ)も進んでない。けどここまで戦闘を回避できたなら、村まで大丈夫かも知れないわね」
「そうですか。確かにできれば清潔なままでいたいですね」
「トラシアは私が洗ってあげるわ!」
「いや、いいです」
それから数時間歩いただろうか。エレリックから、魔物を確認、という合図が送られてくる。
すると、ロンが無言で皆に身体強化魔法と反射無効化魔法をかけた。
戻ってきたエレリックにロンが魔物の様子を尋ねる。
「どうだ、エレリック」
「大きいのが一体。見た目はゴーンっぽいっす。魔力量的にはゴーンの2倍っすけど、体躯に関しては2メートル程度っすね」
それを聞くと、ロンは少し考えたのち。
「遠回りをすると、道から外れる危険がある。今回は魔物を倒すことにする。
エレリック、矢を使って」
「了解っす」
するとエレリックは矢筒から弓矢を取り出し、限界ギリギリまでつがえると、一点に向けて放つ。
すると、地鳴りの様な音が聞こえてきた。
音はだんだんと大きくなり、俺たちの目の前に姿を現した。巨大な狼だ。
「モーガンッ!」
「あいよっ!」
モーガンと狼が、正面衝突する。二者はやや拮抗したそぶりを見せるものの。
「手伝いますっ!」
狼の敵は、モーガンだけではない。その死角からアルが鋭い剣撃を浴びせる。
狼は僅かにそちらに気を取られた様で、モーガンへの注意が薄れる。
「俺のことを忘れるタァいい度胸してるゼェ!」
そこを見逃さないモーガンではない。勢力の均衡は一気に崩れ、モーガンは膂力に任せて狼を巨木へと叩きつける。
そして叩きつけられた狼の腹にエレリックの放った矢が突き刺さり……どうやらロンが隣で魔力の糸を仕込んでいた様で、ロンが何かを手元に寄せる仕草をすると、矢が狼から血を吹き出しながら引っこ抜かれる。
狼は、それでも脚を震わせながら立ち上がったが。
「諦めな」
最後はモーガンの大槌に叩き潰され、動かなくなった。
「おし、討伐成功っ!」
全てが完成された、集団のコンビネーション。その様子を俺は呆気にとられて見ていた。
「凄いですね……私、出番あります?」
「まあ、今んとこはねぇな。そのうち来るさ」
モーガンは勢い良く槌を振り回しながらそういう。
その様子を見てると、ますます必要な時が来ない気がしてならない俺だった。
そこへ、乱入者が現れた。
「あの……もしかして冒険者さん、ですか」
声のした木の影を見ると、そこには前世で言うアイヌの様な、民族衣装を来た少女が立っている。
ロンが彼女に近づき、話しかける。
「ああ、そうさ。君は、ここにいると言う事は——」
「はい。私はリネリア村の者です。近くで獣の声が聞こえて来たので様子を見に」
「そうか。なら、村に案内してくれないか?」
「——少し、お待ち下さい。村の人に聞いて来ます」
そう言って少女は森の奥へと走っていく。暫くすると、少女は戻ってきた。
「構わないそうです。村に案内します」
「ありがたいね」
俺は、ロン達に続き、少女に従い進んでいった。
作品を寝かしつけていたせいで作者の知らない作品の設定が多すぎる
導入は今回で終わり




