第六話「Revival」
各々に与えられた寝室。私は明と春のお喋りの招待も断って、一人悶々としていた。
勿論友達も大事だけど、今はどうしても一人になりたかった。
――タイムリープ、いや、正確には死に戻りとでもいうべきだろうか。いずれにせよ、私は召喚直後に戻ったわけだ。
死の感覚。ただ、恐ろしかったけど、それ以上に無力感を感じた。
今後私はどうすればよいのだろう。いや、やるべき事は勿論分かっている。あの破滅的な未来を回避する事だ。でも、私にはどうすればあの未来を回避できるのか皆目見当もつかなかった。
そして、そのことについて私が考えを巡らせると――。
(――逃げて)
「――ッ!」
不意に幻聴が聞こえ、脳裏にあの時の光景がフラッシュバックする。
生暖かい鮮血、そして崩れ落ちていく親友。そして私の体をゆっくりと、肉の感触を楽しむ様に切り裂いていく大きな爪――。
私は猛烈な吐き気に襲われ、共用のトイレへと駆け込む。
「オッ、オエエェェェェ……」
幾ら経っても吐き気は止まらなかった。地獄のような光景、私達をあざ笑う化け物。何より、親友の死を黙って見守る事しかできなかった醜い自分に酷い嫌悪感を覚えた。
胃の中の物を吐き切った後は自然と涙腺が緩み、私の顔はひどいことになってしまった。
「うぅ……! 私……私……ああああああぁぁぁ……」
なんでこんなところに召喚されたのか。なんで他の誰でもない、この私がこんな理不尽な目に合わなければならないのか。そして、何よりも。
「何で、何で私なのッ!」
なんで私なんかが、戦闘も役立たず、傍観に徹していた私なんかが戻ってしまったのか。あかりなら、その力強い意思でどうにか出来ただろうに。ハルなら、女子の輪に容易く入るその印象で周囲へ呼びかけられただろうに。なぜ、なぜ何にもできない私なのか。どうすることも出来なかった。
結局嗚咽は、騒ぎを聞きつけた侍女が来るまで止まることはなかった。
◇◆◇
「さっきといい、本当に何があったの、ミク?」
「そうだよ。ここに来てからなんか、調子変っていうか……」
ひとまずベッドに戻ることになった矢先、駆け付けた親友二人が一様に不安そうな表情で私を見つめていた。
「大丈夫、大丈夫だから……」
私は、大丈夫と言い続けた。目の前の二人にも、私自身にも。そうしておかないと、私という矮小でちっぽけな臆病者は、今にも壊れてしまいそうだったから。
こうでもしないと……この最高の親友にさえ、罵声を浴びせてしまいそうだったから。
けれど、それは無駄な試みだった。
「大丈夫じゃないッ!!」
バンッと大きな音に思わずビクッとなり、頭が真っ白になる。音の発信源は明の様で、春は明のその唐突な叫びに驚いた様子だった。
「今のミク、大丈夫じゃない!」
明はそう、繰り返す。落ち着きを取り戻した私は、感情の発露するままに叫ぶ。
「……大丈夫」
何も知らないくせに、よくのうのうとそんなことを言える。思いとは裏腹に、大切で尊い友人に対して無意識のうちにそう思った自分がやるせなかった。
「ミク……そんな悲しい表情してる人が大丈夫なわけないでしょっ!」
「……え?」
自分では、精一杯表情を作っているつもりだった。満面の笑みを、浮かべてるつもりだった。手で確かめ、明の手鏡を通じてみたそれは、笑みとは程遠いものだった。
まるで、仮面の様だった。大根役者だってこれほど白々しくはないだろう。
泣いていた。雫が、頬を伝って二筋流れていた。自分では驚くほど全く気付かなかった。
「私……泣いてる?」
「そうだよ。ミクはずっと泣いてた。大丈夫って言ってた時も、あの、召喚された直後も」
私はハルの方を向く。すると、ハルも頷きながら返す。
「ウチがみんなで喋ろーっていった時も、悲しい顔をしてた」
どうやら全く取り繕う事は出来ていなかったようだ。明と春は、私以上に私を見ていたのかもしれない。
そこで、私はふとひらめく。
「ねえ、明、春。今の私って、どんな風に見える」
春と明は少し考えこんでから答える。
「……大切なものをなくした、って感じ」
「うちも同意見だけど――大切な〝人〟をなくしたみたいに見えた」
やっぱりそうだ。私はこんなに自分を理解してくれる親友を持ったことを、今まで祈ったためしがない神様に感謝した。
「……二人には全部お見通しなんだね」
私は、一呼吸置いて告げる。
「確かに、私は大切な人を亡くした。それも――明と春を含んだクラスのみんなを」
私は、二人に洗いざらい全部話すことにしたのだった。
◇◆◇
「嘘……全滅?」
「ええ、冗談な風には見えないけど……それって全部本当? ありのまま?」
「勿論。……証明することは出来ないけど」
事の顛末と私の能力を聞いた二人は信じられない、という顔をしていた。
まあ、まともな反応だろう。多分、同じ立場なら私も似たような反応をしただろう。
「まあ、そうだよね。普通はこんな話有り得ないし、やっぱりもういい――」
「私は、ミクを信じる」
信じる。その1文字1文字が、私の心に反響した。
「……どうして」
「あったりまえでしょ! ウチらの事をなんだと思ってるの!」
当たり前。その言葉が、私にはどれ程頼もしく聞こえたか。
「私とミクは親友。それ以外に、理由なんていらないよ」
胸につっかえていたわだかまりは、いつの間にかどこかへ飛んでいた。
「ありがとう。本当に――ありがとう」
私は、二人の親友を力強く抱き締めた。
◇◆◇
「――成程。話はわかった。時属性の天恵、か」
その後、二人の協力を取り付けた私は、ひとまず使用人から王女に取り次ぎプロトさんを呼んでもらい、体験したことを話した。
プロトさんは、私が一回目で出会った中で一番高い軍事的地位を持った人だ。あの軍事演習も元はと言えば彼が考えた事だし、未来を変えるなら、彼に伝えるのが一番手っ取り早いだろう。
問題は、私達とプロトさんが一回目とは違い、まだ出会っていないことだが――幸いにも彼は私達の話を丁寧に聞いてくれた。
「神話か建国の物語でしか見たことがなかったが――本当にあったのか」
プロトさんは話し終えた時とても驚いた様だった。どうやら時属性はこの世界ではかなり希少な属性らしい。
「さて、《禁忌の森》から来たであろう、巨大な獣。そう言ったな」
プロトの言葉に、私は頷いた。
「――これは厄介な事になった。その魔物、私は一つしか思い当たる節がない。《孤狼》だ」
「《孤狼》?」
「禁忌の森に生息する狼だ。一度戦った事があるが、私の育てた精鋭でも十人がかりでやっと倒せるかどうか。
王都近郊の森となると必然的に討伐隊が組まれる」
「倒せるんですか!」
あのライオンを百倍凶悪にしたかのような猛獣をわずか十人で倒せるなんて、正直信じられない。
「ああ。倒せる、が――」
プロトの表情が、そこで苦虫を噛み潰したようにしかめ面になる。
精鋭十人で倒せる魔物。なのに、プロトさんの顔は晴れない。精鋭、軍――精鋭がいない?
「――もしかして」
「気付いたか。今や魔王軍は目と鼻の先。近衛軍とて国が滅んでは王を守る事など出来ないから、魔王討伐連合で不足した国境兵の分を近衛が補っているのだ。
無論、王都にも精鋭は残ってはいるが、監督が出来るベテランは私位だろう」
魔王の事をココ最近のゴタゴタですっかり失念していた。そもそも私達が召喚されたのは、魔王討伐のため。プロトの言った通り魔王軍が国境間近にいるので、いつもより王都は守りが薄いのだ。
「じゃあ、どうすれば――」
そんな私の言葉にプロトは少し悩んだ素振りを見せる。
「なあ、トキミヤミク殿よ。《孤狼》は一般的に群れないとは言われているが、森に出た個体も一体のみなのだろうか」
「はい、私が見た限りでは」
「なら、この方法しかない」
プロトさんは、一呼吸置いて告げる。
「――近衛と勇者の戦力を一つに集中させ、《孤狼》を叩く」




