第一話「The incubation period」
クラスの人数を35→29に変更
ふと、頬に冷たい感触を覚え目が覚めると、教室にいたはずの私は氷のようにひんやりとした床の上で寝転がっており、周囲には見慣れたクラスメイトが落ち着きなく喋ったり、周りをせわしなく見まわしていた。
しかし、その表情は明るいとはいえず、どちらかというと困惑や恐怖、不安の方が勝っているように感じた。
異常事態を悟った私がその場に立ち、辺りを見回すと――そこは、先程までいたはずの教室でもなんでもなく。
――有体に言って、ヨーロッパ風の大広間だった。
「何、これ……」
状況に理解が追い付かず口からは自然とそんな声が漏れる。
一寸前まで私は、教室で授業を話半分に受けながら参考書の問題を進めていたはず。
理性はこんなのあり得ないと声高に叫んでいながらも、視覚は冷静に今いる場所のディテールを伝えていた。
「あ、未来も起きた? 大丈夫?」
「明……怪我、とかはしてないけど……一体、何が起こったの?」
しばらくの間呆然としていると、友達の明が心配そうに近寄ってきた。
「さあ……私もかおりんの授業受けてる途中に、黒板が光ったところまでしか覚えてないの」
明は首を傾げてそう返した。
「黒板が光った……?」
何かわかるかもと期待したけど返ってきたのは「黒板が光る」なんて、現代科学では到底あり得ない与太話。謎が深まるばかりだった。
「クラスのアニメに詳しい男子が、『これは異世界召喚だ』なんて言ってたけど……」
「異世界召喚、ねぇ……」
「まあ、現実的にあり得ないし冗談でしょ。アニメの見過ぎ」
「いや、今の状況自体が非現実だし、もしかしたらそのセンあるかも」
とんでもない話だけど、黒板が光って見知らぬ場所に飛ばされた今の状況を考えると、あながち間違いと断言できないところがしかたない。
「それは、まあ、そうだけど……」
明が気まずそうにそういったところで、一瞬場のお喋りが全て止んで、不思議な静寂が訪れ。
「勇者たちよ、この世界を救ってください!」
広間には、透き通るようなきれいな声が一つ響き渡った。
「…………………………………………は?」
私は、声の意味を一瞬理解しかね、理解した上でも訳が分からず、間の抜けた様な反応をするのがやっとだった。
◇◆◇
少しの間フリーズしていた私は、恐る恐る声の主を見る。
すると、起きてから今の今まで全く気付かなかったが、そこには周囲を騎士に囲まれた、映画みたいにきれいで宝石がちりばめられているドレスの少女と、立派な服を着た初老の男性が厳格な表情で佇んでいた。
「……唐突過ぎたようですね。説明不足で申し訳ありません。アンネ様、ここは宰相である私めが説明役を」
「……いいでしょう」
沈黙に耐えかねたのか、少女の隣に立っている男性が、少女に許可を取ってから話を始めた。
「ここは『イマグ・アレック王国』。皆さまは、勇者召喚の儀式によってここに召喚されました。
この御方は王女のアンネ・アレック。私は王国の宰相をやっております、フリッカー・マグノリアと申します」
(王国? 宰相? ……勇者召喚?)
王国はともかく宰相なんて古臭い言葉、現代では創作物の中くらいでしか使われることもないし、何より勇者召喚。これの意味が分からなかった。
私が益々混乱のるつぼにはまっていく間も、話しは進み。
「ゆ、勇者召喚だぁ? お、お前らまさか、俺たちを拉致して、どっかの国に売ろうとか考えてんじゃないよな?」
「黙れ、貴様、高貴な方々に失礼であるぞッ!」
「ひっ!?」
「よせ、ステイシス。勇者もこの短い間で状況を飲み込めるはずがないだろう。多少の無礼は黙認させるから、その槍をなおせ」
「……仰せのままに」
一人の男子生徒……確か田中? 君だったと思う……が、声高に叫んだところを騎士に取り押さえられ、見かねた宰相が助けたところだった。
「……話を戻しましょう。聡明な頭脳をお持ちの勇者様方も、昨日今日ではこの世界について理解を深めることは困難でしょう。つきましては、私がこの場で我々の国について少々込み入った話をさせていただきます。まずは、この世界に現れた『魔王』と呼ばれる存在についてですが……」
宰相がそう言葉をつづけようとしたとき。
「マコト君がいない!!」
再び、よく通る叫び声が場を支配する。
その声に私は周囲を探すものの、確かに東野君はどこにもいなかった。
そればかりか、そのあとの声に、私はさらに驚かされることになる。
「お、おい、そういやいっつもマコトに絡んでる西田もいなくね?」
「シズがいない!」
「ってか、宇賀神いねーじゃん! どーすんだよ!」
「まじかよ、あいついないとか中々やべぇだろ……」
「南波ちゃんもいなくね?」
口々に上がる、行方不明のクラスメイトの情報。
(東野君に、西田君、静香ちゃんに宇賀神君、南波君か。五人もいないし……特に宇賀神君がいないのは痛いかも)
私はクラスの副委員長をやっていた。クラス委員なんて言えば委員長であれ副委員であれ色々と雑用などを押し付けられる損な役回りだと思うかもしれないが、私の場合はそうでもなかった。
勿論さぼっていたわけじゃない。私が気付く前に宇賀神君が全て終わらせてしまうからだ。彼は本当に有能だった。
多分彼なら異世界だろうと何だろうと何とかなるんだろうけど……実際彼がいないのだから考えても仕方がない。
「――どうやら、そちら側にいらっしゃらない方がいくらかいるようですね。その点についても分かる範囲で情報を提供します」
宰相がそう話すと、喧騒は一転、静かになっていった。
「ですが、先にこの世界の基礎的な知識、勇者様方を呼んだ理由から話した方が、より深く理解が得られるでしょう。何しろ、勇者様方の世界とは何から何まで様式が違うものですから。先にそちらから説明しましょう。
この世界には『魔王』と呼ばれる人類に害為す存在がいます。事の発端は今から一年前、魔王が突然近隣の諸国を侵攻したことに遡ります。我々魔王の侵攻からある程度離れた国は、魔王の領域と近接する国々と共に数十万の連合軍を組織してこれの対処に当たりました」
魔王。創作物では大抵、人類に敵対する魑魅魍魎を統べる者として出てくる。勿論フィクションの話だけど、前に立って話してるフリッカーさんは大まじめに話してる。物語に出てくるそれとは違うことも多いだろうけど、この世界にも魔王は本当にいるんだろう。
「ですが、魔王は我々の想像を遥かに超える強さで魔物を従え、連合軍は奮戦空しく惨敗。その大半が帰らぬものとなってしまい、勢いに乗った魔王は周辺諸国を次々に滅ぼしてしまいました。
そして今、魔王は私達の国の目前に迫っています。しかし、どうしたことか、魔王はそれまでの恐ろしい進行速度を急に落とし始めたのです。私達はこの隙に将である魔王を倒すことで、強靭な魔王軍を瓦解させることを考えました。
しかし、それには何か尖った戦力が必要。そこで考案されたのが、此度の勇者召喚です。
ここまでで分かった通り、勇者様方には魔王討伐をしていただきます。
無論、魔王を倒した暁には必ずや元の世界にお返しすることを約束いたしましょう」
(魔王を、倒す!?)
この世界の武装した人間数十万で敵わない相手を、争いのない平和の元育った高校生二十九人で倒すとか、流石におかしいと思う。
それなのに、宰相は私達のことを〝尖った〟戦力と評している。
もしかすると私達には、戦闘民族との絶対的な差を埋める、何かしらの特殊能力が与えられているのかもしれない。
「次に、召喚されたときにいなかった方ですが……おそらく魔法陣の範囲内に入っていなかったのでしょう。魔法陣はその範囲内に入らないと正しく効果を発揮してくれません。
よって召喚時にここにいない方々は、元通り勇者様方の世界で暮らしていると思われます」
魔法陣の範囲にいなかった……確かに窓側とか廊下側の人ばかり行方不明になっている気がする。成程、十分理にかなった説明だろう。
(……?)
けど、私は何故かその言葉に違和感を感じていた。
しかし、私が違和感の正体を必死に探る、その時も宰相の話は淀みなく進行して。
「さて、長々と話されて勇者様方もお疲れでしょう。ひとまずはここまでにして、詳しい事はまた後日離すことにします。勇者様方には、一人一つずつ最上の部屋をご用意しておりますので、使用人の指示に従ってご移動ください」
最後にそう締めくくり、宰相の話は終わりを告げた。
結局私の感じた違和感の原因は、最後まで分からずじまいだった。
◇◆◇
「来たよ、アカリ、ハルももう来てたんだね」
「遅いよ~」
「ごめん、少し迷っちゃって」
「ああ……ここ、部屋の見分けつかないしそれはしょうがないかも」
夜。私は明の部屋に集まって、皆で今日のことについて話していた。
集まったのは私と明と春。いつも一緒にお弁当を食べたり、休み時間話したりしている友達グループだ。
「それで、ミクはどう思う?」
「どうって?」
「あの宰相の話だよ。なんか勇者だの魔王だの胡散臭い感じしてさ」
「うち達、丁度その話で盛り上がってたの」
宰相の話……か。
「うーん……まだ何とも言えない、かな」
「ええ~?」
「どうして?」
「だって、あの人が私たちの前で話したことって、私達が召喚された理由と魔王討伐の依頼、それに五人が召喚されなかった理由だけだし。信頼するのはよした方がいいと思うけど、目の敵にするのもどうかと思うんだよね……」
大の大人ですら平気で詐欺に引っかかるのだ。ましてや高校生である私が、出会ったその日に目の前で話す人物が信頼のおける相手か見極められるはずもなかった。
「とりあえずはもう少し情報が入ってから考えようと思ってるよ」
「そっか……確かに、現状あの人の言葉が嘘かどうかも分かんないもんね」
「うーん、それでもうちは騙されてる気がするけどな……。だって、勇者召喚だよ!? 流石に非現実的すぎない!?」
「じゃあ、今見てる光景は何だっていうの?」
「夢だよ」
「こんなに鮮明な夢、流石にないでしょ」
「じゃあ……みんなガスとかで眠らされて、ヨーロッパのお城に拉致られた、とか……」
「日本の高校生の私達をこんなに大掛かりに拉致する理由がないよ」
「それは、そうだけど……」
「私達は元々、前提として勇者とか魔王が創作の存在である世界に生まれたけど、ここが本当に異世界だった場合、勇者と魔王が現実に存在する世界かも知れないんだよ」
自分にも言い聞かせるつもりで、ハルに私の考えを話す。
そう、異世界ということは常識すら日本とは違うのだ。一歩間違えればジェネレーションギャップで大変なことになるかもしれない。どういう訳か言葉が通じるのはありがたいけど、だからこそ、ついうっかりで日本ではセーフでもこちらではバリバリ禁忌的な言葉をしゃべってしまうかもしれない。話す言葉には細心の注意を払った方がいいと思う。
「そう、だね。……じゃあ私達、帰れるのかなぁ」
「それ、は、……わからないかも。唯一の情報の出所が出所だし」
私がそう話すと、明は大きくため息を吐き出した。
「はぁ……。あ~あ。こんな事ならお母さんにもう少し優しくすればよかったなぁ」
「うちの妹、元気かな……」
「……」
明のボヤキで、私は家族のことを考えていた。
私の母は過保護気味で、何かをやろうとするとすぐに首を突っ込んでくる。そんな母を鬱陶しく感じて、最近は碌に会話すらしていなかった。
今朝もさっさと朝食を食べ終えて、細かい事を言う母を「うるさい」と一蹴して家を出ていったけど、今ではそんな母の小言も懐かしく感じられた。
ふと我に返ると、二人との間には何とも言えない沈黙感が訪れてしまっていた。
場の雰囲気をまずいと思ったのかハルが慌てて喋り始める。
「……ごめんごめん、うちのせいでなんか変な雰囲気になっちゃったね! もう少し違う話しよ」
「……そうだね。今は家族のことなんか考えてもどうしようもない」
「うん。……そうそう、今日食べた食事どう思う?」
結局その後私達は、王城で出されたディナーのお世辞にも美味しいとは言えない薄味についてや、召喚されなかった五人や私たちが突然消えた学校が今どうなってるか、魔王の容姿についての様な、とりとめのない話をして自分の部屋に戻った。
予定より長く全五話になりそうです。
次回は刻宮と何人かのクラスメイトの能力について。
最近は音ゲー(主にdeemo)の音楽聞きながら執筆してます。個人的には「Oceanus」「Aragami」が好き。雰囲気があってると思うのはAragamiの方。




