プロローグ
「勇者たちよ、この世界を救ってください!」
異世界に召喚された事実を呑み込めない二年二組に放たれたのは、そんな一言だった。
◇ ◆ ◇
これといった特技はない。勉強も、上の下ってとこ。
身長は少し小さく、よく女々しいって言われる白く線の細い顔と、どんなに食べても痩せ型の身体。ブスとかデブよりは恵まれてるかもしれないけど、どうせなら男らしい体格、顔で生まれたかったし、あんまり気に入ってない。
練習すれば大体のことは出来るが、それを専門にしている人、生まれつき才能に恵まれてる人には敵わない。所謂、器用貧乏ってやつだ。他の人がスポーツや勉強で活躍しているのを見て『俺はやれば出来る、出来ないのはやらないからだ』と考えた挙句結局やらない、そんなことも常套句になってしまっている。
学校でもワイワイやってる人に弄られる側の人間。一応友達と呼べる人はいるが親友と呼べるほどではない。
可もなく不可もない感じで、他の人みたいに部活に青春をかけたり、将来を見据えて勉強してるわけでもなく、毎日を何となく生きている。
そんな俺も気が付くともう高校二年生。
つまらない人生だなって自分でも思う。自分よりうまく立ち回って生きている人を見ると無性に『何か変えなきゃ』って思う事もあって、ついつい甘い謳い文句に釣られて自己啓発本を買っちゃったり、ネットで色々調べたりするけど、行動もせずにそんな物を読むだけで何が変わるわけでもない。
努力云々で変えられるとか言う人もいるけど、顔はともかく身長なんかどうしろっていうんだ。生まれた時から才能は気まぐれに振り分けられているし、それを変えられる訳が無い。……実態はそれを言い訳に自分の中の焦りを相殺してるだけなんだけど。
しかし、そんなどこにでもいる人間の俺には、他の人とは違うところ……もしかしたら才能と呼べるかも知れない能力が一つだけあった。
それは――
――性欲絶倫なことだ。それこそ、病気を疑ったほど。小学校でも誰よりも早く精通は来たし、みんなが覚えたての性の知識ではしゃいでる中一人悶々としてた。
……中学の時容姿とのギャップでクラスの派手な不良にいじめられたので、高校では他の人に言っていないが。
確かに、見た目が普通……もしくは少し女よりの容姿なのに、全くそぐわないことを抱えている俺は恰好の標的だったことだろう。ましてや、相手は思春期真っ盛りの男子中学生だ。そっち系の話をしている集団の圧力に負けて話した俺が馬鹿だった……
更に、誰かに言わないだけで性欲が変わるはずもなく、高校でも運動会前やテスト前の予期せぬ夢精は嫌という程経験してきた。最初の内は快楽を享受出来るが、そんなもの感じられなくなるぐらいの頻度で起こるので、集中力も下がるし、身体も怠いしで最悪だ。
察せるだろうがこの能力は英雄になれるとか、科学の最先端を突っ走れるとか――そんな代物でないのは見ての通りだ。そもそも能力と呼べるのかも怪しい。実体験があるのでいじめられっ子になれる素質を持った能力だとは言えるが。差し引きしても元々がゼロだしマイナス。
他の人とは違うかもしれない。しかし、ないほうがまだましのゴミ能力。
しかし、それぐらいしか、他の人と違うことがないのだ。
さらに言えば、そんな違い、有っても何も変わらないし、はっきり言っていらない。むしろ困るだけ。「個性」がよく取り沙汰される今日だが、虚弱体質しかり、諸々の身体障害しかり、「他人との違い」っていうのは想像以上に不便で不幸を引き寄せる物が多い。俺の違いも例に漏れずその類に入っている。
――誰かとの違いや、中二病的な設定、特別な力なんていらない。
漫画やアニメの主人公になんかならなくていい。
そんなのになれる位なら、平穏な毎日を過ごしたい。それが平凡な俺の、人生十七年かけて作られたたった一つの願い。
その為ならどんな雑用も、面倒事もやろう。やらない方が苛められて面倒になるとわかってるから。そんな決意で高校に入学した。
すると努力のお陰か、高校では平和な日々が続いていた。
今日も、明日も、明後日も、俺、東野 真は高校で、いつまでも平和に過ごす……そんなことは流石に無いだろうが、中学の時よりは平穏に過ごせるに違いない。
俺のクラス、二年二組ははっきり言って恵まれている。
担任の先生は女性で、他の教科の先生も熱心に指導してくれている。
しかも生徒も、男女どちらも何故このクラスにこんなに容姿が良い者が集まったのか疑問だ。男子は三大イケメン、女子は五大美女と裏で呼ばれたりしている。大した数ではないと思えるが、クラスの五分の一がモデル顔負けの美形に入ると言ったらその異様さが分かるだろう。その上性格もいいやつばかりだ。特に数人は大人顔負けの統率力や学力を持ってたりする。
中学みたいにくだらないことで波風を立てるような馬鹿もいない。至極平和だ。
俺は変わらない。いつものように軽く友達と雑談し、このささやかな安寧に感謝しながら自分の席で授業を受ける。
そうして、今日も昨日と同じように、くだらない日々を過ごすのだと、あの日までは考えていたんだ。