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すれちがい、恋初め、恋結び、 ~ほろ苦くも甘い初恋~  作者: 鯣 肴
第一章 助け、助けられて、彼は思い出し、彼女は恩返す。
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第5話 彼女が彼を助けた理由 Ⅰ

 時間はもう昼過ぎになっており、今日は学校に来なくてもいいと言われていた少年と女の子は、帰りの電車をホームで待つ。


 駅のホームには、二人以外誰もいない。


「本当に、ありがとう。君のおかげで人生詰まなくて済んだよ。それと、済まなかった。こんな面倒事に巻き込んでしまって……」


 彼はそう、深く頭を下げた。


「いえいえ、当然のことをしたまでですから気にしないでください」


 彼女は月並みな言葉で返す。が、そんな態度が、彼に一歩、踏み込ませた。


「君が当然のことって言うそれは、俺らの回りにいた人たちの、君を除いて誰一人がやらなかったことだ」


 そう力強く言って、少し間を置き、


「だからこそ、一つ尋ねたい」


 彼がそう続けると、


「何です?」


 女の子は不思議そうに首を傾げた。だから彼は、


「君はどうして俺を助けてくれたのかな? 俺に言い掛かりつけてきたあの女、キチってただろう? 現に君、口止めというか、逆恨みという感じで、あの女に指輪メリケンサック装備で殴られそうになった訳だし? それに、君はそういうことをする柄には見えなかったから」


 二歩、三歩、と、言い過ぎてしまった。







「……」


 女の子はうつむいてしまう。


(しまった……。全体的に酷いが、特に、最後……。余計だった……。抑えたつもりだったが全然抑えられてない……。これでは、質問ではなく、詰問だ……)


 今、彼の角度からは、彼女の表情はうかがえない。


 それが気まずさからくる沈黙なのか、答えを考えての沈黙なのか、彼は判断を付けきれない。だから無かったことにしようと口を開いたが、


「……っ、済まない、忘れてく…―」


「あ、あの……、私のこと、覚えてませんか……?」


「……」


 彼女が遮るように言ったその言葉に動揺し、今度は逆に彼が沈黙することとなった。


 その理由は二つ。一つ目は、彼女が沈黙した理由はその言葉を絞り出す為のものであったのだと気付いたこと。二つ目は、彼女との面識など、今日まで一切無かった筈であるということ。


 だが、彼は何も答えない訳にはいかなかった……。


 彼女は、不安強めで少々期待入り混ぜたかのような、気持ちの乗った声でそれを言葉にしたのだから。彼の質問に答える訳でもなく、彼の提案を受け入れるでもなく、問いに問いで返してきたのだから。


(全く見に覚えがない……。が、しかし、この子はどう見ても確信している……。この子の記憶違いだという線は無い。なら、俺ではない、似た誰か、ということになるだろうが、俺にそっくりさん、それも、同じ高校の同級生か、上級生に、そんなの、いる、のか……? 俺の知ってる範囲では、いない。そして、俺はこの子に心当たりなんてない。なら、やはり、はっきりさせておいた方がいい。この子にとって、この質問の答えはとても重い意味を持っているのは明らかなのだから)


 考えた末、彼は、


「……。人違いではないだろうか。こうやって君と話すのは今日が初めてのはずだが」


 偽らず、期待すら持たせない形で、如何にも自分はそれと関係ないという風に、突き放すように答えた。






「……。ごめんなさい……」


 彼女は肩を落とし、酷く落ち込んだ声でそう言った。しかし、その表情は、声以上にそれが複雑な感情を含んだ答えであることを示していた。


 明らかにそれは、勘違いだったから謝罪する為に口にした言葉ではない。


 彼女は、失意、諦念ていねん自嘲じちょうが色濃く出た暗い顔をしており、今にも泣き出しそうな位、落ち込んでしまっていたのだから。過剰反応かじょうはんのうとも思える程に。


俺に似た誰か。この子はそいつに大層な思い入れがあるらしい。で、この子は、俺がそいつだと思ったから、勇気を振り絞って助けてくれた、ということか? 繋がった! なら、この子にも、そいつにも、お礼をしなくてはならない、か。取り敢えず、この子がそいつを探すのでも手伝うこととしよう。だが、この空気ではとても言い出せんな……)


 そうして、二人は互いに顔を背けてしまう。先ほどとは違い明らかな、ただ気まずいだけの沈黙。

(いつまで続くんだ、これは……。俺にどうしろと、いうのだ……)


 延々と続くかと思えたそれは、


「間もなく登り電車が駅に入ります、白線の内側までお下がりください」


 流れた綺麗な女声アナウンスによって終わる。それに続いて、


 プゥゥゥ、プゥゥゥ、プゥゥゥ――


 列車が駅に入ってくる合図のサイレンが鳴り始める。


(この空気のまま、一緒に帰ることになるのは御免被る。俺にすぐにどうにかできる問題ではないのだから。何、別に、後日声を掛ければいいだけだ。学校も学年も一緒。そこまで分かっているなら、再び会うのにそう手間は掛かりはしない)






 だから彼は、一先ず逃げの一手を打つことにした。


「今日はこのまま、母の所へ向かって事情を説明しに行くことになっているんだ。だから、話の続きはまた今度、ということでいいかな?」


 言い出し難そうにそう言うことで、彼女に合わせて今まで話す時間を確保していた風に匂わせたのだ。それに加え、言ったことの前半部が丸々嘘である。彼が母の所へ行くと決めたのは、この瞬間であるのだから。


「残念です。ゆっくりお話したかったのですが……」


 彼女はそうやって綺麗に話を切り上げようとしつつも、そうできなかった。その証拠に、女の子は少年から目を逸らさず、じぃぃっと見つめている。その目は、未だ何かに期待している。


(危ねぇぇぇ……。にしても、何故だ……? 何故、この子は、そんな目で俺を見てくる……? もっと俺と話をしたかった、とかか? いや、それなら、今度話そうと言っているから問題ないだろう? ……、まさか、人違いと言ったのに、信じてない……? この目は……、執着だ……。そして、間違い無く、俺に真っ直ぐ向けられている……。そして、俺には全く心当たりなんて、無い……。何かが、おかしい……)


 彼は、彼女のそんな話の通じなさと、自身へと向けられる奇妙な妄信が、恐ろしく感じられてならなかった。


(この子が俺を痴漢冤罪から助けてくれた恩人とはいえ、ここまで話が通じないというのは……、申し訳ないが、怖い……)


 無論それは早とちりかも知れない。普通に考えたらそうだが、彼は自身のその感覚が間違っているとは、どうにも思えなかった……。


(中学時代を思い出す……。本当によく、男女問わず、色んな奴に絡まれた。が、こういう、妄信染みた勘違いをしている奴が、一番面倒くさい……。酷く薄情なことを考えているものだと、我ながら嫌になる。が、俺の経験が警鐘を鳴らしている……。これ以上、関わりを持つな、と)


 分からない。理解できない。そう感じた者の相手をするということは酷く恐ろしいことなのだから。






「済まない。今日の事情の説明を直接、一刻も早くということだからな。それに、話なら、また今度、ゆっくりやればいい。俺と君は同じ学年であるようだし。クラスは違うが。だろう?」


(済まないが、これで、お別れだ……。お礼は……、その俺のそっくりさんとやらを、見つけ出して、この子の元に送る。それでいいだろう。その時のあと一度だけ、この子との遭遇を我慢しよう……。酷い奴だ、俺は……。ここで自己保身に走ってしまうなんて……。だが、それでも、もう、中学時代への逆戻りは御免だ……)


 早口でそう念押しし、逃げ切ることにした。


 いつの間にか電車が停車しており丁度もう出てしまいそうになっていたことに気付いていたから。


 だが……、


「あ、あの、やっぱり、電車で、私をあのとき……、刃物持った痴漢ちかんから助けてくれたの、貴方、ですよね」


 背後から彼女にそう言われ、彼は車内に掛けた片足を退いた。


(具体的、過ぎる……。勘違いだとは、到底、思えない……。そんなこと、あり得ない筈なのに……)


 扉が音を立てて閉まり、駅から出ていく。


 そうして、彼は彼女の元に残った。

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