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鎖につながれたカエル

作者: 花園茉莉
掲載日:2017/07/31

 日曜の通勤電車ほど憎らしいものはない。

休日ダイヤでいつもより早く出なければならないし、レジャーだデートだと浮かれている連中をみると気が滅入って危ない思考回路に陥る。


電車内は満員とまではいかないが、席は全部埋まり立っている人も居る。

幸い今日は運よく座れたので電車での憂鬱(ゆううつ)が少し軽減した。


 駅に着き何人か乗り込んでくる。

俺は携帯をさわる気力すらなくただ揺られているだけだった。

こそに、一人の人間が目の前に立っていた。


 なんだよ、目の前に立たれる満員じゃないはずだ、一体なんなんだ。


「高齢者が立っているのに、譲らんのか気が利かない!」


 うるさい人間が俺を怒鳴りつけ、足を蹴る。

ゆっくりと席を立つ、見上げるとおかしな人間の顔が醜くゆがんでいた。


 空いた席に我が物顔でふんぞり返る。

俺はおかしな人間の目の前に立ちじっと見る。

このおかしな人間といろいろすれば自分は仕事に行かなくてもよくなるだろうか、幸せになれるだろうか、幸せになりたいです。

 

「なに、じっと見ているんだ!! 気持ち悪い」


 再び足を蹴る、俺は無言で微笑みその足を思い切り踏んだ。

おかしな人間はビクリと身を震わせ下を向いた。

そうこうしているうちに次の駅についた。

この駅は乗降者数が少ない駅で乗ってくる人間はいなかった。


「お、降りる」


 踏んでいた足を外し一歩後ろへ下がるとおかしな人間は足早に降りていき、俺は空いた場所に座わった。自分の中にある狂気も収まった。




 12分前に会社に到着し、タイムカードを押し自席に着く。

さて、今日は何時に帰れるのやら。


 あたりを見回すと不機嫌な顔をするもの、疲労で目が死んでいるものがほとんどで少し安心する。

俺だけが苦しい思いをしているわけではないと。

同時に自分自身の醜さに絶望する。



 

 部下の苦しむ顔や泣き顔が三度の飯よりも大好きな上司は別のようだが。

家庭内でのけ者にされている鬱憤(うっぷん)を会社で晴らしているともっぱらの噂だ。


 午前の業務が終わり昼休憩に入った。

何を食べようかと悩んでいると


村瀬(むらせ)、昼飯行かないか?」


 会社いる連中で唯一の同期の吉井(よしい)にめずらしく昼食に誘われた。


「ああ、行こう」


 吉井と昼飯なんていつぐらいぶりだろうか、嬉しかったりする。

会社から歩いて10分ほどにある定食屋、早い安い美味いで評判の店だ。

生姜焼き定食が絶品で俺たちがまだ新人だったころよく毎日のように通っていたところだ。

最近は菓子パンや牛丼屋で済ませてたからめっきり行かなくなっていた。


 日曜もやっているか不安だったがよかった、開いていた。

久々に入った定食屋は小綺麗になっていたが、店主も奥さんも変わりなさそうだった。

俺も、吉井も生姜焼き定食を頼み、8分ほどで出てきた。

大盛りのごはんに味噌汁、お新香にサラダそして生姜焼きで800円。

久々に食べた感想は変わらず美味い。

だが若干、量が多いと感じ完食できるか不安になった、歳のせいか。


「今日はめずらしいな、いつもは奥さんの弁当なのに」


 俺の何気ない疑問に吉井はがっくりと肩を落とした。


「実は今日、子どもの運動会だったんだ。おとといまで絶対行くって言ったんだけど、上司に出勤しろと詰められて……」


 吉井は声を震わせながらうつむいた。

昔はこんな会社ではなかった。

先代の社長のころは本当に充実していたもちろん辛い時もあったが、大学時代の仲間にもいい会社に入ったと自慢したものだ。


「妻ともケンカして、子どもには泣かれて、俺なんのために働いていんだろ」

 

 涙声の吉井を俺はじっと見つめ考える。


「吉井、お前死にたいか」


 突飛な発言に目を見開いたがすぐに視線を落とした。


「……死にたくない、妻と一緒にいたいし子どもの成長を見たい」


 小さな声だがはっきり言ったように思えた。


「もう帰れ、お前には毎日弁当作ってくれる優しい奥さんがいる、可愛い子どもがいるだろ、

こんなののために捨てたら駄目だ。まだやり直せる、家族に辛いことを打ち明けてみろ」

 

 独身で両親とも亡くなっている、兄が一人いるが疎遠の俺には分からないことだが……。

暫し流れる沈黙、破ったのは吉井だった。


「村瀬が同期で本当に良かった。ありがとう」


 素早く残りのおかずを食べ、帰りしたくをして伝票を持って会計をすまして出ていった。

俺も残りを食べることにしよう、昼飯代が浮いて助かった。


 昼休みが終わり。さぁ、午後からもデスパレードの始まりだ。

何やら周りが騒がしい……何かあったのだろうか??


 それから怒号やら悲鳴やらで楽しい時間がすぎていき、あら不思議、もう午後10時半。

クソが……だがもうどうでもいい。

夕食をとっていなかったが生姜焼き定食のおかげで腹すいていない。

家に帰れるのは12時を超える、もちろん翌日も仕事、いっそ社内泊した方がマシとも思える。


 疲れでふらふらと駅構内を歩いていると突然肩に衝撃が走る。

どうやら人とぶつかってしまったようだ。


「ちっ……どこ見て歩いてるんだよぉ」


 たしかにこちらも前後不注意だったがスマホ見ながら歩いてるのは誰でしょう?

しかもものすごく酒臭い。


「あ!?」


  おっと、いけない心の中で言ったつもりが声に出ていたようだ。

酒臭い珍獣が突っかかってくる。

今日は厄日か何かか? 朝方のは相手する元気があったが面倒だしスルーを決めよう。

突進してくる珍獣を華麗にスルーすると勝手にバランスを崩しホームに落ちていった。


 あーあ。

珍獣が訳の分からない叫び声を発しているのをじっと見守るっていると、誰かが緊急停止ボタンを押し、駅員がやってきた。


駅員たちに抱えられホームから救出された珍獣はどうやら骨が折れているようで医務室に連れていかれた。


「少し話を聞きたい、駅長室に来てもらえますか」


 駅員が俺の腕をつかむ。

何も悪いことしてないのに犯罪者になってしまうのか……でもそうなれば少しは楽になれるような気もする。

思考停止し引かれるがまま歩こうとした時。


「待ってください。その人は何もしていません。落ちた人が殴り掛かろうとしたのを避けただけです」


 大学生くらいの青年が駅員を引き止めた。


「本当ですか」

 

 駅員が青年に尋ねる。

 

「はい、証人として俺も同行します」


 青年も同行し駅長室で特別に監視カメラを見せてもらい、珍獣が自分から落ちていく様がおぼろげながらも映っており警察沙汰にならずに済んだ。

だが念のため連絡先を教えるはめになった。


「僕の連絡先を渡しておきます。いつでも証人になります」


 青年に連絡先を渡された。

駅員から解放され終電には間に合いそうだ、よかった。

乗り遅れていたら本当にバーサーカーと化すところだった


「ありがとうございました。その、助けていただいて」


「いえいえ、当然のことですよ」


 青年は爽やかな笑顔を向ける。

二人でホームを歩いていき、最終電車に乗り込んだ。

聞けば法科大学院生らしく弁護士を目指しているらしい。

将来の夢や目標を熱く語る青年の笑顔がキラキラと輝いて見え俺は目を背けそうなった。


 俺にだってあったはずなのに、忘れなくしてしまい生きることすら面倒になっていた。

もう、戻ることはできないだろうが……。


 電車に揺られている間いろんな話をした。

青年は社会情勢から学生生活や恋のことまで俺もこれまでの半生や仕事のことなど語った。

1時間近く話し青年の降りる駅に着いたようだ。


「僕、この駅で降りので、失礼します」

青年が立ち上がった所を引き止め、俺も立ち上がり


「本当にありがとうございました。立派な弁護士なって下さい、応援しています」


少し大きめの声ではっきり言った。


「こちらこそ、いろんな話をしていただいてありがとうございました。お元気で」


 青年は電車を降りた後も電車が閉まり発車するまで見送ってくれた。

こんな素晴らしい若者がいるのならば社会は明るくなるだろう。

どうか潰されないように、希望を持ち続けて欲しいと願った。


 今日はというか昨日はいろんな意味で刺激が強すぎた。

俺は倒れるように座り込んだ。

眠かったがここで眠ってしまうと乗り過ごしという悲劇的な結末が待っているので、携帯を見るとメールが1件入っていた。


「誰だ、珍しい」


 メールを開いてみると吉井からだった。


(今日はありがとう。子どもの運動会が見られて、久々に家族団欒(かぞくだんらん)が楽しめた。

妻に仕事を辞めたいと打ち明けたら、一緒に頑張ろうと言ってくれたよ。

村瀬が俺の背中を押してくれなければ、大切なものを失っていたと思う。

お節介かもしれないけど村瀬も無理はしないで欲しい。

正直に言って顔が危ない時があるぞ。

辛いことがあったら何時でも相談に乗るからさ。

今度飲みに行こう。)


 まぁ、こんな俺が一人の人生を救えたのなら生きている意味があったっていうことなのだろうか。


 降りる駅だ。

やっと1日が終わり眠れる。

無理はせず明日は休めれば……



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