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サヨナラフタツ  作者: キョナ・マフィン
4/4

そして物語はフィナーレへ

次回で最終回です!

紹介で読んでいただけている方々、ネットで読んでいただけている方々、

ご閲覧ありがとうございます!

サヨナラフタツ

 

キョナ




「私、本当に和斗、君が助けてくれた時はうれしかったんだ」

「そうか。喜んでもらえたのなら俺も嬉しいぜ」

「私を助けてくれる人がこの世界にはいて、そして私を大切と言ってくれる人もいたから」

彼女はそこで恥ずかしそうに笑った。頬は化粧ではなく薄く赤色に染まり、夏祭りの逆光を背景にしたその姿は俺にとってあまりに神々しく美しすぎるものだった。これほどまで美しすぎるものを見たのは初めてなのかもしれない。俺はそんな存在も自分と同じ世界にすんでいる事を誇りに思う前にむずがゆく感じた。

「和斗、私を助けてくれた時何て言ってたか覚えてる?」

「いや、覚えてないが?」

「『親は交通事故で死んで、妹は自殺して、心を許せる人なんて一人もいなかった。でも、沙耶は俺を信じてくれた。助けてくれた。お前が死んだら俺はどうやって生きていけばいいっていうんだよ』今でも一言一句覚えてる。本当に私嬉しかったんだ。君に泣いてもらえて、大切に思われて」

「お前にそう思ってもらえたことが何よりだよ」

彼女は微笑んだ。優しそうな笑顔だった。そんな時彼女は頬をいっそう赤く染めながら俺に呟いた。でもその瞳には決意というものが感じられた。

「私ね、和斗に言いたいことがあるの。きっと私の望みは貴方には届かないだろうけど、それでも私の気持ちを和斗に、君に知ってほしいんだ」

すると突如空は真っ赤に光り輝いた。沙耶が楽しみにしていた花火が始まったらしい。俺の心臓の鼓動の音が早くなる一方で彼女も発言をやめて俺達の頭上を上がる花火に魅入った。

「…すげえ綺麗だな」

「うん、綺麗。お姫様みたい」

例えが分かりづらいがそれでこそ沙耶なのかもしれない。

「何だよそれ、俺的には爆弾にしか見えないがな」

「…和斗には風流というものが存在しないんだね」

「いらねえよ、そんなもの。それぐらいなら金が欲しい」

「へへ、和斗らしいや」

彼女はそういって笑いかけた。その間も花火は散りつづけている。

「私もこんなに綺麗なお姫様になれたらよかったのにな」

それはどうやら彼女にとって小さな願いのようだった。

「私ってほら、虐待ばっか受けてるから全然かわいくないでしょ?腕もぼろぼろだし、何より顔が可愛くない。だからこんな幻みたいなものになれないかななんてよく考えるんだよね」

「お前、いつもそんなこと考えていたのか」

彼女は少し深刻そうに笑った。そんな顔も俺からしたら美しい芸術作品のようだった。俺はそれを見て恥ずかしくなり少し顔を背けてつぶやく。

「まあ、俺からしたら十分に素敵だと思うぜ、お前」

彼女は目をパチパチとさせてから俺に大人の笑みを浮かべた。

「素敵なお世辞をありがとう、和斗」

「…」

そこで俺達は空を眺めた。この空間から早く逃げ出したいと思ったが、別の感覚で心地よいものだとも感じた。好きな人とこうして肩を並べて花火を見るなんてことはそうそうないだろう。だから俺はこの瞬間を大切にしようと思った。

「なあ沙耶」

俺の呼び掛けに彼女は素直にこちらを向き返事する。

「何?」

「ほら、あのさ。さっきの、なんだけど」

「さっきの?」

「あれ、お世辞じゃないきゃら…ッ」

やばい、決めぜりふで噛んでしまった。恐る恐る彼女を見ると彼女も口に手を当ててクスクスと笑っている。

「世界で一番不細工な決めぜりふだったね」

「る、るせーよ!」

「でもありがとう、和斗。貴方には本当にいろいろと救われてきたから」

俺は横目で沙耶を見つめる。すると沙耶はこっちを向いて微笑んできた。俺にとって世界で、いや銀河でもっとも素敵な微笑みに違いないだろう。もし本当に俺がこの笑顔を救ってきたというのなら、もはやプラチナ賞を世界から授与されてもおかしくはない。

「その倍俺はお前に救われてきたよ。一方的に恩を払えるほど俺は利口な人間じゃあないんでね」

「なら私は貴方にその百倍救われてる。もっともっと、君と出会った時から」

「なら俺はその百倍…ってキリがないからもうやめるぞ。それにしても貴方なんて呼び方はやめろ。まったく似合ってないぜ」

「こういうときはそう呼んだ方が素敵じゃないかしら」

「素敵とか聞いてねえよ。あと、お前はよく俺と出会った時の話をするけど、それっていつなんだよ?お前に部室に歓迎された時じゃないのか?」

「全然違う。記憶喪失なんじゃないの?」

「馬鹿言え。たった一つの忘却で記憶喪失なんて言われてたまるかよ」

「私にしたらその記憶はたった一つでまとめてしまえるような事じゃないんだけど」

彼女はそう言ってぶうたれた。こんな仕草までかわいいのは神が遣わした贔屓だと思う。

「教えてくれよ、ならさ。その時を」

「ヤダ。思い出すまで言わないもの」

「ま、そういうだろうと何となくわかってたよ。だから俺もこれからそれを思い出すように努力する。お前の口からそれが出るまでそのままかは知らんがな」

「気づいてくれたら、私もこの思いを和斗に届けたいと思うの」

「この思い?なんだそれ」

彼女は少し顔を引き攣って話した。

「和斗、貴方は少しばかりデリカシーというものを知ったほうがいいのかもしれないわね」

「あ?うるせえボケ」

「だから、私が死ぬまでには伝えてね?和斗の気持ちも」

「…」

「あ、黙った」

「わかったよ、伝えてやる。そしてお前の自殺を止めてやるよ」

「…私はなにをいわれるのかしら?」

彼女はそしてまた黙り込んで花火を見つめた。彼女の黒い瞳にカラフルに咲く花びらはどのように散っているのだろうか。

「…私、今が幸せだあ」

「なら自殺なんて物騒な事考えてんじゃねーよ。今出来ることを出来るだけやる。それが人生をいきるっつーものだろ」

「今回の名言は噛まなかったね」

「うるせえ」

「私にもそれが出来たらいいんだけど。私は病気だから、不治の病にかかってるもの」

「…?そんな話聞いたことがねーぞ」

彼女は花火を見るのをやめて下を向き前髪をいじくった。口元が一度「勿論そうに決まってるじゃない」と動いた気がする。俺から見て彼女の瞳はすごく淋しそうだった。

「で、なんなんだよその病気ってさ」

「なんだろうね」

「言えない事なのか」

「うん、和斗には言いたくない、かな」

彼女は話をはぐらかそうとする。知りたいが、彼女の中にずかずかと入り込む気はないので諦めて彼女の頭に手を置く。

「…いつも思ってるんだけどさ、和斗、私に妹みたいに接してるでしょ」

「は?何言ってんだお前」

「なんかそういう気がする。頭撫でたり、お菓子買ってきてくれたり」

俺ははっと笑い飛ばす。でも実際返事は内心ではNOではなかった。

「変な話だが実質そうだったかもしれねえな」

「え?」

彼女は不思議そうに呟いた。俺は馬鹿みたいな話だが、と続ける。

「俺の妹が死んだ話はしたことがあったか」

「すごく、前に、一度だけ。ご愁傷様だったんだよね」

「まあな、その話をしたことはやっぱりあったか」

俺は吐き捨てるように話した。彼女はその台詞を一つ一つ大切に拾っていってくれ、相槌をついてくれる。

「妹が死んでから、俺はずっと一人だった。一人で飯を食って、一人で泣いて、一人で寝た。そして、勿論だが一人で過ごした」

「…うん」

「確かにまだ俺は一人だ。一人で過ごすうちにもうその孤独の空間を辛いだなんて感じなくなっていたんだ」

「そんな和斗、すごい淋しいね」

そこで俺は沙耶に笑顔を見せ付けた。

「でもそんな俺は馬鹿だったって今なら断言できるよ。俺はお前と会ったとき、本当に女神だと思ったんだ」

「だからもうお世辞は…ッ」

俺は自分とは思えないぐらい爽快な笑顔を彼女に向けた。彼女もそんな俺に驚き、顔を真っ赤にして足元を見つめる。俺はさらに彼女の頭を優しく撫でた。

「お世辞じゃないさ。そして、その気持ちは今でも変わっていない」

「バカ和斗。でもありがとう、」

彼女はそこで僕の頬に手をあてた。温かいぬくもりの温度を感じた。するとどういうわけか僕の両目から涙が溢れ出てきた。止まらない、感情で制御できない涙だ。僕は必死に拭ったが、それでも洪水のように溢れ出す涙は静止の音を鳴らさなかった。

「貴方はもう一人じゃないよ。私がいる。私が貴方の家族になってあげる。だから安心して?私と一緒にお互いの過去の重い鎖を取り除いていこう」

「…沙耶」

「何かな?」

「俺、なんか頼りないな。お前に助けてもらってばっかりだ」

「何言ってるのよ。私の方が何度も何度も命を助けられてるよ」

「俺はそんな助けた覚えなんてないんだけどな」

沙耶が俺の前を歩き始めたので俺もついて行く。すると彼女は首を半分こちらに向けた。


「初めて会ったときも助けてもらったんだから」


大きな目眩とともにそこで俺の視界は急変した。




「よう、クソガキ」

目の前の真っ黒の青年が俺に声をかけてきた。夢かなにか分からないが俺の過去の記憶は薄れていて頭が痛い。

「だれだてめえ…」

「聞いてないわよ、和斗。今日は和斗だけしか呼ばないなんて」

沙耶の声が後ろから聞こえて俺は安心してそっち側を向くが、そこには沙耶はいなかった。いや、沙耶と思っていた人物はいなかったと言うのが正しいだろうか。


俺の目の前にいた沙耶は右手首より先がなく、顔は真っ白だった。健康そうな顔は血の気をひいており、全身は服の上から何度も切り裂かれたかのように太刀の切断跡が残っていた。そして沙耶が私服で着ていそうな不思議の国のアリスのような服は血が染み渡り、真っ赤に染まっている。


そう、目の前の沙耶は死んでいたのだ。


「ひぃッッ!」

恐怖に刈られて逃げだそうとするが足が絡まって動かない。沙耶が死のうとする姿は何度も何度も見てきたが当たり前だが実際沙耶が死んだ姿は見たことがない。それだけにその姿は大きな存在感をあらわにしていた。

「だいじょーぶ。沙耶は死んではいないよ。私だってしゃべってるじゃない」

「ど、どうして…!」

「細かいところに執着するのね、貴方。こんな人を好きになってたなんて貴方の世界の沙耶は馬鹿なのかしら」

「そんなことをいうなよ、ブス。なあクソガキ、お前にも長所の一つや二つ、あるだろう?」

「おまえらは一体?」

俺は立ち上がり二人を睨む。すると目の前の二人は何が面白いのか顔を合わせて笑い出した。そして青年が俺を見て言う。

「俺は和斗、こいつは沙耶だ。その腐れ脳に刻んどけクソガキ」

「そして私達の別の名はね…」

二人は声を合わせて俺に告げた。


「サヨナラフタツだ」「サヨナラフタツというの」


「サヨナラフタツ?」

「ああ、どちらかといえばサヨナラフタツの方が優先だな。前者には(仮)が語尾につく」

「勿論だけど貴方が主役なのだものね。こいつはただの影」

目の前の死体の沙耶は俺の肩を心配するなと言うように叩いた。

「意味が…分からねえ。結局あんたらはなんなんだよ」

「だから言ったろう?『サヨナラフタツ』だって」

だからそれの意味が分からないんだよ、といつものノリで突っ込みたくなるが寸前で止める。青年は俺を睨み付けて大きく笑い飛ばした。隣の沙耶に瓜二つの少女は面倒臭そうに青年を睨む。

「これは夢なのか?」

俺が未だ信じられないように彼女に言うと、「やっぱり人間は非現実なことが起きたらなんでも夢で片付けてしまうんだね、バカみたい」とけなされた。じゃあ逆にこれが夢でないなら何なのかを聞きたい。

「ま、そんなのも無理はないさ。お前だって驚かすために自分の体を切りまくってるじゃねーか」

「…糞が」

俺は一歩二歩と下がって叫んだ。沈黙の空間にどこで反射しているのか声が大きく響き渡る。

「お前らは一体何をしにきた?俺に何を伝えに来たんだ!?」

「もう一人の私の病気の事だよ」


時が止まった。俺は小さく声を漏らす。

「沙耶の病気を詳しく知ってるのか?」

「当たり前だ。俺はお前なんだから」

「…でも俺は知らない」

「知ってんだろ?面倒くせえからとっとと言えよな、そのくだらない夢をとっとと捨てやがれ」

俺は首を横に大きく振る。が、自分で左手を血が出るほど握り締めている事に気が付いた。

「なんとなくわかってねえのかって聞いてんだよ糞が。確実には本人の口から聞いてねえんだからわからねえに決まってんだろ馬鹿」

「違う、俺には分からないんだ。彼女が。彼女の全てが」

手が震える。呼吸が荒くなる。視界がぼやける。自分が自分じゃないみたいだった。

感じるのは多大な不安だけ。そう、俺の存在はもはや異常だった。

「お前はあいつの自殺を対面で止めたことがあるらしいじゃねーか。それでも分からないと言い通すのか」

青年が何を言っているか分からない。ただ俺はひどい吐き気に襲われ、口を押さえた。その行為を見るに堪えないと感じたのか、沙耶の分身が声を張り上げた。

「止めなさい和斗、大の大人が格好悪いわよ。彼は彼なりに苦しんでいるもの」

「だまれブス、お前の意見は何も聞いてないんだよ」

「あのね、いつもいつも和斗は私の事ブスって普通に言ってるけど現実世界みたいに少しぐらいは優しく接してくれたらいいんじゃないの?」

「うるせえだまっとけブス。で、どうなんだよ和斗。お前は本当に何も知らないのか?」

「知らない、でも…」

そして言いたくなくてもその言葉は心の抗いを無視しぽつりと俺の口から漏れてしまった。


「…自殺障害」


「俺もそう踏んでいる」

「沙耶はそうなのか?教えてくれ。自殺障害なのか!?」

青年はお手上げと言うようなポーズをとった。

「わからねえ。でも幸福を感じたら死にたくなるような中毒に犯されているんだよ。それだけはわかる」

「それは本当なのか」

「俺はそう思うというだけだ。俺は彼女じゃないし、このブスはいくら聞いても何も答えねえ」

青年は少女に聞こえないように小さく呟いた。彼女もそれに気付いた様子はなく前髪をいじくっている。

「で、お前はどうするんだよ」

「…え?」

突然の話題の変換に上手についていくことは出来なかった。

「お前はどうやって沙耶を救うのか聞いてんだよ」

「救うことが出来るのか?」

青年は「バカか」と僕を睨み付けて告げた。

「クリア不可能なゲームなんてあってたまるかよ、俺はお前がどうにかして救う事が出来ると思っているんだ」

「…なら俺にその方法を教えてくれよ」

「あ?」

目の前の青年は不機嫌極まりなかった。目の前の俺自身と言うべきだろうか。

「俺には分からないんだ、彼女が一体何なのかなんて当たり前で、俺自身彼女をどのようにしたいのかが。辛いけど、俺には俺がわからない」

「俺にはくだらねえ言い訳にしか聞こえねえな」

「…え?」

涙がこぼれ落ちてきた。最近の涙腺はひどく緩みきっているように感じる。

「俺にもお前がわからん。お前が自分自身を理解できないというのなら俺なんてなおさらだ。俺とお前は光と影の関係でありながら別人なんだ。わかんねえことだらけだぜ、今のお前が俺にはな」

「…そうだよな。あたりまえ…か」

「でも俺には一つだけだが確かなお前自身を知っている。これは何の偽りも無いお前自身の本当の思いだ」

そう言って青年はきびすを返した。そして歩きだす。力無く崩れ落ちる俺に背を向け彼は言った。そこで俺は顔を彼の背中に向けた。


「お前は春川沙耶を愛している。俺に分かるのはそれだけだ。最後の選択はお前が決めろ、いいな?クソガキ」


そこで俺の視界は元に戻った。




ぼやけた視界に沙耶が映っていた。心配そうな顔で意識の回復しない俺を見つめている。

「大丈夫?和斗」

「ああ大丈夫だ、目眩、というかなんというかそんな感覚に襲われていた」

「今頃あの二人は何してるのかな?」

いきなり解者と魔鈴の名が出され少し狼狽える。が、一応落ち着いて返事することは出来た。

「解者は一人でカフェでも行ってるんじゃないか?魔鈴はきっとそこらで一人で楽しんでるだろうよ」

「そんなものかねえ」

「そんなものだろうな」

俺はそう言って彼女に笑った。彼女も小さく笑う。

「…二回目の花火、そろそろだね」

「ああ、もうすぐでくるんじゃねーのか?どうする?場所でも取っとくか」

「構わないよ、立見もきっと美しいだろうから」

「それならいいな」

彼女は俺の表情を伺っているようだった。何が言いたいのかわからないがどうやら伝えたい事があるらしい。

「どうかしたか」

「う、うわあ、すごいね和斗。私の考えてることなんでもわかっちゃうんだ」

俺は下を向いて「なんでもはわかんねーよ」と独り言のように返答した。

そう、俺にはほとんど沙耶の事が分からないのだ。未だ、正直何もわからない。でも、分かりたいとも思わなかった。彼女の事を理解する点では俺にとって好奇心より多大な恐怖が打ち勝った。

そんな時、俺達の視界を大きな特大の満開の赤色の華がうめつくした。美しすぎる光景に俺は唾を飲み込む。

それから長時間花火に見とれていた。そしてふとしたある瞬間に我に返り彼女を待たせていたのではないかと振り返ると、彼女はまだ花火を見つめていた。

その瞳から一筋の星屑が流れるのを見て、俺はなんとも言えず目を反らした。今は反らす時ではないと知っていてもこの行動を制御することなんて出来なかったのだ。

「…どうしてだろうね」

彼女は目元を着物の裾で拭いながら呟いた。

「どうして、こんなに私は幸せなのに淋しくなっちゃうんだろう」

「…沙耶」

沙耶は近くのベンチに座って俺を向いた。その顔は彼女の言う通り淋しそうとも嬉しそうともみれる表情だった。

「もう、私、疲れちゃったのかもしれないや。こんなに楽しいのに辛いなんて狂ってると和斗は思わない?思うよね、きっと」

沙耶は狂っていないよ。正常だよ。俺の方が狂ってるさ。いくつもの返答を思い付いた。でも、そのどれを言っても沙耶の中に素手でづかづかと突っ込んでしまいそうで口に出すことは出来なかった。そのかわり俺は沙耶の隣に座り、沙耶の頭を撫で回す。そこで沙耶はくすぐったそうに頬を緩めた。でも、残念ながらやはり表情には寂しさというものが感じられた。

「和斗、やっぱりあのね?」

そこで俺は彼女の口元を片手でふさいだ。


「沙耶、もう何も話すな」


沙耶は黙った。俺の横で小刻みに肩を揺らしながら。

これが本当に今最善の行為だったのだろうか。俺は常に最善の行動をとるように生きてきた。

でも、今の言葉は決して最善の言葉などではなかっただろう。逆に彼女自身を傷つけてしまったかもしれない。でも俺にはそうすることしか許されていなかったのだ。この状況で俺にできることなんてもう限界に達していた。

そんな時、沙耶は俺に笑みを浮かべた。

「私思うんだ」

「あ?」

言葉は続かない。

けど。

彼女は次の言葉を考えている風でもなかった。やがてゆっくりと表情に全てを諦めたような笑みが貼付けられる。


「幸せって残酷だよね」


何と言えばいい?

何と言えば彼女を助けられるのだろうか。

俺には分からない。

このまま俺が何も言わなければ沙耶はこの死よりずっと辛い感情を抱きながら生きていかなければならないのだろう。そんなのは可哀相だ。勿論そんなことは百も承知しているのだ。

でも、俺には何もすることが出来なかった。

この短い人生で何度も悔やんだことはあった。妹が死んだ時、両親が死んだ時。

でもそんな数々の悔やみと比較してもこの悔やみはもっとも力不足を歎いた悔やみとなってしまった。

そこで俺は目元を膝に押し付けて泣く沙耶を上から見つめることしか出来なかったのだ。

やがて沙耶は上を向いた。くっきりとしていて少し潤んだ目を俺に向けて微笑みと共に彼女は俺に真実を告げた。

おれにはどうしてもその言葉を止めることが出来なかった。これに関しては今だけでなく過去も悔やんだ。

くだらない彼女への愛情表現を考えていたあの過去のくだらない自分を。

そして彼女の期待に何も答えられる事が出来なかった力無き自分を。

ゆっくりと彼女の口から言葉が発されていく。

俺はあまりの苦行に目を閉じた。

俺には誰も救えない。

そう悟ってしまった瞬間だった。


「和斗。私、自殺がしたいや」


彼女の自殺は止めれるのだろうか。彼女の思いの制御は俺に可能なのだろうか。

きっと答えはNOだろう。

俺には止めれない。彼女の意志を変えることが出来るのは彼女だけなのだ。

解者はかつて俺にこのような言葉を言ったことがある。

『彼女を変えれるのは君と彼女だけさ。僕には何も出来ない、勿論魔鈴にもだ。だから、君が彼女を救ってやってくれ。愛の力というものを僕にも拝見させてくれよ』

あいつは嘘つきだ。もとから嘘つきだということは知っていたが、このような嘘をつく奴だとは思っていなかった。

でも、本当は俺自身が彼を嘘つきにしてしまったのかもしれない。

あいつは何も嘘をついていなかったとすれば、これはやはり俺の力不足に過ぎないのだろう。

そう思うと、俺に一気に涙が込み上げてきた。


「どうしたの?和斗」

「だめだ沙耶、俺を置いていかないでくれ…」

「…」

「これはなんの根拠も無いことさ、でも。俺はやっぱりお前がいないとこれから生きていける気がしないんだよ…」

ぼろぼろと涙が目からこぼれ落ちてきた。

「…和斗」

「俺のために生きてくれ。俺がそうして欲しいんだ」

「そんな簡単に生きていけるなら、私だって死のうとなんて思わないよ!」

彼女は大声で叫んだ。辺りは俺達を避けて通っていくが、そんなのは今の俺達にとってどうでもいいことだった。

「私だって生きたいの。でもこのどうすることのできない抗いようのない思いを止めることなんて私には出来ないんだから」

「…ごめん、沙耶」

「どうして謝るの?」

彼女は俺の謝罪に予想外の返事をした。

「和斗は私を救ってくれた。それだけじゃない、私を何度も何度もこの日常の中で救ってくれたじゃない。それなのにどうして謝るの?」

「それは…」

「心配しないで、和斗は優しかったんだから。クズなのは私だけ。和斗は何にも悪いことをしていないでしょう?」

優しかった。過去形なのが俺の心を強く痛め付けた。

「ありがとう、和斗。和斗には私の全てをあげても償いきれない罪を侵したし、恩ももらった。でも、それを返すだけの余裕はもう私には無いんだ。和斗、わがままなお願いかもしれないけど、私の最期のお願いを聞いてほしいな」

俺は何も言葉を返すことが出来なかった。


「最期は静かに逝きたいな。」




「…和斗」

集合場所に集まった四人は小さなベンチに男子と女子で別れて座り込んだ。俺の深刻な表情を見て、解者が俺に声を小さくかけた。

「振られたのかい?」

「ばかやろう、お前はどうなんだよ」

「さあね、君がこれからの僕と彼女を考察していけば分かるんじゃないかな?」

解者はかっかっかと気味の悪い笑い声を浮かべたかと思うと、すぐに真顔に戻って俺に質問した。

「どうだったんだい」

俺の鼓動が高くなった。

「ごめん、解者。俺には出来なかったよ。力不足を歎くことしかな」

「…そうかい」

解者はそう言って俺の背中を叩いた。俺は涙目でその人物を見る。

「まだフィナーレはついてないのに君は諦めるっていうのかな?」

「は?」

「愚作だね、和斗。君らしくない答えじゃないか。でも、僕は最後の可能性をまだ棄てていないからね」

解者は魔鈴ときゃっきゃきゃっきゃと騒いでいる沙耶を指差して俺に言った。

「本当に最後になれば、君の思いを伝えてやれ。情熱的に、感情的にだ。彼女を薙ぎ倒す勢いで勝負に出るのも面白いかもしれないよ」

「…」

「僕は少なくともそれを面白いものだと感じる。思いを伝えれずに死んでしまったら、その時になって後悔してももう彼女に思いを伝えることは出来ないからね」

解者は笑った。こいつ自身、何かがはっきれたような笑みだった。俺の顔にも笑みが浮かべられる。

「お前はすげーよ。俺にはそんな事を考えることが出来なかった。まだまだ子供なんだな、俺は」

「君がそう感じている分、僕は君にも何度もその感情を抱いたことはあるよ」

俺は笑った。声に出して、息が続く限り。


「分かったよ、最高のフィナーレにして見せる」


解者はその俺の言葉に満足そうに頷いた。

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