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サヨナラフタツ  作者: キョナ・マフィン
3/4

狼青年と無垢少女

サヨナラフタツ  僕は嘘なんだ


          キョナ





「くそっくそっ!!」

僕は理由も分からない苛立ちの中、壁に向かって枕を投げ付けたが、それでも苛立ちを消せずにいた。

「お兄ちゃん?大丈夫?」

妹が心配そうに僕の部屋のドアの隙間から顔を覗かせる。僕は何も無いとそっちを向いて笑顔で手を振った。

人に欺き始めたのはいつからだろうか。それはかなり昔からだ。

僕の母が交通事故で死ななければ…いや、その前からだ。母と父が離婚しなければ…。

僕は彼等を憎んだ。憎んでも憎みきれない傷を負った僕に彼等は一体どのような償いをしてくれるのだろうか。でもそんなことは考える意味はもう無い。彼等は僕の側にはいないのだから。

「魔鈴…」

僕は自身の救世主になりうる少女の名を呟いた。彼女なら僕を救ってくれる。

きっとこれはただの理想なのだろう。そうでも思わないと僕は正常ではいられない。

僕はとにかくこの恐ろしい程暗く淋しい空間から誰かに引っ張りあげてほしかった。

「…僕を……救…って…」

その僕の祈り声はどこにも反響する事なくただただ闇の中に消えていってしまった。



これは夏の日。僕らは集合時間に遅れる沙耶を待っていた。

「遅い、遅すぎる!」

そして先程から和斗は少し不機嫌だ。まぁ悪いのは集合時間になってもやって来る気配のない彼女なのだが。

「和斗、そう怒らなくてもいいんじゃない?沙耶さんが遅れてくるのはいつもの事じゃないか」

「何故それをお前らはそんな簡単に了承するんだよ…」

「それなら僕は君がお祭りだというのにカーディガンで来ていることにツッコミを入れたいよ」

僕は和斗の服を指摘した。僕と魔鈴に反して彼はお祭りなのに普段着で遊びに来ていたのだ。

「着物なんて恥ずかしくて着れねーわ。それに魔鈴、お前薄く化粧してるだろ」

「お、よく分かったね。女の子の見る目あるんじゃない?」

「普段緊急病棟に住んでいそうな顔面の奴が急に頬を薄く赤色に染めてたらだれでもわかるっつーの」

「き、緊急病人ですって…ッ!」

ヤバイ魔鈴がキレるかもしれない。と考えていると遠くからのんほりとした声が僕らを追いかけるように飛んできた。どうやら彼女が来たらしい。

「ごめ~ん遅れたー」

今年度150回目ぐらいの台詞を口にしながら彼女は走ってやって来た。着物姿で普段よりのほほんとした目元がかわいらしく、僕はその子に恋をしている青年の前で少し彼女に照れてしまった。

「遅すぎだ。こちとら腹が減って仕方がないんだが」

「えへへ、ごめんね和斗。それにしても和斗は今日も普段着なんだねー」

「たりめえだ。着物なんて絶対柄に合わねえからな」

「うん、でも私は普段着の和斗はかっこいいなあと思ってるよ…なんちゃって」

「おう…そうかサンキューな…ってジョークかよ」

和斗は昔からずっとツッコミのセンスがあると僕は思っている。まあそのセンスをどこで生かすのかは謎だが。

「そろそろ行きましょうよ、後半は大きな大きな花火があるみたいですし」

「お、うんそうなんだ。私その花火を一番楽しみにしてるんだもの」

「ならもっと早く来るのが適策だったな沙耶」

「そうだったー和斗、ごめんねー」

沙耶は和斗に頭を撫でられて恍惚な表情を浮かべていた。あの日から、この二人は本当に仲が良くなった。僕はいつもそんな二人を複雑な表情で眺めている事を自分でも分かっていた。でも理由は分からない。

「何してんだ、ほってくぞ。解者」

我に返ると三人は先の方で僕が来るのを待っていた。僕は少し目を細めてまた笑顔になる。また、欺く。

「すまないね。みんな」

僕はどうやらこの面子にも僕の本当の姿をばらす気にはなれないようだった。



「うわあ!人がいっぱい、いっぱいだね和斗!」

「まあ祭だからな。はしゃぐのはかまわんが迷子にだけはなんじゃねーぞ。捜すのがだるいからな」

「またそんなこと言って~。内心では私の事心配してくれてるんでしょ?」

「ならはしゃぎまくって消えてもいい。俺は今夜のアニメが見たいから帰るがな」

「んもう、和斗はデレが無いツンデレ~」

デレがないツンデレって存在するの?って何より早く僕は疑問に思った。まあ、本当にどうでもよいことなのだが。

そう思いながら前を向くと和斗がまた沙耶の頭を撫でていた。

「二人は本当にラブラブだね~」

魔鈴がそういいながら瞳を輝かせて見つめてくる。いや、一体僕は何を求められてるの?

すると魔鈴は「いいなぁ、頭を撫でられるって」とわざわざ僕に聞こえるように呟いた。いや、僕は君の頭を撫でないよ?と突っ込みたくなる。

そう思っていると急に沙耶は僕と魔鈴を振り返った後ピースを決めた。誰も頼んでないのにこんなことをする所が彼女らしいな、と僕は思った。

「ねえねえ、こっからは自由行動しようよ」

自由行動?マジか。一人、もしくは和斗との沈黙の空間が作れるということか。

僕と和斗は仲が良すぎるせいか、お互いあまり話す事はない。そしてその言動から作り出される沈黙の空間が僕は大好きなのだ。

和斗とアイコンタクトをとり、目で二人でファミレスに行こうと語りかける。すると向こうもわかったようで親指を立てて小さく頷いた。

交渉成立。まぁ失敗したことはほとんどないが。

「ああいいぜ。んじゃ、俺はちょっくら解者とまわってくるわ」

「何言ってるの?和斗は私とまわるんだよ」

僕は少し飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。

「はあ?何が好きでお前と二人でまわらなきゃいけないんだよ」

「わ、私と和斗が二人でまわるために自由行動をとったんだよ?」

「んなこと知るか!なら自由行動などいらん」

「くぬうううううううう……」

沙耶は猛獣のように唸って悔しそうに歯噛みした。どうやら成績が上位の和斗に言い争いでは勝てないと判断したのだろう。

「ならここで恩カードを使おうかしら」

沙耶はまるで切り札を出すかのように微笑を浮かべてそういった。和斗も沙耶の言葉の意味が分かっていないらしい。

「なんだよそれ」

「かつて私に仮を残した和斗が絶対に私に服従しなければならない…私への和斗の絶対服従カードよ!」

和斗は「もうこいつは駄目だ」と言うかの如く頭を抱えていた。

「んな馬鹿な話があってたまるかよ…」

「現実、あるのよ。私がパンを買ってこいと言ったら和斗は買って来なければならない。私が足を舐めろといったらあなたは私の足を舐めなきゃいけないのよ!」

「お前は暴君かよ!」

「ええ暴君よ、暴君なの私!暴君沙耶よ!」

沙耶はハイテンションで暴れていた。和斗にとってこれは悪夢なんじゃなかろうか。

「名字を忘れたのかよお前…」

「人は大切なものを手に入れる際暴君にならなきゃいけないのよ!」

「んなこと聞いてねえよ!」

「私の思いを受けとってくれないの?」

沙耶は瞳をうるうるさせながら和斗を見ていた。和斗も流石に断れず辛そうに唇を噛んでいた。実際は結構喜んでるに違いないだろう。

「ああ分かったよ、解者、すまねえ。また今度行こう」

心配ないさ、と僕は軽く手をふった。すると魔鈴がとなりから小さく耳打ちをしてくる。

「解者、どうしたの?すごく怖い顔してる」

僕はそこで自分の頬を触った。僕の欺きが甘かったのだろうか。

「解者、なにかあるなら私に相談してくれてもいいんだよ?」

「何もないよ、君も回ってこればいい。僕はずっとここにいるよ」

「何かあるでしょ、私にはわかるんだから」

君に分かる…だと?

家族に愛を込められ、世界として自然的にお金が入ってきて不満足に出会ったことのないようなこいつに僕の何が分かる?

ぐつぐつと僕の仮面の中に入っている怒りという感情が煮えてきた。

「もう、いいじゃないか。僕にだって悩みの一つ二つあるんだから。君にそれをわざわざ告げる筋合はないだろう?」

「何よその態度…言ってくれるぐらいいいじゃないの」

彼女は少し拗ねたように言う。感情の高沸はもう止まらないところまで来ていた。

もうすぐで爆発しそうだ。僕の負の感情が自身の制御の壁を壊そうとしている。

「解者、最近なんかおかしいんじゃない?ずっと馬鹿みたいに考え事してるでしょ」

そんな壁も次の一言で爆砕した。粉々に。

僕の中から溢れ出て来た黒く虚しい感情が僕の魂を真っ黒に染めていく。後に残るのは大きな屈辱と怒りだった。

僕は自分自身の怒りに操られていく。

好きな魔鈴を前に、僕は本当の自分自身をあらわにしていった。


「だからお前に何が分かるっていうんだよ!!」


まるでブレーキを踏むことができない車のように僕の暴言が無垢な少女に向かって吐き出された。止まらない、もう止まらないと確信しながら僕は抵抗できず本性のまま話しつづける。

「僕の事を分かるだと?君は僕を何も分かっていないだろう!分かっているのはこの気味の悪い名前と性別ぐらいのはずだ。たしかに君とは長い間付き合ってきたよ、でもこれとそれとは話がまったく違う!」

「ど、どうしたの、解者?私、何か悪いことを言っちゃった?」

「何も言ってない。悪いのは、最悪なのは僕だけなんだ」

彼女はまるで僕を僕じゃないと言うふうに驚きを隠さずに見つめていた。まあ、仕方ない。僕だって自分自身この状態を理解することなどできないのだ。

「いつもの解者じゃない…何かあったの?ねえ、私に教えてよ。ねえ!」

「何も異常は無いさ。これがぼくの真実の姿なんだから。だってさ…」

僕は薄い笑みを浮かべた。


「僕は《化け物》なんだから」


「ば、《化け物》?」

彼女は狼狽えている。僕はそんな少女を馬鹿にしたように笑った。

「そうだよ、《化け物》さ。僕は他人を欺く最悪の《化け物》なんだ」

彼女は僕の言葉を聞いて僕に叫び散らした。顔にはうっすらと焦りの表情が伺える。

「じゃあ解者が人間じゃあ無いってこと?」

「そうさ。君には理解し難いものなんだ、僕の存在は」

彼女は震えながら小さく呟やいた。

「じゃあ、私は今まで、君を人間と思ってきた。そんなのも全て嘘だったってこと?」

「そうなるね」

僕は空を見上げて返答する。これ以上彼女を見つめていることは肉体的に不可能だった。

「ち、違うよ」

彼女はまだ諦めずに叫ぶ。もう僕にとってこれは本当の悪夢だった。

「解者は化け物なんかじゃない!れっきとした人間なんだから!」

「だから君に、僕の何が…!」

彼女は顔を真っ赤にして叫び散らした。


「だって私は《化け物》なんて好きになったりしないもの!」


は?

脳が動かない。魔鈴は何を言ってる?

『化け物なんて好きになったりしない?』

その言葉を理解するのに僕はいくらかの時間を労した。

そして僕はその言葉を理解し、唖然として彼女を見つめる。張本人は恥ずかしそうに目を反らした。

「君は…?」

僕は目的がはっきりしない疑問を口にした。ただただ、僕はあまりの衝撃にこの言葉を発することしか出来なかったのだ。そこで彼女は不思議そうに僕の両手を笑顔で取った。

「忘れちゃったの?やだなあ。私は…」


「私は、魔鈴だけど?」


そんなの勿論だ。ずっとずっと思いをよせていた少女なのだ、間違えるはずがないだろう。でも、彼女の発言はどうしても信じることが出来なかった。もしくは信じたくなかったのかもしれない。

なぜなら彼女は僕が思いをよせる少女であって、僕に思いをよせる少女じゃないと心の中で思っていたからだ。彼女は僕の一方的な憧れだ。そんな彼女が僕自身に思いをよせているとなると、嬉しさ以上にとてつもなく深い辛さに打ち付けられてしまった。

「君は、本当に魔鈴なのか?」

彼女が自分に恋をしていてほしいという願望と僕なんかに向いて欲しくないという願望が僕の中で交差する。

「まだ信じてくれないの?もしかして、私の、その。告白、も信じてくれていないの?」

「信じたいよ。でもあまりに非現実過ぎて僕は展開に容易についていけないだけさ」

「返事はいつでもいいよ。君からの良い返事をずっと待っとく」

そういって彼女は僕に手を振って走り去って行った。僕はまだ夢のような感覚に浸りながら彼女を視線で見送る。そして彼女が視界から消えたのを確認して喜びとも呆れとも言えない大きな溜め息を吐いた。幻のような時間をゆっくりともう一度頭の中で再生する。

すると大きな大きな爆音とともに僕の視界いっぱいに満開の花びらが映し出された。僕は真っ暗な空に次々と打ち出される花火を見て「あぁ」と何の意味か分からないような溜め息を吐いた。今日は何度も溜め息を吐いている気がする。今日は記念すべき溜め息DAYと名付けたい。何の記念だよ。

「すげえ…」

その間も花火はどんどんと上がっては爆散し、また上がっては爆散と繰り返していた。美し過ぎる輪郭を作りながら。

僕はそんな花火に気を奪われ、彼女との記憶は消えて行ってしまった。



「ねえ、何してるの?」

「何してるのって…見ての通り折り紙」

「質問が可笑しかったなあ。何作ってるの?」

「希望だよ」

「希望?」

「うん、希望の形を作り出しているんだ。君には分からないだろうね」

「…。君、解者君だっけ?」

「うん、木下解者。ごめん、僕は君の名前を覚えてないや」

「いいよいいよ。他クラスだし。でもなんかいいね。希望製作って」

「そう、かな?」

「素敵だよ。少なくとも私にはそう見える」

「え、えへへ…」

「私も作ってみたいな。希望作り、教えてくれるかな?」

「う、うん。…よろしくね」

「今日から私と解者は友達だからね?」

「と、友達?」

「うん、ずっとずっと一緒。私達は一心同体なんだから」

「うん!友達、だね。ずっとずっと、友達」

「そうだよ。よろしくね、解者」

「ところで、君の名前は?」

「魔鈴。墨ノ川魔鈴っていうんだ」

「…君、魔鈴?」

「どうしたの?変な名前かな?」

「違うよ、なんかどこかで聞いたことがあるかもしれないなあって思って」

「入学式とかじゃないのかな?私の名前って覚えやすいし」

「…そうなのかもしれないけど。もっと大切なものだった気がするんだ。僕のとっても大切な記憶の中に君の名前があるんだ。デジャヴなのかもしれないけど、どうしてかな」

「え、そんなの理由は一つじゃない」

「え?」


「私と君はこの短い人生の中で一度だけでも、どこかで会っていたんだよ。きっと、ね」



気づけば僕は走り出していた。冷静に、そして乱暴に。

そしてすぐに魔鈴に追いついた僕は彼女の腕を後ろから取った。

「どうしたの、解者?」

「どうしてあの時僕に真実を伝えてくれなかったんだ」

「あの時…?」

「とぼける必要なんてないだろう、君はどうして『一度だけでも』と言ったんだ」

「あぁ、あの事」

彼女は微笑んで残酷な事をつぶやいた。

「あんなの、記憶から消してしまいたかったんだよ」

僕は彼女の着物の胸倉をおもいっきり掴みあげた。周囲の目線など気にしていられない。

「僕はあの過去に何度も傷つけられてきた。何度も苦しめられてきた。何度も死のうと思った。そんな僕に、母さんを轢き殺しておきながら無罪を得た君の家族の親族ががなんとニコニコ言えるんだ?狂っているんじゃないのか、お前!」

「狂ってる…か」

彼女は吐き捨てるように言った。

「それはお互い様でしょう、解者」

「あ?」

「残念ながら君は一つだけ間違っているんだよ。確かに私の両親は君の家族を轢き殺しておきながら無罪を得た。でもね」

彼女はもう全てを諦めたような表情で次の言葉を告げた。

「私の両親は罪の自覚に耐えれずに自殺したよ」

僕ら二人の中に沈黙が訪れた。家族の自殺?

「正直私は貴方がこうやって私にキレている事を本当に不愉快に感じているの」

「…」

「だってあの交通事故は貴方の母親の過剰飲酒によって起こされたものなのだから」

僕は一気に力が抜ける感覚を味わった。親族には何度もその真実を伝えられたがどうしても僕はそれを信じることが出来なかった。あんなに穏和で優しかった母親が過剰飲酒をするなんて信じることが出来なかったのだ。

でも、もうそろそろこのむさ苦しい現実に帰ってきてもいいかもしれない。


そこで僕の視界は急にそこで大きく変換した。



「真実にようやく辿り着いたんだね」

僕は真っ暗な暗闇の中誰かに声をかけられた。どこかで聞いた事があるような懐かしく、かつ面倒な声だった。

「君は?」

彼はの顔は見えない暗闇で覆われており、顔の部位だけぽっくりと抜けているのだ。

恐ろしく怖い。でも何より僕が感じたのは僕が今までこんな存在だったかもしれないという事だった。

「僕は君。君の分身さ」

「分身?」

「そうだよ、君のもう一人と考えてくれたら妥当だね。君の分身なんてそういうものだろう」

僕は不可思議を前に微笑んだ。

「ご愁傷様。僕の分身なんて楽しいことは何一つないだろう?」

「いやいやいや、僕はあの四人の中で君が一番面白いと思っているよ。」

「その四人とは、まさかだが…。」

青年は含みのある笑みを浮かべた。


「君と、魔鈴ちゃんと。あのサヨナラフタツの二人組だよ」


「サヨナラフタツ…だと?」

「あらあら、これは言ったらダメなやつだったかもしれないね」

僕は青年に笑いかける。

「おい教えろよ、サヨナラフタツってなんなんだ!?沙耶と和斗となにか関係があるのかよ!?」

「それは教えれないね。でも一つだけ教えてあげるよ。これを有益な情報ととるか、無益ととるかは君次第だけれどね」

僕は青年からの言葉を待った。長時間空けて、青年はようやく口を開いた。ゆっくりと、大胆に言葉を告げる。

「魔鈴はこのゲームの中で君の大切な救世主なのさ」

「…」

「君は彼女を大切にしなければならない。これは義務でも権利でもない、未来の僕の意思なのさ」

「僕は…」

そこで僕は自分自身に問いた。

「一体何なんだい?」

「さあ?」

彼は僕を馬鹿にしたように笑った。

「自分の事をなんでも知ってる人間なんていないだろう?」

「…まあそうか」

「ま、怪物なんかじゃねーだろうね」

「…」

青年は顔に張り付いた暗闇の仮面を取り除いた。いまならはっきりと顔面が見える。

それは勿論というべきか僕自身の顔だった。

僕は別に驚きもせずニヤニヤと見つめてくる自分自身を睨み返した。

すると「もう時間かな」と呟き彼はニヤニヤ顔を消さないまま僕のデコに人差し指を当てた。僕は驚いてそれを退けようとしたが青年の力に押され僕は彼の言葉を待った。


「魔鈴を愛せ。君に出来ることはそれだけだ。沙耶の救世主が和斗のように、君の救世主は魔鈴なんだ。どんな過去が君を傷つけても、いくら君の心を壊しても、この理想だけは捨てないで欲しい。…じゃあまたね、僕。次会うのもきっと近いだろうけどね」

そう言って青年は消えて行ってしまった。

僕に残ったのは大きな虚無感とそれより大きい決意だった。



「ごめん、魔鈴」

「本当に。あの時の和斗もこんな気分だったのかな」

「僕はまさかのあの時の沙耶さんですか」

「沙耶に悪いくらいのひどい状態だったね、解者」

僕は顔を引き攣らせながら笑った。

「君の偽りの告白のお陰だよ、僕が本当の事実に気づけたのは」

本当に全て彼女のお陰だった。自分自身に気づけたのも、かつてのトラウマから抜け出せたのも。いつかはこの恩を彼女に返さなきゃ。

すると彼女は不思議そうに首を傾げた。

「え?何言ってるの?」

「え、だって君は僕に気付かせる為に僕を欺いたんじゃ…」

「何も欺いてなんかないよ」

僕のなぜか夏なのに凍りそうだった指先が急に温度を上げて暖まるような音をたてた。


「私が解者を好きなのは嘘でも偽りでもない。私の静かな願いだよ」


人は自分の大切な人を殺した親族を愛せるだろうか。常人なら出来ることでは決してないだろう。でも彼女は自分の家族を殺したに等しい僕の両親の親族である僕を愛してると言うのだ。僕は信じない。証明できない事は信じる価値がないだろうからだ。

でも、僕を好きと言ってくれる人がいるのは事実なのだ。

それが嘘なのか、本当なのか。それは僕には分からない。

分かりたくても分からないことはこの世界には腐るほどあるのだから。

だから僕は信じるのだ。人は信用するのだ。自分の大切な人を。

自分を必要としてくれる人を。

そうだ、僕はそんな人を渇望していたのだ。

ずっとずっと、両親が死んでから。

でもそんなのは二度と叶わない、現れないんだと僕は勝手に決め付けていたのだ。

そんな過去をぶち壊したい。そしてそんなくだらない過去に執着していたかつての自分を殴り飛ばしてやりたい。

世界にはこんなに優しくて美しい人間がいるのだ。こんな下らなく醜い僕を好きと言ってくれる人が。

魔鈴が自分を信じ、恋してくれる。そんなのは夢のまた夢のまた夢だった。

でも、そんな事も平気でこの世界は生み出してしまう。

そんなこの世界を僕は怖いと感じ、別の脳では好奇心を感じていた。

まだまだこの世界は楽しめる。捨てたものじゃないかもしれない。


「僕も君が好きだ」


僕はその後僕にとって世界で最も甘いに違いないお菓子を口にした。

今日にて僕と彼女は相思相愛となった。



その時サヨナラフタツの二人は何も知らず笑顔で綿あめを頬張っていた。

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