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四季桜を探して

作者: 佃煮朗


「冬の女王を外に連れ出す?・・・・・・なんでわたしが、そんなことしなきゃいけないのよ?」


 夏の女王は、優雅に紅茶のカップを傾けて言った。

 彼女は、そのピンク色の髪の毛を、くるくると指で弄んでいる。


「おおかた、秋の女王がなにかやらかしたんじゃないの?あの女を連れていって、冬の女王に謝らせなさいよ。それで全部解決だわ」


 吐き捨てられた言葉に、王から遣わされた使者は困り果てた顔をした。


「それが、秋の女王様は、あなた様が冬の女王様を苛めたんじゃないかと疑っておられます」

「ああ、もう!」


 夏の女王が叫んだ。彼女は綺麗に整えられた指先で、机の上のマカロンを一つ掴むと、使者の顔に投げつけた。


「その言葉を信じて、こんなところまでノコノコやって来たって言うの?この暇人!

 わたしがあの小娘を苛めるものですが!ちょっとつついたくらいで、すぐに泣く弱虫なんて、こちらからお断りだわ」


 立ち上がった夏の女王は、持っていた扇子で使者の顎をとらえた。使者がヒッと小さな悲鳴を上げる。


「いいこと?いますぐ帰って、秋の女王に伝えなさい。

 よけいな詮索をしているヒマがあるなら、いますぐあんたの可愛い子どもを、塔から引きずり出しなさいって」


 話は終わり、とばかりに夏の女王はその豪奢なスカートの裾をからげて、部屋を出ていこうとした。


 彼女のピンク色の縦ロールの髪の毛が、揺れながら遠ざかっていくのに、使者は慌てて声をかけた。


「お待ちください!話はそんなに簡単ではないのです!」


 ああん?とほとんどヤンキーのようなメンチを切って、夏の女王が使者を振り返った。


「なんでよ?冬の女王が塔に閉じこもっているから、困っているんでしょ。なら、無理矢理引きずり出して、春の女王を押し込めば万事解決じゃない。それで季節が巡るわ」


 使者は、悲壮な顔つきで首をふった。


「ーー春の女王が、まだ来ていらっしゃらないのです」

「迎えにやればいいじゃない。ポヤポヤした子だから、交代の日取りを忘れているんじゃないの」

「それができればどんなにいいか!・・・・・・彼女の居城も、塔へと続く旅の道も、全て探し尽くしましたが、本当にどこにもいらっしゃらないのです。

 こうなれば、本人の意思で隠れていらっしゃるとしか、考えられません」


 それを聞いて、夏の女王は叫んだ。


「ああもう!ーーどうして、女王連中って、こうも勝手な奴らばかりなのかしら!一人は引きこもり、もう一人は人を疑う悪人!極めつけは行方不明ですって!?」


 彼女は、地団駄を踏んで悔しがっている。


「おかげで、わたしみたいなちゃんとした女王が、迷惑を被ることになるのよ!」


 夏の女王は、ツカツカと使者の前まで歩いていくと、履いていたピンヒールで、床に落ちていたマカロンを、ぐしゃりと踏み潰した。


「しょうがないから、いまからわたしが塔に行ってあげるわ。それで、冬の女王を引きずり出して、春の女王を探しだしてやる。見つかるまで、塔には秋の女王でも突っ込んでなさいよ!」


 使者はガクガクと頷いた。

 寒い冬が続くよりは、もう一度秋を繰り返した方がマシだと思ったのだろう。


 そうして、夏の女王と使者は、二人で部屋を出ていった。


 夏の女王が踏み潰したマカロンが、毛足の長い絨毯に散らばるのを、彼女の執事が悲しそうに見つめていた。




 夏の女王と使者は馬車に乗って、冬の女王が閉じこもる塔へと向かった。

 その途中、通る村々の様子に、夏の女王は眉を寄せた。


「ちょっと!どうして、こんなに民衆が疲弊しているのよ?」

「それは、こうも冬が長引きますと、やはり食べ物も不足しますし。いまはまだ大丈夫とはいえ、みんな不安なのでしょう」

「王はこの状況を手をこまねいて見ていたっていうの?」

「いえいえ。王もお触れを出したり、いろいろ努力はされたのです」


 そう言って、使者は一枚の紙を取り出した。それにはこう書いてあった。


『 冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

季節を廻らせることを妨げてはならない 』


「これを見て、名のある吟遊詩人や踊り子が、歌や躍りで気を引いて、冬の女王様を外に連れ出そうとしたのですが、結局どれもうまくいかず・・・・・・」


 夏の女王は頭を抱えた。


「あの人見知りに、そんなの逆効果に決まっているじゃない」


 そうこうしているうちに、馬車は塔へと到着した。


 大勢の吟遊詩人や踊り子をかき分けて、夏の女王は塔を登ると、冬の女王が閉じこもっているという、最上階の部屋の扉を叩いた。


「ちょっと!冬の女王、聞こえているんでしょう?わたしがわざわざこんなところまで出向いてやったんだから、さっさとこの扉を開けなさい!」


 部屋の中から、ひいいぃ、という情けない悲鳴が聞こえた。


 夏の女王はガンガンとさらに激しく、部屋の扉を叩く。


「じょ、女王様。あまり手荒な真似は・・・・・・」


 使者が慌てたように止めたが、彼女はその腕を振り払った。


「うるさいわね!あの根暗は、これぐらいやんなきゃ分かんないのよ!」


 そのとき、凛とした声がかかった。


「やはり、お主が冬のを苛めていたのだな」


 そこにいたのは、赤茶色の長い髪を高い位置で一つ結びにした、男装の麗人だった。


「秋の女王!」


 夏の女王が叫んだ。

 秋の女王は、つり上がった瞳で、夏の女王をひたと見据える。


「いますぐ、扉から手を離せ。この野蛮人め。冬のが恐がっているだろう」

「なんですって!?」


 秋の女王は、嫌みっぽく笑った。


「聞こえなかったか、野蛮人と言ったのだ。わかったら、さっさと手を離さんか。大体、扉をそう強く叩くものではない。礼儀がなってないぞ、夏の」

「なによ、この男女!あんたがうるさいから、冬の女王も出てこないんじゃないの?」


 その一言に、秋の女王のこめかみがピクリと動いた。


「なんだと。貴様、死ぬ覚悟はできているんだろうな?」


 秋の女王が、腰に差していた剣の柄に手をかける。


「なによ」


 夏の女王も、懐から愛用の二丁拳銃を抜いた。


「わ~~!やめてください、女王様方!季節の塔で、人傷沙汰は困ります!」


 使者が困り果てて叫んだときだった。

 ピッタリと閉じられていた部屋の扉が開き、そこからエプロンドレス姿の気弱そうな娘が姿を現した。


「な、夏ちゃんも秋ちゃんも、喧嘩は止めてよ~~」

 

 娘は白い髪の毛をきっちりと二つの三つ編みにして肩にたらし、青い瞳には涙をためていた。


「・・・・・・そうか。冬のがそういうなら、やめておこう」

「ていうか、あんた出てくるのが遅いのよ」


 危うく本当に切られるところだったじゃない、と夏の女王は頬を膨らませた。


 え、え、と二人を見渡したあと、冬の女王は、両手を握りしめて叫んだ。


「ま、また騙された~~!!」

「はっはっは。お主は本当に愛いやつだな」


 秋の女王が春の女王の肩を抱くと、三人は部屋の中に消えていった。

 錠前が下ろされる音がする。


 部屋の前には、戸惑った顔の使者だけが残された。




 部屋に入った三人は、テーブルについて、冬の女王の淹れた紅茶を飲んだ。


「それで?なんで、あんたはここに閉じこもってるのよ?」


 最初に口を開いたのは、夏の女王だった。

 豪奢なスカートに包まれた足を組み、椅子にふんぞり返っている。


「あの、その前にわたしも椅子に座ってもいい?」


 秋の女王の膝の上に乗せられた、冬の女王がおずおずと手を上げた。


「なに、お主は羽のように軽いからな。なにも気にすることはないぞ」


 ニッコリ笑った秋の女王に、そういうことじゃなくて~と冬の女王はモゴモゴ言った。


 お茶菓子のクッキーをバリバリ食べながら、それを呆れた目で見ていた夏の女王は、ごきゅんとクッキーを飲み込むと、扇子の先で二人を指した。


「もう!話が進まないわね。なにか理由があって、塔から出てこないんでしょ!その理由を早く言いなさいよ」

「ーー特にないよ?」


 冬の女王が青色の瞳をキョトンと瞬くと、夏の女王はテーブルに身を乗り出したまま固まる。

 秋の女王は、冬の女王の頭を楽しそうに撫でていた。


 なでなでなで。


 しばらくして、夏の女王が気を取り直した。


「な、なにもないってことはないでしょ?じゃあ、なんであんたはここに閉じこもってるのよ?」

「え。それは、春ちゃんが交代の日になっても来なかったから」


 夏の女王は、ポカンと口を開けた。


「春の女王が来ないから、ただここで待ってただけなの?」

「うん」

「王様にも言わずに?」

「うん・・・・・・なにかマズかった?」


 夏の女王は、バンと机を叩いた。

 冬の女王の肩が、ビクリと震える。


 おい。ホコリが散るだろう、という秋の女王の文句は、もちろん夏の女王に無視された。


「マズいに決まっているでしょ!周りにちゃんと説明しなさいよ!!」

「え~。だって、知らない人と話するの苦手だし」

「苦手じゃないわよ、この馬鹿!」


 思わず掴みかかろうとした、夏の女王の手は秋の女王が止めた。


「こんなに可愛い冬のに暴力を振るうなんて、お主正気か」

「お前が正気か!!」


 夏の女王は、ゼイゼイと肩で息をした。


「あー冬のは可愛いなー。愛い、愛い」

「も~なでくり回すのはやめてよ~~」


 秋の女王に撫でられて、首をガクンガクンしている冬の女王を、夏の女王はしばらく死んだ魚の目で見つめていたが、やがてため息をついて言った。


「はあ。とにかく、冬の女王は、ここに閉じこもっているわけじゃないのね。春の女王を待っているだけで」

「そうだよ~~」


 冬の女王は、クッキーをバリンボリンと食べながら、のんきに答えた。


「じゃあ、春の女王を見つければ全部解決じゃない。ーーあんたたち、あの子がどこに行ったか知らないの?」


 夏の女王は、ドサリと椅子に座り直した。聞かれた秋の女王と冬の女王は、そろって首を傾げる。


「わたしは聞いてないよ~。秋ちゃんは?」

「聞いておらぬな」


 三人は目を見合わせた。


「ちょっと、仮にもわたしたち、季節の女王として一括りにされている仲でしょう。なんで誰も知らないのよ?」


「そうは言っても、夏の。そもそも春のに一番最後に会ったのは、お主であろう。お主こそ、なにか聞いておらぬのか」


 夏の女王は眉をしかめた。


「そりゃ、確かに会いはしたけど。なんか、あの子急いでいる様子だったから、ほとんど話はしていないわよ」


 秋の女王が鼻で笑った。


「ふん、使えんな」


 ーーガタン。

 夏の女王は立ち上がって、机越しに秋の女王の胸ぐらをつかんだ。


「なんですって?もう一回言ってみなさいよ」

「使えんから使えんと言ったのだ。全く、すぐに暴力に訴えるとは、相変わらず知性のカケラもないのう」


 二人はしばし睨み合った。


 夏の女王は、秋の女王の襟首から手を放すと、乗り上がっていた机から下りて、三歩下がった。


「いいわ。秋の女王、あんたにはいい加減イライラしているの。・・・・・・決着をつけましょう」


 夏の女王は、二丁拳銃を取り出した。


「そうだな。わたしもちょうど、そう思っていたところだ」


 秋の女王も、立ち上がると、剣をスラリと抜き放った。


「ふ、二人ともやめなよ~」


 冬の女王が、すがるように秋の女王の袖を引っ張ったが、彼女はそれをやんわりと外した。


「止めてくれるな、冬の。女には、やらねばならぬときがあるのだ」

「そうよ、冬の女王。邪魔しないで」


 冬の女王はもうほとんど半泣きだった。


「じゃ、じゃあ。トランプで決めよ?そうすれば誰も痛くないし」


 彼女の提案は、しかし残念ながら二人には届かなかった。


 夏の女王と秋の女王は、凶器を向け合い、ただお互いだけを見つめている。

 二人の間には、ピンと張りつめた緊張の糸があった。この糸が切れたとき、それが開戦の合図となるだろう。


「ーーふ、ふえ」


 冬の女王の口から、喉が引き絞られるような音が漏れた。


 夏の女王のトリガーにかけた指に力がこもり、秋の女王の重心が動く。


 そしてーー。



「うわああぁん!夏ちゃんと秋ちゃんのバカーー!!」


 冬の女王が泣き叫んだ。


 夏の女王も秋の女王も、ポカンとして彼女を見つめる。

 冬の女王が泣くのはべつに珍しくないが、こんな風に大きな声を出すのは聞いたことがなかった。


「ど、どうして、そんなにすぐ喧嘩するの~。仲よくしてよ~~」


 冬の女王の瞳から、次から次へと大粒の涙がこぼれ落ちる。


 秋の女王が、焦ったように彼女に手を伸ばした。しかし、その手を冬の女王は払い落とした。


「二人がそんな風に喧嘩ばっかりするから、わたしここに誰も呼べなかったんだよ!冬の間、寂しかったのに!!」


 冬の女王は、涙に濡れた目で、夏の女王と秋の女王を睨み付けた。


「べ、べつに呼べばよかったじゃない!私たちがダメなら、春の女王がいたでしょ!」


 夏の女王が言い返した。

 動揺を隠そうとしていたが、その声はかわいそうなくらいに震えていた。

 秋の女王に至っては、完全に固まってしまっている。


「嘘つき!」


 冬の女王は、夏の女王の言葉を一刀両断した。


「前に春ちゃんだけ呼んだとき、仲間外れにするなってすごく怒ったじゃない!秋ちゃんなんて、わたしのことが嫌いになったのか?って泣いちゃうし・・・・・・」


 夏の女王と秋の女王は、気まずそうに目を見交わした。


「だから、わたし、冬の間は塔から見える景色がどこもかしこも真っ白で、動物も眠っちゃってて、花も咲いてなくて寂しくてもーー」


 そこまで言って、冬の女王はハタと言葉を止めた。


 今度はどうした、と夏の女王と秋の女王が、恐々と彼女を窺う。


「わたし、言った」


 冬の女王が呟いた。


「去年、春ちゃんと交代したとき、冬の塔から見える景色は寂しいなって。春ちゃんのときみたいに、いっぱい桜が咲いてたらいいのにって・・・・・・」

 



 ーーそのときだった。


 鍵をかけた扉のノブが、外側からガチャガチャと回された。


「あれ?なんか扉固くない?ーーあ、開いた」


 錠前を破壊して現れたのは、乗馬服を着た女性だった。顔が隠れるほどの大荷物を、腕に抱えている。


「ただいまー!遅くなってごめんね、ふゆゆ。思ったより見つからなくてさー。去年の春から探し始めたんだけど、一年かかっちゃったんだよね」

 

 話しながら、彼女は大股で机に近づくと荷物を下ろした。ガサガサと音を立てて、梱包をほどいていく。


「でも、一年粘った甲斐があって、ちゃんと見つけたよー」


 言葉とともに、箱の影から女性が姿を見せた。


 真っ直ぐな緑の髪は、顎の下で切り揃えられている。顔は下を向いていてよく見えなかったが、口元には快活そうな笑みが浮かんでいた。


 彼女の手には、一メートルばかりもある、なにかの苗木が握られていた。

 それを落とさないよう、慎重に箱の前まで移動した彼女は、ようやく顔を上げた。


「じゃじやーん!四季桜だよー。なんとこれ、冬に咲く桜な、ん、だって・・・・・・?」


 部屋の中の様子を確認して、彼女は髪と同じ、緑色の瞳をまん丸に見開いた。


「え、なにこの状況。なんで、なっつーと秋りんがここにいるの?

 ・・・・・・てか、ふゆゆ泣いてるし。え、なんで?わたしが遅刻したから?そのせいで、吟遊詩人と踊り子が来たみたいだし怖かったの?」


 一人で慌て出した春の女王に、冬の女王が勢いよく抱きついた。


「は、春ちゃーん!!」

「どぅぐふ!」


 両手に鉢植えを抱えていた春の女王は、受け身を取れずに背中から床に激突した。鈍い音が響く。


 一方、頭上に持ち上げられた苗木は、少し葉を揺らしたものの無傷だった。


「春ちゃん、春ちゃん!わたしのために冬でも咲く桜を探してくれてたんだね、ありがとうーー!!」

「う、ぐふ。や、やめて。お腹に顔を擦りつけないで。地味に内臓にくる・・・・・・」


 冬の女王を引き剥がして、春の女王はようやく上半身を起こした。彼女のお腹は、冬の女王の涙と鼻水まみれになっている。


 けれど、春の女王はそれを気にする様子もなく首を傾げた。


「これでもう、ふゆゆは、冬の塔にいても寂しくない?」


 春の女王の真剣な眼差しに、冬の女王はしばらくなにか考えていたが、やがて頷いた。


「・・・・・・うん。もう寂しくないよ」


「よかった」


 春の女王が笑った。冬の女王も笑い返したが、それは少し寂しそうな笑顔だった。



 夏の女王が、縦ロールの頭をかきむしった。


「ああもう!分かったわよ。わたしと秋の女王は、もうこの塔では喧嘩しない!!」


 言い切った彼女に、他の三人はびっくりして動きを止めた。


「それでいいわね、秋の女王!」

「は?お主なにを言って・・・・・・」


 状況を理解できていない秋の女王に、夏の女王は指を突きつけた。


「わたしたちが喧嘩するから、冬の女王は冬の間、誰も塔に呼べなくて寂しかったんでしょう?」

「そ、そうだな」


 秋の女王はシュンと肩を落とした。


「てことは、わたしたちが喧嘩しなければ、冬の女王は一人じゃなくなって、寂しくなくなるのよ」


 お分かり?と夏の女王は、首を傾げた。秋の女王は、目を輝かせて何度も頷いた。


「・・・・・・もちろんだ!冬のが寂しい思いををするくらいなら、もうここで夏のとは喧嘩しない!我慢する!!」


 秋の女王はそう言うと、冬の女王の前に、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「ーー冬の。寂しい思いをさせているのに、気づいてやれなくてすまなかった」

「わたしも・・・・・・ごめんなさい」


 夏の女王も、そろって頭を下げた。

 プライドの高い彼女らがそんなことをするのは、本当に珍しいことだった。


「本当にもう、絶対喧嘩しない?」


 少し疑わしそうに、春の女王が訊いた


「「絶対しない!!」」


 答えた二人の声が、見事に揃った。

 その必死な様子に、冬の女王が青い瞳をやわらかく緩めた。


「ふゆゆ、もう寂しくない?」


 春の女王がまた訊いた。


「うん、寂しくない。桜もお友だちも両方もらったんだもん。すっごく幸せ!」


 そう言うと、冬の女王は、春の女王、夏の女王、秋の女王をみんなまとめて抱きしめた。

 もう、彼女は少しも寂しくなかった。




「あの~~、女王様方。お話はお済みになりましたか?」


 壊れた扉から、ひょっこりと王様の使者が顔を覗かせた。

 部屋から閉め出されてからこっち、彼はずっと廊下で待機していたのだ。


 ちなみに、春の女王が扉を壊そうとしたのは、止めたけれど聞いてもらえなかった。

 

「済んだのでしたら、そろそろ季節を巡らせてほしいのですが・・・・・・」


 遠慮がちにかけられたその声に、夏の女王が顔を上げた。


「あ、そうよ。春の女王。早くしないと、みんな不安がってるわよ」

「ーーあらま。それじゃ、ちょっとサービスしなくちゃ」


 春の女王は立ち上がると、部屋の窓を大きく開け放した。

 塔の最上階に位置するこの場所からは、遠くまで国の様子が一望できる。


「そぉーれ!」


 春の女王が腕を伸ばすと、その指先から次々と花が溢れた。

 

 ミモザ

 タンポポ

 チューリップ

 スイセン

 ナノハナ


 それらの花は、ふわりふわりと風にのって、国中に降り注いだ。


 塔の下にいた、吟遊詩人と踊り子たちが、降ってくる花を見上げて、大きな歓声を上げる。



 ーーこうして国に、遅い春がやってきた。




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