吹雪、のち、晴れ。
はじめまして。nana.と申します。
小さい頃から本を読むことが大好きで、そんな世界を作り出せたらと小学生の頃から文を書き始めました。
文章にはなかなかならず、
文を並べるだけのような状態ですが、
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
僕はふと、気配を感じ取って目が覚めた。
そろそろ帰ってくるかな、と思ったと同時に遠くでガチャガチャ、バタンッという玄関のドアが開く音がする。
ドスドスドスという怒っているような大きな足音と共にだれかが近づいてくる。
主の到着を確認した僕は、寝心地のいいベッドから立ち上がってこの部屋のドア近くまでお出迎えする。
「ただいま、エテルナ!」
バンッという部屋のドアをあける大きな音とともに怒ったような泣きそうな顔をして現れたのは、今のこの塔の主、ウィラー。
ウィラーはぼくを見るなりふにゃっと顔をほころばせ、ほおずりをする。
「おかえりなさい、ウィラー。外は寒かったでしょう。」
ぼくの言葉に、ウィラーはあらっと言いながらほっぺを離す。
「そんなことないわ、エテルナ。だって私は冬の女王よ?冬は大好きだし、得意だわ。」
ウィラーは嬉しそうにそういいながら、外套を脱ぐ。
この塔は四季を司る4人の女王様の塔。
女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっている。 そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのだ。
今は冬の女王様、ウィラーがすんでいるため国は雪がしんしんと降り積もる冬だ。
ふと、ウィラーは部屋にある大きな振り子時計をじっと見る。
時計は、カチッという音とともにボーンボーンと5時になるのを知らせた。
「あぁ…どんどん時が過ぎてくのね」
ウィラーは悲しそうに言った。
「…今日もなにか言われたの???」
ぼくは悲しそうなウィラーを見てたまらなくなって聞いた。
ウィラーは午前中、家族である3人のお姉さんに呼ばれて四季の館へと出掛けていた。四季の館とは、ウィラーの一家が住んでいるところである。塔での暮らしは自分が司る季節の時だけで、普段は家族みんなで館に住んでいるのだ。
なぜ呼ばれたのか、理由はわかっている。
ウィラーがこの塔に住む期間をとっくに過ぎてるのに引っ越そうとしないからだ。
ウィラーが引っ越さないということは国の季節がずっと冬ということ。このままではいけないと、お姉様たちがウィラーを説得しているのだ。
「さんざん言われたわ。3時間もよ!春のお姉様は理由をしつこく聞いてくるし、夏のお姉様はお怒りだし、秋のお姉様はうろたえているし、もうめちゃくちゃだったわ」
「理由、教えてもいいんじゃない?ぼく、これ以上責められるウィラーを見てられないよ」
昼間のことを思いだし、怒っているウィラーにぼくは言う。
「理由を教える?あの人たちに?いやよ!もし教えたら…あなたが死んでしまうかもしれないわ。」
ウィラーは泣き出した。
ぼくはウィラーの目からはらはらと涙が流れる姿をみて、泥沼のような、それでいて天国のようなあの日を思い出した。
あれは3カ月前のことだった。
ウィラーがこの塔にやって来てまだ1ヶ月もたっていない頃だ。黒い外套をかぶった女の人が塔を訪ねてきた。
「こんばんは、黒い外套を着たお姉さん。私になにかごようかしら?」
「あぁ、あなたは冬の女王、ウィラー様ですね。わたくしは冬が大好きなのです。いつもいつもウィラー様には感謝しております。」
そう言うと黒い外套を着たお姉さんは深々とお辞儀をするので、あわててウィラーも少し頭をさげる。
「いいえ、それが私の勤めだもの。それに私はこの塔にいるだけ。何にもしていないわ。」
「そんなことありません!ウィラー様はいてくださることが大切なのです。なので、わたくしはウィラー様になにか感謝をあらわしたいと思い、ここへ来ました 。なにかお望のことはありませんか??どんなことでも叶えてみせましょう。」
ウィラーはうーんとうなりながら考えます。
「叶えてほしいこと…ねぇ。塔の暮らしは楽しいし、ご飯は美味しいし、みんな優しいし、特に望むことはないわ。」
「ウィラー様、わたしはあなたにもっと幸せになってほしいのです。なにかありませんか。」
「そうは言われても…塔にいる間はエテルナと遊んでいるだけなのよ。」
「エテルナ?」
「そう。私の大切な相棒よ。いつもいつも一緒にいて、遊んで、寝ているわ。ただ、お話しすることができないのよ。」
ウィラーは少し残念そうに話す。それを聞いた黒い外套を着たお姉さんはとても驚いた。
「あら!お話しできないなんてなんてもったいない。そうよ、エテルナ様がお話しできるようにしてさしあげましょう!」
その言葉に、今度はウィラーが驚いた。
「ええ!そんなこと、本当にできるの??」
「もちろん、できますとも。」
それなら、とウィラーは黒い外套を着たお姉さんを塔に招き入れ、エテルナのところへと案内する。
「エテルナ!このお姉さんがあなたを話せるようにしてくれるそうよ!」
ウィラーはエテルナを抱き締めながら喜んだ。
エテルナは嬉しそうではあるものの、やはり話せない。
「はじめまして、エテルナ様。さっそく、魔法をかけさせていただきますね。」
黒い外套を着たお姉さんはにっこりと笑う。
そして床に文字のような、暗号のような、それでいて絵のようなものをエテルナを囲うようにマジックで書きはじめた。
「これはなぁに?」
「ご安心ください。魔法をかけるために必要なのです。魔法がちゃんとかかったらこの黒い線も消えますから。大丈夫ですよ。」
ウィラーはふーん、と返事をし、エテルナを再び抱き締めた。
「やったわね、エテルナ!あなた、お話しできるようになるのよ!!あ、勘違いしないでちょうだいね。もちろん、今までも充分楽しかったわ。話せないからといって楽しくないわけじゃないもの。でも、私あなたとお話しもしてみたいのよ。いいかしら、エテルナ。」
ウィラーはエテルナに不安そうな顔で聞く。エテルナはこくん、とうなずいた。
「ありがとう!!エテルナ!!」
「さぁ、準備ができました。ウィラー様、円のそとに出てくださいな。」
ウィラーはエテルナの頬にキスをひとつおとし、黒い外套を着たお姉さんの言葉に従い、円のそとに出た。
「それでは、始めさせていただきますね。」
黒い外套を着たお姉さんが言うと同時に、黒い煙が立ち込め、たちまちエテルナの姿は見えなくなってしまった。
「…ねぇ、エテルナは大丈夫なの??」
「もちろんです、はい。」
黒い外套を着たお姉さんがニヤリと笑ったかと思うと、次の瞬間ピカッとまばゆい光に包まれ、ズドーンと大きな音がした。
ウィラーがおそるおそる目をあけると、黒い煙もなくなっており、いつものエテルナの部屋の風景と変わらない。
お姉さんの言うとおり、真ん中にポツンとエテルナがいるだけで、文字のようなものもなくなっていた。
「エテルナ!」
ウィラーはエテルナにかけよる。
「成功ですわ。完璧ですわ。きっと、エテルナ様はお話ができるようになってますよ」
後ろでお姉さんが騒いでいるが、ウィラーにとってはどうでもいいことだ。
「エテルナ!!大丈夫!?」
「…うん、大丈夫だよ。ウィラー。」
エテルナはウィラーのよびかけに答える。
「エテルナ!声!声が出ているわ!!」
「本当だ!ぼく、お話しできるよ、ウィラー!」
エテルナもウィラーも手を取り合って喜ぶ。
「本当にありがとう、黒い外套を着たお姉さん。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。お代はいただきましたので。」
「お代?私払ってないわよ?」
「ウィラー様からではなく、エテルナ様からいただきましたので。」
ウィラーは驚いてエテルナを見る。
「エテルナ?いつ払ったの??」
「ええ?ぼく、お金なんて持っていないよ!」
「どういうことなの?」
「お代は、エテルナ様の命でございます」
「命…??あなた!エテルナに何をしたの!?」
黒い外套を着た女の人がフードをとると、なんとその人は西の魔女だった。
「西の魔女!!!!!」
「私はあんたの願いを叶えただけだよ。そのお代としてあんたにとっていちばん大切なものをうばったのさ。なぁに、すべてをとった訳じゃない。ほんのちょっと、短くしたのさ。次の春になったらエテルナは死ぬだろう。」
ウィラーは悲しくなった。エテルナの命と引き換えてまでほしいものなどなにもない。
「お願いよ。命を返して!」
「おっと、それはできないよ。せいぜい次の春までの間を楽しみなさい。」
西の魔女は外套のフードをかぶると、どこかへ消えてしまった。
「ああ!なんてことなの!!」
ウィラーはエテルナを抱えて泣いた。
そして、泣きながら決めたのだ、次の春は来させない、と。
「お姉様たちは、きっとあなたを諦めなさいというわ。だってあの人たちにはあなたとの思い出は全くないのだもの。」
あの日を思い出していたぼくの耳に、ウィラーの声が届く。
「ねぇ、ウィラー?何度も言うけど、ぼくにとってあの日は泥沼のような日でもあって、天国のような日なんだ。だって、死ぬ日はきまってしまったけれど、ウィラーとお話しすることができるようになったんだから。ね?ぼくにはとっても嬉しいことだったんだよ。」
ぼくはウィラーに何度も言う。
ぼくがウィラーとお話がしてみたかったのは
本当だ。
だから、死ぬ日が早くなってしまったのは残念だけど、お話しすることができるようになったんだから、これ以上望んじゃいけないかな、と思っている。
ぼくはウィラーに語りかけるように伝える。
「ぼく、死ぬのは寂しいけど怖くはないよ、ウィラー。だって君はぼくが目を閉じる最後まで一緒にいてくれるだろう?」
「いやよ!ダメダメダメ!!」
ウィラーはぼくの言葉を全く聞こうとしてくれない。
「わかった、ウィラー。今日はもう暖かいスープを飲んでゆっくりとお風呂に浸かって寝よう。」
ぼくの言葉にコクンとうなずいたウィラーはゆっくりと立ち上がりスープを飲み、お風呂につかり、寝巻きに着替え、僕と一緒にベッドに横になった。
「おやすみ、ウィラー。」
「おやすみ、エテルナ。」
泣きつかれているウィラーはすぐに寝てしまう。
ぼくはウィラーが寝たのを確認してから、ベッドをそっと抜け出した。
外はひっそりとしていて、雪が降る音が聞こえてきそうだ。
あたりは真っ暗でなにも見えない。
ぶるりと身震いしたあと、真っ暗な雪のなかを歩き出す。
どれくらい歩いただろうか。道なりに来ると目の前に大きな大きな門が現れた。
門の後ろを見てみると大きな家が建っている。
(ここだな…)
目の前にある門にチャイムがないかうろうろと探す。
すると
「エテルナ?エテルナじゃあないか!」
後ろから声が聞こえ、振り返ると恰幅のいいおじさんが立っている。
「夜遅くに来てごめんなさい。ウィラーのお父様。」
後ろにいたのはちょうど帰って来たばかりのウィラーのお父様だった。
「エテルナ!お前!声が出るのか!!」
ウィラーのお父様はぼくの声を聞いて驚く。
「おじさま、それについてお話があるんだ。四季の館にいれてもらっていい??」
「ああ。もちろんだ。わたしの部屋においで。」
ウィラーのお父様は優しく出迎えてくれた。そのまま暖かい部屋にはいり、暖かい飲み物をもらう。凍えそうだった体がほぐれていくのを感じた。
「寒いなかよく来てくれたな、エテルナ。」
ウィラーのお父様はにこにこと嬉しそうだ。
「突然夜遅くにごめんなさい。今日はお聞きしたいことがあってきたんです。」
「エテルナがわたしに?なんだい、なんでも答えよう。」
「あのね…?」
にこにこ笑顔のウィラーのお父様に、ぼくは早速本題を話し出した。
「おはよう、エテルナ」
「おはよう、ウィラー」
となりでにっこりと笑うウィラー。
ぼくは、昨日の夜のうちに帰ってきていた。
ウィラーが心配しては困るからだ。
二人でゆっくりと朝食をとる。
「エテルナ、今日は何をしようかしら。昨日はお姉様に呼ばれたせいであまり遊べなかったもの。今日はたくさん遊びましょう。」
ウィラーはにこにこと話す。
「…ねぇ、ウィラー?ぼく、きみに大切な話があるんだ。」
「あら、エテルナ。改まってどうしたの?」
「うん、朝食が終わったら温室ガーデンでお話ししよう?」
「ええ、いいわよ。」
ぼくたちは朝食を済ますと外に出て、ゆっくりと温室ガーデンを目指す。
今日は雪が降っておらず、太陽が出ている。
きっと温室ガーデンはぬくぬくと暖かいだろう。
「はい、どうぞ?」
温室ガーデンにつくと、ウィラーはぼくのためにドアを開けてくれる。
「ありがとう、ウィラー。」
やはり、なかに入ると温室ガーデンはぬくぬくと暖かかった。
「温室ガーデンはやっぱり暖かいわね。」
近くにあるお花を一つ一つ眺めながら進み、やがて温室ガーデンの真ん中にある丘のような芝生に着き、そこへ座った。
「これだけぽかぽかだと、眠たくなるわ。」
ふふっとウィラーは微笑む。
「お話ってなぁに?エテルナ。」
「…僕の死んじゃう日についての話だよ、ウィラー。」
僕が話を切り出すとウィラーの顔が強ばった。
「ごめんね、ウィラー。君はきっとこの話はせずにこのままでいたいんだと思う。でもね、僕はもう耐えられないんだ。君がこれ以上責められるなんていやだよ。ウィラーだってこのままではいられないことくらいわかっているでしょう?」
「エテルナ…」
「ウィラー。僕はね、ずっと君とお話がしたかったんだ。いつもいつも笑顔で話をしてくれる君が本当に可愛くて一生懸命で…その呼び掛けに答えられたらどんなにいいだろうか。その質問に自分が答えて、ウィラーに質問をし返せたらどんなに盛り上がって楽しいだろうかってね。だから、間違っても自分のわがままで魔法をかけてもらったなんて思わないでね?あれは、僕の意思だったんだから。」
僕がウィラーにニコッと笑うとウィラーは泣きそうな顔をしてうつむいた。
「君と初めて出会った日は初めて塔に入ることになっていた日だったね。お父様やお母様と離れたくなくて泣いていた君のせいで、雪がたくさん降っていたことを覚えているよ。この国の天気は君のご機嫌と同じだからね。」
「…懐かしいわね」
ウィラーは顔をあげずに答える。
「泣いていた君が、僕を見つけて抱きしめてくれたあの日から僕たちはずっと一緒さ。寝るときもご飯を食べるときもお風呂のときもね。ケンカしたこともあったけど…数えることができるくらい少ない。」
ウィラーが少し顔を上げてこちらを見て言う。
「エテルナがいいこだからよ。」
「いいや、君が僕にとても優しいからさ。」
僕たちはお互いを誉めてからクスクスと笑った。
「…でも、君の優しさは時に残酷なんだ。」
僕は自分がこの話をやめてしまいたいと思う前にウィラーから目をそらして次の言葉を続ける。
「ウィラー。僕の命が君より短いことを君は最初から知っていたんだね。」
僕の言葉に息をのむ気配がした。
「昨日、君のお父様のところへ行ってきたよ。僕が話せるようになった理由と西の魔女について相談してきたんだ。」
「なんてことを!!」
「こっそり行ったことは謝るよ。でも君に話をしたところで連れていってくれるとは思えなかったんだ。…君が僕を連れていきたくなかったのは隠していることがあったからだろう?いつもいつも一緒なはずなのに、館に行くときは連れていってくれない。昔からそうだよね。小さいときは道があぶないから、大きくなったら目立つから。なにかと理由をつけて館から遠ざけていた。もちろん、ウィラーを責めるつもりはないよ。なにか理由があるんだろうって僕だって気づいてた。」
ウィラーは青ざめた顔をしながらなにも言わない。
「……西の魔女ってね、どうして現れるかしってる?」
僕の問いかけにゆっくりと首をふる。
「…西の魔女はね、人の心が作り出す幻なんだ。」
「…幻???」
「そう。幻想と理想と言霊を掛け合わせたものだってお父様がいっていたよ。……だからね、西の魔女が現れたのは紛れもなく君が作り出したからなんだ。」
「そんな!作り上げただなんて!!だってあなたは本当にお話しできるようになったじゃない!!」
「落ち着いて、ウィラー。西の魔女が怖いのはね、作り上げた本人に自覚がないことと、言霊のせいで願ったことが本当になってしまうことなんだ。だから君にはそんなつもりは少しもないわけだし、君の放った言霊のおかげで僕はお話しできるようになったんだ。」
「そんな……」
「君が西の魔女を作り出してしまった理由は、僕に命が短いことを伝えられず、そしてもうすぐ僕が死ぬという焦りからだよね。…君は出会った頃からずっとその事実と向かい合うことができずにいた。」
「……あぁ!ごめんなさい!ごめんなさい、エテルナ!!」
ウィラーは堰を切ったようにしゃくりあげながら泣き出す。
「大丈夫だよ!ウィラー。落ち着いておくれよ。だって命が短いことは仕方のないことだもの。この見た目だから、君は僕を拾ってくれた。僕を助けてくれた。僕を信じてくれた。こんなに幸せでいれたのは僕が僕としてこの世に生を受けたからなんだ。だからね…」
僕は、ゆっくりと事実を噛み締めるように伝える。
「僕がこうやって君と出会えたことに感謝してるんだ。……たとえ犬の僕と、人間の君が、生きる速度が全く違うとしてもね。」
そう、僕は犬だ。
そして、君は人間。
下界の人と触れあうことなく君とばかり生きてきた僕は、自分の命が人間より短いことを知らず、そしてもともと言葉を話せないとは知らずに生きてきた。
君と違うことはわかっていた。
でも、どう違うものなのか比べることもできなかった。
「犬の僕の命はとっくに終わってるんだ。でも、君が呼んでくれた西の魔女の言霊のおかげで僕はこうして今も生きていられる。…でもね、それは間違ってるんだ、ウィラー。」
僕は前足を精一杯のばしてウィラーの頭を撫でる。
「四季を司る君が、自然の、命の流れを止めてはいけないよ。人にはそれぞれの運命ってものがあるんだ。僕たちはそれを自分で変えようと努力することはできるけど、ゴールは変えられないものなんだ。」
「…変えられないもの?」
「そう。ゴールは変えられない。でもね、ゴールにたどり着くまでの道はいくらでも変えることができるんだよ。ただし、自分の力で変えなくちゃいけない。人に頼ったり甘えたりするのもいいけど、最後は自分で変えようとしなければ変わらないんだ。」
「…エテルナ、私はあなたの未来を変えてしまったわ。余計なことをしてしまったの?」
エテルナが顔をあげて不安そうな顔で聞いてくる。
「そうじゃないよ、ウィラー!最初に言ったでしょう?決めたのは僕の意思だよ。僕はすべて僕の決断で歩んできたんだ。君は選択肢をくれた。それを受け取ったのは僕だ。僕の道を君が決めたことにはしないで?」
僕はウィラーに伝わるように目をそらさずに、にっこりと笑いかけながら話す。
「だからね、僕も僕自身で、最後の道を決めてきたよ。」
「……最後の道?」
「そう。……僕の命は春が来なくとも、あと3日間だけなんだ。」
ウィラーは勢いよく僕の方を振り替える。
「な…にを言っているの??…3日間??」
「ごめんね、ウィラー。……昨日、僕は西の魔女を呼び出して新たな言霊を生んだんだ。
僕の命を残り3日間にしてくださいってね。」
「どうしてそんな事したのよ!!!!!私はあなたに死んでほしくないわ!!!!嫌よ…嫌よ嫌よ嫌よ嫌よ!!!!!!!!!!エテルナ!!!!!!!!!!」
「ごめんね、ウィラー。…でも、これは僕が決めた道なんだ。」
わめき出したウィラーは僕の言葉を聞いてふっと力なく座り込む。
「あと、3日間なのね…?」
「そう。今日をいれて3日間。僕は3日後の正午に旅立つんだ。」
「3日後の……正午に……、」
ウィラーは呆然としたまま呟く。
「命はね、終わりがあるから輝くんだ。終わりがあるから楽しもうとするんだ。幸せになろうとするんだ。だからね、終わりは悪いことじゃない。終わりがあるから生きることを存分に味わおうと思えるんだよ。」
僕はガラス張りになっているガーデンの外を見る。
天気は吹雪になっていた。
「ねえ、ウィラー。」
「……なぁに?エテルナ」
魂が抜けたようなウィラーが上の空で答えた。
僕は吹雪いている空を見あげる。
「僕、せっかくなら旅立つ時は晴れがいいなぁ」
「……どうして?」
「だってまたウィラーのもとに戻ってくるためにちゃんと神様のもとへ行かなくちゃならないだろう?天気が悪かったら神様のもとへいくのに時間がかかって、君のもとへ帰ってくるのが遅くなるじゃないか。」
僕は自分が神様のもとへたどり着いたときのことを想像した。
悪いことも良いこともすべて神様にお話しして、早くウィラーのもとへ帰ってこられるように神様からのお告げを待たなければならないだろう。
次に戻ってくるならば、犬でもいいけれどできればニンゲンにしてもらいたい。ウィラーとお話ができないのはやっぱり寂しい気持ちがするからだ。
「エテルナ…」
「ん?なんだい?」
僕は目線を空からウィラーに移す。
すると、ウィラーはポロポロと泣いていた。
「ウィラー!どうしたんだい?また泣き出して!」
「……あなたはもう次のことを考えているのね。私はあなたから離れたくなくてこの世に留まらせたかったの。でもごめんなさい。それは間違いだったのね。あなたのためにやれることはそんな事じゃなかったのね…。」
「ウィラー…」
ウィラーはごしごしと洋服の袖で涙をふく。
「わかったわ。私に任せてちょうだい‼」
「え?」
「あなたが旅立つ日、必ず晴れにしてみせるわ。冬の女王、ウィラーの誇りにかけてね。」
そう言ってウィラーはまだ少し涙が浮かんだ顔でにっこりと笑う。
涙がキラキラと光っている。
上を見上げるとお日様が顔を出し始めていた。
「だからね、エテルナ。早く戻ってきてちょうだいね。」
「うん、ありがとう。ウィラー。」
「さぁ!そうと決まったら存分に遊びましょう‼だってあと3日間しかないのだもの!!!」
ウィラーは立ち上がって洋服の裾についた芝生を払う。
「行きましょう、エテルナ!!!!!!」
ウィラーは初めて出会った吹雪の日のように僕のことをかかえた。
「ウィラーはいつも僕のことをかかえてくれるけど、重くないの?」
日が差し始めた塔への帰り道を歩きながら僕は聞く。
「ばかね、エテルナ。これはかかえるとは言わないわ。」
「え?」
「抱きしめるっていうのよ。」
そう言ってウィラーは満面の笑みで僕にほおずりをした。
何年も一緒に過ごしてきた僕たちからしてみると残された3日間はあっという間だった。
「…明日の正午ね。エテルナ。3日間っていったこと後悔してるんじゃない?」
2日目の夜、エテルナはにやにやとした顔で僕に聞いてくる。
「いいや、全くしてないさ。だって3日間と言おうと三年と言おうと、きっと短過ぎたなぁ、もっと長くすればよかったなぁ、って後悔するんだろうからね。終わりが見えないよ。」
結局、ウィラーとの時間はどれだけあっても足りないのだ。それなら、なるべく早い方がいい。
「たしかにそうね。」
ウィラーは僕の答えを聞いてクスクスと笑った。
「大丈夫。すぐに戻ってこれるはずさ。」
「大丈夫よ。すぐに戻ってこれるだろうから。」
僕たちは根拠のない自信を確かめあってまたクスクスと笑う。
「おやすみ、エテルナ。」
「おやすみ、ウィラー。」
ウィラーがパチン、と部屋の明かりを消す。
僕らは静かに寝床について、別れの朝を待った。
次の日の朝、僕は森のなかにいた。
日が上る前から屋敷を抜け出し、誰もいない森の中で静かに旅立つ時を待っていた。
時間がたつにつれて吹雪いてきている。
ウィラーが姿の見えない僕に気がついて、僕のことを探しているのだろう。
…できれば、最後に見る光景はウィラーがよかった。
けれど、彼女の泣き顔は絶対にみたくなかったし、体だけになった僕をみて彼女に本当に死んだと思われたくなかった。
僕はどこかで生きているかもしれない。
ウィラーにそう思って欲しかった。
僕のことを忘れないでいてもらうために。
そんなわがままを最後に君に押し付けるなんてひどいかなって思ったけれど…。
これは僕から彼女への選択肢だ。
君が僕を忘れることを選ぶか、僕が姿を消した意味に気づいて僕のことを待っていてくれるか。
選ぶのは君だよ、ウィラー。
ウィラーとともに過ごした時間を思っていたら、だんだんと吹雪がやんできた。もうすぐ正午なのだろう。ウィラーは僕との約束を守ろうとしてくれている。
さすがはウィラー。
冬の女王のウィラー。
泣き虫でおこりんぼなウィラー。
わがままに見えて人のことを誰よりも思うことのできるウィラー。
優しいウィラー。
僕のことを必要としてくれたウィラー。
僕のことを愛してくれたウィラー。
ありがとう、ウィラー。
大好きだよ、ウィラー。
僕がそっと目を閉じる時、キレイな虹がかかっているのが見えた気がした。
いかがでしたでしょうか。
時間までに間に合わせて書く、ということを初めてしたのでなんだか少し乱雑になってしまっているのではないかと心配ですが、今の私にできる精一杯の文章を作り上げたつもりです。
ありがとうございました。