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聖戦は仕事のあとで  作者: 毒舌メイド
第一話 彼、ああ見えても魔王です。
3/5

修道女との再会



送迎のリムジンまで用意してもらって恐縮だったが、自宅まで送ってもらうとなると、自分の拠点を魔王に知られるのが嫌で近所の駅まで乗せてもらうことにした。



それに入り組んだ道にあるボロアパートなのでリムジンが入れるとも思えない。



勇者とはいえ、乙女としては自分があんなボロアパートで暮らしているのはもちろん、その家賃さえ滞らせていることは絶対に知られたくない事実だった。それが宿敵である魔王なら尚更だ。



あの男ならどういう反応をするだろう?



あの不気味なまでに崩れない笑顔でボロアパートを見上げて「なかなか趣のある建物ですね」とか言うのだろうか。



屈辱だ。



気を遣ってそういう当たり障りのない台詞を選びそうなあの面、何より勇者が魔王に同情されるということそのものが耐えられそうにない。



あんな会社の社長をしている男だ。きっと自宅は一等地の豪邸でいくつも部屋を余らせて、そこに無駄に高い価値もよく分からないような骨董品を並べているんだろう。



一方、自分は六畳一間の風呂なし、共同便所のボロアパートで家賃三万円さえ払えない生活を送っている。



何ていうか、不公平だ。



人間界に住んでいるというのに、勇者の扱いが雑すぎる。魔王の方が良い暮らしをしていて勇者が極貧生活を強いられるこんな世の中は間違っている。



神さまという存在がいるのであれば、このどうしようもない世界を是正してくれないものだろうか。



ハローワークの適正診断で精霊の泉に触れたことで彼女は世界に勇者と認められた。精霊がいるのだから神さまだってどこかにいるかもしれない。



もしいつかその神に出会える機会があるのなら本気でぶん殴ってやろうと心に誓う。



平和な世界に勇者と魔王という職業を残した愚行を二十四時間、正座させて懇々と説教してやりたい。



リムジンを降りた勇者はイケメン運転手にお礼を言って駅からの帰路につく。魔王の手下とはいえ、このイケメンに罪はない。勇者だってこの平和な世界で見境なく魔族を襲ったりはしないのだ。魔王だけは別だけど。



会社を襲撃しておいてどの口がと思わなくもないが、あのときだって極力社員には手出しをしない為に人質を取ったのだし、反撃してきた社員を返り討ちにしたのもすべて無力化しただけだ。



彼女の敵はあくまで魔王であり、魔族ではないのだ。



堤防沿いを歩いていると、おでんの屋台が開店していた。



この辺りで時々、営業している店で、報酬に余裕があるときは立ち寄るようにしているので店主とはちょっとした顔見知りだ。



寡黙な店主のおじさんはまさに職人といった風貌で、いつも勇者の愚痴に付き合ってくれる聞き上手。



臨時報酬をこういう場所に消化してしまうから家賃を三ヶ月も滞納することになってしまったのだが、勇者にだってたまには息抜きが必要だ。



立ち寄ろうか迷ったが、そもそも今日を生きるお金にも困って襲撃事件を起こした手前、手持ちの金額は三桁に届くかどうか。



「はぁ、世知辛い」

 


おでんの良い香りに刺激されて空腹を主張し始めたお腹を擦りながら、せめて匂いだけでも楽しもうとゆっくりと進む。



「だーかーらー、聞いてよ大将ぉ! そんでウチな、言うてやったんよ。ウチは教会であって神殿じゃねぇ! てさぁ。あ、大根とがんも、こんにゃく追加ね」

 


まだ日も沈む前から完全に出来上がっている客が店主に絡んでいる。こういう絡み酒をする輩はどんなに平和な世界になろうといるものだ。



暖簾越しに座っている姿は背中から下しか見えないけれど、黒い修道服の女性のようで、修道女が夕方から酒なんて良い御身分だなと心中で悪態を吐きながら素通りしようとしたそのとき、焼酎を呷った修道女がこちらに倒れ込んできた。



一体、どれだけ飲めばここまでヘロヘロになれるのだろうか。



「んあ? あ、勇者や! こないなところにゆうしゃがおるー! あははははっ!」

 


何がそんなにおかしいのか。頭か。



その顔を見た瞬間、勇者の表情は固まった。何故ならその修道女は彼女がよく知る……



「成美?! あんた何でこんな時間から酔い潰れてんのよ」



「あ、今は成美とちゃうで。マリアゆう名前で活動してるさかい、そこんとこよろしゅうな」

 


修道女は芸名なんてあるのか。



仰向けに倒れたままケラケラと笑う成美改めマリアを起こして席に座らせてやると、素通りするつもりだったのに帰れない空気になってしまって仕方なく隣の席に着く。



「……らっしゃい」

 


寡黙な店主が注文を待つ空気になったので居た堪れないが水を頼む。



「あ、こいつにも水ね」



「えー、何でやねん! 大将、熱燗! ふひひ、何でやねん!」



ああ、完全に出来上がってる。もう帰りたい。



「何や、景気悪い顔して。酒がまずくなるやろ! 帰れ帰れ!」

 


本気で帰ってやろうか。



厄日だ。



魔王を襲撃するつもりが魔王に救われ、これから魔王に雇われようとしている自分がみじめで仕方ない。今、お酒なんて飲んだらマリアほど乱れはしないが、絶対に泣く自信がある。まだ未成年だから飲まないけど。



店主が水をグラスに入れてくれたので、ぐいっと飲み干す。正直、勢いで飲んだとはいえリムジンで飲んだお酒で気分が悪かった。きっと魔王がその場にいたからだ。



「あ、せや。聞いたで? 魔王の会社襲撃したんやってな。勇者のくせに。ふひひ、何でやねん! 何で勇者が会社襲撃しとるねん!」



「こっちにも色々事情があるのよ。それに襲ったのはスライムってことになってるし」

 


店主が出してくれた水をちびちびと飲みながら、マリアはおでんが乗った皿をこちらへ向ける。



「どうせろくなもの食べてへんのやろ? こうして久々に会うたのも神のお導きやろうし、今日はウチが奢ったる」



「まぁ、あんたがどうしてもと言うのなら奢られてあげる」



「何やそれ、相変わらずツンデレやなぁ」



「ツンデレじゃないし」



「それにしても久しぶりやなぁ。高校卒業して以来やからもう二年くらいになるんかな」

 


マリアとは同じ高校の同級生だった。



地元で不敗神話を築いていた当時の勇者にとって、マリアは人生で初めて苦戦したケンカ相手だ。



関西出身のマリアは勇者と同じくケンカでは誰にも負けたことがない荒くれ者で、養成学校は関西にもあったが、戦う相手を求めてわざわざ関東の学校を希望して乗り込んできた生粋の戦闘狂。



そんな二人が出会い、戦いが起きないわけがなかった。



二人のケンカはまさに死闘と呼べるほど壮絶なものになり、街に多大な被害(建物が破壊されたり、一部では商品を勝手に食べられた者もいた)が出たことで翌日、学園が動いて二人を仲裁したことで一時的に戦禍は沈静された。



殴り合いながら物を食べるという異様な光景をまだ覚えている市民も多くいるくらい伝説となった戦いはこうして終結した。以降の二人は何かと競い合う良い関係へと絆を深めていった。



「そんで、魔王に負けたん?」



「負けてないわよ。そもそもあたしが襲撃したときにアイツいなかったし」



「っちゅうことはやっぱり襲撃したんやな。あ、大将ぉ熱燗二つね」



「あたしまだ未成年なんだけど」



「ええやん、細かいこと気にしたら人生つまらんで。どうせ来月で二十歳やねんから」

 


相変わらずの性格に小さく嘆息する。どうせ断ってもウチの酒が飲めん言うのんか! とか騒いでさらに面倒になるだけなので、ここは大人しく一杯ご馳走になろう。



「そういえばあんた修道女なんてしてるの?」



「ん? ああ、ウチは職業診断とか無視してなりたいものになっただけやで」



「あんた、シスターに憧れてたの? あんたにそんな乙女の一面があったことにまず驚いたわ」



「うっさいわ! 別にウチが何に憧れようとウチの勝手やろ」



「で、その修道女さまはこんな時間からお酒ひっかけて大将に愚痴をこぼしていたわけだ。随分良い身分だこと」



「まぁ、勇者に比べればええ生活はしとるやろなぁ。魔王の会社のせいで仕事もろくに回って来んねやろ? せやかて世界が選んだ勇者さまはその職務を放棄することが許されん。難儀なもんやなぁ」

 


まるで勇者の私生活を見てきたような口ぶりだが、この世界で勇者ほど恵まれない職業がないのは誰もが知ることだ。



彼女が勇者に選ばれた日、世界中が歓喜して祝福してくれたのは世界一恵まれない職業に就く生贄が自分じゃなかったことに対する歓喜であり、心からの祝福ではない。



そんな彼女の境遇を知るからこそ、友人としてマリアはそれでも世界一恵まれない仕事を全うする勇者を尊敬している。



「貧乏くじ引き当てちゃった以上はあたしがやるしかないんでしょ。世界にたった一人しか許されない職なんだし、あたしがやることで誰かが安心して生活できてるのならそれも悪くないって思えるようになってきた」



「ほほぉ、さすが勇者さまは言うことがちゃうなぁ。学生時代の荒くれ具合からは想像もできんくらい丸ぅなってしもうて」



「からかわないでよ。まぁ、境遇を理解してくれている人が多い分、色々と優しくしてくれる人もいるから何とかやっていけてるし」



「ほんまに変わったなぁ。よし、今日は飲もうや! ウチらの再会と世界の平和を祈って乾杯!」



「あんたが全然変わってないだけでしょ」

 


ちびちびと舐めるように勇者は熱燗を飲み、マリアは一気飲みして再び熱燗を注文する。

 


アルコールが喉を焼くような感覚に心も満たされるような感覚を抱きながら、二人の夜は更けていった。

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