謎の穴 そして...
まだ戦いは始まりません
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「起立!礼!着席!」今日もいつもと同じ一日が始まった。毎日毎日同じ様な事ばかり。朝起きて学校に行き終われば部活をして帰宅し、そして寝る。それが自分の毎日の日生活だった。周りの人も同じ日常を送っているだけに見える。いつも退屈ではないのかと感じるのだが現状を満喫しているように見えた。漫画の世界のように「面白いことないかなぁ~」なんて考えていると非日常的な事が起こる世界に生まれたかった。だが自分は現実世界に一人の人間として、藤野明・中学二年生として生きている。自分が通う薄北中学は家から一キロほど離れたところにあり、毎日自転車で通学している。隣に小学校が隣接してあるがそこの卒業生ではない。二つの小学校が一つにまとまる制度の中学となっており、自分の出身小学校はこれまた自宅から一キロほどの山の上にある。毎日山を登って登校していた小学時代よりも今の方が自転車だし、中学の正門前までは坂がないので楽である。二年生になったばかりでクラスには特に仲のいい人もいない。午前中の授業を適当に聞き流して過ごし、給食を食べ、午後の授業は眠気と格闘しているといつの間にか学校が終わっていた。今日もいつもと同じように学校が終わった。ソフトテニス部に所属しているのだが、試合は先週終わったばかりなので次の試合は一ヶ月先だろう。部活に行くのが辛くなったのでその日は帰宅した。たまには部活をさぼるのもいいだろう。後日顧問に小言を言われるだろうと考えながら自転車を押す。グラウンドでサッカー部と野球部が練習しているのを横目で見つつ正門までの坂にたどり着く。坂を下りて自転車にまたがりそのまま帰宅した。部活をサボるのは中学に入学して二度目だ。その日はいつもと違う一日がおくれたようでとても満足していた。
今日も同じ日常が始まった。朝起きて一階のリビングに降りると母と小学六年の妹が食事をしていた。自分の朝食も既にテーブルに用意されている。母と妹はお箸を持つ手が止まっており、テレビを凝視していた。テレビがついているのは毎日のことだった。チャンネルは今日も同じチャンネルであるようだ。そこまで母と妹が興味を示す内容を放送しているにかと気になったのでテレビの画面を見てみた。そして固まった。そこに映し出されている光景は自分が目にした事がある光景だった。というより毎日見ているものだった。自分が二階から降りてきたことを母と妹は今気づいたらしく、「お、お、おはよう」と震えた声で言ってきた。なぜならテレビに映し出されているものは自分の通う中学のグラウンドだったからである。そこにはどこまで続いているのかもわからない深くて大きな穴がぽっかりと空いていた。
朝、グランドには近づくなとの連絡網が回ってきたため、全生徒裏門からの登校との指示だった。裏門は急な階段なので自転車を校内に持ち込むことはできないため、必然的に全校生徒徒歩の登校となった。自分の中学は一年、二年、三年で校舎が分かれておりそれぞれ三階建てで、コの字型に校舎が並んでおり、その中心に体育館があるといった配置である。グラウンドは三年校舎の正面に位置しており、グランドを囲む様に道があって途中の坂を降りるとそこが正門となる。その日は全校集会で学校が終わったため、ほとんどの生徒は帰宅しており、部活動も全部活中止となった為、それぞれ遊ぶ予定を立てながら生徒たちは下校していった。穴がどんなものか気になったので三年校舎の三階に登ってみる。普段は三年生がいるので足を踏み入れることをためらうが、校舎は静まり返っていたためすんなりと入った。三階まで上り、階段の一番手前にあった教室に入って窓の外を覗くとらグランドにポッカリとあいた穴を見ることができた。警察や消防、救急の人や自衛隊が何百人と穴の周りにいた。直径50メートルはあるだろうか。とても綺麗な穴だった。まるで巨大な鉄パイプにくり抜かれた様な感じだ。突然「おーい、明」と呼ばれたので振り返ってみると親友の山村賢治だった。幼稚園の頃からずっと一緒で家も近所にある。親同士も仲がよく、賢治にも小学六年の弟がいるため、兄弟同士も仲が良い。
「昨日のNHK見たか?スクールアイドルの声優が出てたぞ。俺もライブ行きてぇなぁ。今度さ、BD買うんだけどそれに抽選券付いてるんだ。当たったら一緒に行かないか。」といつものように話しかけてきた。スクールアイドルとはあるアニメの中に登場するアイドルグループのことでその声優たちが実際にアニメのキャラクターと同じ振り付けで踊るというものである。今とても人気があり、自分もファンの一人である。自分の昨日は深夜まで起きてリアルタイムで見ていた。普段ならそんな話を続けるのだが、賢治は難しい表情でグラウンドを見つめていた。
「しっかし人間技じゃねえなこりゃ。これは悪魔の仕業だろーな。」なんて独り言を言っている。悪魔とは、古来より原子を使って悪さをする者のことであり、その逆に原子を良い使い方をする天使と呼ばれる者もいると言われている。賢治はとても賢く、学年でも一位二位を争う学力の持ち主なのだがそんな迷信信じてるんだもんな。せっかくの才色兼備が台無しだよ。
「悪魔なんて存在するわけないだろ。所詮UMA(Unidentified Mysterious Animal)だよ。宇宙人なんかと一緒さ。」と言うと賢治は
「じゃあこりゃ何だよ。現実に起きてるんだぜ。天使はこんなことしないさ。悪魔だよ悪魔。人間にこんなことする技術なんかな無いって。」と力説してくるが明はビックフットと同じくらいの確率で天使と悪魔はいないと思っている。正直UFOやUMAだって怪しいもんだ。人々がロマンを追いかけて創り出した神のようなものだと思っている。神だって姿形が見えないから崇められるだけであって、実際に存在していたら神でもなんでもないじゃないか。横で賢治が必死になって話しかけてくるのを無視して窓の外を見ていると下から
「おーい、明。」と呼ぶ声がした。声の主は明の父だった。
「降りて来い、どうせ暇なんだろ。お、賢治君もいるのか。いい話をきかせてやる。」
明の父は警察官で市の警察署で働いている。一方、賢治の父は消防署で働いており、学校のすぐ側にある消防署に勤務している。どうせ良い話と言ったってテレビで報道する様な内容しか教えてくれないのは目に見えている。いつもそうだからな。賢治もそれはわかっているようで、二人共降りるのをためらったが、用事があるわけでもないから暇つぶし程度に行くことにした。下まで降りていくとさっきはいなかった賢治の父が自分の父親と話していた。二人は自分たちが来たのをみてこちらに歩み寄ってきた。先に口を開いたのは賢治の父だった。
「明君お久しぶりだね。早速だが君たちにはもう伝えておこう。今日の夕方のニュースで報道されるだろうがね。別に深い意味はないんだがね。こういうことを人に話したくなるのは人間の本質だな。」賢治の父はちょいちょい哲学みたいなことを言ってくるが的をえていると思う。確かに上空には何機ものヘリが飛んでおり、明らかにマスコミだと思うものもあった。メディアも興味深々なのだろう。
「穴の深さを知りたいのは警察、消防、救急、自衛隊も同じ思いだった。この穴に人を入らせるせるわけにはいかない。そこでだ、ボーリングの玉に無数の爆弾を装着し、自由落下させて爆音がどのくらいの時間で跳ね返ってくるのかを確かめようとしたんだ。事前の実験ではボーリングの玉は百パーセント爆発に成功したんだが何故かあの穴に落とすと音が聞こえないんだ。十個ほど落としているのだが全く反応なし。穴は筒状だから音が跳ね返ってくるのは当たり前なんだが、聞こえないとなると下に巨大な空洞があるとしか考えられない。それか、ものすごく深いかだ。地下水が溜まっているとも考えられるね。」明の父が続ける。
「グラウンドの下には水道管などもあるはずなのに何故か断水の被害が報告されていないんだ。それが不思議でならん。第一誰がこんな事をしたのか検討もつかん。人間業じゃないことは確かだ。キャトルミューティレーション的なやつかな。」と言って一人で笑い始める。自分で何か言って一人で爆笑するのは親父の癖みたいなものだ。ついていけないよ。別になにも面白いことはなかったので賢治と二人でその場を離れることにした。
「今日遊びに行かねえか。どうせ夜まで暇だろ。まだ午前中だし、昼からゲーセンにでも行こうぜ。」空を見てみると確かに太陽は東に傾いていた。その時、三年校舎の屋上に誰かいるように見えた。二度見してみたがそこには誰もいなかった。当たり前か、どの校舎も屋上の鍵は閉められているからな。
「おい、聞いてるのか。」と賢治の声が聞こえた。
「あ、ああ。で、なんだっけ。」
「俺んちで昼飯食おうぜって話だろ。で、どうする。」
「ああ、わかった。帰宅したらすぐ行くわ。わり、先帰ってて。教室に忘れ物した。」
「今日授業ねえんだから持って帰るもんなんかねーだろ。まあいいや。わかった。早くしろよ。」そう言って賢治は裏門の方に向かって行った。本当に忘れ物をしたわけではない。三年校舎の屋上に行ってみたかった。先生が興味本位でのぼって穴を見ていると感じたからだ。確かにあの時屋上に人がいた。たまたま二度目見たときはいなかっただけかもしれない。一度気になる事を見つけると熱中してしまうのが自分の良いところであり、悪いところであると思う。それは自覚しているのだが、気になるものは仕方ない。屋上に鍵が掛かっているのは当たり前だが先生が開けているかもしれないと微かな希望を持ちつつ、屋上の扉の前にたった。ドアノブをひねってみる。開かなかった。当然か。階段を下りて三階の廊下を歩いていると奥側の階段を降りてきた人が見えた。走って追いつこうとしたが一階に降りても誰もいなかった。中庭に出てみると裏門に向かう人影があった。背中からして賢治ではないのがわかった。走って追いかけてみる。裏門にたどり着いてみると階段を下りたところにある曲がり角を曲がる人がいた。さっきと同じ背中だった。自分がなぜその人物を必死に追っているのか分からなかったが、追いつこうとした。裏門の急な階段を降りて角を曲がって見たがそこには誰もいなかった。
賢治の家には十一時頃についた。同じ団地に住んでいる為、すぐに行ける。当然賢治の弟は学校に行っており、母親しかいなかった。少し早いが昼飯にするというので賢治の母の手料理を食べさせてもらうことになった。賢治の母は料理がとても上手だ。昼食の雑炊もとても美味しかった。時間があれば食べさせてもらう事があるのだが、美味しくなかったものはない。お腹が美味しい料理で満たされたあと、すぐ近くの駅まで二人で歩いて行き、電車に乗った。家からだいたい徒歩二分程で駅に行くことが出来るのでとても便利だ。最初は二人でゲームセンターに行く予定だったのだが、食事中急に賢治が映画を見たいと言い始めたため、最寄駅から六つ先に行った駅から徒歩五分ほどの場所にあるショッピングセンター内の映画館に行くことにした。電車内は人が少なく、普通に座ることができた。出発時間まで電車内で賢治と話していると、別の路線が到着したようで一気に乗り換えの人で電車内は満たされた。間もなくして発進した電車は三つ目の駅で大勢の人を降ろしたあと、目指す六つ目の駅に向かって発進した。五つ目の駅を通り過ぎた辺りで電車内で一人の女性が五人の男性に絡まれているのを見た。女性は二十代くらいだろうか。男たちは平均十八歳といったところだろう。賢治と明は助けたいという気持ちがあったものの、恐怖心の方が強くなにも出来なかった。すると、
「おい、嫌がっているのがわかるだろう。そこらへんにしておけ。」という声が聞こえた。声の主は同じクラスの霧島だった。いつの間に同じ電車に乗っていたのだろう。霧島はとても無口で感情を表に出さない奴だ。小学校も同じなのだが、何を考えているのか分からない。正直、賢治も霧島が女性を助けようとするなんて思ってもいなかったようで目を丸くして見ていた。
「てめえ、人のやることに口出ししてんじゃねえよ。」
「次の駅で降りてもらおうか。」男達にそんなことを言われている霧島は相変わらず無表情だ。男たちが無言の威圧をかけているのだが、全く動じていない。そんなことを見ているうちに六つ目の駅までたどり着いた。霧島と男五人と女性も自分たちと同じ駅で下車した。駅を出たところで男たちは女性と霧島を路地裏へと連れて行った。賢治も気になったようで、二人でこっそり後をつけてみた。路地裏の前までたどり着いたのだが、中からは全く声が聞こえない。おかしいと思ったので勇気をだして中を覗いてみるとそこには、男が五人、気絶していた。女性は座り込んでおり、霧島の姿はなかった。路地裏から抜ける道は一本しかない。だから必然的に霧島と自分たちはすれ違ってないとおかしい。だが、霧島とは会わなかった。だが彼の姿は消えていた。女性に話しかけてもなにも答えてくれない。正直どうして良いのかわからず、警察に連絡してなにも喋れない女性の代わりに二人で証言したのだが全く信じてもらえなかった。警察は適当に霧島の家に電話をして本人と直接話しただけだった。さっきまで路地裏にいた霧島がなぜ家にいるのか不思議だった。本人は学校から帰ってずっと家にいたらしい。警察には大人をからかうなと怒られた。そして去り際に
「これだから中学二年という歳は」という声が聞こえた。厨二病という言葉があるのは確かだが漢字が違う。大人たちが子供を馬鹿にするのはおかしいと思う。違う時代を生きているのだから考え方が違うのは当たり前だ。大人はもっと子供の意見に耳を傾けるべきだ。第一、個人差はあるが人は嘘をつくと顔の一部が少し動くものだ。初対面でそれを読み取れる人はなかなかいないと思うが、自分と賢治の話している顔が嘘を言っている顔に見えたのだろうか。変な事を言って大人をからかう人間に見えたのだろうか。今すぐ後ろから殴ってやりたかった。その思いは賢治も同じようだったようで、拳を握り締めてずっと我慢していた。最後の余計な一言は自分たちを苛立たせると共に、真実を掴んでやろうという闘争心も生まれた。
女性は結局何も喋らず一人でその場から立ち去り、男たち五人は警察署に連行された。警察は女性が正当防衛で五人を倒したということで処理した。あんなスラッとした女性一人が男性五人に勝てるわけない。警察がいなくなった後にすぐショッピングモールに向かったのだが、見たい映画の上映時間に間に合わなかったため、ゲームセンターに行って帰宅することにした。賢治はまだ警察の対応に苛立っているようだ。だが自分はなぜか朝からずっとドキドキしている。学校のグランドに穴があいただけでもいつもと違う日が送れたのに霧島が消えるなんて不思議なことも起きた。
「明、お前顔がにやけちょるぞ。気持ちわるいな。」自然に顔が笑っていたようだ。賢治に今の感情を教えると
「確かに今日は楽しいな。不思議なことが二回も起きちょるんやからな。こんなことは世界でも俺たちしか体験してないはずだぜ。」賢治は警察官の事を一気に忘れたようで機嫌が良くなっていた。駅に歩いていく途中に霧島が消えた路地裏の前を通る事になるのだが、そこに一歩ずつ近づくたびに心拍数が上がっていく。霧島には悪いがあんな奴が消えることが出来たのなら俺にだって出来るのではないか、そう思っていた。霧島の成績は学年でも五本の指に入るほどで、背は低いのだがイケメンであるため、女子にモテる。普段無口な奴のどこがいいのか分からないが、クールなところが人気の一つでもあるようだ。だが、人とあまり接点を持たないために男子はからはあまり気に入られてない。自分もあまり好きではない。だから霧島に負けたくないという思いがあり、自分も路地裏で消えることが出来るのではないかと願っていた。電車賃が浮くのもありがたいなとも思っていた。家の最寄駅からショッピングモールに一番近い駅まで二百円かかる。中学生にとっての二百円はでかい。ハンバーガーを二つも食べることが出来るのだから。そんなつまらない事を考えているとたどり着いてしまった。例の路地裏に。
「俺たちもここに入れば瞬間移動できるのかな。」賢治も同じことを考えていたようだ。やっぱり小さい頃から一緒にいると考えも同じになるのかな。賢治は何も考えずに路地裏へと吸い込まれるように入っていった。自分も後に続いて入ったのだが、奥には何の変哲もないセメントで固められた壁があるだけだ。
「これってあれか、走って壁に向かって行くと違う世界に行くてきなやつなのか。明、突っ込んでみろよ。」
「嫌だよ痛いし。でも面白そうだな。確かカートを押していても通過するんだよな。なら、お前のバック貸せよ。それ盾にして突っ込んじゃる。」
「言ったの。わかった、貸しちゃる。」そう言って賢治はカバンの中の物を全て取り出すと渡してきた。それを右手に持って壁の方へ腕を伸ばす。自分でもバカなことをしているなと思う。壁を通過して別の世界だって?バカバカしい。だが、現実に霧島は瞬間移動をしている。ショッピングモールで遊んでいる時に賢治と霧島にそっくりな人だったのではないかと話していたのだが、自分も賢治も霧島だと確信していた。何故なら彼は首にほくろがあるからだ。二人共ちゃんと確認していた。顔が同じで同じ位置にほくろがある人間がこの世に二人もいるだろうか。ま、考えても仕方ない。真実は明日霧島の口から直接聞けばいい。壁から五メートルくらい離れてみた。
「やっぱ、痛いだろうな。でも、言ってしまったからな。やってやる。」そう言っておもいっきって壁まで走る。そしてカバンが壁に当たって潰れていく感触を右手で感じた瞬間に止まった。
「やっぱり無理だったぜ。カバン汚しちまったよ。」
「まあ、当然の結果だよな。あり得るわけないよな。俺たちバカなこと考えて実行しちまったな。さっきの警察に言われたことは本当かもな。俺たち厨二病だよ。カバン、新しいの買おうかな。」賢治は残念そうな顔をしていた。二人で駅まで歩いていく。足取りは重かった。朝、学校に行くとグランドに大きな穴があいていて昼は霧島が消えた。一日に二回も不思議な出来事があると三度目もあるのではないかと期待してしまう。自宅の最寄駅に到着するまで賢治は一言も話さなかった。
「明日は通常通り授業やるんだよな。明日体育あるけど体育館とかつまんねえよな。サッカーしたいよ。」賢治はサッカー部に所属しており、二年生ながら薄北中学の背番号10を背負っている。確かに体育館のスポーツは自分も嫌だ。バスケとバレーは特に苦手である。野球ならできるのだが。駅から歩いてすぐ家路についた。
「また明日な。昼休みにでも霧島に話を聞こうかな。明、俺コミュ障だからさ、頼むわ。」
「俺がやるの? まじかよ。あいつ話しかけんなオーラ出してるじゃん。」
「頼むよ、明は我慢強いからあいつがどんな返答してきても耐えることが出来はずだし、同じクラスだし部活も一緒だろ。んじゃ、また明日な。」
「投げやりだな。わかったよ。いっそ友達になってやるよ。またな。」そんなことを言いつつ賢治と別れた。
家に帰ると珍しく父親が早く帰ってきていた。
「聞いたぞ明、クラスメイトの霧島くんが路地裏で消えたそうじゃないか。」
「父さんも馬鹿にするのかよ。俺たちはしっかりこの目で見たんだよ。だいたい、なんで父さんが知ってるんだよ。」
「警察に名前聞かれただろ。署に戻ると人が消えたと言い張る少年が二人いたっていう話を聞いたから調べたら賢治君とお前の名前が出てきてな、びっくりしたよ。」
「それで、今夜は息子さんも大変だろうからってお父さん、早く上がらせてもらったらしいのよ。」久々に早く帰ってきた父に母は嬉しそうだ。
「ま、俺の息子ですって言ってやったさ。」
「恥ずかしくなかったのかよ。」
「子供を信じることができない親なんて失格だからな。ふたりのことは信じてるから。」と言って笑い始めた。父は何故か誇らしげだ。いい両親を持ったのかもしれないと感じた。
木曜日の今日はピアノのレッスンがある。小さい頃から音楽が大好きで賢治とバンドを組もうなんて話をしている。賢治はバイオリンを習っているのだが、ギターも少々できるようだ。自分の家には電子ピアノしかない。だが、それで満足している。いくら高いピアノを持っているからといってうまくなるわけではない。最近の電子ピアノはグランドピアノのように鍵盤の重さもしっかりとしている。鍵盤の上に指をおくと落ち着く。個人レッスンをやっており、ピアノの先生は毎週自宅に来てくれる。先生が来るまで少し時間があったので何か弾こうと思い、楽譜が並んでいる棚とにらめっこする。特別好きなジャンルがあるわけではない。演歌から洋楽まで様々な音楽を聴くのだが、今は福岡出身のシンガーソングライターとスクールアイドルが一番のお気に入りである。手にとった楽譜は自分が大好きな楽譜の一つである。その中の曲はどれも好きなのだが冬を題材にしているラブソングは特に好きだ。楽譜を開いてその曲を弾いてみると室内にはピアノの音だけが広がり、部屋全体がその曲の色に染まっていくのを感じた。演奏し終えると同時に玄関のチャイムが鳴るのが聞こえ、扉を開けるとピアノの先生が立っていた。二階のピアノがある部屋まで案内して三十分ほどのレッスンを行う。その日は一ヶ月後に迫る合唱コンクールの自由曲を自分が伴奏することになったのでその練習で終わった。二歳からピアノを始めて最初はおもちゃ感覚だったのだが次第に発表会にも出るようになり、いつの間にか本気で取り組むようになっていた。だが、今一番したい楽器はドラムである。ピアノは今でも好きなのだがドラムを叩く人はとても格好良いと思う。いつか自分だけのドラムを購入するために貯金をしているのが現状だ。ピアノのレッスンが終わると夕食を食べるのが毎週の日課だ。今日は珍しく平日に家族全員揃っての晩飯だ。テレビでは薄北中学のニュースが全国放送で流れていた。
「こんなことを誰がするのかしら。」
「そんなこと誰もわからんよ。署内では天使やら悪魔やら言ってる奴がいるが何のこっちゃわからん。そんなのいるわけない。」
「兄ちゃんは実際に穴をみたわけでしょ?どうだった?」
「どうって、どうもこうもないよ。ただの綺麗な穴だよ。変哲のない穴だ。」
どの局に変えても穴のニュースばかり。テレビ見てたら吸い込まれそうだよ。テレビはつまらなかったので自室にあがり、パソコンをする。特に目的はないのだがこうしてネットサーフィンをしている時間が楽しい。お風呂から上がってもずっとパソコンをしていた。いつの間にか十二時を過ぎていたのでベットに潜り込みすぐに深い眠りに就いた。
一階に降りると母と妹が既に食事を済ませていた。テレビでは例の穴の話題でもちきりだ。正直お腹いっぱいだよ。適当に食事を済ませて家を出る。賢治は朝起きるのが遅いため普段は一人で登校している。が、今日は玄関前に賢治が立っていた。
「遅いぞ明。待ちくたびれたぜ。なんだか早く目覚めてよ。行こうぜ。」早く霧島に話を聞きたいのだろう。久々の二人での登校に会話が弾む。
「霧島のやつ、もう学校来てんのかな。」
「わかんねえな。そんなに早く話聞きたいのかよ。昼休みでもいいじゃん。」
「わっかんねえかなあ。真実は早めに知りたいものだろうが。」どんだけ知りたいんだよ。正直明は今日中に話せればいいなんて考えていた。
賢治は隣のクラスのため、一旦教室の前で別れた。教室に入ると、いた。霧島だ。ホームルーム開始まで三十分はあるから話を聞くにはちょうど良い。荷物を置いた賢治が教室に入ってきたので二人で霧島に近づく。すると霧島は急に立ち上がって教室から出た。二人も後を追い、教室を出ると隣の選択教室に霧島が入っていくのを見た。同じように教室に入ると一番後ろの席に霧島が座って窓の外を眺めていた。沈黙を破ったのは意外にも霧島の声だった。
「聞きたいことあるんだよね。いいよ、なんでも聞いて。正直に答えるからさ。」質問を受けるのを悟っていたようだ。
「昨日電車に乗ってる時に女性助けたか?」賢治はすばやく言った。
「うん。たちの悪い連中に絡まれているのを見たからね。」
「どうやってあそこから消えた?」
「移動したんだよ。風に乗ってね。」
「風に乗って?どうやって?」
「天使だから。」
「え・・・」質問攻めをしていた賢治の口はその言葉を発した後、動かなかった。
「天使って、天使と悪魔の?」
「そうだね。世の中で伝説となっている存在だよ。君たちは信じられないかもしれないけどね。」
「賢治、らしいぞ。天使だってさ。」バカらしくなった。霧島が冗談を言う奴だったなんてな。
「本当に天使なのか?」賢治は興奮気味に問いかけた。すると霧島は窓を開けると手を外に出した。すると突然、雲行きが怪しくなり始めた。真っ黒な雲が空を覆い、太陽が隠れたと同時にグランドの方が騒がしくなったと思うと一気に晴天に戻った。賢治は目を丸くしてその様子をずっと見ていた。
「何をしたんだ。」
「グランドに行けばわかるさ。見に行ってごらんよ。」ぼーっとしている賢治をひっぱってグランドを見に行くと昨日、いや、今朝のテレビ中継で空いていた大きな穴は塞がっていた。
チャイムが鳴り始めたので急いで戻ろうとすると生徒たちがグランドを見るために教室から飛び出してきたので授業どころではなくなったのでまたグランドを見ることにした。教職員も不思議そうに生徒たちとグランドを見つめている。二人で霧島を探し、問いかけてみる。
「あれはなんだ。お前がやったのか。」
「そうだよ。昨日グランドに空いてた分の砂の移動場所から戻しただけだよ。」そう言って一人教室に戻ろうとする霧島の背中を見ると昨日放課後に見た背中にそっくりだった。
「おい、まさか、昨日三年校舎にいたのっておまえか。」
「そうだよ。君は追いかけてきていたね。」
「どうするんだ。天使って俺たちに証明したわけだ。俺たちがほかの人に話すかも知れないんだぞ。」
「いいよ。どうせ信じてもらえないだろうし。それに・・・」最後に言った言葉は風の音でかき消された。確かに信じてもらえないだろうな。また厨二だと馬鹿にされるだろう。昨日の屈辱を味わいたくなかったので二人は霧島のことを黙っておくことにした。
放課後、いくつかの疑問を抱いていた自分は霧島と帰ることにした。意外にも霧島は一緒に帰ることをすんなりと受け入れた。賢治は「天使と悪魔は本当にいたんだぜ!」と興奮しながら言いつつ部活をサボって一直線に家に帰ってしまった。霧島とは小学校も同じため大体の方向は同じである。その日も自転車通学は禁止だった為に歩いて帰らなければならなかった。安全のため、正門は使えない。わざわざ遠回りをするなんてつかれるよな。裏門の近くまで来るとどこかで落ち葉を燃やしているのだろうか、臭い煙が服にまとわりついてくる。こりゃ帰ったらファブリーズだな。裏門を出るまで二人共何も話さなかったのだが、
「何か聞きたいことがあるんでしょ。」霧島は今日はよく喋るなと思いつつ問う。
「まだ俺は天使と悪魔なんて信じていないんだ。ここで何か見せてくれよ。」そう言うと霧島は左手を田んぼのある方向に向け、少量の水が浮かび始めた。一瞬にして水が消えたのだが霧島はまだ何かを持っているかのように左手を上げている。近くで落ち葉を燃やしている老人がおり、迷惑だと感じていると霧島はその方向に左手を振った。すると一瞬だけ炎が大きくなり、老人は焦って火を消し始めた。
「水から酸素をとりだしてあそこにぶつけてみた。どうかな、信じてもらえた。」
「ああ、信じた。だがなんでそんなに正直なんだ?バレない方がいいんじゃないのか?」
「言ったでしょ、正直に答えるって。嘘はつかない。」
「天使ってお前一人だけなのか?」
「いいや、ちゃんと組織があるんだ。能力によってランク付けされているよ。」
「悪魔ってやつも存在するのか?」
「うん、いるよ。例の穴を空けた存在がそいつらだよ。彼らも組織化してる。」
「そうなのか、あのさ」と言いかけた時、霧島のカバンについているストラップに気がついた。
「おい、お前もスクールアイドル好きなのか?」そう問いかけると
「うん!大好きだよ!BDもCDも全て揃えてるんだ!」まるでいつもの無口な霧島が嘘のようだ。無邪気な子供のような笑顔でこちらを見てきた。そうか、こいつは天使だけど普通の人と変わらないんだな。
「CD、貸してくれよ!」
「うん、明日持っていくよ!」いつもの霧島とは明らかに雰囲気が違った。ついさっきまで普段と変わらないテンションで会話していたのにな。共通の趣味が見つかったことによって霧島との距離がぐっと縮まった気がした。いつの間にか二人の家路の分岐点にたどり着いていた。
「じゃあな、楽しみにしてる。」
「うん、趣味が同じ人がいてよかったよ。それと、今日見せたことと話したことは来るべき時まで誰にも言わないでね。」そう言って霧島は逃げるように帰っていった。朝、なんて言ってたのか聞くの忘れてたな。
「今日も早いな。待ってないで先に一人で行けばいいのに。」
「歩きだと暇なんだよ。いいじゃんいいじゃん。」そう言って昨日と同じく歩いて賢治と学校に行く。その時に霧島がスクールアイドルのファンと伝えると
「俺も友達になれそうじゃん!今度CD借りよっかな。」と嬉しそうだった。
学校につくと昨日と同じく賢治が教室にやってきた。
「霧島もファンなんだってな!」賢治が話しかけると霧島は昨日と同じ笑顔で嬉しそうに話題をふってきた。三人で話しているとクラスメイトの一人である山下が近寄ってきて、
「おいお前ら、あんなモンにハマってんのかよ。け、キモオタ共が。」
「はぁ?なにが・・」と言いつつ賢治が立ち上がろうとしたとき霧島が静止に入っていった。
「お前はアニメを見たことあるのか。」
「はぁ?あるわけないだろあんな気持ちわるいもの。」
「見たこともないで全く知らないのに馬鹿にするのか。」
「舐めた口聞くとしばくぞ。誰があんなもん。」
「君は確かラップが大好きだったよな。そんなもんガキが聴くものだろうが。俺はあんな低脳たちが聞くような音楽は聞かないな。」
「あぁ?聞いたこともないくせになにがわかんだよ。ガキが聴くだぁ?低脳だぁ?ガキにはラップの良さはわかんねえよ。」
「今どんな気持ちだ。」
「馬鹿にされて腹が立っいてる。聞いたこととも無い奴に馬鹿にされたからな。」
「それが俺たちの今の気持ちだ。わかってもらえたかな。そうだ、何も知らない奴に知らないモノを批判する資格はない。俺は君の好きなラップアーティストの曲は聞いているし好きなものもいくつかある。君も批判するなら僕たちの趣味を理解してから批判してくれ。」そう言うと山下は教室から出て行った。すると霧島のもとに男女問わず人が集まり始めた。集まった人たちは自分の趣味を表に出すことが出来なかったようだが霧島と山下のやり取りに勇気をもらったようだ。クラスメイトにこんなにスクールアイドル好きがいるとは思わなかったが一気に皆の距離が縮まったようにな気がした。霧島にクラスをまとめる力があったなんて思いもしなかった。
次回の作品で天使たちが...