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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第二章 雑魚専 ―H__ Reason―
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そんなに急いでどうしたのかしら?

 破壊された街の方角。青い空に不自然に開いた〈穴〉。それをバックにいくつもの黒い点が近づいてくるのが見える。

 赤色だ。鳥のような形をしていた。ような、というのは胴体は大蛇の如く太く長く、細長い首が三つ見えたからだ。猿、猫、蛇、それぞれの頭にはねじ曲がった赤い角が生えている。


「戯れ(ハボリュム)だね。ソロモン七十二柱の一柱にして地獄の公爵、アイニの眷属さ。あぁ、猫の他にも蛇と猿がいる、っていうツッコミはなしだよ? 赤い角が示す通り、あいつは炎の眷属で、」

「火を噴く猫さん、ってことやねぇ。十匹くらい来とるンかな?」


 ぺらぺらと喋る金髪の男を無視して、おさげの少女がのんびりとまとめた。


「我が出よう」


 赤髪の男が乱暴にスズの腕を突き放す。


「いっ……!?」


 スズが小さく呻いてよろめくと、赤髪の絶対零度の視線が突き刺さった。


「――脆弱なやつめ。真の精霊の力を見るがいい」


 返事の代わりにスズが睨みつけると、彼は鼻を鳴らして踵を返した。窓辺に向かう赤髪の背中に金髪の男のはやし立てるような声が飛ぶ。


「ひゅーひゅー。さっすがミーシャ。クサい台詞をしれっと言うねぇ。スズ君もそう思わないかい?」

「……は? んなこといきなり訊かれても」

「ミーシャはあぁ見えて考えとること駄々漏れやもンなぁ」


 散々な言いようだ。スズが思わず複雑な顔をする。その間にも赤髪は窓の一つを開けた。

 空気を裂いて、引き攣れた戯れ(ハボリュム)の鳴き声が廊下中に響き渡る。一変する空気にあちこちで生徒が悲鳴を上げた。


「なっ、なに!?」

「魔物だわ……! 嘘、こんなところまで……!」

「警報なんて鳴ってないぞ!? 先生方はどうしたんだ!?」


 緊張した面持ちで走りだす者もいる。にわかに廊下が騒がしくなる。

 しかしその中でも、赤髪の男は冷静だった。


「――赤き血盟の剣」


 低く呟く。彼の手元で赤い閃光がひらめく。

 男の目の前、窓の外で宙に浮いて無数に現れるのは短剣だ。赤い――黄昏の残光のように鮮烈な、赤い刃を持つ短剣。

 アーサーが実習の時に喚び出したのと、同じ短剣。


「悪しきを染めよ――溶血(ヘモリシス)


 赤髪の声を合図に、短剣が一斉に飛び出す。狙いすましたように窓に近づこうとした戯れ(ハボリュム)に突き立つ。一本だけ。大した効果はないように見えた。戯れ(ハボリュム)も僅かに体を揺らしただけだ。動きは少しも止まらない。だが。

 一拍遅れてその大蛇のごとき体躯が内側から爆発した。

 鮮血が舞う。


「っ、な……!?」

「血管の中には赤血球が流れているっていうのは知ってると思うけど、」


 金髪の男が嬉々として口を開いた。


「その赤血球は薄い膜で覆われていてね。ミーシャの短剣はその膜に干渉して赤血球を破裂させることが出来る」

「……対病原体理論、か」


 さっきまでアーサーと勉強していた言葉を引っ張りだす。

 スズの言葉に金髪はにっこりと笑った。


「その通り。赤血球が破壊されると生体内で急激な貧血が発生する。初期症状は動悸、息切れ、貧血、可視粘膜の蒼白化または黄疸、重度になるにつれ脾腫、肝腫の発生と各臓器の酸素濃度の低下、それから、」

「要は血液がバーンってなるってことなンよ」


 ちなみに派手に魔物の体が爆発してるのは、ミーシャがとーっても怒ってるから。

 小さく付け足しておさげの少女は身震いする。なるほど、確かにこれはストレス発散にはなるかもしれない。なるかもしれないが。

 スズはもう一度赤髪の方を見た。彼は一歩も動いていない。短剣だけが辺りを飛び交って、正確に魔物に突き立っていく。あちこちで爆発が起こり、その度に赤が舞った。男は薄く笑っている。


「なんなんだよ……」

「んー? どうゆうこと?」


 少女がくりくりと水色の瞳を動かした。どうもこうもない。スズは油断なく少女と、その後ろの金髪の男を睨みつける。


「お前らが何者か、って訊いてるんだ」

「うちはジヴっていうんよ! 可愛ええ名前やろ?」

「そういうことを聞きたいんじゃなくて!」


 というか、前にもこういうのなかったか。思った矢先だった。人混みからスズの名を呼んで飛び出してくる影がある。

 アーサーだ。スズの方を見るなり……より正確に言えば、スズの傍にいた二人を見るなり渋い顔をする。


「なんでガヴリエル達がここにいるんだ」


 ガヴリエルと呼ばれた少女がきっ、とアーサーの方を睨みつける。


「にゃー!? その名前は可愛くないから呼ばンとって言ったやろ!」

「主の身を案ずるからこそ」


 窓辺から飛んできた素っ気ない声は赤髪の男のものだ。

 最後の一匹の魔物が鮮血を散らす。それを背後にスズ達の方に近づいてくる赤髪の男は涼しい顔をしたまま、アーサーの前に跪いた。


「ご無事で何より、主よ」

「主……?」

「……精霊だよ。ボクの」

「こいつが?」

「というか彼らが、かな」


 気まずそうにアーサーが金髪とおさげの方も見る。

 赤髪の男と合わせると三人だ。

 そういえば、アーサーがこの前使っていた精霊の力も三つだった。

 彼らが、アーサーと契約した精霊なのか。改めてスズがまじまじと見つめれば、不愉快そうに赤髪が顔をしかめた。


「やはり我は反対ですな」


 冷たい視線が注がれて、スズは思わず睨み返した。


「……何にだよ」

「お前と主が付き合うことに反対していると言っている」


 赤髪は挑発的に目を光らせた。


「お前は主にふさわしくない」

「はぁ? いきなり何言って、」

「成績も芳しくない。精霊の能力も魔物を食らうというだけ。狙う魔物も雑魚ばかり……雑魚専とはよく言ったものだな」

「っ、それは……」

「やめろ、ミカエル」


 スズは唇を噛みしめる。何も言い返せない。アーサーが硬い声で赤髪――ミカエルを諌めた。

 しかし彼は止まらない。


「この前の悪食狼(オリヴィエル)でさえ、満足に倒せず逃げ帰ってきたのだろう? ふん、弱いにも程がある」

「ミカエル、ボクの言うことを聞け」

「正直、主が何故このような出来損ないを選んだのか、理解に苦し、っ!?」


 考えるより先にスズの体は動いていた。

 思い切りミカエルの頬をひっぱたく。

 ミカエルどころか、その場にいた誰もが目を丸くして固まる。

 だが、スズがそれに気づく余裕はない。


「うる、さい……」

「……スズ?」

「うるさい!」


 心配そうなアーサーの声に怒鳴り返す。そのまま身を翻し、駈け出した。



 人を押しのけ階段を降りる。長い廊下を、ろくに周りも見ずにやみくもに走る。

 耳の中で響くのは出来損ないという言葉だけだ。

 それが、記憶の中の声と重なる。


「あなたは、出来損ないなのよ」


 諫めるように、吐き捨てるように、突き放すように、呟かれた、彼女の言葉。

 一人、雨に打たれたあの日――



「っ……!」 


 小さくスズは息を飲み込む。

 その時だ。

 音を立てて誰かにぶつかる。


「す、すみませ……!」

「あらあらぁ、スズじゃない」


 頭上から声が降ってきた。それも、スズの聞き覚えのある声だ。

 現実に引き戻されてスズは顔を上げる。

 人気のない学園の廊下。

 それをバックに、白衣に赤い眼鏡をかけた妙齢の女性が立っていて。


「シエラ、先生……」

「そんなに急いでどうしたのかしら?」


 薔薇十字学園(ローゼンクロイツ)保健医、シエラはダークブラウンの髪を揺らして微笑んだ。


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