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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第二章 雑魚専 ―H__ Reason―
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気に食わぬ

「じゃあ、次の問題。現在の、魔物と精霊同士の戦闘の基本になっている理論の名前は?」

「えっ、えーと、たい……たいりょう??」

「対病原体理論。魔物を病原体、精霊を医術と捉えて適切な戦闘法を選択していく考え方だね」

「うっ、もうちょっと簡単な問題出せよ!」

「じゃあこれは? 精霊を使用できるのは契約した人間のみである。○か☓か?」

「○だろ!」

「残念。☓だね」


 自信満々に答えたスズの目の前で、教科書片手にアーサーがにこりと微笑んだ。

 それはもう清々しいくらい爽やかに。いわゆる王子様スマイルというやつで。

 だが。


「あぁもうなんなんだよ! その顔すっごい腹立つ!」


 声を張り上げてスズは机の上に突っ伏した。そんなスズの頭の上をアーサーの忍び笑いが通り過ぎて行く。

 放課後の教室だった。人気はない。まだ日が沈むには少し早い。蒸し暑い教室の空気の中でスズはのろのろと顔を上げる。

 人気のない教室の黒板には来週に迫った期末テストの日程が貼りだされていた。

 スズは頭を抱える。


「……ううう……テストやだ……」

「駄目だよ、スズ。知識を確認するっていうのは大切なことなんだから」

「どうせ大人になったら使わないよーなことばっかだもん」

「そんなことないさ。例えばさっきの問題はなんで☓が答えなのか分かる?」

「……知らない」

「精霊にはよく使われる名前の他に真名と呼ばれる名前があるんだ。それを知ることが出来れば、精霊と契約していなくても精霊の力を使うことが出来る。まぁ真名自体は精霊だけじゃなくて魔物にもあるんだけど」

「それがなんなんだよ」

「だから、たくさん勉強すれば誰だって複数の精霊を使えるかもしれないっていう、」

「勉強は嫌だから却下!」


 スズがひらりと左手を振る。アーサーは小首を傾げた。


「うーん、ボクはいいけど……でも、勉強教えてくれって言ったのはスズの方だよね?」

「うっ……そ、それはそれこれはこれ! というか、お前なんでそんなに知ってるんだよ? まだ授業受け始めてから三日しか経ってないだろ」

「だって教科書に書いてあるじゃないか」

「はい、お前に訊いた俺が馬鹿でした!」

「スズは馬鹿じゃないよ? ええと、ちょっと理解が遅いというか、すぐに投げ出すっていうか」

「それ、フォローになってないから!」


 少しどころか、かなり情けない。スズは勢い良く椅子から立ち上がる。

 うっかり手をついた拍子に、また右腕が傷む。

 スズは軽く眉根を寄せた。

 普段は少しも痛みがないのに、力を込めるとすぐこれだ。昨日、寮に戻って見た時は包帯の上から血が滲んでいた。

 魔物から受けた傷は治りも遅い。跡にならなきゃいいけど。そう思ったところで、スズは心配そうなアーサーの視線に気づいた。


「スズ、もしかして腕の傷が……」

「違ぇよ」

「でも……」

「馬鹿」


 スズは浮かない顔をしたアーサーの鼻先を指で弾いた。

 アーサーが驚いたように顔を上げる。

 その顔にニヤリとスズは笑う。


「終わったことグダグダ言うなって。そういうの、男らしくなくて嫌いだぜ? 俺は」

「す、スズ……」


 アーサーが感極まったように声を震わせる。何故か……はわからないけれど。

 とにかく、いい感じの雰囲気だ。よし、これなら。


「あっ、スズ! どこに行くの?」


 そろりと足を動かし、逃げ出そうとしたスズはぎくりと足を止めた。


「い、いや、勉強から逃げ、じゃなかった、息抜きだよ息抜き!」

「ボクも行く!」

「馬鹿。それじゃあ俺の息抜きに……」


 そこまで言いかけて、スズはアーサーの方を見てしまった。

 何故か目を輝かせて立ち上がるアーサーを、だ。

 彼に耳と尻尾でもあったら勢い良く振っていたに違いない。それくらい嬉しそうな様子に、スズは結局根負けした。


「……じゃあ一緒にいくか……」

「うん!」


 勢い良く頷いたアーサーにスズは深々とため息をついた。

 こういう時のアーサーは少しというかとても……いやかなり幼い。

 だが、どちらかといえばこっちの性格の方が素らしい、というのがスズがこの一週間で得た結論だった。

 そしてもう一つ得た結論は。


「王子様……!」


 そんな甲高い声が聞こえたのは二人が廊下に出た時だった。二人は同時に声のした方を見やる。女子生徒が一人。隣の教室から顔を出し、口を開けてスズたちの方を見ていて。

 いや、一人どころか。友達か、はたまた偶然か一人また一人と女子が顔を見せて。

 スズは顔をしかめる。

 そう、これがもう一つの結論だ。

 つまり、アーサーは非常に女子受けがいい。


「きゃああ! 王子様よ! 今日も王子様がいらっしゃったわ!」

「あぁ! 相変わらず、なんてお美しいの……!」

「イケメン王子が隣の平凡少年を攻める……美味しいホモ頂きました!」

「王子様! 何かお困り事は!? なんなら学園を案内しますよ!」


 ……なんだか途中に変なのが混じっていた気がするが。

 げんなりするスズの隣で、アーサーはきょろきょろとあたりを見回した。


「誰のことだい?」

「どー考えてもお前のことだろ」

「えぇ? ボクはまだぴちぴちの十八歳だよ? おじ様だなんて……いや、確かに綺麗なお嫁さんと一軒家に住んで、娘は二人で、下の娘の産んだかわいい孫におじ様って呼ばれるのはボクのゆくゆくの夢で」

「誰もお前の人生設計聞いてないから!」


 スズがそう叫んだところで、黄色い声と足音を立てて駆け寄ってきた女子の群れにアーサーが飲み込まれた。アーサーだけだ。近くにいたはずなのにスズはいつの間にか蚊帳の外で。


「…………」


 スズはアーサーの方をちらりと見た。渦中の人は例の王子様スマイルを浮かべて女子たちの声に丁寧に応じている。

 多分、あれは無意識の内に、なんだろうけれど。


「……なんだよ」


 スズは低く呟いて唇を尖らせた。

 この手の光景はもう毎度おなじみのことだ。当然だとも思う。だってまぁ、アーサーはかっこいい部類の顔に入るのだろうし。

 それでも、見ているのは嫌だった。

 自分の方がずっとアーサーと一緒にいるのに、と。面白くなくて。

 でももしかしたらアーサーは自分なんかより女の子達と一緒にいたいのかも、と。不安にもなって。

 ……アーサーが来る前はずっと一人で、そのことを何とも思ってなかったのに。


「……はぁ……」


 嫌なことを思い出しそうになって、スズは頭を振った。

 ふらりとアーサーを囲む輪から離れる。

 気分転換でもしよう。そうだ。元からそのつもりだったのだし。言い聞かせるように思う。逃げるように足を動かす。動かそうとする。

 その時、だ。



「三日ぶりだな、雑魚専」



 後ろから声をかけられてスズは振り返った。

 三人だ。赤色の髪の男を先頭に、金髪の男が一人、おさげ髪の子供のような少女が一人。


「……誰だよお前ら」


 どの顔にも見覚えがない、はずだ。けれどなんとなく嫌な予感がしてスズが身構えれば、金髪がへらりと笑った。


「大丈夫大丈夫~。そんなに心配しないで。俺達は君とちょっと話がしたいだけでね」

「話……?」

「そうなンよ!」


 ぴょこん、とおさげを揺らして少女が、にっこりと笑った。


「覚えとらン? この前、オリヴィエルと戦った時、うちら()うたやろ?」

「……もしかしてお前ら、あの時アーサーと一緒にいた奴らか……?」

「そうそう!」

「そうそうって……」


 だとしたら、なおさらいい思い出がない。おさげが勢い良く頷く中、スズは思わず一歩後ずさった。

 なんせ、自分を囮にしようと提案した張本人達だ。

 いや、しかもそれ以上に。


「何なんだよお前ら……」


 スズはもう一度呻く。

 悪食狼(オリヴィエル)と戦った時、彼らはアーサーと一緒にいた。きっと護衛だったのだろう。それに上級生に違いない。スズの知らない顔だから。それはいい。



 だが……ならば、彼らはなぜ、今制服を身に着けていないのか。



 頭の中で警告音が鳴る。背中に嫌な汗が流れる。ましになっていたはずの腕の痛みがぶり返す。

 その腕を赤色の髪の男が掴んだ。


「痛っ……!」

「何故お前ごとき弱き人間が主の傍にいる?」


 あの時と同じ低い声。スズは顔をしかめる。


「はぁ……!?」

「気に食わぬ。お前のような得体のしれない輩が……」

「っ、勘違いすんなよ! 俺があいつの傍にいるんじゃなくて、あいつが俺の方に寄ってくるんだっての!」

「なんと傲慢な言い草だ! どうせ耳障りのいい言葉を並べ立て、主にとりいったのであろう!?」

「傲慢って、お前に言われたくねぇよ! てか、とりいったとか、俺は別に、」

「はいは~い! ストップストップ~」

「なに!」

「なんだ!」


 金髪の声に、スズは赤色の男と同時に振り返った。

 少女が小さく吹き出す。

 それに赤髪の男が絶対零度の視線を投げかけて、もう一度呻く。


「……なんだ」


 少女は慌てて金髪の陰に隠れた。

 お前はどんだけ不機嫌なんだ。カルシウム足りてんのか。赤色の男に腕をつかまれながらスズが心の中だけで毒づく。


「うんうん、まぁ、口で言うより見てもらった方がいいかな~」


 ぎすぎすした空気の中でも金髪の男は笑顔だった。空を指さして付け足す。



「魔物の襲撃、来たみたいだよ?」



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