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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第一章 ソロモンの再来 ― His Reason ―
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それが馬鹿だって言ってんの

「馬鹿だな! あぁもうほんとに馬鹿!」

「ば、ばかって、なんで……」

「なんでもなにもないだろ!」


 スズ達はバッヂをあの少年たちに譲り、再び学園の広場に帰ってきていた。

 天気は相変わらず良い。ただ空にはほんの少しちぎれ雲が浮かんでいて、晴れているのにぱらぱらと小雨が降り始めている。

 学園の玄関の階段にスズ達は座っていた。突き出た屋根のおかげでほんの少し日陰ができている。

 スズ達の他にはやる気なさげな教師しかいない。

 教師がちらりと迷惑そうに視線を送る。

 スズは声を潜めた。


「せっかく他のやつが狙ってるから逃げろって言ったのに、お前が聞かないから」

「だ、大丈夫だよ。今までもっと強い敵の相手だってしてきたし、あれぐらい、なんとかして……」

「でも気づいてなかったんだろ」

「それは……」

「お前狙ってた女の子がお前を攻撃しなきゃ気づかなかったってことだろ」

「そう、だけど……」

「それでもし攻撃が当たってたらどうすんだよ? なんとかする前に怪我して動けなくなっちゃ意味ない」

「……避けれたよ、多分」

「多分の話だろ! そもそも、お前いきなり攻撃吹っかけるしさ! ビルの中に誘い込んでからの方が俺たちが有利だったのに!」

「あ……」

「それが馬鹿だって言ってんの」


 スズは深々と息をついた。

 アーサーが力なく肩を落とす。

 それに少しだけ、罪悪感が胸をちくりと刺して、スズは小さく咳払いをした。


「そ、そんなにヘコむ必要もないけどさ……俺もお前に助けてもらったわけだし。そこはお礼言わなきゃいけないとこだし」

「……う、ん……」

「ただ、その、あれだよ。あの時、なんかお前焦ってたように見えたっていうか」


 スズの言葉に、アーサーが目だけをそっと上げた。


「焦ってた……かな?」

「余裕なかっただろ」

「それは……」

「折角一人で三つの精霊と契約してるんだぜ? もっと落ち着いて戦えばいいんじゃないのか?」

「……結果を、出さなきゃって思って」


 アーサーが顔を俯けた。


「ボクは『ソロモンの再来』だから……皆、ボクに期待してるんだ。なら、それ相応の結果を出さなきゃいけないだろう?」

「大げさだな……今はただの授業だろ」

「そんなの関係ない。いつだってボクは勝たなきゃいけないんだ。たとえどんなに強い魔物と戦うことになっても」

「なんでだよ。逃げればいいじゃん」

「なんでボクが『ソロモンの再来』って呼ばれてるか知ってる?」

「え?」


 唐突な問にスズが返事に詰まる。

 アーサーは皮肉げに口元を歪めた。


「四つの精霊と契約して、一度に使うことが出来るからさ。ボクが初めて、同時に召喚したのは十歳の時だった。でも、その時は四つ目の精霊を制御できなくてね、暴走した力は魔物だけじゃなくて周りの人間まで巻き込んで、殺した」

「こ、ろした……?」

「そう。でもその時周りの人間はなんて言ったと思う?」

「…………」



「あぁ貴方こそ『ソロモンの再来』だ、って。そう言ったんだ」



 アーサーは乾いた笑みを浮かべた。


「ボクを責めるでもなく、慰めるでもなく……魔物を倒せば倒すほど、皆ボクのことをそう呼ぶようになった」

「………」

「皆ね、結局ボクの力しか見てないんだ。ボクの力が自分にとってどれだけ利益になるか、ってことにしか興味が無い。ボクが何をしたいか、なんて求められてない。だから、ボクは」


 そこでアーサーは言葉を切った。

 寂しげに目を伏せる。


「……ボクは、もう、逃げられないんだ。逃げてしまえば、ボクはボクでなくなってしまうから」

「アーサー……」

「どうしてこうなっちゃったんだろうね。ただ、誰かを助けたくて、ボクは精霊と契約しただけなのに」


 小さく付け足してアーサーが笑う。

 弱々しく微笑む。

 それを、スズは見て。けれど気の利いた言葉なんて一つだって浮かばなくて。

 ただ、見つめていることしか出来なくて。


「……あぁもう!」

「!?」


 スズはおもむろに立ち上がった。

 アーサーが驚いたように目を見開いている。


「な、なんだい……?」

「おしまい!」

「えっ?」

「今日はもう授業おしまいだ!」

「で、でも先生は他の人を待ってから反省とかするって、」

「サボる!」

「えぇ!?」


 戸惑うアーサーを無視して、スズは指先に光をともらせて魔法陣を描いた。


「おい、お前! 学園内での精霊の召喚は禁止されてるぞ!」


 すかさず飛んでくるのは教師の不機嫌な声だ。しかし振り向くこと無くスズは適当に口を動かす。


「あーすいません、先生! 体調不良です!」

「そんな元気な声で体調不良な訳あるか!」


 教師が顔をしかめて立ち上がった。

 だがスズは構わず魔法陣を完成させる。

 白い光が溢れ、猫ほどの大きさのミトラが嬉しげに飛び出してスズの足元にじゃれつく。


「きゅう!」

「よっし、ミトラ! いつも通り頼むぞ!」

「きゅうう!」


 返事の直後に、ミトラの体が光に包まれた。そのまま膨れ上がる。熊ほどの大きさになったミトラにスズは飛び乗った。


「す、スズ……!」

「放っとけ! 行くぞ!」


 アーサーが教師とスズを見比べて、あわあわと声を上げる。


「い、行くってどこに……!?」

「どっか! 適当に!」

「適当って……!」

「ぐだぐだうるせぇな! ほら、乗った乗った!」

「うわっ……!」


 半ば無理矢理アーサーの手をとってミトラの上に引きずり上げた。引きずり上げただけだ。力が足りないせいで、アーサーは腹ばいで、ろくに座れもしないままミトラの背に乗っていて。

 それでも教師に捕まる前にと、スズは素早くミトラの首筋を叩いて合図をする。


「きゅうううう!」


 一声鳴いたミトラが駆け出した。ただ走るだけじゃない。近くの学園の屋根を器用に飛び石にしてどんどん上へと駆け登っていく。


「わわっ……! 落ちる……っ!」


 さっきはあんなに大胆に窓から飛び出していったというのに、今後ろから聞こえてくるのは随分と情けない声だ。

 それに思わずスズは笑いながら口を動かした。


「そんなに簡単に落ちねぇって! ちゃんと捕まってろ!」

「そんな……! ボクちゃんと座ってないんだよ!?」

「知ってる!」

「し、知ってるって……! じゃあなんとかしてっ」


 アーサーがそこまで言ったところで、一際強く風が吹いた。

 背中を押すような強い風。それにのって、ミトラが最後の屋根を蹴り学園の屋上に飛び出す。

 世界が開けた。

 灰色の街並みも、真っ黒な〈塔〉も、その上にぐるりと渦巻く黒い〈穴〉も、いつも通りの光景だ。

 それでも降り注ぐ太陽の光が雨にきらきらと反射して、その全部が輝いて見える。

 吹き抜ける風も、ほんの少し熱をはらみ、けれど涼やかな夏の風で。


「……綺麗、だ……」


 アーサーがぽつりと呟く。それが何となく嬉しくて、小さく笑ったスズは唇を動かす。


「逃げられただろ?」

「え……?」

「で、お前の名前は?」

「? アーサー、だけど……」

「そうだよな。うん。なら、良かったじゃん」

「良かった?」

「そ。逃げてもちゃんとアーサーのまま、だろ?」


 冗談めかして後ろを振り返る。

 アーサーが目を丸くしていた。けれど。


「……う、ん」


 少し間があってから、微かに頷く。ほんの少し俯けたアーサーの頭を優しく叩いて、スズは前に向き直った。

 アーサーの小さく震えた肩に気づかないふりをして。


「さ! もっと逃げてみようぜ!」


 ミトラに向かって明るく声を上げる。嬉しそうに鳴いたミトラは再び駈け出した。

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