〈塔〉の主
雷が落ちたかのような轟音と共に、〈塔〉が一際大きく揺れた。バラバラとあちこちの壁が崩れていく。
それに足を急がせたローランは、やがて最上階にたどり着いて息を呑む。
「これはこれは……予想以上だな……」
屋根は無かった。白み始めた夜空の下、床は瓦礫だらけだ。風が吹く。明るい光の粒が目の端を掠める。
顔を上げれば、三対の純白の羽を持った精霊が、金と銀の光の粒に紛れて消えていくところだった。
残されたのは三人。スズと、クロガネと、彼の知らない金髪の少年。
「だ、れだ……」
近くに倒れていたスズがゆっくりと顔を上げた。
その赤い目が、彼の姿を認めて丸くなる。
「ロー……ラン……?」
「やぁ、スズ。元気そうでなにより」
「なんでお前がここに?」
「なんでも何も、俺が〈塔〉の主だからね」
「待てよ! まさかお前、」
「はい! ストップ!」
ローランはスズの唇に自分の人差し指を押し当てた。
「それ以上の詮索は、禁止。俺は俺の都合でここの〈塔〉を独り占めする機会を伺ってたんだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ローラン……」
「クロガネもいなくなって欲しかったし、母さんの干渉も鬱陶しかったからね。ほんと、皆この〈塔〉からいなくなるから、ちょうど良かったよ」
「! まさかお前、最初から、誰も自分の身代わりにさせないつもりで……!」
「さぁ、邪魔者は即刻、この〈塔〉から立ち去ってもらわないとね?」
にこにこと笑いながらローランが指を鳴らす。
その瞬間、スズとその隣に倒れている金髪の少年を囲うように、紫苑の魔法陣が浮かび上がった。
「転移魔法だよ。〈塔〉の外までの直行便」
「駄目だ、ローラン! お前も一緒に〈塔〉を出るんだ! お前だけ残るなんて……!」
「スズは優しいね……でも、駄目だ。〈塔〉の主は外へ出られな」
「駄目なんかじゃない!」
スズが叫ぶ。
真っ直ぐにローランの目を見つめる。
クロガネに、逃げない、と宣言した時と同じ目をしている。
「絶対、俺が方法見つけてみせる! たとえ今が無理だとしても……! 誰も身代わりにならず、お前も外に出られる方法を俺が探してみせるから……!」
「スズ……」
「だから、諦めるな! ローラン!」
ローランは目を細めた。
スズの目は、眩しい。声も、暖かい。
まるで、幼い頃にスズと一緒に〈塔〉から眺めた外の世界みたいに。
ずるいなぁ、とローランは思った。折角、色々覚悟したのに、と。
独りになってもいいという、覚悟をしたのに。
これじゃあ、期待しちゃうじゃないか、と。
思って。でも。
痛くなる胸を無視して、ローランはゆるりと首を振った。
「気持ちだけ、受け取っておこう」
「ローラン……!」
「さぁ、もう行くんだ、スズ」
「ロー、」
魔法陣が輝く。スズの声を途中で残して、二人の姿は瞬く間にかき消える。それを笑顔で見送ったローランは、そのまま気を失っているクロガネの方に向き直った。
「さ、てと」
片手間に指先で宙に魔法陣を描く。紫苑の光が散って、大鎌が彼の左手に握られる。
その柄を両手で握って、柄頭をクロガネの体にそっと当てた。
クロガネの体はもうボロボロだ。
このままなら、手遅れだろう。
でも、魂だけなら、自分でも救える。
「彼の者をスズと繋げ――異種移植」
瞬間、クロガネの体が黒い光の粒になって、散る。夜の色の光は、再び吹いた風に乗る。
ローランの頬を掠めて、暁の空に舞い上がる。
「諦めるな、か……」
詰めていた息を吐きだして、ローランは呟く。
空には太陽が登り始めていた。
朝焼けが空を白く染める。
それにローランは目を細めて。
「……ありがとう、スズ」
朝焼けが眩しい。
今、泣きそうなのは、そのせいに違いなかった。