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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第五章 金の王、銀の指輪 ― gold of King, silver of Ring―
28/31

キミは一人なんかじゃない!

 ラファエルが驚いたように顔を上げる。

「真名……だって……!?」

「主よっ!」

 ミカエルが短剣を片手に、アーサーの目の前に一瞬で移動する。

 一拍遅れて、ガヴリエルの大鎚をミカエルの短剣が受け止めた。

「っ、な……!?」

「クソが……っ、やはりか……っ」

 驚くアーサーの耳に、ミカエルの盛大な舌打ちが聞こえる。

 ミカエルは、ガヴリエルの大鎚をなんとか受け流した。

 逆の手で握る短剣でガヴリエルを切りつけるが、彼女はひらりとそれを交わして距離を取る。

「う、ふ……あははっ……!」

「な、なんだよ……?」

 狂ったように笑うガヴリエルの視線は、奇妙にあってない。アーサーが疑問の声を上げれば、ラファエルが険しい顔をした。

「さっきスズが言ったのはガヴリエルの真名だ」

「スズが、ガヴリエルを操ってるってことか……?」

 ラファエルが頷く。

 ミカエルが顔を歪めながら、短剣を喚び出す。

「くっ……ラファエル! とりあえず、あの女を叩くぞ!」

 アーサーは目を見開いて叫んだ。

「スズを攻撃するっていうのか!」

「それ以外にどんな方法があると!?」

「方法なんて幾らでもある! そもそもスズの様子だっておかしいだろう! まるでスズこそ操られてるみたいに……!」

「仮にそうであったとしても我らの決意は変わりませぬ!」

「どうして!?」

「我らが貴方の精霊だからだ! どうして分かってくれない!?」

 ミカエルが苛立ったようにアーサーを睨みつけた。

「主よ、情に流されるな! 魔物も精霊も自在に操れる者は脅威だ! 我々がここで倒されれば、もう何人たりとも奴らを止めることは出来ぬ!」

「でも……っ」

「主が日本(ここ)に来たのは何のためか!? 〈塔〉を倒し、〈穴〉を塞ぐのが主に課せられた使命」


「でも! それはボクのやりたいことじゃないッ」


 ラファエルとミカエルが、驚いたようにアーサーを見つめる。

 アーサーは荒い息のまま、必死に二人を見つめる。

「ボクはスズを助けたいんだ……! 頼む、力を貸してくれ……!」

「ほらほらぁ! 何をこそこそ話してるの?」

 クロガネが笑いながら魔物をけしかけた。

 スズが再び唇を動かす。さっきとは違う音の響きの後、ガヴリエルの両隣に別の精霊が現れた。

 名前は分からない。馬に乗った騎士のような精霊と、一角獣のような精霊。

 彼らもまた、狂ったような声を上げてアーサー達の方に向かってくる。

 ミカエルは静かに息を吐き出した。

「……もういい。好きにしろ。我らが道を作る」

「っ、え?」

「やだなぁ、ミーシャったら照れちゃって~」

「うるさい! 黙れラファエル!」

 言いながら、ミカエルはいつもより幾分か荒々しく、飛びかかってきた魔物を切り裂いた。

 それを見てラファエルが笑う。

 笑いながらアーサーの背をそっと押して囁く。

「気をつけて……主の御心のままに行動してください」

「っ、あ、ありがとう……っ!」 

 アーサーは地面を蹴った。魔物が向かってくる方角、スズの方に向かって駆け出す。

「ぬるい! 貴様らの力はその程度か!」

「ほらほら~! アーサーの邪魔をするのは許さないよ~!」

 向かってくる魔物は、ことごとくミカエルかラファエルが食い止めた。食い止めるだけだ。さっきと違い、今度の魔物は二人の攻撃をことごとく無効化している。

 けれど何故か、さっきより心強い。

「赤き血盟の剣――!」

 アーサーはそう叫んで魔法陣を描く。

 灯った赤い光を右手で掴む。

  目の前に飛び出してきた一角獣の額に突き立てる。

その反動で飛び上がる。

 口を動かす。

溶血(ヘモリシス)……ッ」

 背後で一角獣が悲鳴を上げる。まるで泣き声のようだ。悲しい声。

 戦いたくないと、本当はそう言っているみたいに聞こえて。アーサーの胸の奥がつきりと痛むが、構ってられなかった。

 魔物と精霊の群れを抜ける。

 スズのところまであと少し。

 もう、あとほんの。

 スズが少しだけ目を上げた。


「我に従え、神の癒し(ダルダーイル)


「!?」

 思い切り右足を引っ張られてアーサーは地面に倒れ伏した。

「ラファエル!」

 ミカエルの焦ったような声にアーサーは振り返る。

 足には白く細い布、その向こうに顔を歪めてラファエルがうずくまっている。

「……無駄」

 冷たい声が降り注いできて、アーサーはハッと顔を上げた。

 スズが、すぐ傍に立っている。

 静かに赤い瞳をアーサーに向けている。

「スズ……やめるんだ」

「やめる? どうして? あなたは、敵」

「敵なんかじゃない! ボクはスズを助けに来たんだ!」

「助ける? 何を言ってるの」

「……え?」

「私はずっとここにいた。この〈塔〉に閉じ込められてた。クロガネと一緒に」

 スズの言葉には淀みがない。まるで何かを吹きこまれたように、口が動く。

「早く、いい子にならなきゃ。もっと力を手に入れて、いい子に。そうすればきっとママも振り向いてくれるから……」

「スズ……スズ! 何を言ってるんだ!?」

「触らないで!」

「っ……!」

 足首に巻き付いていた布の力が強くなる。スズに手を伸ばしかけたアーサーは顔をしかめる。

「す、ず……っ!」

「黙って! うるさいのっ、その声! 頭が痛くなる……っ」

「いいや、黙らない! キミは忘れてるだけなんだ! 思い出して!」

「思い出すことなんてないっ! 知ったような口をきかないで! わたしは一人だったの! 今までも、これからも、ずっとずっと一人で、」


「キミは一人なんかじゃない!」


 アーサーの声にスズはびくりと肩を震わせた。

「一人なんかじゃなかっただろ! 思い出して! ボク達は一緒に戦っただろ! 一緒に学園に通ってたじゃないか!」

「が……くえん……」

「そうさ! ボクだけじゃない! マリーと健太もいる! 一ノ瀬先生だって! 皆キミを心配してるんだ!」

「く……っ」

「スズ、そいつの言葉を真に受けるな!」

 顔をしかめたスズに、クロガネが警戒するように声を上げた。

 アーサーは、負けじと声を張り上げる。

「キミは一人なんかじゃない! これまでもこれからも! だから……っ!」

「スズ! 早くそいつを殺せ!」

「……っ、……」

「スズ!」

 アーサーとクロガネが同時に叫ぶ。それに一際大きくスズの体が震える。

 そして。


「う、ん……っ、クロガネ……っ」


 ゆっくりとスズが懐から短剣を取り出した。細い指先でその柄を握る。刃をアーサーの方に向けて。

 その赤い瞳からぱたりと涙がこぼれて、真っ白なドレスを濡らす。

「す、ず……」

 悲しかった。スズが苦しそうな顔をしていることが。彼女の喚び出した精霊だってそうだ。皆、狂ったように笑いながら泣いている。

 傷つけたくない。殺したくない。そんなスズの気持ちを代弁するみたいに。

 アーサーには、そう思えて。

「……スズ……」

 スズが短剣を振り上げた。これが振り下ろされれば自分は死ぬのだろう。そう思った。

 けれど、逃げようと気にはならなかった。

 アーサーは拳を握りしめる。

 顔を俯ける。

 でも、一瞬だけだ。

「……スズ、ボクは」

 そう言って、アーサーは顔を上げた。

 ただ、笑って。


「ボクは、キミと友達になれて、本当に良かったって思ってる」


 スズがピタリと動きを止めた。

 目を見開く。


「あー……さー……?」


 ふらりとスズがよろめく。

 その手から短剣がこぼれ落ちて、地面に突き刺さった。

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