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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第五章 金の王、銀の指輪 ― gold of King, silver of Ring―
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助けに行って!

 瓦礫のだらけになった保健室。

 そこからふらりと姿を現したのは、一ノ瀬だった。

「どういう、ことかしら」

「どうもこうも、それは俺が言いたい台詞だね、シエラさん」

 シエラが顔をしかめる。一ノ瀬はへらりと笑う。

「どうして学園側の人間であるはずの君が、魔物なんかを使ってるんだ?」

「あなたには関係ないわ」

「ふうん……でも、俺を倒すんだろ?」

「……分かりきったことを訊かないでっ」

 荒賢者(ザガン)が動いた。宙を駆ける。駆けながら手をかざせば、その腕が見る間に鋼で覆われ、先端が尖っていく。

 片腕を巨大な大槍へ変えた荒賢者は、一ノ瀬に斬りかかった。

 一ノ瀬は慌ててそれを避け、口を動かした。

「効果は不動化――局所麻酔(ローカルアネステイシア)

 彼の肩に乗った小人の精霊、シャティエルが抱えていた壺を掲げた。

 飛び出してくるのは無数の蜂だ。

 一匹一匹が毒を持っている。一ノ瀬の望む通り、刺された対象物を動けなくする毒だ。

 刺されれば、荒々しき賢者といえども例外ではない。

 が。

「っ、荒賢者! 全身防御よ!」

 シエラの声に応えて、荒賢者の全身が光った。腕だけではない。今度は全身が鉄で覆われる。

 蜂の針など通るはずもない。

 一ノ瀬が顔をしかめた。

「あー、そうきたか……」

「当然でしょう? あなたの能力なんて私はもう十分すぎるほど見てきたもの」

「えっ、ヤダ。シエラさん、そんなに俺のこと見てくれて……」

「鬱陶しい!」

 シエラの一喝と共に再び荒々しき賢者が襲いかかった、一ノ瀬は今度は逃げ切れない。

 後ろ向きにつんのめって、尻餅をつく。

 その股の間の地面に、荒賢者の槍が突き刺さる。

 一ノ瀬は青ざめた。

 荒賢者の傍まで近づき、一ノ瀬を見下したシエラは鼻先で笑う。

「いい気味ね。そのまま去勢されてしまえばいいわ」

「えっ、ちょっ、俺はシエラさんと子作りしたいのに!」

「うるさい!」

 荒賢者がシャティエルに向かって槍を突き立てた。

 真っ直ぐ、シャティエルの抱えた壺に向かって。

「くっ……!」

 音を立てて壺が割れる。シャティエルが呻く。

 シエラは一ノ瀬を睨みつける。

 彼女の方から一ノ瀬に向かって風が吹く。

「あなたのこと大っ嫌いだったわ! こっちの気も知らないで、良い気になって!」

「へぇ、そうだったんだ」

「そうよ! いくら断っても付きまとってくるしっ! いちいち言動が癪に触るのよっ」

「殺したくなるくらいに?」

 笑顔で、一ノ瀬はさらりと言った。

 顔色は相変わらず青いままだ。

 それでも余裕さえ感じさせる表情にシエラは顔を歪める。

「えぇ……そうよ! そう! あなたが私の邪魔をするなら、殺すわ! 殺すに決まってるじゃない!」

 言い聞かせるようにシエラは叫んだ。

 余裕なんてない。あるはずがない。

 

クロガネの、スズの、悲しげな顔が脳裏をよぎった。

 もう、俺を助けなくていいよ。そう言って困ったように笑うローランの顔が浮かんだ。


 胸が痛い。張り裂けそうだ。自分の中の理性が大声を上げて泣いている。 何もかもに気づいて、無視するのはおかしいと。今やろうとしていることは本当に正しいことなのかと。

 シエラだって本当は気づいていた。

 正しくなんてあるはずがない。でも、他に方法なんてなかった。家族を失うことだけは出来なかった。たとえ他の全てを失ってしまったとしても。


「ローランを取り戻すためなら、私は何だってやれるッ」


 荒賢者が大槍を一ノ瀬の喉元に突き出す。

 鮮血が舞った。


***


 暗い廊下を抜け、外に飛び出す。破壊された街へと通じる道をたどる。

 走りながら、マリーがアーサーに向かって叫んだ。

「ほ、本当に大丈夫なんですの!?」

「一ノ瀬先生が任せろ、って言ったんだ。ならボク達は、それを信じるしかないだろう?」

「そうではなくて、私達の話ですわ!」

 アーサーはちらりとマリーの方を見た。

「別にキミ達は、無理してついてこなくていい。強制するつもりはないし」

「わ、私は別に強制されてる訳ではありません!」

 睨みつけるマリーの隣で、息の上がった健太も何度も頷いた。

「そ、そうだよっ。ただマリーと僕が言いたいのは戦力的な問題で……〈塔〉を攻略するには普通もっと人手がいるんだよ!? いくらアーサーがすごいからって……!」

「あぁ、そういう」

 アーサーは無感動に呟いた。前を向く。曲がり角を曲がる。

 廃ビルの立ち並ぶ破壊された街に出た。

 そしてアーサー達は立ち止まる。


 五年も昔に放棄された街には、灯りさえない。

 暗闇。しかしその中に、幾つもの怪しい光が灯る。対になって輝く怪しい光。赤、青、黄……どれも濁った色をしたそれは、目。


 数が、多い。アーサーは顔をしかめた。

 一々やりあってたら、キリがないのは目に見えている。その間にも、スズが何をされているか分からないのに。

 面倒だ。自分がまとめて。冷めた思考でそう思った矢先、マリーに思い切り突き飛ばされた。

「邪魔ですわ!」

「っ、何をっ」

「サキエル!」

 マリーが魔法陣を描いて叫ぶ。

 藍色の光が散る。

 現れたのは、大量の水を纏った(わし)と見事な装飾の成された杖。

 マリーの精霊である、サキエル。

「汚れしものを滅せよ――消魔(イレイズ)!」

 杖を掴み、マリーが叫ぶ。

 主の声に、サキエルが鋭い鳴き声を上げ飛び出す。

 魔物達に突進する。

 先手必勝。まさしくその言葉の通り、大半の魔物が逃げ遅れ、水に揉まれ、悲鳴を上げる。

「でも、ただの水じゃ……」

「貴方は馬鹿ですの? 私の技がそんなに幼稚な技だと思って?」

「え――?」

 マリーの言う通りだった。

 水に触れた傍から魔物の体が蒸気を上げて、溶け始める。

「消魔は、要は消毒ですわ。消毒液は、害のある魔物(病原体)を殺すためにあるんですのよ? 全ての魔物に一度に効果を現す消毒液がないのが難点ですけれど」

 得意気にマリーが鼻を鳴らした。

「私、汚いものは嫌いですもの。それが少しでも減るのは、良いことですわ」


「二人とも、後ろ!」


 健太の声に、二人は同時に振り返る。虎のような魔物が目前に迫る。

 マリーの言う、消魔の効かない魔物なのか。

 アーサーは目を見開く、が。

 次の瞬間には、魔物の全身に鋭い銀の剣閃が走り、四肢だけが綺麗に削がれた。

 魔物が悲鳴を上げる。生臭い血が辺り一面に飛び散る。

「ちょっと! あまり派手に血を飛ばさないで欲しいですわ! 健太」

「ごっ、ごめん……っ」

 倒れた魔物の影から、あたふたと健太が現れた。

 その頭の上には淡い橙色に輝く烏が止まっている。

「なんでいなんでい! あいかわらず、注文が多いなあ! マリーはよう!」

 烏が威勢よく喋った。健太が慌てて声を上げる。

「ぜ、ゼルエルっ、そんなこと言っちゃ駄目だよっ」

「かなしいこと言うんじゃねぇやい! ほらほら! 次の魔物きたぜい!?」

「あぁもうっ……! あとで説教だからね……っ」

 珍しくぼやきながら、健太が、マリーとアーサーの間を駆け抜ける。新手の魔物。今度は悪食狼オリヴィエルだ。

 それに臆することなく、手元を光らせて文様を描いた健太が叫ぶ。


「我に力を授けよ――解剖(アナトミア)


 健太の頭の上の烏――彼の精霊、ゼルエルが羽ばたいて鳴き声を上げた。

 橙色の光が、健太の目の前に現れる。

 細長いそれを掴んで、健太が手を横薙ぎに振るう。

 一瞬にして、橙色の光は淡い光を放つ剣になった。

剣が閃く。

 次の瞬間には先ほどと同じように魔物がバラバラになって地に伏している。

 四肢だけを綺麗にそぎ落として、だ。

 それは斬るというより捌く、捌くというよりも解剖といった方が近い。魔物の体の構造を、完全に理解していなければ決して出来ない芸当。

 そうして動けなくなった魔物に、マリーが確実にサキエルの攻撃を当てる。

「ぼーっとなさらないでっ!」

「そうだよっ! ここは僕達がなんとかするから!」

 マリーと健太の声が飛んできて、アーサーは目を瞬かせた。


 あぁそうだ。そうだった。自分は、一人じゃない。

 日本に来る前の、自分とは違う。


「スズを助けに行って!」


 二人の声が重なる。アーサーは大きく頷く。駆け出す。駆け出そうとする。

 瞬間、足元に黒い魔法陣が浮かび上がった。

「これは……っ!?」

 アーサーは慌てて足を止める。だが、遅かった。アーサーをぐるりと囲って魔法陣が輝く。

 漆黒の光が、アーサーの視界を塗りつぶした。

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