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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第五章 金の王、銀の指輪 ― gold of King, silver of Ring―
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こんな時間にどうしたのかしら

 一人きりになった部屋は、ひどく静かだった。

 それでも、彼女は興奮していた。

 胸の高鳴りを抑えながら、椅子に座る。

 テーブルの上の写真立てに手を伸ばす。

 そうして、自分と一緒に写った少年の姿を指先で撫でた。

 彼女の息子だ。たった一人の家族。〈塔〉に囚われてしまった彼。


 二〇〇〇年、世界中に突如出現した〈穴〉。そこから現れた魔物によって各都市は多大なる被害を被った。その〈穴〉を消滅させるために重要となるのが〈塔〉だ。

 〈塔〉の最上階に住まう魔物――〈塔〉の主を倒せば〈穴〉は消滅する。

 それが一般向けの、〈塔〉を倒す力のない学生向けの説明だ。

 だが、真実は違う。

 〈塔〉の最上階にいるのは魔物などではない。

 〈塔〉の主は魔物ではない。


 人間だ。


〈穴〉と〈塔〉が現れた時に近くにいた人間が一人、〈塔〉に閉じ込められる。なんの前触れも、なんの因果もなく、 ある日突然に。

 閉じ込められた人間は、一生出ることが出来ない。逃げようとすれば魔物に食い殺されてしまう。

〈塔〉の主は、〈塔〉の最上階で、精霊使いに殺されるのを待つしかない。

 外の人間が、〈塔〉を倒し、〈穴〉を塞ぐために。

 外の人間が、平和に暮らすための人柱。

 彼女の息子もまた、そうだった。

 哀しかった。苦しかった。助け出したい。そう思ったけれど、周りは諦めろとしか言わなかった。

 それが、たまらなく悔しかった。

 だから、彼女は造ったのだ。

 クロガネとスズを。身代わりのために。

 必要だったのは、彼女の息子と同じ性別で、魔物を従えるだけの力を持つ人間だった。だからスズを捨てた。偶然、学園で再会して、スズの能力を知った時は驚きはしたが。


 それでも、問題など何もない。


 スズを捨てた時、クロガネと接した時、二人が悲しそうな顔をしているのに気づいていないわけじゃない。胸が痛くならないわけじゃない。


 それでも、もう迷わない。


 クロガネを息子の代わりに〈塔〉の主に仕立てる。スズのあの能力があれば、精霊にだって負けることはないだろう。〈穴〉は消えなくなるが、魔物の被害などどうでも良かった。

「もうすぐよ……もうすぐ」


 ローラン、あなたを助け出せる。


 そう、呟こうとした時だった。

「もうすぐ、なんですか?」

 部屋の入口から声が響いた。シエラは顔を上げる。驚きはない。それどころか予想済みだ。

 アーサー、マリー、健太。三人にシエラはにこりと微笑む。

「こんな時間にどうしたのかしら」

「お尋ねしたいことがあって来たんです」

 マリーも健太も緊張しきった面持ちだ。その中で、人好きのしそうな笑みを浮かべてアーサーが答える。

「ほら、この前の全体集会の時に、先生が仰ってたじゃないですか。スズの血液が魔物に有効だという話」

「えぇ、それが?」

「その発想はどこから得られたのかな、と思って」

 アーサーが静かに一歩近づく。シエラは気付かれないように懐を弄った。

「あらあらぁ、それはデパートで戦ってた時よ? この前も説明したでしょう?」

「えぇそうですね。でもボク、分からないんです。記憶が曖昧なせいなのか、説明の時に流された映像と実際が違った気がして」

 アーサーの言葉にシエラは動きを止めた。

「あの時、魔物に攻撃されそうになったのは先生のはずだ。先生が小瓶を投げつけなければ、スズの血液は魔物に当たらないはずですよね?」

「そう、だったかしら」

「それに、あの時、フードを被ったアイツはこう言ってた。演技でもやめてよ、そういうの、って……じゃあ、あの時あの場で、演技をしていたのは一体誰だったと先生は思われますか?」

 ねぇ、先生。アーサーが問を重ねる。目を細める。

 その顔に笑みはない。

「スズが寮にいなくて……先生はどこに行ったかご存知です?」

「さぁ……知らない、わっ」

 シエラは適当に掴んだ注射筒をアーサーの方に投げつけた。

 三人が慌ててそれを避ける。

 その間にシエラは椅子を倒して、勢い良く立ち上がった。

 逃げることはしない。逃げる必要なんてない。

荒賢者(ザガン)

 シエラの声に応じて、彼女の影から、それが飛び出す。

 下半身は雄牛、上半身は黒く、半裸の男の姿をしている。

 荒賢者。ソロモン七十二柱の一柱にして地獄の大王。クロガネに借りた、魔物。

「あいつらを何とかしなさい!」

 シエラの声に、荒々しき賢者は雄叫びを上げながら巨大なコウモリ羽を動かした。

 部屋が崩れる――


***


「マリー、アーサー! 大丈夫!?」

「え、ぇ……私は大丈夫ですわ。アーサーは……」

 偶然にできた瓦礫同士の隙間。

 その中で、マリーと健太の声が飛び交う。

 アーサーは、地面に尻もちをついたまま顔を上げる。

 瓦礫の隙間から、コウモリ羽をはためかせて地面に降り立つ荒賢者ザガンが見えた。その傍らにはシエラもいる。

 それだけじゃない。どこから嗅ぎつけたのか、悪食狼(オリヴィエル)の群れの姿も見える。

 健太が声を震わせた。

「な、なんでシエラ先生が魔物を……」

「疑問は後だ! 今はあいつを……!」

 なんとかしなきゃ。そう言いかけたアーサーは目を見開いた。

 おもむろに荒々しき賢者が腕を横にのばす。

 近くにいた悪食狼の首もとを掴む。

 悪食狼が悲鳴を上げる。

 異変が起きたのは直後だった。

 悲鳴を上げてもがく悪食狼の動きが、少しずつ鈍くなる。何かが凍りつくような音。バタバタと動いていた悪食狼の足先が、次第に固まっていく。

 金属へと変化する。

「なん、ですの……っ?」

 マリーが息を飲む先で、悪食狼は完全に鉄の塊になった。

 荒賢者は金属の悪食狼を地面に落とし、さらには足先でそれを踏み砕く。

 鈍い音に、アーサー達だけでなく、周囲の悪食狼の群れもたじろぐ。

 こうもり羽を愉快そうに羽ばたかせ、荒賢者は残忍な笑みを浮かべた。

 健太が、はっとしたように声を上げた。

「荒賢者……そうか、錬金術……」

「どういうことだい?」

 アーサーの声に、健太が眼鏡を押しあげた。

「生体には、微量の金属が含まれてるんだ。それを増幅して自在に操る、っていうのが荒賢者の能力だったはず……」

「悪食狼の中の鉄の成分を増幅したってことかい?」

「多分。鉄は血液の中に含まれてるから……」

「御託はいいですわ! とりあえず私達はどうすればいいんですの!?」

 健太は目を細めた。

「近接攻撃は、駄目だ。悪食狼みたいに金属の塊になるから」

「なら私が遠距離で、」

「なんだぁ、なんか楽しそうな話してんなぁ」

 緊迫した空気に似合わない、やる気のない声。それに三人は同時に振り返る。

 ちょうど廊下のあった瓦礫の辺りだ。

 そこから、一ノ瀬がふらりと姿を見せる。

「せ、先生……っ! どうしてここに!?」

「いや、シエラ先生に夜這いかけようと思って保健室に隠れてたら、出るに出られなくなっ、」

「え?」

「い、イヤー! やっぱセンセイとしては学園の異常放っとけなくてなー!」

 白々しく笑いながら一ノ瀬はちらりと空を見上げる。そのまま黙考することしばし。

 うん、と何故か一人頷いた。

「ここ、先生に任せていいぞ」

「は……? 先生、何を仰って、」

「いや、この障害を乗り越えた先にシエラ先生との愛の道を見た」

 マリーが軽蔑の眼差しで一ノ瀬を見る。一ノ瀬は気にしていないようだったが。

「一ノ瀬先生」

 アーサーは口を開いた。

「お言葉はありがたいですが、ボク達はシエラ先生にスズの行方を訊かないと、」

「あー、それなら多分〈塔〉だぞ」

 一ノ瀬がアーサーの方を見てニヤリと笑った。

「普通の生徒なら心配だけどなぁ。お前なら行けるだろ? アーサー」

「……なるほど」

「じゃ、そういうことで」

 一ノ瀬が、下手くそな鼻歌交じりに、宙に魔法陣を描く。

 緑色の光を放つ魔法陣が輝く。

「シャティエル」

 一ノ瀬の声と共に、魔法陣から現れたのは、いかつい顔をした小人だ。体の大きさと同じくらいの壺を両手で抱えている。

 彼の精霊なのだろう。ふわりと宙に浮いた彼は、一ノ瀬の肩に飛び乗る。

 一ノ瀬が、先ほど自分が出てきた瓦礫の隙間を指で指した。

「俺が出てきたとこ、まだぎりぎり外の廊下と繋がってるから。そっから行け」

 アーサー達が頷く。


 それが始まりの合図だった。

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