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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第四章 キミだから ― Not escape ―
22/31

錫と鉄

「ねぇ、なんでキミ達はついてくるんだい?」

「そんなの、帰り道が偶々一緒だっただけですわ。不本意にも」

「不本意にも? それはこっちの台詞だな。ボクとスズの後を、こそこそ追ってくるような人と一緒に帰りたくなんかない」

「っ、そ、それはスズを心配してのことですわ! だって、どこかの誰かさんに無理矢理連れだされてるんですもの!」

「む、無理矢理って……! 結果的に良かったんだからいいだろう!」

「……はぁ」

 スズと別れ、自分たちの寮へと続く帰り道。静かなはずの夜の空気に喧々囂々(けんけんごうごう)としたアーサーとマリーのやりとりが続く。

 健太は立ち止まった。

 さっきからずっとこんな感じなのだ。

「……もういい加減にしてよ。二人がスズのこと心配してるのはよく分かったから」

「なんでそれを!?」

 立ち止まった二人が揃って驚く。そんなの、ばればれだってば。健太は呆れてもう一度息をついた。

 マリーは、まだいい。付き合いが長い分、この手の反応もまだ予想できた。

 けれど。

「……あぁもう。僕の理想のアーサー像が崩れていくよ……」

「うん? なんだい、それ?」

「健太は『ソロモンの再来』に憧れていましたのよ」

「ま、マリー! 恥ずかしいから言わないでよ!」

「そうなのかい?」

「うう……せ、正確にいえばソロモン王に、だよ」

 アーサーに不思議そうな目をされる。

 健太は顔を赤くしながら、もごもごと口を動かした。

「だって、すごいじゃないか。精霊も魔物も自由自在に喚び出すことが出来たんだよ? そりゃあ、伝説の中だけの話だって、言われたらそれまで、だけど」

「うん? ソロモン王が喚び出したのは魔物だけじゃないのかい?」

「有名なのは、そうだね。ソロモンの七十二柱って言われる七十二の魔物だよ。〈穴〉を通ってこの街を襲ってるのもその七十二柱だし。でも、」

 健太は眼鏡を押し上げた。

「さっきも言った通り、ソロモン王は精霊も喚び出せたんだ。そもそも彼が、どうして魔物を扱えるようになったのか知ってる?」

「え……?」

「指輪のおかげ、ですわ。ソロモンの指輪」

 マリーが口を挟んで、勝ち誇ったようにアーサーの方をちらりと見た。

「そんなことも知りませんの?」

「し、知ってたよ! ただ言おうとしたのにキミが先に話すから……!」

「ふ、二人共落ち着いて!」

 睨み合うアーサーとマリーを諌めて、健太は一つ咳払いをした。

「とっ、とにかく、その指輪はすずと鉄で出来ていてね? 錫の部分を使うと精霊が、鉄の部分を使うと魔物が喚び出せたそうだよ。当時は一つの魔物、一つの精霊を喚び出すだけでも大変だったんだ。それを自在に喚び出せる、ってだけで破格でね」

 健太は興奮したように拳を握りしめた。

「おまけに、ソロモン王には指輪を濫用しないだけの知恵もあった。実力も知識もあったんだ。現代になったって、そこまでの人物はなかなかいないって僕は思うわけで……!」

「健太は本当にソロモン王のことが大好きなんだね?」

「はっ……! ご、ごめんっ……なんか色々話しちゃって……」

「いいよ。構わない」

 我に帰って肩をすぼめる健太に、アーサーはひらりと手を振った。

「それだけ好きになれるっていうのは素敵なことだと思うよ?」

「そ、そうかな……?」

「うん。少なくともボクはそこまで知らなかったし」

「そういえばアーサーは『ソロモンの再来』って呼ばれるの、嫌ってるよね」

「重かったからね」

「え?」

 健太がアーサーの方をまじまじと見ると、彼は少しだけ困ったように笑った。

「期待がね、重かったんだよ。当然のことなんだろうな、っていうのは分かってた。ボクが逆の立場なら期待しちゃってただろうし。それでもボクには重くて、息が出来なかった」

「アーサー……」

「そんな時だよ、スズに会ったのは」

 アーサーが胸に手を当てて、思い出すように目を伏せた。

悪食狼(オリヴィエル)と一人で戦ってる時に、スズが助けてくれて。本気で心配してくれた。辛い時は逃げてもいいんだって、言ってくれた。それが、嬉しかったんだ……本当に嬉しかった」

 だから。そう言ってアーサーがふわりと微笑む。

「スズはボクの恩人なんだ」

 マリーが小さく息をついた。

「……まぁ、貴方にしては悪くない理由ですわね」

「そうかい?」

「だからって、スズに破廉恥なことをするのは許されませんけれど」

「……そうかい?」

「そうに決まってますわ!」

「ま、まぁまぁ! 二人とも!」

「なんだい!?」

「なんですの!?」

 アーサーとマリーに同時に睨まれる。なんで僕がこんな目に……と健太は内心で冷や汗をかきながら、必死に頭を巡らせた。

「え、ええと……そう! スズといえばさ! ちょっと能力も変わってるよね!」

 マリーが怪訝な顔をした。

「変わってる……? 魔物を食べるというだけの能力でしょう?」

「そ、そうなんだけど……ほら、スズの能力って貪食(ファゴサイト)でしょ? 免疫系の細胞が持ってる能力なんだけど、本来、貪食っていうのは異物を食べる以外にも、食べた異物の抗原を他の免疫細胞に掲示する能力が、」

「健太……もしかして、それで話を誤魔化そうとするおつもりかしら?」

「うっ……そっ、それはっ……!」

「あ」

 そこで、アーサーが小さく声を上げた。

 健太とマリーは少し歩いて振り返る。

 その時にはもう、アーサーは二人に背を向けて、来た道を走り始めていた。

 健太は慌てて声をかける。

「ど、どうしたの!?」

「忘れてた……!」

「忘れてたって、何を!」

「スズの部屋、ボクが壊したんだった! 早く行ってボクの部屋に泊めてあげないと!」

「とっ、泊めるですって!?」

 マリーがぎょっとしたように声を上げた。

「冗談じゃありませんわ! 年頃の男女が、同じ屋根の下で一夜を過ごすなんて……!」

 何を想像したのか、マリーの顔がさっと赤くなる。

「こうしちゃいられませんわ! 早く私がスズを保護しないと……!」

「あっ、ちょっとマリーまで……!」

 マリーがアーサーの背を追って駆け出す。

 健太も慌てて二人を追いかけた。

 夜といえども夏は夏だ。すぐに汗だくになる。


 距離は、大したことはなかった。程なくしてたどり着く。

 スズの住んでいる寮は改めて見てもひどい有様だ。

 壁に大穴が空いているし、部屋の奥まで瓦礫が飛び散っている。

 だが。

「……スズが、見当たりませんわね」

「そう、だね……っ……! 着いててもっ……いいはずなのに……っ」

「健太、これくらいで息上がってどうするんですの? もう少し鍛えなさい」

「ううっ……二人が早過ぎるんだよ……っ」

「どこかに行ってる、とか」

 アーサーの硬い声が響いた。

 食い入るようにスズの部屋を見つめるその横顔も、堅い。

 ようやく息の整ってきた健太は、首を傾げた。

「自分の部屋が壊れてるから、ってこと?」

「うん。例えば、今日の夜だけ、どこかで過ごそうと思ったとか」

「ありえませんわ。自分の部屋が壊れてるんですのよ? それを放ってどこかに行くなんて……私なら先生に正直に言いますわ」

「それはキミの話だろう」

「あっ……でも、先生ってところはあってるんじゃないかな。そうじゃなかったら学園の校舎の中、とか」

「……保健室」

 ぽつりとアーサーが呟く。

 健太は頷いた。

「そうだね。あそこならベッドもあるし、夜も過ごしやすいんじゃないかな」

「先生はこの時間に保健室にいると思うかい?」

「シエラ先生のこと? さぁどうだろう……もう夜も遅いし、帰ってるんじゃ……ってアーサー?」

 健太の返事も待たずに、アーサーが身を翻した。

 またどこかへ歩き出そうとする。

 しかしその腕を、今度はマリーが捕まえた。

「お待ちなさい! どこへ行くんですの?」

「保健室」

 鬱陶しそうにアーサーが振り返る。

 端正な顔に浮かぶのは明らかな焦りの色だ。

 そのせいだろうか。胸が妙にざわついて、健太は顔をしかめる。

「どうしたの、アーサー? いきなり保健室に行くなんて」

「信用出来ない。あの先生」

「何を言ってますの? シエラ先生は、スズの事情もちゃんとご存知ですのよ? それにスズが困っているのなら、必ず助けてくれるはず、」

「それが胡散臭いんだ」

 アーサーが低く呻いた。

「あの人、言ってることとやってることに矛盾が多すぎる」

「何が言いたいんですの?」

「スズが女だってわかった時、先生はボク達がスズの正体をもう知ってると思ってた、って言ってただろう」

「えぇ。それが?」

「でも、おかしいんだ。デパートでアイニを倒した直後、先生達が来ただろ? その時、スズだけ別のところで手当をしようって話になって」

「スズが女であることを隠すためでしょう」

「そう。ボクは知らなかったからね……でも、その時、先生はスズにこう言ってたんだ。まだ言ってないんでしょう? って。まるでボク達が、スズの秘密を知らないのを当然、って思ってるみたいに」

「……考え過ぎですわ」

「まだある」

 マリーの柳眉が僅かに寄る。

 だがアーサーの口は止まらない。

「スズの秘密を知っていたなら、スズがそれをどれだけ隠したいかも分かってたはずだ。じゃあなんで、ボク達がスズのいる部屋に入ろうとした時、止めなかったんだろう?」

 健太は恐る恐る声を上げた。

「そ、それは偶然、じゃないのかな? そうじゃなきゃうっかり、とか」

「そう思うかい、健太? あんなに部屋が綺麗で、几帳面に薬品の出入りの記録をとってるのに?」

「人間なんだから、それくらいの間違いは……」

「じゃあデパートで戦った時、どうして先生はスズの血液の入った小瓶を持ってたんだろう? しかも狙ったみたいに、それを魔物に投げつけて」

「ちょ、ちょっと待って!」

 健太はアーサーの言葉に耳を疑った。

「小瓶を魔物に投げつけた? 魔物が直接スズを攻撃したんじゃなくて?」

「健太の言う通りですわ! 実際に戦ってる時は、炎のせいでよく見えませんでしたけれど! 全体への説明の時の映像は、スズが魔物に襲われて……!」

「それが一番不可解な点さ」

 アーサーが目を光らせた。

「学園の皆にシエラ先生が説明した時、映像が差し替えられていたんだ。嘘だと言うなら思い出してみて。魔物に襲われて、あんなに血が出たはずなのに、スズはどこも怪我してないだろう」

「そ、れは……」

 健太の背に冷たいものが落ちる。

 マリーも青い顔をして黙りこんだ。

 そして腕を掴んでいたマリーの手を、アーサーは振り払って。


「……嫌な予感がするんだ」


 低く呟いて、駆け出した。

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