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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第四章 キミだから ― Not escape ―
20/31

どうして

***


 もうこれ以上走れなくなって、立ち止まった場所は人気のほとんどない街の商店街だった。

「も……っげんかい……っ」

 ペンキの剥げたベンチにスズは身を投げ出した。アーサーも肩でぜいぜいと息をしている。

 薄暗い夜の空気を、ぽつりぽつりと立った街頭が照らしている。

 軒を連ねる店は全てシャッターが降りていた。

 スズ達の他には酔っ払った大人だとか、怪しい若者だとか、道端にうさんくさそうな物を売っている年齢不詳の人間だとかがいるくらいだ。

「で……っ!? 結局なんだったんだよ……っ」

「だから……っ逃げてきたって……」

「なんでか、って訊いてんだろ……っ。精霊に追われるとか、普通考えられ、」

「あぁそれは嘘」

「はぁ?」

 ペンキの剥げたベンチに腰掛け、ぜいぜいと肩で息をしていたスズは顔をしかめて隣を見た。

「おい、嘘って」

 スズから一人分スペースを空けて座ったアーサーは、息苦しそうに天を仰いでいる。

 その息が整って、答えが帰ってくるまでには少し間があった。

「演技だよ。芝居うってもらったんだ」

「どういう、」

「そうしないとスズはボクと会ってくれなかっただろう?」

 返事に詰まった。

 酔った男の、調子っ外れな鼻歌が聞こえてくる。

 アーサーが小さく息をついて立ち上がった。

「あっ、ちょっ……」

 スズは咄嗟にアーサーの服の裾を掴んだ。もしかしてこのままいなくなるんじゃないか。そんなスズの考えを感じ取ったかのように、アーサーが小さく笑う。

「大丈夫。すぐ帰ってくるよ。だからそんなに不安そうな顔しないで」

「ふ、不安とか……!」

 そんな訳ないだろ! 口早に言ってスズはぱっと手を離す。熱くなる頬を見られたくなくて顔を伏せた。

「さ、さっさと行ってこいよ!」

「うん」

 まだほんの少し笑ったような声を残してアーサーが去っていく足音がする。

 なんだよ。その、なんでもお見通し、みたいな感じ。深々と息をつく。

 訳がわからない。わからないことばっかりだ。だからあいつのことは嫌いで……。

 ふと、道端に広げられている露天の一つが目に入った。

 並べられているのは安っぽい見た目のアクセサリーだ。ネックレス、指輪、暗闇で光るブレスレット。

 そして、髪留め。

 絡み合った蔦に、花を模した青い石が散りばめられている。

「あれ、欲しいのかい?」

「っ……!」

 すぐ近くで声がした。驚くスズの横を、缶コーラ二本を片手に持ったアーサーが歩いていく。

 露天の方だ。

 慌ててスズは追いかける。

「ちょっ……ちょっと待てって……!」

「すいません、この髪留め、いくらですか?」

「おい、別に俺は何も、」

「じゃあ、いらない?」

 露天の男と話していたアーサーが振り返った。

 彼の青い目はやけに静かだ。

 スズは言葉に迷う。

 一瞬だけ。

「……い……る……」

 ぼそぼそと顔を俯けて呟く。

 アーサーの顔は見えなかった。

 それでも彼が笑ったのは、なんとなく分かった。

 何か、店主と話している。頭をそっと触られる感触。それからパチンと小さな音がした。

 スズが顔を上げるのと、アーサーの手がスズの頭から離れていくのは同時だ。スズはおそるおそる指先を伸ばす。

 髪に、ほんの少し暖かい金属の感触がした。

「うん、髪留め似合ってるね」

 アーサーがにこりと笑った。嬉しそうだ。まるで自分のことみたいに。


 自分の、ことみたいに。


「……わけ、わかんねぇ」

「スズ?」

「なんで……なんでこんなことしてくれるんだよ。俺に……」

「うん? それはボクがしたかったからで……」

「そういうことじゃなくてっ」

 髪留めを握りしめる。声も体も震えた。でも、止めることなんて出来なかった。

 視界が滲む。

「俺、お前に嘘ついてたんだぞ……っ。男だって言って……っ」

「……そうだね」

「軽蔑っ、してるんじゃねぇのかよっ! 気持ち悪いってっ……女なんか……」

「…………」

「女なんか、いらないって……!」

「どうして」

「っ」

 淡々としたアーサーの声にスズは顔を上げる。

 そんなスズをアーサーはじっと見つめて言う。

「どうして、そんなことを言うの? まさかスズが男だからボクが友達になったとでも?」

「っ、そんなこと、はっ、」

「言ってないって? 言ってるようなものじゃないか! 女って分かってからボクからずっと逃げまわってたくせに!」

「そ、れは……っ」


「ふざけるな!」


 アーサーが両手でスズの体を掴んだ。

 その瞳を怒りで光らせている。

「女だから!? 男だから!? そんなくだらないことで決めてなんかない! 決めるわけないだろ! 馬鹿にするなよ!」

「アー……サー……」

「ボクは……ボクはっ……スズだから、一緒にいたんだ! 笑ってられた! 友達でいられた! キミだからっ……」

 アーサーがくしゃりと顔を歪める。

 その腕が震えていた。

 それでも震える腕でスズを抱きしめてくれた。


「キミが、いいんだ……」


 声を上げてアーサーが泣く。

 つられてスズの頬にも涙が伝った。

 腕の中は、暖かかった。




 それからどれくらい経っただろうか。

 みっともなく泣きわめいて、どちらからともなく泣き止んで、それでもなんとなく離れがたくて、じっとしている。

 あの露天は、いつの間にかいなくなっていた。

 そりゃあ確かに気まずいよな。ぼんやりと申し訳ない気持ちでスズが考えていたら、アーサーが小さくくしゃみをした。

「大丈夫か?」

「あぁ、大丈夫だよ。誰かが噂してるんじゃないかな」

 ちらりとアーサーが、近くの看板の方へ視線を送る。

 どうしたのだろう。スズが首を傾げれば、アーサーは悪戯っぽく笑った。

「アーサー?」

「いや? なんでもないよ……それよりもスズは寒くないかい?」

「えっ、俺は別に」

「本当? 無理しなくていいんだよ。なんならボクがこうやって暖めて」

「って、ひゃっ、ちょっ、お前どこ触ってっ」

 アーサーがさりげなくスズの腰元に腕を回す。もう片方の手は制服の前のボタンを外す。下に着ていたタンクトップが露わになる。

「は、破廉恥ですわ!!!」

「!?」

 突然、甲高い少女の声が響いた。アーサーと取っ組み合っていたスズが驚いて振り返る。

 先ほどの看板の傍に、顔を真っ赤にしたマリーが見えた。看板の影から半分だけ顔を出しているのは健太だ。

「こ、こんな往来の真ん中で白昼堂々何をしてらっしゃいますのっ」

「白昼ってまぁ、もう、夜だけど」

「お黙りなさい健太!」

「やぁ、マリーに健太」

 常のように、にこやかにアーサーが片手を上げる。だがスズは気づいてしまった。

 何故か目が笑ってない。

「お、おい……アーサー……?」

「ボク達をこっそり追いかけてきて、どういうつもりだい?」

「友達が夜中にふらふらと外に行くのを見たら心配して追いかけるものでしょう!」

 マリーがアーサーを睨みつける。

「というかっ! スズから手を離しなさいっ!」

「どうして? ボクはただ友達としてスズを暖めてあげようかな、と思って」

「ただの友人ならば、そんないかがわしい手つきはいたしませんっ」

 足音高くスズ達の方へ近寄ってきたマリーは、思い切りスズとアーサーを引き離した。

「ちょっとスズ! 貴方も何か仰ったらどうなのっ!」

「え、えぇ?」

「あぁもうぼーっとして……っ! 大体、制服の下がタンクトップだけってどういうことなんですの! 下着をちゃんと身に着けなさいっ」

「だ、だって……俺、胸とかないし……」

「そ、そういう話をしてるんじゃありませんのっ!」

 わなわなと唇を震わせてマリーに反論された。

 後ろではアーサーが爆笑し、健太がなんとも言えない顔をしている。

 静かだったはずの夜の空気は一気に賑やかになった。アイニを倒した後と同じだ。


 自分が、女だってバレる前と。


「……ぷっ、ははっ」

 それが嬉しくて、何故か面白くて、スズが小さく噴きだすと、三人の視線が一斉に集まる。

 三人とも、ぽかんとした表情をしていた。

 そして、揃ってぽつりと呟く。

「……かわいい」

「……は?」

 今度はスズがぽかんとする番だった。

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