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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第一章 ソロモンの再来 ― His Reason ―
2/31

犬よりも猫派

「えー、スズ君。先生は非常に悲しいです」

「何が」


 悪食狼オリヴィエルからなんとか逃げ切った翌日、スズが呼び出されたのは学園一のデートスポットと名高い場所だった。

 屋上でも体育館裏でもない。赤を基調としたこの部屋には、豪華なテーブルにふかふかのソファが置かれている。壁一面に窓がはめ込まれていた。そこから見えるのは整えられた街並み――五年前の魔物の襲撃からかろうじて逃れることの出来た街の半分だ。日が暮れると夜景がきれいなのだとか。

 いわゆる、応接室だ。デートスポットらしい。先生たちの間では。というより、目の前の白衣の男が以前言ってたことには。さらに言うと、この男しか言ってない、のだが。

 余計なことを思い出してスズがため息をつけば、男が首を傾げた。


「どうした?」

「別に」


 スズは小さく肩を竦める。ちらと視界の端に見えたのは窓に微かに映る自分の顔だ。銀髪に赤い目の自分は不機嫌全開だった。

 男が呆れたようにため息をつく。


「お前なぁ……朝からそんな顔やめろって」

「別に一ノ瀬先生には関係ないし」

「ほらまたそう言って……あのな、そういう返事するから皆から誤解されるんだろ? それが先生は悲しいって言ってんだ」

「…………」

「聞いたぞ? 昨日の夜だって、一人で悪食狼の群れと戦ったって」


 それは助けようとした相手に、逆に見捨てられたからだ。思ったが、わざわざ口で言うのも面倒だった。

スズがますます頬を膨らませると、一ノ瀬が額を押さえる。


「ったく……毎回毎回仏頂面で一人で抱え込んでよぉ……今日から大丈夫かねぇ……」

「大丈夫? それってどういう、」

「失礼します!」


 突然、後ろの扉が勢い良く開かれる音がした。聞きなれない明るい声はきらきらしていて、何故だか猛烈に嫌な予感を運んでくる。

 振り返りたくない。というか、振り返ったらそれはもう面倒くさいことになるんじゃないか。思って振り返らないのは正解だった。

 でも動かなかったのは不正解だった。


「ふ、えっ!?」


 王子様。回りこまれて、目の前にいきなり現れた少年に抱いた感想はまさにそれだ。くせのある金髪。真っ白な肌。

そして透明な、澄んだ空を思い出させる青い瞳。

 さっきの声以上にキラキラした容貌に、スズが思わず一歩退く。すると彼は正確に一歩詰めて。


「ここで会ったが百年目!」

「えええ!?」


 にこりと笑いながら言う発言じゃない。慌てるスズの頭上を、のんびりとした一ノ瀬の声が通り過ぎて行く。


「おー、スレイマン殿。お早いお着きで」

「あぁ、ミスター一ノ瀬。ボクのことは一生徒として扱ってください。余計な気遣いは無用ですよ」

「お、じゃあアーサーと呼ばせてもらうぞ。俺のことは一ノ瀬先生で構わんから」

「ちょ、ちょっと待った!」


 置き去りにされてたまるかとスズは声を上げた。不思議そうな視線が二つ。一ノ瀬が首を傾げた。


「どうした、スズ」

「どうしたもこうしたもあるか!」


 誰なんだよこいつ! 言いながらスズが指差せば、ぱっと顔を輝かせて少年が声を上げた。


「アーサーです!」

「いや、名前じゃなくて!」

「昨日の戦いを見て是非お近づきになりたいと思いまして!」

「昨日の、って……」


 スズは目を瞬かせた。一瞬浮かんだのは、オリヴィエルの群れの中で無謀にも戦おうとしていた男達だ。そういえば、自分と同い年くらいの少年がいなかったか。

 群れの中で無謀にも精霊を召喚するための魔法陣を描こうとしていた、青い瞳の――


「もしかしてお前、あの馬鹿……!?」

「はい、馬鹿です!」

「はいはい! ストップストップ! スズ、彼は転校生のアーサー・スレイマンだ」

「転校生? この時期に?」


 スズが訝しむのも無理はなかった。まだ月が始まったばかりとはいえ、七月は学園の前期課程の最終月なのだ。普通、転入してくるなら後期が始まる九月からだろう。

 だが、一ノ瀬はニヤリと笑うばかりである。


「アーサーはイギリスからはるばるここまで来てくれたんだ。魔物退治の専門家。一部じゃ『ソロモンの再来』って呼ばれてる、超エリート学生だ!」

「うさんくさい」

「まぁ、そう言わずに聞けって……日本に今回の〈穴〉が出来てから何年だ?」

「五年、だけど……」


 ちらりとスズがみやったのは、窓の向こう、青空にぽっかりと空いた大きな穴と真っ黒な塔だ。

 〈穴)と〈塔〉と呼ばれる。どちらも西暦二〇〇〇年から世界の各都市に突如出現したものだ。ただ出現するだけならよかった。

 問題は〈穴〉を通じて魔物が現れるということ、そして〈穴〉を塞ぐためには〈塔〉の最上階に住まう魔物を倒し、〈塔〉を破壊する必要があるということだ。

 一ノ瀬が頷く。


「そう五年だ。この街の半分が壊滅的な被害を受けてから、残った住人を守るために世界医術機関(WMO)の援助を受けてこの学園は設立された訳だが……いい加減、〈塔〉の魔物倒して〈穴〉を塞げ、って話になってな」



 世界医術機関――略してWMOは西暦二〇〇〇年の魔物出現を受けて設立された国連の機関の一つ。


 魔物に対抗するには、精霊と呼ばれる存在と契約を交わし、その力を行使する必要がある。

 精霊は魔物の出現と同時に世界中で確認されるようになった存在だ。

 その生態は多くが謎に包まれている。

 分かっているのは、世界各地に伝わる神話や伝承を模した形態をとるということ。

 そして一人の人間と契約を交わし、魔物を倒すための力を人間に与えること。

 そんな謎に包まれた精霊の力を研究し、世界各地の魔物の被害をとりまとめ、精霊と契約した人間を適切に被害国へ派遣する――それがWMOの任務である。

 この学園も、その任務の一貫だ。薔薇十字学園(ローゼンクロイツ)日本支部。日本に住む精霊と契約した人間を集め、魔物と戦う術を教える学園。そしてゆくゆくは現在、街に発生している〈穴〉を生徒と共に塞ぐ――それがこの街に学園が設立された当初の目的だった、のだが。



 先の一ノ瀬の説明の通り、未だ〈穴〉を塞げず、どころか魔物が現れる度に火消し的に戦っているのが現状で。


「まだまだなんじゃねぇの? 〈塔〉を倒すとか……そもそも〈塔〉の最上階にいる魔物だって、まだ誰も見てな、」

「そこで、ここにいるアーサー君の力を借りようってことになった訳だ!」


 学園中の生徒を代表してのスズの意見を、一ノ瀬が熱を込めて一蹴した。

 アーサーは困ったように笑っている。

 スズはといえば、少しむっとしたものの、ふーん、そうなんだ、と言うだけだった。

 自分には関係ない話だったのだ。

 スズの精霊であるミトラの能力、貪食(ファゴサイト)は魔物を食べるだけの能力で、それ以上でもそれ以下でもない。仮に学園総出で魔物に総攻撃をしかけることになっても、決して強い魔物……それこそ〈塔〉の最上階にいる魔物なんて倒せないだろう。



 あまりにも弱すぎて、昨日の悪食狼のような弱い魔物としか戦えない。

 周りはスズを馬鹿にして雑魚専と呼ぶ。



 そんな弱い自分からしてみれば、やれ『ソロモンの再来』だ、やれ魔物退治の専門家だ、などともてはやされているアーサーは遠い雲の上の存在で。

 いつになったら終わるんだろ。そうぼんやりと思って。


「ってことで、今日お前をここに呼び出したのは他でもない。アーサーがこの学園に滞在いる間、色々面倒を見てやってくれ」

「……は?」


 話を聞き流していたスズは一ノ瀬の顔をまじまじと見つめた。


「何で、俺?」

「ご指名だ」

「誰の」

「彼の」

 

一ノ瀬が片手で軽くアーサーを示す。

 アーサーが笑顔で頷く。

 ……いやいやいや。


「なんで俺がこんなよく分かんねぇ奴と……!」

「ボクの持てる権力駆使しておねだりしてみました!!」

「怖ぇえよ!? お前何者なわけ!?」

「いやぁ、仲が良さそうで何よりだ……これでこそ青春って感じだな」


 しみじみと一ノ瀬が頷く。人事だと思って……! 非難混じりにスズが睨みつければ、彼は清々しい笑みを浮かべた。


「じゃあそういうことだから! スズ、とりあえずアーサーに学校を案内して回ってこい」


 ぐいと一ノ瀬に背中を押される。先導するアーサーがわざわざ扉を開けて待っていた。だから何で俺が。廊下に出されたスズは一ノ瀬の方に向き直る、が。


「じゃあな。あ、これからこの部屋は俺がシエラさんを口説くのに使うから、立ち入らないよーに!」

「はぁぁ!? そっちが目的か! この馬鹿教師!」

「はいはーい。聞こえませーん」


 バタン、と音を立てて扉を閉められた。理不尽! 叫びだしそうになる。このまま放って帰ってやろうか。そうも思う、けれど。

ちらりとスズは隣に立つアーサーに視線を向けた。彼はすぐに気づいてきらきらした笑顔を向けてくる。

 眩しい。

 というか、痛い。


「行きましょう!」

「……ああもう! とりあえず、その呼び方やめろって! あと普通に話せ!」

「分かったよ! スズ!」


 スズは、ため息を一つつく。

 どうにもこの手の視線は苦手だった。全力で信頼していると言わんばかりで。

 ……そう、まるで犬みたいな。


「俺は犬より猫派なのに」

「スズ?」

「……なんでもない」


 ゆるりと首を振ってスズは歩き始めた。

 その後を追うアーサーが弾んだ声で問いかける。


「ねぇスズ!」

「なんだよ」

「これから、どこに行くんだい?」

「どこって」


 少し迷った。

 答えに、というよりは答え方に。

 だって、こんだけ振り回されて、正直に答えるのも何だか癪じゃないか。誰にともなくそう言い訳して、少し考えて。

 スズは口を開く。


「どこって、そんなの決まってるだろ……〈塔〉だよ」

「えっ!?」


 ちらりと見やったアーサーの顔に動揺の色が走る。

 それに少しだけ胸がすっとしながらスズは歩みを進めた。

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