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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第四章 キミだから ― Not escape ―
19/31

悪く思うな

 スズは、緊張した面持ちで保健室のベッドに腰掛けていた。

 これが始まってから、もう二週間だ。普通なら、もう慣れていたっておかしくはない。

 それでも、スズはやっぱりこれが苦手で。

 だというのに、腕に近づいてくる『それ』から目を離せないで。

「はい、終わりよ」

 そんなシエラの声と共に、腕から注射筒が離れていった。

 ベッドの端に腰掛けていたスズは、小さく息を吐き出す。

「やっぱり何回やっても注射は嫌いなのねぇ」

「痛いのが苦手なんです」

「その割にはいつも怪我ばかりしてる気がするけど……あぁ冗談よ、そんな顔しないで頂戴」

 シエラは笑いながら注射筒の中身をアンプルに入れた。赤い液体がガラス瓶の中でゆらりと揺れる。

「……なんか、変な気分です。俺の血が魔物に有効とか……ただの血にしか見えないのに」

「そう?」

「そうですよ。てか、一体どういうふうに使われてるんです?」

「少しでもスズの血液が魔物に触れればいいから……そうね、濃度をすごく薄めた液体が皆に配布されてるはずよ。必要に応じてそれを魔物に使用するの」

「そう、ですか……」

 やっぱり想像がつかない。スズが複雑な顔をすれば、シエラが表情をゆるめてアンプルを小脇に置いた。

 跪いてスズの両手をとる。

「もっと自信を持っていいのよ、スズ。実感がないのはわかるけれど……あなたのおかげで私達は魔物と戦えるの。あなたは皆を守ってるんだわ」

「…………」

「それとも、元気が無いのは、アーサー達のことを気にしてるから、かしら」

 スズは顔を跳ね上げる。やっぱり、と言いたげなシエラと目があった。

 シエラは困ったように微笑む。

「アーサー達、心配してるわよ。ずっとあなたに会いたがってる」

「す、いません……」

 目覚めてから二週間、スズはずっとアーサー達を避けるように行動していた。朝、目覚めたら真っ先に保健室に来て、ずっとシエラの実験の手伝い――といっても血を採られるだけなのだが――をしている。

 それでいいと、学園側からも言われたのだ。魔物を倒すことに必要なことだ、と。

 けれど、それを甘んじて受け入れているのは、きっと自分自身のせいだ。

「……こ、わいんです」

「怖い?」

「だって俺、嘘ついてたわけだし。あいつらは、俺が男だと思ってたから、一緒にいてくれてただけで……」

 スズは震える息を吐いた。

「……次に会って、女の俺はいらない、って言われたらどうしようって、思って」

「スズ……」

 シエラはスズの手を少しだけ強く握り直した。

「気持ちが落ち着くまでは、ここにいて全然構わないわ。逃げることも大切ですもの」

「そう、でしょうか……」

「そうよ。いい? あまり自分を追い詰めすぎては駄目。何かあったら先生、心配だわ」

「……は、い」

 スズが小さく頷くと、シエラはにこりと笑った。

「良い返事ね。そうだ、今日の夜にもう一度来てもらってもいいかしら? 会って欲しい人がいるの……」

 それから後のシエラの言葉はほとんどスズの耳に入ってこなかった。

 けれど、それもいつものことだ。

 採血の後は頭が少しぼんやりする。シエラへの返事はおろか、その後どうやって寮に戻ったのか分からないこともしばしばで。


 今日も、そうだ。


 気づいたら薄暗い寮の部屋に立ち尽くしていた。

「……薬……飲まないと……」

 ふらりとスズは机の上の小瓶に手を伸ばした。

 薬といってもただの鉄剤だ。適当に中身を出して、何錠か一気に口に放り込む。机の上に置き去りにしていたペットボトルから水を流し込んだ。

 このままで、いいんだろうか。

 胸の内で疑問が渦巻く。


 このままで本当にいい? ひとりぼっちのこのままで? 


 アーサーの笑顔が脳裏をよぎった。

 マリーのつんとした顔も、健太の困ったような笑顔も。

 それが全部、今は遠い。

 自分で選択したことのはずなのに。

 いつもの部屋の静けさが、やけに染みて。

「…………」

スズがペットボトルを握る手に力を込めた時だった。


「待てぇぇぇぇぇぇぇ――!」


 馬鹿馬鹿しいほど甲高い叫び声。にわかに騒がしくなる窓の外。

 不審に思ったスズが、窓の方を見ようとする。

 その瞬間、窓ガラスが派手な音を立てて砕け散り、何かが飛び込んできた。

「は……っ!?」

「あぁスズ! ちょうどいいところに!」

 言葉を失うスズの耳に、飛び込んできた何かの、慌てたような声が響く。

 一番会いたくない、彼の声。

「あ、アーサー……なんでここに……」

「逃げてきた」

「に、逃げるって……まさか魔物か!?」

「いや、そうじゃない、けど」

 口早に告げるアーサーはちらりと窓の外を見た。つられてスズも窓の外をのぞく。

 日はとっくに落ちていた。寮の周りは、街灯もほとんどなく、ろくに手入れもされていない茂みが近い。そのせいか、辺り一面暗かった。

 そんな中、

「そンなとこに逃げたって、無駄なンやからなぁ!」

 おさげをすごい勢いで揺らして近づいてくる少女の姿と、

「大人しく投降しろ~! 田舎のおっかさんも泣いてるぞ~! って感じだよね!」

 へらへらと笑いながら近づいてくる、金髪の姿があって。

「……な、なんなんだよあれ……」

「だから追われてる」

「はぁ?」

「詳しいことは後で話すよ! とにかく今は一緒に来て!」

「あっ、ちょっ……!」

 アーサーが、スズの腕を思い切り掴んだ。返事をする間もなく引き寄せられる。

 一拍遅れて、スズが立っていた場所が壁ごと吹き飛ばされた。

「は――!?」

 がらがらと、冗談みたいな音を立てて部屋の壁が崩れる。俺の部屋、だなんて思う間もない。

 崩れた先、人影は三つ。

「悪い子はびねがー!」

「ジヴ、それを言うなら悪い子はいねがー! だね~」

 おさげの声に、金髪がゆるりとつっこむ。

 おさげが、驚いたように金髪の方を見た。

「え、そうなン!? でもでも! ジヴは悪い人にも健康になってもらいたいンよ! 目にお酢かけたら、すぐに吸収されると思わン?」

「すごい、色々な意味で泣けそうだね~、それ」

 そんな突っ込みどころ満載の会話を繰り広げるおさげと金髪、はまだいい。

 洒落にならないのは、真ん中にいる男だった。

 例によって、例のごとく、あの男である。

「悪く思うな」

 赤髪を風に遊ばせ、ミカエルが笑う。短剣が飛ぶ。

 狙い過たず、スズの頬を掠めて短剣は床に突き立つ。

 二人は慌てて駈け出した。

「な、なななななんなんだよあれ!」

「追われてるんだって!」

「その理由を訊いてるんだよ俺は! 精霊が主人襲うとか、聞いたことねぇぞ!?」

「えっ、えーと……あ、アレだよ! 反抗期!」

「はぁ!? 反抗期って……」

 そんな訳あるか。廊下を走りながら叫びかけたスズの耳に、ミカエルの高らかな笑い声が聞こえてくる。

「お願いだ! スズ!」

「っ!?」

 アーサーがスズの腕を掴んだ。スズは体を震わせる。

 けれどアーサーは、そんなことにも気付く余裕はないみたいだった。

「ボクをあいつから逃して!」

「っ……分かったよ!」

 こっちだ! 寮の外へ飛び出し、アーサーを引っ張って、スズは近くの裏道に飛び込んだ。


***


 スズ達が、夜闇の落ちる茂みの中へ逃げていく。

 後を追って寮の外に出たミカエルは、眉根を寄せた。

ちょこまかと鬱陶しい。

「そんな小道に逃げたって無駄だぞ! 我から逃れようなど百年早むぐっ!?」

 高らかに宣言して、もう一度短剣を放とうとしたところで、思い切り口元を覆われた。

 細い、黄色の布だ。自ら意志を持つかのようにゆらりと揺れた布は、瞬く間もなくミカエルの全身を戒める。

 ミカエルは、たたらを踏んで地面に倒れこんだ。

「ラファエル! 貴様何を(むーっむーっむーっ)!?」

「はいは~い、ミーシャ、落ち着いて~。それじゃあただの悪役だよ~」

 金髪を揺らしてニコニコと笑うのは、ラファエルだ。その影から、おさげを跳ね上げてガヴリエルも現れる。

「おっしゃ! これで『どきっ、仲直り大作戦~ポロリもあるンよ~』計画第一段階成功やね!」

「そうだね~。ジヴの計画通り、いい感じで二人きりになれそうだよ?」

「やっぱり、アーサーの精霊としては、スズと仲良くしてもらいたいもンなぁ!」

「おい、これを解けラファエル(むーっむーっむーっ)!」

 頭上で交わされる、きゃいきゃいとした会話に負けじと、ミカエルはくぐもった声を上げる。

 しかし、ガブリエルは、日頃のお返しと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべるだけだ。

 ラファエルに至っては、呆れたように肩をすくめてみせる。

「嫌だよ~。解いたら本気で二人を狙いに行くだろう? 演技だって言ってるのに……よいしょっと」

「我の上に座るな(むーっむーっ)!」

「いやだなぁ、ミーシャ。思春期特有の反抗期かい?」

「そんな訳あるか(むーっ)!」

「上手くいくとええなぁ」

 ラファエルとミカエルが言い合う中、ガヴリエルは、しみじみと呟いて二人の消えていった小道の方を見つめた。


***


 そしてそんなミカエル達を、寮の脇から見つめる影があった。

 二人分だ。冷たい視線で、わいわい騒ぐミカエル達を見つめている。

 だがその視線も、やがては興味なさげに逸らされた。

 代わりに、二人が見つめるのはスズ達の消えていった方向。

 影達は、やがてどちらからともなく頷いて、裏道の方へ歩き始めた。



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