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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第四章 キミだから ― Not escape ―
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なにか、変なんだ

学園の大講堂にマイクを通した退屈な声が響く。学園中の生徒と教師が集まっているせいか、妙に熱気がこもっていた。そして緊張感も。

 当然か。何の感慨もなくそう思って、アーサーは前を見やった。

 巨大なスクリーンだ。ここ一週間の、街における魔物の被害の様子が映し出されている。

 厄介なのは、今回の被害が人の住んでいる方の区域で発生していることだ。

 街並みは破壊され、瓦礫で溢れている。映像のあちこちで、炎が燃え盛っている。

 アーサー達の襲われたデパートを皮切りに、人の住んでいる地域が十数箇所、学園自体も三箇所。被害を淡々と読み上げて、壇上にいた学園長はスライドを切り替えた。

「そこで我々は、予定していた魔物掃討作戦を前倒しで行うこととなりました。魔物の出現する〈穴〉を塞ぐためには、近傍に出現している〈塔〉、および内部に存在する〈塔〉の主を倒す必要がある、ということは皆さんも授業で習っていると思いますが……」

「ちょっと、ぼんやりしないでくださる?」

 ひそひそと声をかけられて、机に頬杖をついていたアーサーはやる気なく振り返った。後ろの席にマリーと健太が座っている。

「大事な作戦会議の最中ですのよ? そういう態度が全体の指揮に関わるんですわ」

「ちょ、ちょっとマリー」

 健太がおろおろとマリーを止めようとする。それでもマリーはアーサーを睨みつけたままだ。

 アーサーも眉根を寄せた。

「うるさいな……別にキミには関係ないだろ」

「大アリです。貴方は今回の作戦の要なんですのよ? 『ソロモンの再来』がいるからこそ、(わたくし)達は〈塔〉の中に攻め込め、」

「その名前は好きじゃない」

「……アーサー」

 深々とマリーがため息をついた。

「スズのことは私も驚いていますわ。まさか女だったなんて……」

 マリーが憂いを帯びた声で呟く。健太も目を伏せた。皆思い出しているのだろう。自分だってそうだ。アーサーは息をつく。

 思い出すのはスズが目覚めたと聞いて、保健室に飛んで行った四日前のことだ。

 

***


「まさかあなた達が知らなかったなんてね……」

 シエラは椅子に腰掛けながら深々と溜息をついた。保健室には、アーサーの他に困惑した様子のマリーと健太がいる。

 多分、自分も同じ顔をしてるんだろう。隣の部屋でやっと眠ったスズのことを思い、アーサーの胸の内は沈んだ。

 スズの上げたか細い悲鳴と、怯えた顔つきが頭をついて離れない。

「うっかりしてたわ……あなた達、仲が良さそうだったから……てっきりスズの方から話してるのだと思ってた」

「それは……自分が女だ、ってことでしょうか」

 健太が恐る恐るといった調子で問いかけると、シエラは一つ頷いた。

「まぁ、私以外の先生にもこのことは言ってなかったみたいだから、あなた達に言ってなくても不思議はないけどね……入学の時の書類も全部、誤魔化してたみたいだし」

「シエラ先生はなんで知ってらっしゃるんですの?」

「あの子、よく怪我をしてたから……診察の時に見てたのよ。最初に教えてもらったのは入学の時の血液検査の時だけど。マリーと健太もしたでしょう?」

 頷く二人の後ろには、血液の入ったアンプルが並ぶ棚があった。美しく整頓された棚には、アンプルや薬品の出入記録の紙も貼り付けられている。

 棚だけじゃなく、この部屋は何もかもが綺麗だった。綺麗すぎるほど手が行き届いている。

 うっかりしてた、というシエラの発言が似合わないほど。

 居心地が悪い。ぼんやりと思うアーサーの頭上を、マリーの声が通り過ぎて行く。

「それにしても……なんでスズは私達に秘密にしてたのでしょう?」

「……詳しくは知らないわ」

 でも、もしかしたら昔、何かあったのかもね。そう言ったシエラの目は何故か少し遠くを見ていた。


***


「……なにか、変なんだ」

「どういうことですの?」

 ぼそりと呟いたアーサーをマリーが不審そうに見やる。しかしアーサーがそれに応じる前に、壇上の声が変わった。

 シエラだ。白衣を羽織り、真剣な表情で話し始める。

「それでは引き続いて報告いたします。先のデパートにおける魔物の襲撃ですが、二つのことが確認されました。まずは今回の〈塔〉の中にいる魔物の主について」

 スクリーンの映像が切り替わる。画面一杯に映し出されたのは灰色のフードを被った少年だ。

「最初にデパートを襲撃したアイニが、この少年の手によって再度復活したのを確認しました。また、ここ一週間の魔物襲撃の際にも、この少年の姿は確認されています。このことから、恐らくは彼が、今回の〈塔〉における魔物の主であると考えられます。そして、」

 シエラは一度、言葉を切って辺りを見回した。

「この少年と共に現れる魔物は、種類の如何に関わらず、精霊の攻撃が無効化されるという現象が確認されています。この原因については未だ調査中ですが、対処法についての仮説がありますので、この場を借りてご説明いたします」

「え……」

 健太が小さく声を上げた。マリーも驚いたようにスクリーンを見つめている。

 そこにはスズの写真とデパートでの戦いが映し出されていた。

 スズが巨大な戯れ(ハボリュム)に攻撃される。その腕から血が吹き出す。しかしその血液が戯れ猫に触れた瞬間、戯れ猫の体は砂のように崩れていく――

「魔物が我々の攻撃を無効化する際には、魔物に触れた部分から砂のように精霊の攻撃が消滅します。しかし、こちらの生徒の血液が付着すると、それとは全く逆の現象、すなわち、我々が魔物の攻撃を無効化できるということが確認されました。このことから、この生徒の血液が今回の作戦の要の一つになると考えられ……」

 シエラの言葉は淡々と続く。

 アーサーはそんな彼女をじっと見つめていた。


***


「よくやったわね」

 真っ暗な〈塔〉の部屋に無感動な女の声が響く。

それに、クロガネは勢い良く笑顔で頷いた。彼が見つめる先には、大人の大きさほどの巨大な丸い鏡が置かれている。

 僅かにぼやけた鏡面には、声の主である女の姿がぼんやりと浮かんでいた。

「そうだよね! 僕、がんばったんだ! 特にこの前のデパートで戦った時とか! ママの言いつけ通りに出来てたでしょ?」

「えぇ、完璧だったわ。フードでちゃんと顔をも隠していたし。今度会った時はご褒美をあげましょう」

「本当!? あっ、でも……ママ、今度はいつ帰ってくるの?」

「なんとも言えないわ。こっちも忙しいのよ」

「そ……っか……」

 クロガネはほんの少し顔を俯けた。すぐさま女がため息をつく。

 慌てて彼は顔を上げた。

「だ、大丈夫だよ! 僕、我慢できるもん!」

「…………」

「僕はいい子でしょ? 何でも言ってよ! ちゃんとママの言う通りするから!」

「じゃあいつ帰ってくるか、なんて訊かないで。鬱陶しいわ」

「うん! 言わない! 勿論だよ! 言わないから……」

 クロガネは精一杯の笑みを浮かべた。

 ぎゅっと服の裾を握りしめる。

「ねぇ、ママ……僕はいらない子じゃないよね?」

「あらあらぁ、ローランじゃないの! 元気にしてた!?」

 返ってきたのは打って変わってはしゃいだ声だった。

 はっとしてクロガネが振り返れば、部屋の奥から青年――ローランが気まずそうに顔を出しているのが見える。

 その胸元で、赤い宝石のついたペンダントが揺れた。

「あ、えっと、久しぶり」

「そんなに畏まらないでいいのよ! もっとこっちに来て頂戴……あら、少し痩せたんじゃないの?」

「えーうーん、どうなんだろうね?」

「貴方って子は本当に自分のことに構わなさすぎるんだから! 何かあったら連絡なさいよ? すぐにでも飛んで行くんだから」

「うん、まぁ心配しすぎないで……」

「あぁそれよりローラン、聞いて! もうすぐ貴方をこの〈塔〉から自由にしてあげられそうなの……!」

 ローランが、クロガネの方へちらりと視線を送ってくる。

 同情するような目つきだ。それがクロガネの中のプライドを大いに傷つけて。

「っ……」

 クロガネは唇を噛み締めて、身を翻した。足音高く二人の元を去る。

 それでもきっと、気づくのはローランだけで、彼女は微塵もそのことに気づかないに違いない。

 ……どうして僕を見てくれないの。

 そう思ってしまって、クロガネの足は自然と止まる。

「く、クロちゃん」

 立ち並ぶ柱の影から、おどおどとアイニが姿を現した。人型に戻ってはいたが、クロガネよりもずいぶん小さい、子供のような姿をしている。

 スズに消された分の炎が戻ってきていないのだ。

「大丈夫ぅ……?」

「…………」

「あの女の言うことなんか気にしなくていいわよぅ! 今回のことだって、結局は全部クロちゃんが頑張ったんだしぃ! そもそもあの女だって、偉そうに言うだけで何もしてないんだしぃ!」

「……うるさい」

「ひっ」

 クロガネはアイニの腕を掴んで睨みつけた。彼女は怯えたように体を震わせる。

「でっ、でもぉ……!」

「魔物(お前ら)に認められるんじゃ意味が無いんだ……ママに認めてもらわなきゃ……ママに……」

「クロちゃん……」

 ……もっといい子にならなきゃ。

 あいつみたいに、捨てられるのはごめんだ。

 ぼそりと呟いて、クロガネは乱暴にアイニを突き放した。背後で、彼女が何かを言っている。

 けれど、ふらりと歩き出したクロガネの耳には少しだって入らなかった。

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