表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第三章 戯れ猫 ― Her Reason ―
16/31

もう、いい

 爆風が吹きつける。屋上が、瞬く間に炎でうめつくされた。地面が大きく揺れる。スズはたまらず地面に膝をつける。

 空からは狂ったような少年の笑い声が聞こえる。

 見る間に、青空を覆い尽くすほどの炎が少年の周りに渦巻く。形を成す。

 現れたのは、アイニと名乗った、先ほどの女の姿……ではない。

 獣だ。

 今までとは比べ物にならないほど、大きな戯れ(ハボリュム)


「ミカエル!」


 アーサーの前に魔法陣が輝いて、ミカエルが姿を現した。同時に出現させた無数の短剣が巨大な戯れ猫に向かう。

 しかし、 短剣はその体に触れた途端、砂のように粉々になって消えた。


「っな……!?」

「ふふっ、そんな攻撃、効くわけないだろ! アイニ!」


 少年にアイニと呼ばれた巨大な戯れ猫は、頭が痛くなるほどの金切り声を上げる。炎を吐き出す。

 ミカエルがそれを受け止めた。だが勢いを殺しきれずに後ろのアーサーごと吹っ飛ぶ。

 スズは青ざめた。


「アーサー!?」


 ミカエルが消える。地面に倒れたアーサーはぴくりとも動かない。

 その隣をサキエルの生み出した水が駆け抜けていく。

 だがそれも、巨大な戯れ猫に触れた傍から砂のように消える。消えてしまう。


「なんですの……っ、攻撃がきかないなんて……!?」


 今までとは明らかに違う空気にマリーが焦りの声を上げた。


「あははっ、当然だろっ」


 少年が馬鹿にしたように笑った。


「君は僕の敵なんだから! 敵の攻撃を受けるわけないじゃん!」

「どういうことですの!?」

「これ以上は自分で考えれば? じゃあね、おバカさん」


 増殖(グロウ)


 そう呟いて、楽しげに少年が指を鳴らした。

 途端、勢いを増した炎が燃え盛りうねって、マリー達を囲む。マリーの悲鳴を残して瞬く間に彼女たちの姿が見えなくなる。

 残されたのはスズとシエラだけだ。


「そん、な……」


 スズの声に少年はうっとりと息を吐いた。


「うーん、いいなぁ、その顔……やっぱりスズはそうでなくちゃ」

「どうして俺の名前を……?」

「さぁ、どうしてだと思う?」


 ニヤニヤと少年が笑う。軽い足音を立てて、巨大な戯れ猫と共に地面に降り立った。

 熱風が吹き抜ける。少年のフードの裾を揺らす。

 その圧倒的な威圧感にスズは思わずたじろいだ。


「っ、来ないで!」


 シエラがスズを立ちはだかる。きっと少年の方を睨みつける。

 少年がピタリと足を止めた。


「……でもやめてよ、そういうの」


 最初の言葉ははっきりとは聞こえなかった。

 それでも声音はひどく不機嫌そうで。少年の口元からは笑みが消えて。

 フードの下から少年の瞳だけがちらりと見える。

 冷えきった、赤い瞳。その目を自分は。


 知って、いる? 


 自然と導き出された結論にスズの心臓が一つ跳ねる。思考が止まる。

 ずきりと頭が痛んで、スズは顔をしかめた。


「もう、いい。お前死ねよ」


 少年の声が遠くから聞こえた。

 何もかもが奇妙なほどゆっくりと動く。

 巨大な戯れ猫が唸り声を上げながら襲いかかってきた。

 シエラが懐から何かを取り出して投げつける。

 小瓶だ。

 戯れ猫の角に当たって砕ける。赤い液体が体にかかる。

 その液体がなんなのか。何故シエラが小瓶を投げつけたのか。少年が何故スズを殺そうとするのか。そもそもどうして自分は彼のことを知っていると思ったのか。分からない。何一つ分からなかった。

 でも、その答えを、本当は、知っている気がして。


「っ……」


 頭が痛む。耳鳴りが酷くなる。鼓膜を揺らす音に混じって、記憶の中の雨の音がした。

 あの大嫌いな雨の音。ノイズまじりの女の声。違う。そうじゃない。どうして今そんなことを思い出すんだ。

 逃げなきゃ。先生と一緒に。思う。思うのに現実と記憶の境が曖昧になっていく。

 目の前では、魔物が。敵が。目の前にいて。今にも襲おうとしていて。

 記憶の中では、女が。ダークブラウンの髪を揺らした彼女が。雨の中、背を向けて去ろうとしていて。


 それが……自分は。


「――っ、いやだ……っ!」


 スズが悲鳴を上げた瞬間だった。

 何の前触れもなく、シエラの目前まで迫った戯れ猫の頭部が砂のように粉々になって消える。

 少年が驚いたように声を上げる。

 そして。



「やっぱり」



 誰が呟いたのか分からない言葉。それを最後にスズの意識はぶつりと途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ