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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第三章 戯れ猫 ― Her Reason ―
14/31

どうしようもないだろ!

 防御機構(シールド)で阻まれたすぐ向こうでは戯れ(ハボリュム)が耳が痛くなるほどの鳴き声を上げている。

 それに紛れてあちこちで聞こえるのは悲鳴だ。逃げ遅れた人がいるのか。 いや、そんなはずはない。違う。これは逃げている最中の人の声だ。

 そのはずだ。


「っ、アーサー! そっちはどうなってる!?」

「もう誰もいないよ!」


 少し離れたところで一般客を誘導していたアーサーの声にスズは頷いた。


「よし、俺達も逃げ、」

「つまらないわぁ」

「っ!?」


 ガラスが割れるような音が屋上に響き渡った。

 ふきつける熱気、立っていられないほどの衝撃。視界が瞬く間に土埃で奪われる。


「ねーぇ、アナタの精霊はどんな子なのぉ?」


 目の前に降り立ったアイニをスズは睨みつけた。


「なんでそんなこと聞くんだよ」

「アナタが攻撃してこないからよぉ。ねぇ、反撃もしてこないのぉ? ただ逃げるだけぇ? それとも……反撃なんかできないくらい弱いのかしらぁ?」


 スズが唇を噛み締めて一歩後ずさる。

 アイニがすい、と目を細めた。


「そんな雑魚にやられただなんて、ますます猫ちゃんが浮かばれないわぁ……本当に」


 かわいそう。憂うようにアイニが呟いた瞬間、彼女の周囲に十数匹の戯れ猫が現れた。

 あまりの数にスズは息を詰める。逃げようだとか反撃しようだとか、そんな考えは一気に吹き飛んだ。

 体が動かない。

 アイニが馬鹿にしたように笑う。


「まずは一匹、っ!?」


 次の瞬間、鮮血を宙に舞わせたのはアイニの方だった。周囲の戯れ猫が内側から爆発する。肉片が飛び散る。

 アイニの肢体を貫くのは赤い刃をもつ短剣。


「――主の命とはいえ、雑魚を助けるのはひどく不快なものだな」


 傾ぐアイニの体の向こうから不機嫌そうな声が聞こえた。

 アーサーの隣だ。赤髪を風に揺らしてミカエルがゆるやかに構えている。

 アイニが何かを言おうとした。しかしそれさえも許されぬまま、彼女の体もまた、内側から爆発する。


「っ!?」


 スズは思わず息を詰めた。べちゃりと生暖かい物が当たる感触。なまじっか人型だったせいで、夢にまで出てきそうだ。

 思わずミカエルを睨みつければ、彼は素知らぬふりをしてそっぽを向いた。


「スズ、大丈夫かい!?」


 アーサーが駆け寄ってくる。スズはそれに応じようとした。

 が。


「うふふふふふっ! 見ぃつけたぁ!」


 響き渡ったアイニの声にスズとアーサーは顔を跳ね上げた。ミカエルも不審そうに辺りを見回す。

 屋上に、三人以外の姿はない。ない、が狂ったような笑い声と共に辺り一面から声がする。


「この攻撃、忘れもしないわぁ!」

「同じような手に何度もひっかかると思ったぁ?」

「あぁその顔、たまらない!」

「貴方が『ソロモンの再来』の精霊ねぇ!」


 突然、炎がミカエルの目の前に現れる。そこから飛び出してきたアイニにミカエルは慌てて短剣をかざした。

 金属音。短剣の刃はアイニの長く伸びた爪を阻んでいる。

 ミカエルが柳眉を潜めた。


「貴様……!」

「いいわぁ、その顔! でもまだまだよぉ!」


 アイニの言葉が終わるやいなや、屋上一面に炎が巻き起こる。その中からゆらりと戯れ猫が現れる。

 ミカエルが舌打ちして、さらに短剣を喚び出す。短剣は現れた戯れ猫に片っ端から突き立ち、爆発する。

 けれど爆発しても飛び散るのは炎だけで、その炎からまた別の戯れ猫が現れる。数がどんどん増えていく。

 戯れ猫の一匹がスズ達に向かって炎を吐き出した。

 攻撃を避けながらアーサーが呻く。


「なんなんだ一体……!」

「っ、ミトラ!」


 スズは素早く指先を躍らせる。白い光で描かれる魔法陣からミトラが唸り声を上げて飛び出す。

 それでも、駄目だ。戯れ猫の胴をミトラが噛みちぎっても、そこから炎を吹き上げて二匹の別の戯れ猫が生まれる。

 スズは小さく舌打ちしてアーサーの腕を掴んだ。


「逃げるぞ! 適当なタイミングでミカエルを引っ込めろ!」

「スズ……っ!?」

「俺達だけでなんとか出来るような相手じゃない! 分かるだろ!」

「でもまだ街の人達がいる!」


 アーサーの悲鳴のような声は、スズの胸に突き刺さった。

 そうだ。まだ街の人たちが完全に避難しきれていないのだ。分かっていた。そんなことは、言われなくても。

 でも、このままじゃアーサーの命だって危なくて。

 今の、自分にはどっちも救う力なくてあるはずもなくて。


「……っ、どうしようもないだろ!」


 スズは泣き言を飲み込んで叫んだ。

 ミトラを呼び寄せる。アーサーを無理矢理ミトラに乗せる。自分も飛び乗る。

 アーサーが何かを言っていたが無視してミトラを走らせた。

 炎と戯れ猫は今にも屋上を覆い尽くそうとしている。

 給水塔に戯れ猫の攻撃が当たった。

 水が中から噴き出し、炎をかき消す。

 けれどそれも一瞬のことだ。

 消えるはずの炎がまた生まれる。その炎が戯れ猫を生む。

 アレでも駄目なのか。

 顔をしかめるスズの視界には戯れ猫以外の魔物の影も見え始めていた。

 悪食狼(オリヴィエル)だ。

 騒ぎを嗅ぎつけて、低級の魔物が集まってくるのは珍しい話じゃない。

 ミトラは、戯れ猫の攻撃をぎりぎりのところでかわす。そうしながら、屋上にぽつんと突き出た建物の、扉を突き破って飛び込む。

 薄暗い空気にぼんやりと浮かぶのは、階下へ続く階段。

 迷わず駆け下りるミトラ。

 そしてスズ達とすれ違う人影――


「汚れしものを滅せよ――消魔(イレイズ)


「え!?」


 澄んだ少女の声がした。スズが振り返る。

 同時に入り口が爆発した。

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