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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第三章 戯れ猫 ― Her Reason ―
13/31

寝言は寝てから言ってください

 結局、昼ごはんにありつけたのは二時近くになってからだった。屋上の出店で、アーサーはハンバーガーとポテト、スズはハンバーガーと紅茶を買う。

 ちなみに、屋上に来るまでも一軒服屋に立ち寄り、それとは別に三軒、ふらふら歩き出しそうになったアーサーを強制的に引きずりだした。


「……俺はもう絶対、お前と買い物には行かない」


 屋上のベンチで深々とスズは肩を落とした。照りつける日光が眩しい。暑い。おまけに周りではしゃいでいる子供の声や人の声が余計に疲れに拍車をかける。


「えぇ? どうしてだい? ボクは楽しかったよ?」

「うるさい」

「やっぱり一人より友達と一緒の方が楽しい」

「……うるさい」


 なんでお前はそう、恥ずかしげもなくさらっと言えるんだ。

 スズが少しばかり顔を赤くしている間にも、アーサーはポテトをひょいひょいと口に放り込み、二個目の照り焼きチキンバーガーを頬張る。


「そういえば、相談があるんだ」

「なんだよ」

「ふぉかふぃもふぉふぉふぁちふぁ」

「飲み込んでから喋れ」


 もぐもぐ、ごくん。喉を大きく動かしてからアーサーは改めて口を開いた。


「他にも友達を作るにはどうすればいいかな?」

「寝言は寝てから言ってください」

「む! ボクは本気だよ!」


 スズが野菜バーガーをシャクシャクと噛みながら適当に流すと、珍しくアーサーが反論した。

 いやいや本気て。スズは冷めた目でアーサーを見つめた。


「あのなぁ……お前、四六時中クラスの奴らに囲まれてたじゃん。そいつら友達だろ」

「あぁ言うのは友達とは言わない」

「選り好みする子に育てた覚えはありません」

「えっ、ボクはスズの子供じゃないよ?」


 冗談を無邪気に返されることほど辛いことはない。スズが渋い顔をすると、アーサーはだって……と顔を俯けた。


「彼らは物珍しいから寄ってきてるだけだろ」

「ぜーたく。俺なんか寄られたこともないのに」

「そっちの方がいいじゃないか。下心がなくて」


 下心ってなんだよ。そう言いかけた言葉をスズは最後のハンバーガーの欠片と共に飲み込んだ。

 いわゆる転校生ゆえの悩みってやつなのかもしれないし。


「てかさ、じゃあお前はどういう風な感じで友達作りたいわけ?」

「え? それはやっぱり曲がり角を曲がったところでぶつかって、最初は喧嘩しながらも段々相手のことを意識するようになって、もやもやしてる期間に世界を滅ぼす悪の組織が二人を襲うから、最終的には二人で正義の味方に変身して夕日に向かってお仕置き、」

「うん、とりあえず色々混じってるな。てかその定義だと俺とお前友達じゃねぇし」

「……あ」

「今気づいたのかよ」

「じゃ、じゃあとりあえず曲がり角曲がる所から……」

「なんでそこからしなきゃいけないんだ」


 スズはため息をついて空を見上げた。

 晴天だ。青い。


「まぁ、よく分かんねーけどさぁ……やっぱ選り好みはよくないと思うぜ? こいつらは最初から駄目、って決めつけるのもさ」

「そうかな」

「だって大して関わってないわけだろ。一度に全員相手しろとは言わねぇけどさ。まぁ少しずつ一緒にいる時間増やしていけばいいんじゃねぇの……俺以外のやつともさ」


 最後の言葉を言うには少しだけ勇気が必要だった。


「スズは優しいね」


 返事はくすぐったい。まともに振り向けなくて、ちらりとだけ見やればハンバーガー片手に彼はにこりと微笑んでいる。


「…………お前、それ何個目のハンバーガー?」

「え? 三個目だけど」

「食い過ぎじゃね?」

「そうかい? あ、なんならスズ食べるかい? 一個しか食べてないよね」

「しか、っていうか、一個で十分なんだよ俺は」

「小食なんだ。女の子みたいだね?」


 アーサーの言葉に、スズは思わずむせそうになった。喉にはりついたレタスを急いで紅茶で流し込む。


「おっ、女の子みたいって……! そんな訳ないだろ!」

「うん。だから、みたい、って言ったんだよ?」

「冗談でも変なこと言うなよな……ったく、心臓に悪い……」


 だらだらと喋る昼下がり。こんなのもまぁ、悪くはないかもしれない。スズがそう思ったところで生ぬるい風が吹く。

 少し強い風だ。近くの女の子が持っていた風船がさらわれる。風に乗って飛んでいく。

 そして――空中で燃え上がった。


「え――!?」


 耳障りなサイレンの音が鳴り響く。屋上のあちこちで携帯端末がけたたましく鳴動する。

 騒然とする屋上で、降り注ぐ軽やかな女の声。


「いたいたぁ! さっすがクロちゃんの言う通りねぇ!」


 スズは顔を上げる。赤い女だ。宙に浮いている。

 周囲を舞い散る炎と、たくさんの戯れ(ハボリュム)


「ソロモン七十二柱が一柱、アイニ」


 妖しく微笑んで、魔物は――アイニは言葉を続けた。


「あたしのネコちゃんの敵、とらせてもらうわよぉ?」


***


「効果は鎮痛と鎮静――局所麻酔(ローカルアネステイシア)


 一ノ瀬の言葉が終わるやいなや、彼の描いた魔法陣が輝き、緑色の光が散る。

 光は一匹の蜂の形をしていた。

 それが、腕に怪我をして泣き喚く子供を刺して消える。

 途端、子供がぴたりと泣き止む。

 一ノ瀬の精霊の能力である麻酔が効果を示す。

 子供が目を瞬かせた。


「あ……れ……?」

「どうだ、痛くないだろ?」

「う、ん……」

「あくまで痛み止めだからな。ほら、お母さんと一緒に早くここから逃げるんだ」

「うん……!」


 勢い良く頷く小さな背を押して、一ノ瀬は子供を母親の元へ返してやった。

 そして改めて辺りを見回す。

 相変わらず、避難を促す放送と悲鳴があちこちで飛び交っている。時節建物自体が揺れた。それがますます恐怖に拍車をかける。


「落ちついて……! 落ち着いて避難してください!」


 最悪だ。そう心の中で毒づきながら一ノ瀬は声を上げていた。

 折角のデートの日だというのに。それもただのデートではない。あのシエラからやっともぎとったデートなのだ。移動プランから買い物プラン、食事ともしかしたらのホテルのプランまでバッチリ立てて来たというのに……!


「阿呆なことを考えとる場合か!」


 耳元で一喝された。これが絶世の熟女であればよかったのに。そう思った一ノ瀬は耳を思い切りつねられる。


「痛い痛い!? シャティエル何すんだ!?」

「ふん、懸想しておるからじゃ!」


 一ノ瀬の肩で、彼の精霊であるシャティエルが鼻を鳴らす。


「集中せえ! この建物の防御設備(シールド)もそう長くは保たんぞ!?」


 窓の外では戯れ(ハボリュム)が忌々しそうに体当たりしては見えない壁に弾かれている。だが、シャティエルの言う通りではあった。

 少しずつヒビが入り始めているのだ。

 一ノ瀬は小さく舌打ちする。ちらりと腕時計を見やる。学園側の応援が来るのはあと少しか。


「シエラさん! 俺、逃げ遅れた人がいないか、上に行って見てきます!」

「私も行くわ!」

「でも……!」

「戦闘向きの能力じゃないってのはお互い同じでしょ! なら人手は少しでもあった方がいい!」

「っ、分かりました! お願いします!」


 逡巡はあったが、迷っている暇はなかった。一ノ瀬はシエラと共に駆け出す。

 何かあれば、彼女を守ればいいのだ。それでますます絆が深まる。

 一瞬よぎった考えを読み取ったかのように、シャティエルが一ノ瀬の耳をもう一度つねった。

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