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ソロモンズ リング -gold of King, silver of Ring-  作者: 湊波
第三章 戯れ猫 ― Her Reason ―
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食べちゃいたいくらい

「先生はなぁ、思うわけだよ。男にとってはな、リスクのある恋ってのはロマンだ、ってな。だから危ない恋とかしちまうわけよ」

「…………」

「正反対の立場とか特にいいよな。付き合う前から二人で困難を乗り越えていくわけだ。そこに絆が生まれ、愛が生まれる。そのためなら俺はなんだって、」

「一ノ瀬先生、その話の結論は?」

「人妻最高!」

「…………」


 駄目だ、この大人。スズは深々とため息をついた。

 夏休み初日である。街一番のショッピングモールには人がごった返していた。専ら盛り上がっているのは女性客の方で、フロアの片隅にはくたびれた顔をした男性客が何人もいる。

 スズも一ノ瀬もその中の一人だ。待つ側の人間である。


「しかしなぁ……まさか日曜日までスズに会うとは思わなかったぞ。なんだお前、とうとう彼女でも出来たのか」

「違います、先生と一緒にしないでください」

「俺はまだ口説いてる最中だぞ? 立ち位置的にはまだシエラさん専属の下僕。今日は荷物持ち兼財布」

「真面目に答えんなよ……」

「まぁまぁ! で、実際のところはどうなんだ? ん?」


 やけに上機嫌な一ノ瀬を鬱陶しく思いながらもスズは渋々答えた。


「……ただの道案内です。あいつが来たいって言ったから」

「あいつ?」

「アーサー」


 スズは一つ息をついた。


「あいつ、折角の夏休みだっていうのに俺のとこに朝っぱらから上がり込んできて……」

「で、頼まれたと」

「無理やり連れだされたんです! しかも服買うだけのくせにやたら店回るし、買ってるのはTシャツばっかだし、そもそも変な柄だし……!」

「スズよ」

「なんですか!」


 きっと一ノ瀬の方を睨みつけた。

 何故か彼はニヤニヤしている。


「お前、楽しそうだな」

「っ! そんなことないです!」

「いやぁ! お待たせスズ。つい買いすぎてしま……うん? どうしたんだい、そんなに顔を赤くして」

「うるさい!」


 ぱんぱんに膨らんだ買い物袋を持って駆け寄ってきたアーサーが目を瞬かせる。そんな一ノ瀬は手招きした。


「アーサー、これには深い訳があってな……」

「あ、一ノ瀬先生こんにちは……で、訳というのは」


 一ノ瀬が声を潜める。アーサーが目を丸くして頷く。そのどれもにますます苛立ったスズが声をあげようとした時だった。


「あらあらぁ、駄目よ? 男の子のからかいを本気にしちゃ」

「!?」


 耳元で艶やかな声。甘い香り。スズはビクリとして振り返り、声を上げる。


「し、シエラ先生……」

「ふふっ、相変わらず可愛いわねぇ、その反応……ほんとに」

「ふえっ!?」

「食べちゃいたいくらい」


 学園随一と噂される豊満な胸を密着させられ、シエラが色っぽくささやく。

 アーサーが目を丸くしてスズの方を見つめる。

 慌ててスズは声を上げた。


「ち、ちがっ……違うからな! シエラ先生の趣味だからこれ!」

「あらあらぁ、これはただの挨拶よ。趣味はもっと真っ当だもの」

「……人の血液集めるのが趣味な方がよっぽど真っ当じゃないと思うんですけど」

「血液?」


 スズの言葉にアーサーが首を傾げる。

 シエラが口を開いた。


「あなたは……そうか、噂の『ソロモンの再来』君ね? はじめまして。保健医のシエラ・クロウリーよ」

「アーサー・スレイマンです」

「アーサー、ね。気が向いたらいつでも保健室にいらっしゃい」

「えっと……さっきのスズの言ってた趣味っていうのは……」

「あぁ、私は精霊使いの血液の研究をしているのよ。趣味と実益を兼ねて……良かったら、アーサーも是非協力してくれると嬉しいわ。もしかすると、何か特別な成分があるかも、」


 そこで一ノ瀬が勢い良く手を上げた。


「シエラさん! 血液ならいつでも俺のを採取し、」

「黙れ下僕」

「……はい」


 一ノ瀬に満面の笑みを浮かべてシエラが告げる。しゅん、と一ノ瀬がうなだれた。

 スズとアーサーは顔を見合わせるが、シエラは美しい笑みを浮かべるばかりだ。


「これは気にしないで」

「は、はぁ……えっと……シエラ先生はこれからどうするんですか? 俺達はそろそろご飯食べに屋上に行こうかなって思うんですけど」

「あら、それは素敵ね……でも、今日は遠慮しとくわ」

「え?」


 首を傾げるスズに向かって、シエラがウインクする。


「二人の邪魔しちゃ悪いもの」

「邪魔って、」

「じゃあ、そろそろ私達は行くわね」


 シエラはそれ以上の追求をスズに許さなかった。

 にこりと笑う。


「二人共、夏休み楽しんで頂戴」


 そう言って、シエラは一ノ瀬を引き連れてどこかへ行ってしまった。

 あとに残されたのは、いまいち状況に乗り切れていないスズと、丸くした目を何度も瞬かせるアーサーで。


「スズ、先生たちはどういう関係なんだい?」

「あー……一ノ瀬先生がシエラ先生を狙ってるんだよ、多分」

「狙ってる!? 暗殺かい!?」

「なんでそんな物騒な話になるんだよ! そうじゃなくて恋とかそういう奴だよ」

「ワオ! それは素晴らしいね!」

「うん……うーん……?」


 問題はシエラが既婚者ということなのだが。そういえば子供も離れたところに住んでるとか言ってなかっただろうか。


「……まぁ、いいや」

「スズ?」

「いや、何でもない。それよりさ、俺達も昼飯食べようぜ? もう一時じゃん」

「あ! 確かにそうだね!」

「よし、じゃあ下に降りるか。ほら、その荷物持ってやるから」

「え、でも」

「気にすんな。俺手ぶらだし……っと、すいません」


 さり気なくアーサーの買い物袋の一つを持ったところで、前から来る人に肩がぶつかった。

 栗色の長い髪の少女だ。いかにも品の良さそうな身なりをしている。少女はスズの方をじろりと見るなり鼻を鳴らして去って行ってしまった。


「……なんだよ、感じ悪いな」

「あっ! ちょっとあそこのTシャツ、ずっと探してた服だよ! スズ、少し待ってて!」

「おい馬鹿! まだTシャツ買う気かよ!?」


 ふらふらと歩き出すアーサーをスズは慌てて追いかけた。


***


 人混みの中を銀髪と金髪が消えていく。その後ろ姿をじっと見つめていた少女は目を細めて呟く。


「見つけましたわ」

「マリー? どうかしたの?」


 彼女より頭ひとつ分低い少年がおずおずと見上げてきた。それに少女は小さく鼻を鳴らす。


「買い物はとりやめですわ」

「え?」

「後を追いますわよ」

「あ、後を追うって誰の……あっ、ちょっと待ってよ!」


 少年の返事も待たず、少女は栗色の長い髪を揺らして歩き始めた。

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