戦争で、原発が狙わられたらどうするの?
批判というよりは、問題提起のつもりで書きました。
『――戦争で、原発が狙わられたらどうするの?』
それはあるテレビの討論番組の最中に流された。その番組では、視聴者へツイッターでの投稿を募集しており、そのコメントを番組内で流していたのだ。そして、その文章もそんな中の一つだった。
どうしてテレビ局の人間が、その投稿を選んだのかは分からない。腹に一物を抱えていたのか、何も考えていなかったのか、或いは単純なミスだったのか。ただ、いずれにしろ、それは番組内では大きくは取り上げられなかった。特別、司会者から紹介される事もなかったし、議論のネタになる事もなかった。ところが、その裏、というか、ネット上では大きな議論を巻き起こしていたのだった。
『本当だ。もし、原発を狙われたら、どうするのだろう?』
『大丈夫なんじゃね? 狙われても、防ぎ切るだろうよ。狙われるのは、分かり切っているんだから』
『いや、俺には防ぎ切れるとは思えないんだが……。レーダー網を掻い潜れる無人小型戦闘機が存在する時代だぞ?』
そのような議論が数多く繰り返された。
仮に原発依存度を高くし、原発なしでは社会運営が不可能な状態を作り出した場合、戦争が起こった時は、著しく不利な状況に陥るはずだ。
原発を潰されれば、社会を動かすエネルギー源が喪失する上に、国土が重大な損害を受けるからだ。しかも、原発なしでは社会を動かせない為、稼働しない訳にはいかない。当然、国民のパニックも引き起こすだろう。下手すれば、瞬く間に敗戦となる。パニックに関しては、敵国の情報操作だけで充分に起こす事が可能だ。いや、自然発生してしまうかもしれない。
原発依存度を低くすれば、これほど事態は悪くはならないが、それでも不利になる点は変わらないだろう。
概ね、そのネット上の議論の結論は、そのような方向で固まっていった。
(因みに、仮に戦争が起こらなくても、原発は不安定な電源だといえる。稼働させる事ができさえすれば、確かに安定して電力を供給し続けるが、稼働させる事ができない事態に陥るケースが多々あるからだ。
韓国で整備などの影響で稼働させられなかった事があったし、フランスでも冷却水不足で大規模な停止になりかけた。日本でも実は原発事故以前の2003年、そんな事態に陥った事があった)
この議論は世間でも有名になり、やがては政治の舞台にも登場をした。勢力の衰えを見せている野党が、原発を推進する与党への攻撃材料として、これを用いたのだ。それについての与党側の答弁は、何ともよく分からないものだった。
『日本は世界平和を推進する国家でありまして、戦争という事態は想定していません。また、仮に万が一、他国と戦う状況に陥りましても、原子力発電所を防衛し切る体制に怠りはありません』
この内容には明らかな矛盾があった。何故なら、与党は国防強化を訴え続けていたからだ。しかも、原発を防衛し切れるとしたその根拠はまったく提示されなかった。更に、常識的に考えて、何十基もある原発を全て防衛し切れるとは思えないのも当たり前だ。
この答弁は更なる波紋を国内に広げ、反原発の声を高くした。そしてそれは、それまでの反原発運動とは違う点があった。かつては原発推進派だった右翼の一部が、原発の依存度を高める事に疑問の声を上げていたのだ。
『仮に中国と戦争になった場合、このままいけば原発の潰し合いになる。そうなれば、国土の狭い日本は不利になるのではないだろうか?』
そのような主張を、右翼の一部はしていた。『原発依存、その推進は危険』。そんな認識が生まれていたと言えるだろう。
中国も北朝鮮もウランの資源国である為(特に北朝鮮は莫大なウラン資源抱えていると言われている)、ウラン枯渇の時代になれば、ウラン価格が高騰し、経済的にも中国や北朝鮮にとって有利になる、という背景もあり、『日本が原発を推進するのは、中国の策略だ』というような陰謀論まで囁かれた。日本は中国の罠に嵌っているのだというのだ。
そしてこの主張は、更にある認識を、国民の間に定着させていった。
『原子力発電所を抱えた国同士の戦争は、実質的には“準核戦争”になり得る』
それと時期を同じくして、まったく別の陰謀論も囁かれるようになった。なんと、原子力発電所の設置は、アメリカの策略だというのだ。
国土の狭い国に、原発が多数設置されてあった場合、自国だけで戦争は起こせなくなる。他の国に頼らざるを得ない。
つまり、“原発”は、日本の“首輪”だというのだ。もちろん、アメリカが手綱で操る為の首輪である。
実際、アメリカの影響力が強い韓国にも日本と同じく原発が多数設置されある。そして、アメリカ自身は原発を縮小させる動きを見せており、にも拘らず、日本へは原発の推進を促したという事実がある。
もちろん、こんな陰謀論など普通なら、一笑に付されてお終いだ。しかし、今回はそれで済ます訳にはいかなかった。何故なら、陰謀論が全て嘘であったとしても、中国もアメリカも日本の原子力事情にまったく関与していなかったとしても、実質的に、同じ効果がある可能性は捨て切れないからだ。
やがて、このような事も言われるようになっていった。
戦争になれば、当然、日本はエネルギーの“兵糧攻め”を受けると予想される。戦時下で、原発を稼働させる事はできないが、再生可能エネルギーは、無論、稼働させる事が可能だ。つまり、純粋な自国のエネルギーである再生可能エネルギーを普及させれば、戦争に至ったおり有利になる。普及させればさせるほど、“兵糧攻め”に対して強くなるからだ。
『国防強化を進めようとしている与党は、どうして、再生可能エネルギーをもっと積極的に推進しないのだ?』
神道を信仰する右翼の一派は、『日本の神々とは本来、自然そのものだ。その神々によるエネルギーである自然エネルギーを味方に付けるのは当然だ』とまで言い始めた。
もちろん、陰謀論も神道と再生可能エネルギーを結びつける主張も馬鹿げている。しかしそれでも、そういった主張が起こる背景が、原発とエネルギー政策にある事だけは事実だった。ところが、そういった全てを無視して、与党は原子力発電を推進する気でいるようだった。
恐らく与党は、一年も経てば、国民はこの反原発の議論を忘れるとそう予想している。そしてそれは、どうやら今回も当たりそうに思えた。やがて、この反原発ブームは、忘れ去れるのだろう。そしてそうなれば、まるで何事もなかったかのように原発は再び推進されるのだ。
この原発に関する国防上の不安が適切かどうかは、実際に戦争が起これば分かるはずだ。もちろん、そうなった時には、もう手遅れなのだろうが。
一応断っておきますが、作中で書いた陰謀論は、もし、こんな議論が盛んになったら、どこからともなく湧いてきそうだと思って書いたもので、僕がそう思っている訳ではありません。
今回のテーマ。
世間で、少しは話題になる事がありますが、それでも扱いはかなり小さい。結論がどうなるにせよ、少なくとも、もうちょっと話題になっても良いのじゃないかと思うのです。
因みに、原発が狙われた場合の被害予測をした資料が、国にあったそうです。
↓
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201107300615.html
この記事の内容を信じる限り、やはり国防と原発推進を同時に行うのは、矛盾がある気がします。
※2014年4月28日 追記。
核廃棄物は、冷却中でも危険なので、原発を停止させても手遅れ、
と思っている人がいるようなので、説明しておきます。
水による冷却ではなく、「ドライキャスク」という保管方法を用いれば、より安全に保管する事が可能になります。それでも、危険は残るかもしれませんが、少なくとも稼働させているよりはかなりマシになるはずです。
因みに、世界では、この「ドライキャスク」の方が主流らしいですが、日本では水による冷却が中心になってしまっているそうです。信頼のおけるソースは発見できなかったのですが、その理由として、「核廃棄物を再利用したいからだ」という声が上がっています。