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5・事情聴取

 固くてパサパサのパンと、ほとんど人参とセロリだけしか見つけられないベジタブルスープに、水で薄めたかのような牛乳という、実に経費の掛かっていない朝食を留置場で食べた僕は、思いの外くつろいでいた。何しろ、昨夜から何も食べていなかったのだから。

 簡素なベッドに横たわっていると、ノックする音が聞こえ、扉が開いて看守の声が聞こえた。

「事情聴取の時間だぞ。サッサと出るんだ」

 僕はベッドからさっと飛び起きて扉に向かい、看守に挨拶した。

「連行、よろしく」

 何も考えずにグッスリ寝て、不味いながらも飯を喰って腹いっぱいになったら、こんなにも開き直れるのかと、僕は自分のことながら感心してしまった。


 昨日と同じ取調室に入ると、昨日と同じ取調官が既に座って待っていた。

「おはよう。まぁ、座りたまえ。いいニュースがあるんだ」

 昨日と同じ取調官だが、昨日とは打って変わって声のトーンが高く、心なしか表情が緩んでいるような気がした。

「実はだ、君の公選弁護人からちゃんと許可を貰って、君のPCをうちのサイバーリサーチ・チームに調べさせたんだ」

 取調官はニヤリと笑った。

「その結果、君は今回の事件の主犯でないことが判明したんだよ。良かったな」

 僕は引き攣りながらうなずいた。

 それを見て、取調官は僕の目の前に指を一本立てた。

「だがな、無罪って訳じゃない。君は確かに知らなかったかもしれないが、この事件の『トリガー』を引いたのは、君であることに間違いないなのだ」

 それを聞いて、僕は無表情になった。その様子を見て、取調官はまたニヤリと笑った。

「しかし、我々も人間だ。血も涙もある。君が無罪になるという方法がない訳ではない。それは『司法取引』とも言うがな」

 取調官の言葉に僕は色めき立った。それを取調官は見逃さなかった。

「ただし、それには条件がある」

 僕の表情は固まった。だが、取調官はそのまま続けた。

「君のPCを『証拠物件の提供』というカタチで我々が引き取る、というのが条件だ。悪くない話だと思うがな」

 取調官はニヤリとした。僕もニヤリとしてうなずいた。その様子に気を良くした取調官は、僕の目の前に一枚の紙切れを取り出した。

「さぁ、これにサインをしてくれ。これで君は晴れて『無罪』だ」


 サインした後に、取調官が僕に詳しい事件の経緯を説明してくれた。

 やはりWEBのいくつかのサイトに仕掛けがしてあって、そのキーワードが『挽肉料理』だったらしい。この挽肉料理、つまり「ハッシュ」は隠語で、ハッシュ関数を意味しているそうだ。

 ハッシュ関数とは、僕が感じていた通りにセキュリティに関する一種の変換関数で、作成したデータをハッシュ値と呼ぶのだが、そのハッシュ値から元データの推測は困難なのだという。だから、通信の暗号化の補助や、ユーザ認証やデジタル署名などに応用されているのだ。

 そのハッシュ関数、つまり「挽肉料理」をフックして、それをある数のサイトを、ある回数、そしてある順番で閲覧すると『セキュリティ・クラッシャー』という強力なウィルスプログラムが起動して、あらゆるセキュリティのプログラムを攻撃するようにセットされていたのだそうだ。そして、国家機関のサーバーに侵入して破壊活動やデータ搾取も行うようにプログラムされていたらしい。

 だが、その「辿る順番」は確率的に言えば天文学的数字だったというのに、それを僕は全くの偶然だったにも関わらず、見事にその「手順」を踏んでしまったのだ。

 そして、乗っ取ったPCの電源を落さないように、電話を掛けるプログラムまでも周到に用意されていたのだ。だから同時に、僕に関する全ての個人情報が僕のPCのみならずあらゆる機関から読み取られた。そうでなければ僕の携帯電話に通話することなど、絶対に不可能なはずなのだ。

 そして、挽肉料理のトラップを仕掛けた犯人は、まんまと国家機密に相当する情報の取得と破壊を行ったという訳だ。

 しかし、その犯人は最後の詰めが甘かった。

 何を血迷ったのか、その犯人は僕のPCにピーイングを打ってきたのだそうだ。それもアノニマスサーバーやなりすましサーバーを経由せずに。そのお蔭で、僕の無実が証明されたという訳なのだけれど。この犯人はよほどの自信家だったのだろうと、取調官は呟いていた。

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