4・罠
いくつかのサイトを閲覧することを繰り返しているうちに、僕は妙なことに気が付いた。
それは、直前に閲覧したサイトへ履歴で戻ると、その時に見たサイトとは違っていることだった。おかしいと思ってそれを繰り返せば繰り返すほど、次から次へと閲覧したサイトとはまったく別の、全然違うサイトへとジャンプするのだ。
こんなことは初めてだった。
普通は、ブラウザのバックをすればさっき閲覧したサイトへと戻り、フォワードをすると先に閲覧したサイトへと戻る。それなのに、バックしようがフォワードしようが次々と新しいサイトへとジャンプするのだ。
そんなに頻繁にサイトが書き換わることなんて有り得るのだろうか。いやいやそうじゃない。閲覧したサイトにジャンプするスクリプトが埋め込んであって、それで違うサイトにジャンプするのだろう。それでも閲覧するサイト全てにそんな仕掛けが埋め込んであるというのか。それとも何かのプログラムを流し込まれて、それが僕のPCを占拠しているというのだろうか。WEBに関しては全くの素人だから、僕にはその仕組みさえサッパリだった。
しばらくするとブラウザだけでなく、僕のPC自体にも変調が起こり始めた。
まず、入力に対する反応が鈍くなった。マウスカーソルの矢印の動きが目に見えて遅くなり、キーボードも叩いてから三秒ほどのタイムラグが生ずるようになった。そのうちにキーボードは入力を受け付けなくなり、マウスカーソルも画面の一ヶ所に張り付いたままで動かなくなってしまった。
それでもブラウザだけは目まぐるしく動作し、次から次へと新しいサイトへとジャンプしていた。その様子は、今では死語となってしまった「ネット・サーフィン」を彷彿とさせるものだった。それは、自分のPCがその性能以上の能力を発揮しているらしく、目にも止まらぬ速さでページが書き替えられていった。そして遂に、ディスプレイに表示されているブラウザの画面に時折、いや頻繁にヤバそうな見出し語が並び始めたのだ。
「大統領官邸」「国家安全保障会議」「国土安全保障局」
「商務省」「国家通信情報管理局」
「国防総省」「陸軍」「海軍」「空軍」「海兵隊」
「エネルギー省」「核防衛管理計画局」
「司法省」「犯罪局」
国家機関の名前が目白押しだ。これらの機関には広報用のサイトがある。そこを閲覧しているだけならいいのだが、時々ブラウザの画面に「ログイン」という文字が表示されるので、それだけではない予想をヒシヒシと感じていた。
僕の心には恐怖が芽生えていた。
この状態を食い止めるには、もはやPCの電源を切るしかない。しかし、パワーボタンを四秒以上押しても、いや、何秒間押し続けてもPCの電源が切れることはなかった。
僕のPCは完全に乗っ取られていた。流し込まれたプログラムなのか。それともネットの向こうの誰かなのか。もう僕には判断することなど出来ない。
僕の額からは大粒の汗が流れ、背中は冷たい汗でシャツが濡れていた。
こうなれば奥の手しかない。電源プラグをコンセントから抜く方法だけだ。僕は、おずおずとPCの裏側に回ろうとしたその時だった。シャツの胸ポケットに収まっていた携帯電話の着信音が鳴り響いたのだ。僕は恐る恐る電話を受けた。すると、女性の棒読みな声が喋った。
「警告、します。パソコン、の、電源、を、切らない、よう、に」
言い終わると電話は切れた。
僕は恐怖した。そして、ピクリとも動けなくなってPCのディスプレイを見るともなく眺めたまま、立ち尽くしていた。
それから三時間、僕はそのままの状態だった。成す術がなかったのだ。
だが、その状態は来客を告げるチャイムが鳴ったことで打ち破られた。僕はそのチャイム音にカクカクと身体を震わせた後、玄関へと向かった。
玄関と扉を開けると、そこにはスーツをピシッと決め込んだ男が二人立っていた。そして、僕は二人の男からおもむろにポリスバッチを見せられた。
「サイバーポリスの者ですが、ちょっとよろしいですか?」
二人の男はニヤリと笑った。