2-2:人類の原罪
知恵の実を口にしていないイブは無知にして、無垢だった。
故にアダムの考えに異を唱えることはなく、夫婦生活は円満なものだった。
そうして二人の間にたくさんの子供が誕生したのである。
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アカシックレコード:アダムは、カイン(♂)を産みました。
アカシックレコード:イブは、ルルワ(♀)を産みました。
アカシックレコード:アダムは、アベル(♂)を産みました。
アカシックレコード:イブは、アクレミア(♀)を産みました。
アカシックレコード:アダムは、セト(♂)を産みました。
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「順調に数を増やしているみたいだね」
「ええ。でも、ちょっとおかしいのよね。アダムは三人の男児を出産して以降、一度も妊娠していない。それ以降はずっと♀の子ばかりが妊娠してるの」
「偶然だろ。たまたま排卵と生殖行為のタイミングが一致しただけさ。どちらが妊娠するかわからないんだから」
「それにしてもここ最近ずっとよ。それも三男のセトが生まれて以降、十人も繁殖して、そのすべてが♀から出産って……さすがにおかしいと思わない?」
「十人か……。確かにそれは確率的に見ても不自然だけど、まったくあり得ない話じゃないよね」
「まぁ、それはそうなんだけど、それにしてもちょっと引っ掛かるのよね」
「何がだよ?」
「リリスとのこと」
「リリス? ああ、アダムの最初の妻の……」
「そう。あの二人って、どっちが子供を出産するかで喧嘩別れしちゃったのよね。だから余計に気になっちゃって……」
「考え過ぎだよ。♂のアダムだって、何人かは出産してるんでしょ。それに彼らにこの世界の理を書き換える術はない。アカシックレコードは僕たちの特権なんだからさ」
「それはそうなんだけどね……」
「何を深刻そうな顔しとるんじゃ、おまえさんたち? 何かまずい事でもあったのか?」
「あっ! お久しぶりです。別に心配するようなことは何もないですよ。彼女が新しい生き物を創造したっていうから見せてもらっていただけです」
「うん? ああ、このあいだ頼まれて一緒に作った猿みたいな奴か。どれどれ? おおー、これはまた随分と数が増えたのう」
「ええ、何でも僕たちの姿を真似て作ったらしいじゃないですか」
「そうなんじゃよ。儂もまさか自分がこんな姿をしとるとは思いもしなかったわい。とはいえ、誰も自分がどんな姿をしているかわからんから真偽のほどは知れんがのう」
「そうですね。でも、アカシックレコードに記録されたってことは、きっとそういうことなんだと思いますよ」
「それにしても不思議なもんじゃのう。こやつらに進化の特性は付与されておらんかったはずなのに、個体によって服を着ていたり裸だったりと微妙に個性が見て取れる。生物というのは、得てして独自性を求めるものなのか、はたまた先日みんなでこしらえた不思議な果実の賜物かのう」
「どうでしょうね。知恵の実を食べたのは、アダムとリリスだけのはずなので一概には言えませんが、何かしらの影響は受けているのかもしれません。まぁ、そうは言っても当の知恵の実については食べることを禁止しちゃったんですけどね」
「なんと! そうじゃったのか」
「余計な知識は、争いの火種になるかもしれないんだって」
「なるほどのう。この世には知らない方が幸せなこともあるということか」
「はい。なので、現存する一本が枯れた時点で、知恵の実は植物の種としては完全に絶滅します」
「道理で先日覗いたら、実をつけておらんかったわけじゃ」
「ホントに!? このあいだ、あたしが見た時はまだ結構残ってた気がしたけど、どこに消えちゃったのかしら」
「まぁ、どのみち処分しなくちゃいけなかったんだからいいじゃないか。それよりこれから人間を増やして、どうするつもりなの?」
「もちろん、観察よ。他の生物と違って、見てて飽きないし」
「そう? ほかの生き物とあまり変わらないと思うけど」
「そんなことないわよ。集団生活する生き物は他にもいるけれど、ここまで明確に役割分担して生活する生き物は他にいないもの。ほら見てよ、この子。食べる為の植物を自分で育ててるのよ。これって凄い事じゃない?」
「確かにそう言われると、ほかの生き物とは少し違うかも……」
「進化する危険もないから安心して見ていられるしのう」
「成長が遅いのが難点だけどね。その分、小さくて可愛い時期を他より長く楽しめると思えばお得感もあるしね」
「全部で何匹になったんだっけ?」
「えっと、確か十七人かな。成体が七人で、幼体は十人だったはずだから」
「じゃ、種族としてはまだまだこれからだね」
「ええ、多分もうしばらくはいろいろと手がかかると思う。生存競争の名残で、いつ他の生き物に捕食されちゃうかもわからないしね。その時は悪いけど、またみんなに手伝って貰うことになるかも」
「もちろんだよ! 前回は僕もみんなにたくさん協力してもらったし、出来ることがあったらいつでも言って! それじゃ、今日はこの辺で失礼するよ」
「ああ、俺も時間みたいだし、そろそろ帰るとするか」
「それじゃ、儂もいつもの供物だけ処理したら、お暇するとしようかのう。すまぬが、みんな帰る前にちょっとだけ協力してくれんか」
「別に構わないけど、一体何をするつもりだよ」
「なぁに、人の子が律儀にお供え物をしてくれるから、それを処分するだけじゃよ。確か、カインとアベルじゃったかのう」
「お供え物? 誰に? 何の為にそんなことしてんだ、猿どもは?」
「さぁのう。目に見えぬ何かを崇拝することで心の拠り所にしとるのかもしれん。が、如何せん、アベルという人間の供物は絞めた子羊なもんでのう。そのままにしておくのは忍びのうて、こうしてみんなに協力して貰って早々に土に返しとるんじゃよ」
「そいつはまた、はた迷惑な話だな」
「そう言うてやるなて。こやつらも良かれと思ってやっとることじゃろうからの」
「へぇ、何を崇拝してるんだろうね。アカシックレコードにそんな概念は記録されてなかったと思うけど」
「案外、俺たちのことだったりしてな」
「まさか、そんなわけないでしょ。それよりも、やるならさっさとやっちゃいましょ」
「そうじゃのう」
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アカシックレコード:認識が過半数を超えた為、世界に腐敗菌が形成されます。
アカシックレコード:腐食菌の酵素により、羊肉のたんぱく質がアミノ酸などに分解されました。
アカシックレコード:酸化により腐敗臭が発生、土壌の微生物が有機物を無機物へと分解します。
アカシックレコード:無機物が土壌に吸収されたことにより、羊肉は世界から完全に消失しました。
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「うまくいったみたいだね」
「で、こっちはいいのかよ。カインって奴の供物は?」
「そっちは農作物かじゃからのう。放っておけば、そのうち小鳥や獣が処理してくれるじゃろうて」
「そっか。じゃ、僕はもう行くね」
「おう。俺もそろそろ時間だから帰るよ」
「そうか。引き止めて悪かったのう。では、儂も落ちるとしようかのう」
「そう。あたしはもう少しだけ、この子たちの様子を観察してからいくわ。それじゃ、また今度ね」




