2-1:人形遊び
「何だい、その生き物は? 猿? いや、似ているけどちょっと違うな。何だろう? 変わった生き物だね」
「人間よ。この前、みんなに協力して貰って作ったの。可愛いでしょ」
「うーん、可愛いかどうかはわからないけど、見ていて不思議な気分になる生物だね。なんか心がそわそわして落ち着かないというか何というか……」
「どうしてだと思う?」
「わからないよ。けど、そんな聞き方をするってことは、何か理由があるのかい?」
「ええ、実はね、この子たちはあたしたちの姿を模して作った生物なの」
「ええー、僕たちを!? いや、ちょっと待ってよ。誰も僕たちの姿形を見ることができないのに、そんなことできるわけないじゃないか」
「ふふふっ、それができるのよ。アカシックレコードを使えば」
「どうやって?」
「簡単な話よ。この世界にあたしたちと同じ姿をした生物を創造してってお願いしたの」
「なるほどね。道理でこいつらを見てると気持ちが落ち着かないわけだ。それにしても、僕たちってこんな姿をしてたんだね。そう思って見ると、何だか気恥ずかしい感じがするなぁ……」
「あたしもよ」
「こっちにいるのが男の子で、あっちにいるのが女の子。名前も付けたのよ。男の子がアダムで、女の子がリリス」
「♂と♀? もしかしてこの子たちを繁殖するつもりなのかい?」
「そうね。増えてくれると嬉しいわ。あっ、でも心配しないで。この子たちは進化しないように設定しておいたから。もう、前みたいなことは起こらないはずよ」
「そっか。それを聞いて安心したよ。でも、それだとただ個体数が増えるだけで代わり映えしないから、面白みに欠けるんじゃない?」
「そうね。だから、私、考えたのよ。この世界の生物も、私たちみたいに思考していろいろなことを学ぶことができれば、あんなことは起こらないし、進化とは違った変化が起こるんじゃないかって。それでね、みんなに協力して貰ってこんなものを作ってみたの」
「何だい、これは? 何かの木の実に見えるけど……」
「知恵の実っていうの。これを食べるとね、私たちと同じように知識を記憶することはもちろん、思考したり判断したりすることもできるようになるの。凄いでしょ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。それってある意味、進化よりも危険なんじゃ……」
「どうして?」
「だって、個体によって独自の思想や理念を持つってことでしょ。これまでは環境に適合するように見た目や特徴を変化させるだけだったけど、個体が独自に思考するってことは、生存や繁殖ひとつとっても各々が異なる考えを持ち、自らの目的の為に行動するということだよね」
「ああ、だからこの子たち、急に喧嘩を始めちゃったのか」
「喧嘩? 一体、何で揉めているんだい?」
「どちらが妊娠と出産を請け負うって話みたいだけど……」
「え!? この子たちは卵生ではなく、胎生で繁殖するの? いや、だとしても、どちらが出産するかなんて決める必要ないよね? ♂と♀、どちらも同じ生殖器官を持っているんだし、これまでだってどちらのお腹に子供が宿るかは時の運だった。妊娠したほうが産めばいいだけの話じゃないか」
「そうなんだけね。アダムが出産は♀のリリスが請け負うべきだって」
「どうして急にそんなことを?」
「何でも♂のほうが力が強く、戦闘に長けているから、外敵から身を守る為には常に身軽でいたほうが都合がいいって言うのよ。それはもちろん一理あると思うんだけど、リリスは納得がいかないみたいで」
「うーん、一理あるのは確かだけど、平等ではないよね。僕は何となくリリスの気持ちがわかる気がするよ。生物にとって繁殖は生命に関わる一大事だ。それを全部♀に押し付けるというのは、あまりに身勝手だと思うけど」
「……そうよね。じゃ、こういう場合、どうしたらいいだろう?」
「どうもこうもないとも思うよ。彼らがいくら揉めたところで、どちらが受精するかなんて誰にもわからないんだ。妊娠したほうが出産するしかないわけだし、放っておけばいいんじゃないかな。それより問題は知恵の実のほうだよ。余計な知識を付けさせるから揉め事が起こるんだ。これ以上、その実を生物に与えない方が僕はいいと思うよ。それこそ、前みたいな殺し合いの火種になりかねない」
「ちょっと、そんなに怒らいでよ。別にあたしだって悪いがあってやったわけじゃないんだから。あーあ、最初に話を聞いた時は画期的なアイデアだと思ったんだけどなぁ……」
「話を聞いた? 君の発案じゃないのかい?」
「ええ。作りたいって言ったのはあたしだけど、最初に知恵の実の話をしたのは……、えっと、誰だったかしら? 忘れちゃったわ」
「ホント、みんな軽率なんだから。思いつきで変なものを作らないでよ。あんなことがあったばかりだっていうのにさ」
「ごめんって」
「とにかく、知恵の実は禁止。わかった?」
「はーい」
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アカシックレコード:認識が過半数を超えた為、人間が知恵の実を栽培、収穫することを禁する啓示を下します。
アカシックレコード:エデンの一部を侵入禁止区域に指定されました。
アカシックレコード:知恵の実をレッドリスト(EW)に追加し、現存の生体が死滅で、レッドリスト(EX)へ移行します。
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そして間もなくすると男女平等を主張したリリスは、アダムと決別してエデンの園を出て行った。
生物としての半身を失ったアダムは繁殖も叶わず、日がな一日、思考することに明け暮れた。
この、時折頭の中に響く不思議な声は誰なのか?
声は自らをアカシックレコードと名乗っていたが、果たしてアカシックレコードとは何だ?
声は知恵の実を禁止すると言っていたが、なぜ一度与えたものを今になって禁止するのか?
なぜリリスは自分の意に従わず出て行ってしまったのか?
唯一の♀を失った自分は、生物としてこれからどのように生きていけばよいのか?
そもそも生きることに意味などあるのだろうか?
思考は淀みなく浮かんでは消えていくが、答えは一つとして見つからない。
ただ、無為に過ぎ去っていく毎日を見送るだけだ。
そんな彼を不憫に思ったのだろう。
頭の中に声が響くと、アカシックレコードに新たな共通認識が記録される。
アダムの新しい伴侶であり、この世界で二人目の女性となるイブの名が――。




