1-7:罪と罰
「みんな、心の準備はいい?」
「ああ、少しばかり名残惜しくはあるけどな」
「仕方ないわよ。こんなことになっちゃったんだもん。あたし、生き物が殺し合う世界なんて見たくないわ」
「何、リセットすると言っても、惑星がそのものがなくなるわけではないんじゃ。また作り直せばよかろう」
「そうよ。一晩考えて、みんなで出した結論じゃない。誰にだって失敗はあるものよ。大事なのは同じ失敗を繰り返さないこと。もう一度挑戦してみればいいなじゃない」
「そうじゃのう。何もこの惑星だけに固執する必要はない。いざとなったらほかの惑星もあるわけだしのう」
「そうだね。それじゃ、火山を爆発させるよ」
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アカシックレコード:認識が過半数を超えた為、地殻変動が加速し、大規模な火山活動を誘発しました。
アカシックレコード:世界各地の活火山より、溶岩、火山灰、二酸化硫黄、二酸化炭素が放出されます。
アカシックレコード:大気中に火山灰とエアロゾルが充満、太陽光が遮られ、地表に届く光量が大幅に減少。
アカシックレコード:気温が低下し、広範囲で気候が不安定化、急激な寒冷化が引き起こされました。
アカシックレコード:植物の光合成が著しく低下、種子植物・大型植物が激減し、森林・草原の衰退。
アカシックレコード:植物量の減少により、草食恐竜が急激に減少しました。
アカシックレコード:獲物となる草食恐竜の減少により、連鎖的に肉食恐竜が急激に減少。
アカシックレコード:生態系の上位捕食者から順に絶滅していきます。
アカシックレコード:火山ガスにより、酸性雨の増加し、土壌、淡水、海洋環境が悪化しました。
アカシックレコード:環境悪化に伴い、プランクトンが減少し、食物連鎖が崩壊しました。
アカシックレコード:長期的な気候変動により寒冷化が加速、氷河期に突入します。
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「終わったな」
「まだわからんよ。もしかしたら、この厳しい環境下でも生き延びる強者がおるやもしれん」
「そうだね。まぁ、可能性は薄いと思うけど……」
「どうしてよ。火山を爆発させただけでしょ。だったら、運よく難を逃れる生物だっているかもしれないでしょ」
「残念だけど、噴火はきっかけに過ぎないんだよ。本当の地獄は、その後」
「その後?」
「そう。御覧よ、噴火で舞い上げられた火山灰が雲のように地球全体を覆っているだろ」
「それがどうしたっていうのよ」
「火山灰で太陽光を遮られた地球は、これからどんどん気温が低下して極寒の地獄と化すことになる。当然、植物は光合成で養分が作れないから育たなくなるし、植物が育たなければそれを餌とする草食動物は連鎖的に数を減らし、草食動物の数が減ればそれを餌とする肉食動物もまた絶滅に追い込まれることになるだろう」
「言うなれば、兵糧攻めみたいなもんじゃのう」
「でも、噴火が治まれば、すぐに霧は晴れるんでしょ。だったら、ほんの少しの辛抱じゃない」
「すぐに治まればね」
「何よ、その含みのある物言いは?」
「暗に、すぐには治まらないって言ってるんだろ」
「おそらくは数千年単位で続くじゃろうな」
「数千年……絶望的な年月ね。そう思うとなんか可哀想になって来ちゃったかも」
「仕方ないよ。あのまま続けていても、どのみち悲惨な結果しか待っていなかったんだから」
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アカシックレコード:プレシオサウルスが絶滅しました。
アカシックレコード:ステゴサウルスが絶滅しました。
アカシックレコード:イグアノドンが絶滅しました。
アカシックレコード:ブラキオサウルスが絶滅しました。
アカシックレコード:スピノサウルスが絶滅しました。
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「やっぱり体の大きな奴らから脱落していくんだな」
「そうですね。大型種…いや、肉食の生物が生き延びる可能性は、ほぼ皆無だと思います。可能性があるとすれば、卵の状態で休眠できる昆虫ぐらいかと……」
「ということは、賭けは儂の勝ちということじゃな」
「賭け? 賭けって何だよ」
「何を寝ぼけておるんじゃ。おぬしが言い出しっぺじゃろう。どの生物が一番強いか勝負しようと言ったのは」
「ああ、まぁ、その何だ。今となってはどうでもいいことだけど、そうだな。確かにこの状況で生き残る可能性があるとしたら昆虫かもしれないな」
「何が生き残るかねぇ。こればっかりは蓋を開けてみないことにはわからないけど、何にしても、当分の間、創作活動は休止だね」
「そういうことになるかのう、少し寂しくはあるが……」
そうして数千年に渡り、氷の地獄は数えきれないほどの生命を奪い去った。
それはまるで神々が下した、最後の審判であるかのように――。
そして贖罪を終えた世界は、新しい時代の幕を開ける。
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アカシックレコード:地殻変動が治まり、火山活動が休眠状態に入りました。
アカシックレコード:空気中に舞った火山灰濃度が低下したことで、地球の気温が上昇しました。
アカシックレコード:氷床の成長が止まり、融解が始まります。
アカシックレコード:地表の反射率の低下、太陽熱をより吸収し、温暖化が加速します。
アカシックレコード:海面の上昇、沿岸地形が大きく変化。
アカシックレコード:植生の拡大によりツンドラが森林へと変化します。
アカシックレコード:間氷期へ移行、気候が安定期に入ります。
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氷の解けた世界に、以前のような命の賑わいはない。
春先の肌寒さに心地よく降り注ぐ陽光の温もりの中、数えるばかりの生物が細々と命を繋ぐばかりだ。
それでも彼らの予想よりはるかに多くの生命が生き残ったのは事実であろう。
「おい、見ろよ。何だかんだで、結構な種類の生物が生き残ってるぜ」
「ホントだ! ウサギやオオカミなんかもいますね」
「で、どうするつもりよ。生き残った子たちは?」
「せっかく生き延びたんだし、このままにしておこうと思うんだけど……駄目かな?」
「でも、この子たちも自らの意思で進化できるのよね」
「そうじゃのう。放っておくと、また同じことになるかもしれんのう」
「それは大丈夫だと思うよ」
「なんでそう言い切れるんだよ。また恐竜みたいのが現れて弱肉強食の地獄絵図みたいになるかもしれないだろ」
「うーん、弱肉強食って状況は変わらないと思うけど、多分もう、恐竜みたいなのは現れないんじゃないかな」
「だから、その理由を聞いてるんだよ。どうして恐竜みたいのは現れないって言い切れるんだ?」
「だって、彼らは経験したじゃないか。巨大な生物は決して生き残ることができない寒冷化の地獄をさ」
「ああ、なるほどね。確かにまたいつ天災が起きるかもわからないものね。生物だって馬鹿じゃないわ。絶滅した者と同じ末路を自ら辿るような真似はしないというわけね。でも、進化できる以上、この子たちがまた私たちの予想しない事態引き起こす可能性はあるのよね」
「まぁね。その時は残念だけど、またリセットするしかないと思う。今度は完全に……」
「そうね。せっかくあの地獄のような世界を生き延びたんだから、ちょっとぐらいご褒美がないとやってられないわよね」
「だな。仕方ねぇ、今回だけは見逃してやるとするか」




