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アカシックレコード  作者: 八代 秀一
神々の御飯事編

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2-6:認識論的ロゴス

「誰だ? アカシックレコードに記録しようとしている奴は?」


「あたしじゃないわよ」


「僕も違う」


「儂だって何も創造しておらんよ。そもそも何じゃ、この『生物は男女問わず妊娠するものとする』という認識は?」


「元々そういう設定だったはずだけど……」


「そうなのか? いや、それよりも認識の許諾って何だ? いつからこんなものが求められるようになったんだよ」


「もしかしてだけど……、本来のアカシックレコードの仕様で、共通認識を記録する際に賛否の意思表示をしていない者に対してはこういうリプライ要求が表示されていたのかも……」


「じゃが、儂はこれまで一度もこんなことを聞かれた記憶はないぞ」


「俺だって」


「それは多分、僕たちが事前に全員の合意を取った上でアカシックレコードに記録していたからじゃないかな。つまり提示される共通認識に対して、予め全員が許諾の意思表示をした状態で記録を行っていたから、システム側から賛否の確認は行われなかった」


「仮にそうだったとして、この認識は誰が提示したものなのよ。少なくともあたしはこんなの提示した覚えはないわよ」


「誰か心当たりがある奴はいるか?」


「……いないみたいだね。僕もこんな認識を提示した覚えはない」


「となると、今この場にいない婦人か、根暗のどちらかってことになるが……」


「いや、ちと待て。この場におらんのでは、そもそもアカシックレコードにアクセスできんじゃろうが……」


「だったら、他に誰がいるっていうのよ。おかしいじゃない。誰も心当たりがないのに勝手にアカシックレコードに認識が記録されるなんて!」


「確かにそうだね。……でも、こう考えれば辻褄が合うんじゃないかな。僕たち六人の他にもアカシックレコードにアクセスできる者がいる」


「考えたくないことだが、そう考えるのが妥当かもしれんのう」


「どういうことよ?」


「冷静に考えてみてよ。生物は元より男女問わず妊娠するという設定だった。雄(♂)が妊娠するか、雌(♀)が妊娠するかは時の運。少なくとも僕たちは生物を創造した時にそう設定したはずなんだ。けれど、僕らの知らないところでその認識は書き換えられていた。『妊娠、出産は生物の雌(♀)に限る』とね。そこでみんなに思い出してみて欲しいんだ。それを望んでいた人物について……」


「……アダムなの? いや、でもちょっと待ってよ。人間はあたしたちがアカシックレコードを使って創造した生物よ。その人間がアカシックレコードにアクセスするなんて、そんなことが……」


「アカシックレコードは共通認識を世界の理として記録する。だが、それ自体は何も生み出さない。この世界を創造したのは、僕たちの想像力だ」


「……知恵の実なのか?」


「多分そうだと思う。人間は知恵の実を食べたことで脳を発達させ、思考し、想像するようになった。つまりは新しい物を生み出す力を手に入れたんだと思おう。僕たちと同じようにね」


「いや、待てよ。仮に人間がアカシックレコードにアクセスできたとしても、過半数が賛同しなければ共通認識として記録されないんだろ。だったら、俺たちの誰かが賛同していないと人数的におかしいだろ」


「そうじゃよ。もし仮にアダムがアカシックレコードにアクセスできたとしても、妊娠や出産の認識を改竄したのは、子供たちが殺されるより以前のことじゃ。その時点で決定権を持つ者は知恵の実を食べたアダムとリリスの二人のみで、そのうちのリリスは雌(♀)がすべてを請け負うことに反対しとったはずじゃろ。つまりは一対一。となれば、儂ら六人のうち、少なくとも四人が賛同しなければアダムの提案は可決はされんはずじゃろうが」


「そうだね。その理屈でいくと僕たちの誰かが、その提案に賛同しない限り認識を書き換えることは出来ない。だから、アダムは自分の意見に賛同する者だけに知恵の実を食べさせたんだと思うよ。有り体に言えば、人間の雄(♂)だけにね」


「……嘘、だろ」


「でも、そう考えればすべてに合点がいくわね。雄(♂)だけが衣服を身に纏っていたこととか……」


「なるほどのう。リリスは雌(♀)の自分ばかりが立て続けに妊娠することに違和感を覚えて、アダムに疑いの目を向けた。そして食糧庫で知恵の実を見つけたことで、その疑いは確信に変わったということか。それゆえ、女、子供に知恵の実を喰わせて多数決の不利を引っ繰り返そうと考えたわけじゃな」


「いや、ちょっと待ってくれ。人間の男は、アダム、カイン、アベル、セトの四人だけだろ。もし本当に知恵の実を食べたのが男だけだったとしたら、過半数の条件は満たせなくないか、俺たち六人はそれに対して賛否の意思表示はしていないわけだし、反対派のリリスを合わせたら、総数十一名に対して賛成はたったの四人だ。最低でもあと二人は抱き込まなければ、過半数の条件は満たせないと思うんだが……」


「そうだね。だからこれはあくまで仮定の話なんだけど、僕たちはアカシックレコードの前提条件を勘違いしていたんじゃないかな」


「勘違い?」


「うん。アカシックレコードの記録には、アクセス総数に対して過半数が必要。そう、僕たちは思い込んでいた。けれど、もしそれが観測者に対しての過半数だったとしたら?」


「!?」


「観測者……、それはつまりこの場におる人数に対しての過半数ということか」


「ちょ、ちょっと待っとくれ。それが事実じゃとしたら、儂らが帰った後は……」


「おそらくは人間たちに都合よく、好き放題に認識を書き換えられていたことになるね。アダムがどうやってアカシックレコードの存在に気づいたのかはわからないけど、何らかの手段で僕たちみたいにログの閲覧ができるのだとしたら、この世界の理に気づいてもおかしくない。そこで話を事件に戻そう」


「リリスによって十人の子供たちが知恵の実を食べさせられた。いや、正確にはアカシックレコードのアクセス権を与えられながら、成長が未熟で自らの意思表示ができない赤子が多数決の総数に加算された」


「それって……」


「ああ、リリスの目的は雌(♀)を味方に引き込んでアカシックレコードを上書きすることじゃない。多数決の総数を増やすことでアダムの暴走を阻止することだったんだ。結果、雄(♂)だけの賛同では過半数を得られなくなった。仮に僕たちが観測していない状態でもね。それに気づいたアダムがアクセス権を制限すべく強硬手段に出たというのが、今回の事件の真相だったんだよ」


「……つまり子供たちを殺害した犯人は、アダムってことかよ」

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