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勇者は選ばれる存在ではない。 選ばれたことにされる存在である  作者: 南蛇井


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8.締め

決戦は、敗北でも勝利でもなかった。

引き分けですらない。


それは、

定義されなかったまま、保存された出来事だった。


剣は振るわれず、

魔法は起動せず、

軍は配置されたまま、帰る理由を持たなかった。


それでも世界は壊れなかった。


都市は立ち、

畑は実り、

子どもは育ち、

記録官は翌日の文書を書いた。


何も失われていない。

少なくとも、数えられるものは。


ただ一つ、静かに失効した前提がある。


世界は、

出来事が起きれば物語が進む、

という前提。


この日、出来事はあった。

だが物語は、進まなかった。


原因も、結末も、

英雄の名も、魔王の敗北も、

どこにも結びつかなかった。


それは失敗ではない。

成功でもない。


「語るための枠組み」が、

適用されなかっただけだ。


以後、世界は続く。

戦争も、和平も、改革も、

以前と同じ言葉で記述される。


だがその底に、

一つの沈黙が沈殿する。


――物語は、

必ず進まなければならないのか。


誰も答えない。

否定もされない。


ただ、あの日を境に、

世界は進行を“前提としない”形で、

存続するようになった。


決戦は終わらなかった。

始まりもしなかった。


未定義のまま保存されたその一点は、

世界が物語であることをやめた

最初の、そして誰にも命名されなかった瞬間だった。

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